表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
正解圏外 – The Outside of the Answer – 灰歴のアリア編  作者: 咲凪すず


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/50

【2部】第11話「再会」

人は、正しい生き方を探す。

間違えないように。

失敗しないように。

できるだけ多くを守れるように。

もし、この世界に「正解」があるのなら、

きっと多くの人はそれを望むだろう。

正しい道。

正しい選択。

正しい未来。

誰も死なない方法。

誰も悲しまない方法。

間違えない方法。

それがあるのなら、

それに従うのが、一番いい。

――本当にそうだろうか。

正しいことは、いつも正しいのだろうか。

正解は、いつも誰かを救うのだろうか。

もし正解が、

「誰を助けて、誰を助けないか」まで決めてしまうものだとしたら。

もし正しさが、

「その人の生き方」まで決めてしまうものだとしたら。

それでも、人は正解を選ぶのだろうか。

それとも――

正解の外で、生きることを選ぶのだろうか。

これは、

正しい生き方が存在しない世界で、

それでも自分の生き方を選ぼうとする人の物語。

夜が明けても、焦げた匂いは消えなかった。

外縁の集落には、まだ薄く煙が残っていた。

焼け落ちた家の柱が黒く突き出し、崩れた壁の隙間から、白くなった灰が風にさらわれていく。

アリアは、ほとんど眠っていなかった。

夜のあいだ、動ける人と一緒に負傷者を運び、水を分け、崩れそうな家から使えるものを取り出した。

都市の救助班のように、決められた手順があるわけではない。

誰が何をするのかも決まっていない。

それでも、人は動いていた。

泣いている子どもに毛布をかける者。

燃え残った木材を集める者。

使える鍋を洗う者。

怪我人の足に板を当てる者。

正解がない場所でも、人は生きようとするのだと、アリアはその夜ずっと見ていた。

東の空が少しずつ明るくなるころ、昨夜助け出した少女が、小さな器を持って近づいてきた。

「……これ」

中にはぬるくなった水が入っていた。

アリアは少し驚いてから、受け取った。

「ありがとう」

少女は、少しだけ頷いた。

その背後で、弟のルカがこちらを見ている。

昨夜、崩れた家の前で立ち尽くしていた少年だった。

「都市の人なんだろ」

と、ルカが言った。

アリアは、水を一口飲んでから答えた。

「……そうだった、のかもしれない」

「なにそれ」

「今は、違うかもしれない」

ルカはよく分からない顔をしたが、それ以上は聞かなかった。

集落の中央では、年配の女が人を集めていた。

昨夜、最初に簡易炉の周囲で叫んでいた外縁の女だった。

「あんた」

女がアリアを見た。

「助かった。何人も」

「……全部は助けられませんでした」

「全部助けられる奴なんていないよ」

女はそう言って、焼け残った布を肩に掛け直した。

「それより、これからどうする」

アリアは答えなかった。

代わりに、遠くを見る。

荒野の向こう。

そのさらに先。

正解の都市から離れた場所。

真白と生きた場所。

空を渡る人たちの世界。

ヴァルダ。

女はその視線の先を察したようだった。

「行く場所がある顔だね」

「……はい」

「なら行きな。ここはもう、自分たちでどうにかする」

アリアは少し迷った。

昨夜、自分はここに来ると決めた。

誰も選ばないから、自分が選ぶと決めた。

なら、最後までここにいるべきなのではないか、と一瞬思った。

だが、その迷いを見ていたように女が言う。

「勘違いするな」

「……え」

「助けるってのは、ずっと背負うことじゃない。今必要なぶんだけ手を出して、あとは生きる奴が生きるんだ」

女は瓦礫の山を見た。

「外縁じゃ、そうしないと全員潰れる」

その言葉は、静かだったが、強かった。

アリアは小さく頷いた。

「……分かりました」

「行きな。選んだんなら、次も選べ」

アリアは礼を言って、その場を離れた。

背中の向こうで、人の声が重なっていた。

泣き声も、怒鳴り声も、鍋の鳴る音もある。

整ってはいない。美しくもない。

それでも、そこには確かに生きている音があった。

荒野の風は、都市の風とは違った。

乾いていて、冷たくて、どこまでも続いていた。

遮る壁も、区切る線も、ここにはない。

アリアは岩場の陰に身を寄せ、息を整えていた。

都市を出てから、まだ数時間しか経っていない。

だが、もう随分遠くまで来た気がした。

頭の中で、LOGの声が静かに響く。

『追跡反応を確認。数二』

「……早いね」

『都市管理局外縁対応機体の可能性が高いです』

岩の隙間から、荒野の向こうを見る。

黒い機体が二機。

一直線にこちらへ向かってくる。

白いREGULUSではない。

黒い装甲。

装甲の隙間を走る赤い光。

背部の大型リングユニット。

肩から垂れた布が風に揺れている。

AF-RG-05 Frontier Stray。

都市の外で活動するための機体。

外に出た人間を追跡し、捕獲し、必要なら排除する機体。

『捕捉まで推定百二十秒』

「逃げ切れる?」

『直線逃走の場合、捕捉されます』

アリアは少しだけ息を吐いた。

「じゃあ、直線で逃げなければいい」

岩陰を飛び出し、走る。

背後で金属の足音が加速する。

Frontier Strayは速かった。

重い機体のはずなのに、速度が落ちない。

背部リングが回転し、短い噴射で機体を前へ押し出す。

ドン、と爆発のような音。

一機がスラスターを吹かし、岩場を一跳びで越えてくる。

着地と同時に、ライフルがこちらを向いた。

赤い照準光。

アリアは横に転がる。

次の瞬間、岩が弾け飛んだ。

『右方、窪地』

「了解」

窪地に滑り込む。

だが足音は止まらない。

一定の速度で、確実に距離を詰めてくる。

逃げ切れない。

その瞬間、影が落ちた。

轟音。

風圧。

砂が舞い上がる。

一機のSKY-RIGが、Frontier Strayの前に低空で滑り込んだ。

「そこまでだ、都会の犬!」

聞き覚えのある声だった。

さらに上空からもう一機、さらにもう一機。

ヴァルダの飛行装具が空を旋回する。

Frontier Strayはすぐに上空へ射撃。

正確な弾道。無駄のない射撃。

だが当たらない。

ヴァルダの機体は規則通りに動かない。

急上昇、急旋回、滑空。

読めない動き。

「アリア! 走れ!」

ガドの声。

アリアは窪地を飛び出す。

だが回り込まれていた。

もう一機のFrontier Stray。

逃げ道を塞ぐ位置。

腕が上がる。

ワイヤー射出装置。

射出音。

ワイヤーが一直線に飛ぶ。

アリアはナイフでワイヤーを切る。

だが次の瞬間、黒い巨体が目の前に着地した。

地面が揺れる。

Frontier Strayがゆっくり一歩踏み出す。

それだけで逃げ場がなくなる。

『捕獲モード移行』

「……嫌だ」

その瞬間、上空からワイヤーが降りてきた。

腕に巻き付く。

一気に引き上げられる。

「捕まってろ!」

ガドの機体だった。

急加速。

身体が宙へ引き上げられる。

Frontier Strayが疑似跳躍で高度を稼ぎ、空中のアリアを狙う。

だが空はヴァルダの領域だった。

砂煙弾。

視界遮断。

体当たり。

数秒の遅れ。

その数秒で距離が開いた。

荒野の上空を滑空しながら、アリアは下を見る。

黒い機体が二機、地上からこちらを見上げていた。

追ってこない。

ここから先は、空の領域。

「……はは」

ガドが笑う。

「相変わらず面倒なのに追われてんな、お前」

アリアは小さく笑った。

「うん。でも、もう戻らない」

荒野の向こうに、移動都市ヴァルダが見えてきた。


再会

外周整備甲板に降りると、油と金属の匂いがした。

怒鳴り声。

笑い声。

工具の音。

歌声。

整然としていない。

でも、止まっていない。

「……変わってない」

「変わらねえよ。俺たちは完成した都市じゃねえからな」

子どもたちが集まってくる。

「アリアだ!」

「生きてたんだ!」

「都市って白いの!?」

「……白いよ」

「きれい?」

アリアは少し考えた。

「きれい。でも、静かすぎる」

子どもはよく分からない顔をした。

その向こうから、一人の男が歩いてきた。

油で汚れた作業着。

工具袋。

無精髭。

「……ジン」

男はアリアを一度だけ見て言った。

「遅え」

「ただいま、って言った方がいい?」

「帰ってきた顔じゃねえな」

一瞬で見抜かれた。

「……うん。帰ってきたんじゃない」

「だろうな。来い」

それだけ言って歩き出す。

それが、ヴァルダの「おかえり」だった。


NOMAD

整備庫の奥に、それはあった。

灰色の装甲。

補修跡。

溶接跡。

左右で違う脚部。

背部可変ユニット。

NOMAD。

アリアの機体。

「……まだ、あったんだ」

「勝手に捨てると思ったか」

「ちょっと思った」

「馬鹿言え」

ジンは機体を叩く。

「右腕直しといた。脚部出力少し上げた。火力は増やしてねえ」

「なんで」

「お前の機体は、勝つための機体じゃねえからだ」

アリアは黙る。

「都市の機体は壊れないための機体だ。決められた通りに動くための機体だ」

ジンはNOMADを叩く。

「こいつは違う」

「これは、生きて帰るための機体だ」

アリアは機体を見上げた。

勝つためじゃない。

正しい戦いをするためでもない。

生きて帰るため。

「……うん。それでいい」

『機体接続待機中』

「LOG」

『はい』

「待ってた?」

『最適待機を継続していました』

アリアは少しだけ笑った。

「うん。ありがとう」


焚き火

夜。

焚き火の前に、ジン、ガド、アリア。

ガドが聞く。

「で、都市はどうだった」

「……正解があった」

「正解?」

「一番多く助かる方法。一番被害が少ない方法」

「便利だな」

「便利だった。たくさん助かってた」

「じゃあ、何が嫌だった」

アリアは少し黙った。

「……誰を助けるかは、もう決まってた」

火が揺れる。

「誰が優先か、誰が後か、誰が切り捨てられるか……そういうのまで、決まってた」

ジンが枝を火に入れる。

「ヴァルダには正解なんてない」

「うん」

「だから、ここじゃ“正しい生き方”なんて誰も言わねえ」

「じゃあ、どうするの」

ジンは言った。

「生き方を、自分で決める」

火の音。

「失敗しても自分のせい。間違っても自分の選択だ。誰かの答えのせいにはできねえ」

少し間。

「だが、その代わり、どこへ行くかは自分で決められる」

アリアは火を見ていた。

都市は正しかった。

でも、ここには別のものがある。

正解じゃない。

でも、選べる。

ジンが聞く。

「お前はどうする」

アリアは少し考えて、言った。

「……私は、戻ってきたんじゃない」

誰も何も言わない。

「ここから、行く」

ジンは頷いた。

「なら、機体を仕上げる」

「……手伝ってくれるの」

「勘違いするな。壊されると気分が悪いだけだ」

ガドが笑う。

子どもたちが笑う。

火が揺れる。

アリアは静かに言った。

「……私は、自分で行く」

『進路候補を提示します』

「うん。でも、決めるのは私」

火の粉が夜空に上がる。

移動都市ヴァルダは、止まらず進み続けていた。

その上で、アリアもまた、自分の進む方向を決めようとしていた。


第11話「再会」了

正解は、誰かが作る。

正しさは、誰かが決める。

それは多くの人を救うかもしれない。

多くの間違いを減らすかもしれない。

多くの未来を守るかもしれない。

だからきっと、正解は必要だ。

正しさも、きっと必要だ。

けれど――

それでも最後に、

人が歩く道を決めるのは、正解じゃない。

正しさでもない。

「自分がどう生きるか」だけだ。

正しいかどうかは分からない。

間違っているかもしれない。

失敗するかもしれない。

何も残らないかもしれない。

それでも、

自分で選んだ道なら、

自分の足で歩いた道なら、

それはきっと、その人の生き方になる。

正解の中で生きる人もいる。

正しさの中で生きる人もいる。

選択の中で生きる人もいる。

どれが正しいかは、誰にも決められない。

だからこれは、

正解の物語ではなく、

正しさの物語でもなく、

**「選んだ人間の物語」**だ。

――ここから、物語は「選択」の側へ進んでいく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ