第36話:クラトスが王都に来ます(3)
ムーノ王子とジャンヌの神様茶番劇事件も落ち着き、クラトスがアメリアに帰る日になった。最終日の今日は、議論した内容の最終確認と挨拶をするために、マーサを含め関係者が王城に集まっている。業務としての側面が強いので、登城祭礼用の豪華なドレスではなく、普段着に近い格好をしている。
第一王子ユーノとマーサはクラトスがアメリアに帰るのを見送っている。
「クラトス氏、有意義な三ヶ月だった。今後ともよろしく頼む」
「ユーノ殿下、こちらこそ有意義な時間でした。引き続きよろしくお願いいたします」
「クラトス様、お元気で」
「マーサ嬢、ありがとうございます。またお会いしましょう」
クラトスが王宮を出発した後、マーサはエフィー王女とお茶会をしていた。
「なんとかひと段落つきましたわ」
「そうですね、エフィー殿下。順調にいけばアメリアの動向も落ち着きそうですね」
「早めに動けたことが良かったようでして、アメリアの代官様や有力者のみなさんからのユースティティアに対する信用も回復しつつあるようですわ」
マーサは、アメリアの独立戦争を回避するために色々と対応してきていて、その効果があったようで良かったとホッとしている様子だ。
「エフィー殿下とユーノ殿下のおかげですね。お疲れ様でした」
「マーサ様のご尽力も大きいですよ」
二人は紅茶を飲みながら、お菓子を食べている。
「マーサ様、我が愚兄の茶番劇で使われた例の魔法陣の件なのですけれど、気がかりなことがわかりました」
例の魔法陣とは、キマイラを召喚したあの魔法陣のことよね。ムーノ殿下本人たちも舞台上で慌てていたし、何か裏にありそうなのよね、とマーサは思った。
「気がかりなこととは?」
「スパイン帝国で使われる魔法陣と似ているようなのです。まだ入手先は判明してないのですけれど、ジャンヌ・スプーキーが怪しい人物と定期的に接触していることがわかりました」
私は、エフィー殿下のおっしゃった言葉をを頭の中で反芻した。スパイン帝国?ジャンヌ?そういえば、乙女ゲームの隠し攻略キャラで、スパイン帝国の関係者がいたような、いなかったような・・・?もっとちゃんと前世の親友ちゃんの話を聞いておくんだった。
それよりも、ジャンヌは簡単に尻尾を出したことが気になるわね。
「あのジャンヌ・スプーキーが怪しい人物と接触している場面をはっきりと確認できたのですか?」
「そうですわ、今までは国の諜報員もうまく躱されており、怪しいとはいえ現場を見れておりませでした。それが、学園の課外授業のあとくらいからでしょうか、今までの手腕がまるで嘘だったかのように、急に精彩を欠く言動が増えたようです。あまりの変わりように、逆に何かの罠なのかと疑って慎重に探っていたのですけれど、罠の兆候もありません。迷い込んだネズミであることはほぼ間違いないと思われます」
ジャンヌは有能な女スパイだったはずだけど、急に変わったことが気になるわね。私は、もうひとつ気になっていることをエフィー殿下に聞いてみた。
「今後ジャンヌ・スプーキーのことはどうされるのですか?」
「背後関係を洗うために、しばらく泳がせようと思っておりますの」
エフィー殿下はそれは綺麗な微笑みを浮かべている。私は、思った。王族怖い、と。
そこに、アルマがとても急いだ様子で、ノックもせずにドアをあけて部屋に入ってきた。
「緊急事態であり、いきなり入室したご無礼をお許しください。クラトス様を乗せた馬車が王都近郊で襲われた模様です」
その知らせを聞いて私の頭が真っ白になった。
「クラトスは?クラトスは無事なの?」
アルマは言いにくい様子で、
「わかりません。護衛と一緒に応戦しているということまではわかっているのですけど・・・救援に向かった騎士も足止めを受けているようです」
早く助けにいかないと。
「場所は?」
「王都の南東です。王都の門からでて30分ほどの場所です。小さな森の近くです」
思ったよりも近い!?
「わかったわ!アルマ、私に認識阻害をかけて」
わたしはいきなり認識阻害を頼まれて戸惑いながらも、マーサ様に認識阻害をかけた。
マーサ様が取り乱す場面は非常に珍しい。テーブルの上にある紅茶も凍っているようですし。ただ、今回はしょうがないのでしょう。クラトス様のことはわたしも気が気ではない。
「ありがとう」
そしてマーサ様はいきなり部屋の窓を開けた。
「お嬢様!?」「マーサ様!?」
「救援に行ってくる!」
そう言うや否や、マーサ様は勢いよく窓から飛び出ていった。
わたしはあわてて窓に駆け寄り外を見ると、王宮や王都の家の屋根の上を飛び移りながら駆けているマーサ様の姿が目に入った。
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クラトス・アメルーシャは、襲ってくる敵になんとか対処しながらも状況を分析していた。
王都に程近い場所で襲われるとは思っていなかったから、油断もあったといえばそうだけど、このままではジリ貧になりそうだな。
こちらの護衛は精鋭揃いとはいえ、敵の数が思ったよりも多い。
その上、野盗に扮しているようでも動きに統制が取れている。
おそらく、どこかの傭兵か私設兵だろう。タイミングを考えるとアメリアの独立強硬派か?
俺の光魔法は補助向けで攻撃に向かないし、武術も護身術をかじった程度だ。数に押されて怪我を負った護衛を回復することで均衡を保ってはいるけど、俺の魔力も徐々に減ってきている。このままだとまずいな。
「クラトス様!応援を呼んだ騎士団ですが、足止めをくらっているようです」
護衛の一人が俺に話しかけてきた。おそらく、固有スキルで遠距離の意思の疎通ができるのだろう。
「そうか、、、包囲網の突破は難しそうか?」
「先ほどから試していますが、敵の数が多いのと、我々は守りに向いている部隊なので、攻撃になると難しいものがあります・・・」
俺に向かって答えた護衛の顔色は悪く、これはいよいよ覚悟を決めないといけないかもしれないと感じた。マーサ嬢に、また会おうと伝えたばかりなのにな・・・
ムーノ王子の婚約者として紹介された彼女は、最初こそ温室育ちのお嬢様の印象だったけど、それもすぐに覆された。変装して冒険者をやっているし、アメリアの内政でも率先して問題を解決するその姿は高潔な貴族で、尊敬すらしている。そのくせお菓子をあげると年相応の少女のような笑顔を見せる。あの笑顔がみれなくなるのは嫌だな。
「意地で突破をはかってみるか?賭けにでもでないと厳しいだろう」
「そうですね、、、わかりました。味方に伝えます」
ハンドサインを使って、他の護衛に伝えたようだ。
「クラトス様、準備ができました」
硬い表情で護衛が伝えてきた。
「わかった。無事に帰ったらエールで乾杯でもするか」
「はい」
俺は息を吸って、声をあげた。
「よし、みんなで突破するぞ!」
「おぉ!!」
俺が護衛と一緒に敵の包囲網の一角に突撃をはじめた瞬間に、遠くから氷の塊が飛んできた。
敵もそれに気付いたようで、俺たちへの攻撃をやめて、お互いの距離がひらいた。
氷が飛んできた方向を見ると、先ほど頭に浮かんでいた少女マーサ・アクトゥールその人がこちらに向かって走ってきている。
髪や服、呼吸も乱れており、刀すらもってない、相当急いできてくれたのだろう。いつもの余裕もなさそうな彼女は、魔法で敵を牽制しつつすぐにそばまでやってきた。
「はぁはぁ、クラトス様、無事ですか?」
「マーサ嬢・・・」
「無事なんですか!!」
「あぁなんとか」
それを聞いたマーサはホッとした顔をした。
「彼らが敵ということでいいですか?」
クラトス様が怪我をしてないことに安心した私は、状況を確認した。
「あぁそうだ、野盗の格好をしているが統制も取れているしどこかの傭兵か私設兵だろう」
「わかりました」
王城から直接きた私は今手ぶらだ。間に合ったのは良かったけれど、武器くらいは持ってくるべきだったかもしれない。
改めて敵を見ると結構な数がいる。武器を持った兵士も多いことを確認した私は、魔法で氷の剣をつくり、敵に向かい合った。
「覚悟はいいですね?」
クラトスは周囲へ補助魔法をかけながら、マーサの戦いを横目でみていた。人数差があるにも関わらず、相手を捕縛してまわっている。敵の攻撃をかわしながら、魔法を操っているその姿は、力強くもあり美しくもある。
「ふう、これで終わりですね」
敵の捕縛を終えたマーサがクラトスや護衛の方に歩いてきた。
「クラトス様、とりあえず捕まえましたが、どうしましょうか?」
これだけいれば一人くらい吐くでしょう、どこのどなたがバックについてるのでしょうか、と呟いているマーサをクラトスはぼうっと眺めていた。
クラトスからの返事をしなかったためか、マーサが改めてクラトスに声をかけた。
「クラトス様?どうしたのですか?」
「・・・なんでもない」
貴女の横顔に見惚れてました、なんて言えないだろうと内心思いながらクラトスは返事をした。




