【3部】第22話「異常」
動いている。
だから。
ズレは、否定できない。
推進を入れる。
NOMADは前に出る。
——出すぎる。
半歩、余計に踏み込む。
制動が遅れる。
機体がわずかに滑る。
石床が砕ける。
振動が座席を叩く。
LOG:
「推進出力:正常」
「補正:実行中」
アリアは前を見る。
「……違う」
出力は落ちていない。
むしろ、強い。
それでも。
入力と、結果が噛み合わない。
遺跡。
崩れた構造体。
傾いた柱。
裂けた壁面。
直線が、直線のまま止まらない。
NOMADの視界に映る輪郭が、わずかに揺れる。
影が遅れる。
そのあとで、先に動く。
LOG:
「座標補正中」
「誤差:軽微」
機体を振る。
遅れる。
動いたあとで、遅れて動いたように見える。
アリアは何も言わない。
もう一度、推進を入れる。
前に出る。
今度は——
浅い。
同じ入力。
同じはず。
だが、結果が違う。
LOG:
「出力:上昇」
「制御安定」
「……上がってる」
出力はある。
問題ない。
それでも。
挙動は安定しない。
「……問題ない」
そう言って、進む。
止まらない。
影。
前方。
一つ。
……に見える。
焦点が合わない。
一体のはずのそれが、
わずかにズレて重なる。
LOG:
「対象:1」
「位置:前方」
直後。
「位置:右前方」
さらに。
「位置:左前方」
同時に表示される。
「……一人?」
影は動く。
いや。
動いていない。
ただ。
“いる場所”だけが変わる。
NOMADを踏み込ませる。
推進。
——上がりすぎる。
機体が前へ滑り込む。
距離が一気に詰まる。
詰まりすぎる。
アリアは制動を入れる。
遅れる。
半歩、さらに前へ。
「……」
速さじゃない。
制御が合っていない。
コックピット内。
右側コンソール。
灰剣端末が反応する。
触れていない。
だが、光る。
アリアが「振る」と決めた瞬間、
応答する。
NOMADの右腕外装が展開する。
マニピュレーター周囲に、マナが収束する。
刃が構成される。
灰剣。
機体側に再現されたそれが、外に出る。
振る。
感覚だけが先にある。
入力は最小。
だが。
機体が応答する。
——遅れて。
灰剣が走る。
影の中心。
正しい軌道。
当たるはず。
——外れる。
刃はそこを通る。
確かに通過する。
だが。
何も起きない。
LOG:
「命中」
間。
「対象損傷:なし」
「……当たってる」
次の瞬間。
“さっき通った位置”に、影がある。
遅れて。
そこを灰剣が通る。
順序が合わない。
当たり判定が、入力と一致していない。
もう一度。
「振る」
端末が応答する。
NOMADが刃を再構成する。
今度は、少し外す。
見えている中心ではなく、
半歩ずらす。
灰剣が走る。
——先に、感触。
何かを斬った手応え。
そのあとで、刃がそこを通る。
時間が前後する。
LOG:
「命中判定:遅延」
グラムの腕が上がる。
攻撃に見えない。
だが。
NOMADの装甲に火花。
衝撃。
アリアは回避を選ぶ。
操縦桿を押す。
機体が動く。
——ズレる。
右へ行くはずの機体が、
一瞬前に出る。
そのあとで、横へ跳ぶ。
LOG:
「回避成功率:88%」
直後。
衝撃。
「被弾」
「……してない」
していない。
でも当たっている。
距離を取る。
取ったはずなのに、
変わっていない。
近いまま。
NOMADの重量は後ろへ動いている。
反動もある。
だが。
距離が動かない。
LOG:
「距離:維持」
「……維持?」
アリアは灰剣端末を見る。
正常に動いている。
出力はある。
むしろ強い。
再び「振る」。
端末が光る。
NOMADが刃を生成する。
灰剣が走る。
今度は——
刃が“ずれた位置”に出る。
腕の先ではない。
空間に直接描かれるように。
そこを通る。
影はいない。
だが。
次の瞬間。
その位置に、グラムがいる。
遅れて一致する。
LOG:
「予測誤差」
「再計算中」
「……違う」
敵じゃない。
ズレているのは。
変換だ。
もう一度。
何も考えない。
「振る」
端末が応答する。
NOMADが刃を出す。
灰剣が走る。
——当たる。
確信。
だが。
何も変わらない。
グラムはそこにいる。
切れていない。
壊れていない。
ただ、存在している。
LOG:
「命中」
「対象状態:変化なし」
「……意味がない」
アリアは灰剣を下げる。
端末はまだ光っている。
出力はある。
止まっていない。
それでも。
正しく当てることができない。
前を見る。
グラムはそこにいる。
変わらない。
だが。
戦闘が成立していない。
成立している“形”だけが残っている。
「……当たってない」
間。
「当たってるけど」
さらに間。
「意味がない」
完全な理解ではない。
でも。
分かり始める。
正しい操作が、
正しい結果を出さない。
アリアは機体を横へ向ける。
戦闘姿勢を崩す。
グラムの横を抜ける進路。
一瞬の躊躇。
だが。
今の“正しい戦い方”の方が信用できない。
推進を入れる。
——出すぎる。
制御が遅れる。
それでも進む。
グラムの横を通り抜ける。
攻撃は来ない。
……来ているのかもしれない。
だが。
結果が繋がらない。
遺跡の奥。
さらに歪む。
光が遅れ、先に届く。
影が分裂し、重なる。
LOG:
「座標補正失敗」
「再計算中」
機体は動く。
出力はある。
止まらない。
「……関係ない」
そう言って、踏み込む。
理由はない。
判断でもない。
ただ。
進む。
背後。
気配。
振り返らない。
戦闘は終わっていない。
だが。
成立していない。
NOMADは進む。
ズレたまま。
壊れた制御のまま。
それでも。
動ける。
だから。
進む。
第22話「異常」了
正解は、出ている。
だが。
当たらない。




