7.窮余の一策
「前方敵艦隊との距離16光秒。後10分で戦闘開始距離に入ります」
戦術AIの声に微動だにせず、クロード・ビュファール准将は腕組みをしてスクリーンを眺めている。前方で敵のフリゲート艦約200隻、小型艦200隻が方陣を組んでいる。
「あんな小艦隊で何をするつもりでしょうな」
ビュファールの横に立つルヴィエ参謀長がつぶやく。
「ふん。おおかた本隊が逃げる時間を稼ごうというのだろう。貴族らしい姑息な考えだな」
オーギュスト・ド・オーベルニュ伯の直接指揮の下、オクシタン艦隊は何年も前から来る独立に向け密かに厳しい戦闘訓練を積んできた。ビュファールは平民の出であるが、身分ではなく能力に基づいて積極的に部下を登用する伯爵の方針の下でめきめきと頭角を現し、30代半ばながらオクシタンでも十指に入る提督として艦隊を任されるまでになった。
今回の会戦では高速のフリゲート艦からなるビュファール艦隊は戦略予備となり、戦況によって敵側面や背後を急襲し敵に決定的な打撃を与える役割を任されていた。しかしながら敵は予想外に脆く、マッセナ級砲艦やミスラータ艦隊等、オーベルニュ伯が事前に用意していた策によって簡単に崩壊してしまい、ビュファール艦隊に出番は訪れなかった。じりじりとした気分で目の前で展開する戦絵巻を眺めるしかなかったビュファールにとって、敵左翼艦隊残存部隊の追撃命令は演習ではなく本物の戦いで戦功を挙げる最後のチャンスといってよかった。
なかなか進まない時計にビュファールがしびれを切らしかかったその時、
「敵艦隊との距離、4光秒」そう告げた戦術AIは続けて、
「敵艦隊、シールド展開。ミサイル発射、多数」と報告する。
「来たか」
ビュファールはつぶやき、声を張る。「迎撃レーザー砲、弾幕射撃!」
1分後、殺到したミサイルはことごとくビュファール艦隊のレーザー砲によって撃破された。艦隊に損傷はないが、多数のミサイル爆発により艦隊レーダーが一時的に使用不能になりスクリーンが真っ白になる。どうやらミサイルの一部にレーダーに影響を与えるチャフ弾が含まれていたらしい。チャフ弾は弾頭に炸薬の代わりにレーダーを乱反射させる特殊な細かい金属片を多数詰め込んだもので、例え直撃したとしても艦船を殆ど損傷させることはできない。
「敵はミサイルも残り少ないようですな」
ルヴィエが感想を漏らした。
ふん、ビュファールは返事の代わりに鼻を鳴らした。チャフの霧が晴れていくと敵艦隊が左右に分かれ後退していくのがみえる。
「前進せよ」
ビュファールが命じるとミサイル迎撃のため一時的に速度を落としていた艦隊が再び増速する。
「新たな敵艦隊発見!フリゲート艦約200隻、小型艦200隻」
先程の小艦隊と同規模の艦隊が30光秒先に現れる。どうやら先の艦隊の陰に隠れていたらしい。ちっ、無駄なことを、とビュファールは心の中でつぶやく。
40分後、同じことが繰り返される。遠距離からのミサイル集中発射、レーザー砲による迎撃、チャフ弾によるレーダーの一時使用不能、チャフの霧が晴れると敵艦隊の後ろ姿、そして・・・30光秒先に新たな敵艦隊の出現。
敵第3陣の後方に更に敵の第4陣が現れた時、ビュファールは我知らず激怒した。こんなことをしても敵がワープまでに十分な時間を稼げるわけではない。もう無駄なお遊びは終わりだ。
「全艦隊、突撃せよ!敵の攻撃は所詮コケ脅しだ。多少の損害は構わん」
これまでと違い、ビュファール艦隊は敵のミサイル攻撃に減速せず、迎撃レーザー砲を撃ちっ放しにしながら敵艦隊に急速接近する。敵艦隊は慌てたように左右に分裂し、急速後退に移る。
「前方に小惑星帯」AIが一旦沈黙し、その後に待望の報をもたらす。「小惑星帯の先に新たな敵艦隊。戦列艦約200」ようやく見つけた。敵本隊だ。
「速度そのまま。このまま小惑星帯を突破し、敵本隊に突撃する」
航行用AIは小惑星帯の中に艦隊が航行可能ないくつかの細い筋道を示す。ビュファール艦隊は数本の縦隊となり高速でその道を辿る。小惑星帯を抜けた所、敵艦隊の正面で合流する分進合撃の構えである。ビュファールによって厳しく鍛え上げられたこの艦隊であれば難しい芸当ではない。
ところが、ビュファール艦隊の先頭がまもなく小惑星帯を抜けようとしたその時・・・小惑星帯の中を激しい閃光が走った。
「なに!」
驚愕するビュファールの目に周囲の小惑星や岩石が次々と爆発するのが見えた。クリーガーは事前に戦列艦のドローンを使い、エンジンを切った誘導ミサイルを敵の予想進攻ルート上にある小惑星や岩石の表面上に多数設置していた。ビュファール艦隊のレーダー上ではミサイルは小惑星や岩石と区別がつかず発見が遅れた。そのミサイルが今、一斉に起爆したのである。爆発によって加速を付けられた小惑星や岩石がビュファール艦隊の針路上や上部・側面から降り注ぐ。1隻が爆散すると、そのデブリに後続艦が次々と突っ込み、更に被害が拡大していく。
「おのれ、小癪なっ」
怒りで顔面を真っ赤に染めたビュファールの目に敵艦隊が映った。ビュファールは叫ぶ。
「敵はあそこだ!損害に構うな。このまま突撃せよ!」
しかしビュファールにとってそこも死地でしかなかった。小惑星帯を抜けたところに、クリーガーは全戦列艦の火点を集中させていたのである。狙いすました、そして最後の斉射はビュファール艦隊旗艦シレーヌに集中した。・・・旗艦の撃破により統制を失ったビュファール艦隊残存艦は、敵の誘引の務めを果たし今や戦場側面に集結した1,600隻の中・小型艦から発射された最後の、そしてチャフ弾ではない通常弾頭のミサイルによって次々と撃破されていく。
「ふう・・・」
クリーガーは一つ溜息をもらした。敵艦隊は今やちりじりとなり、残存艦は個艦ごとに戦場を離脱していく。こちらの艦隊にももはや撃つべき一発のミサイルも、主砲エネルギーもない。間一髪のところで命を拾ったようだ。
クリーガーは艦橋の面々を見回した。みんなスクリーンを呆然と見つめている。どすん、音がした方をみるとギュンターローデ中佐が尻もちをついている。どうやら、最後の気力を使い果たしたようだ。
おほん、とクリーガーは一つ咳ばらいをして全員の注意を引くと言った。
「さて、帰ろうか。我らが懐かしき故郷に」
その頃、帝国軍本隊が布陣していた場所、今や誰もいなくなった戦場で、何もないと見えた空間に一つ明かりが灯った。その明かりは懐中電灯のように一度二度、ゆっくり左右に頭を振るとしばらくして消え、また闇が戻ってきた。




