5.見つめる目
左翼連合艦隊はようやく秩序を取り戻し、本隊のヴェスターブルグ艦隊を中心に陣形を整えつつある。残存兵力は約6千隻、数だけでいえば敵右翼艦隊に倍するものの本隊に所属する戦列艦が2千隻、残りは本隊と他の諸侯艦隊に所属する大小のフリゲートが3千隻、コルベットやスループなどの小型艦が1千隻であり、小型戦列艦と大型フリゲートで構成される敵艦隊3千隻と比べせいぜい互角よりやや上程度の戦力である。
その敵右翼艦隊は突出したノイラートらの艦隊に対する掃討を終えた後減速し、左翼連合艦隊の正面で整然と陣を組み直しつつある。勢いに乗ってそのまま突撃してこなかったのは、こちらの罠に気付いたからだろう。クリーガーは後退によって距離をとりながら艦隊の態勢を立て直しつつ、敵の合流地点に火点を集中していたのである。
「流石に簡単には乗ってこないな」
クリーガーが顎をさすりながらスクリーンを眺めていると、
「うぉほん!」
わざとらしい咳払いがして振り返るとメルケル幕僚長が手招きしている。クリストハルト司令官は目をそらしつつ座り直しているところだ。ふと脇腹に誰かの肘を感じ、右をみるとグレルマン少佐もそっぽを向きながらぐいぐいとクリーガーをコンソールから押し出そうとしている。顔が赤い。
(あ~、はいはい)
クリーガーは肩をすくめ艦橋隅の定位置に戻っていく。
全員が定位置につくと、何事もなかったかのように司令官が声を張り上げる。
「ノイラートどもはその愚かな行いの代償を自らの犠牲によって払った。しかし我がヴェスターブルグ艦隊は無傷であり作戦に変更はない。各員、一層奮励努力せよ」
「はっ」艦橋詰めの全員が唱和する。クリーガーを除いて。
「前進!」
クリーガーの指示によって後退した左翼連合艦隊は本隊からかなり離れてしまった。その間に本隊と右翼は当初の作戦通り敵との距離を詰めつつある。このままでは無様な姿を晒しただけで戦いの帰趨が決してしまう。クリストハルトの焦りは明らかであった。
「敵艦隊との距離、3.5光秒、3.4、3.2、3.1・・・」
「砲撃開始!」
クリストハルト司令官が腕を振り下ろすと戦列艦の第一列が主砲を一斉に発射する。敵艦隊もその場に留まり主砲を撃ち返してくる。ようやくクリストハルトが思い描いたような“正々堂々とした”戦いが始まったようであった。
クリーガーはまた壁によりかかりながらスクリーンを眺めている。しかしその視線は自艦隊の状況にはなく、彼は本隊と右翼の状況を見つめている。本隊と右翼艦隊は当初の予定通り、徐々に敵に対する包囲を狭めていく。双方の本隊同士の距離はまだ4.5光秒、まだ時間があるな、そう思った瞬間クリーガーは目を瞠った。突然、本隊の第一列が赤く点滅し損害を受けたことを示し始めた。
(ばかな!)
まだ双方戦列艦の射程内には入っていない。(敵の新兵器か)そう思ううちにも、次は本隊の第二列が点滅し始める。スクリーンを食い入るように見つめるクリーガーの耳にギュンターローデ中佐が叫ぶのが聞こえた。
「敵、後退していきます!」
「よし、さらに前進!」
クリーガーが正面に目を戻すと確かに正面の敵艦隊が後退を始めている。
「敵、さらに後退!速度が上がっています!」
「逃がすな!こちらも増速!」クリストハルトが叫ぶ。
「敵の艦列が乱れ始めました!」
確かにヴェスターブルグ艦隊の勢いに押されたように、敵の陣形が左右に分裂していく。
「敵は崩れかかっておるぞ!全艦突撃!このまま揉みつぶせ!」
艦橋が熱狂に満たされたその時、クリーガーは何か得体の知れないものにじっと見つめられている気がして全身を震わせた。
「いけません!罠です!」
「なに!」クリストハルトが鬼のような形相で振り返ったその瞬間・・・。艦橋を白い光と轟音が満たした。
ふと、クリーガーは自分がカーペットに顔を埋めているのに気付いた。毛が長く赤いカーペットは柔らかくて温かく思わずうっとりする。(あれ、いつの間に俺帰ってきたのかな)そんな思いに一瞬捉われた時、クリーガーを揺さぶる手を感じ、聴覚が戻ってきた。
「アーニー!アーニー!」
ハンスに支えられてよろよろと立ち上がるとクリーガーは頭を振って、周りを見渡した。惨憺たる状況だ。艦橋に立っている者はおらず、一部で煙が上がっている。どうやら旗艦ネルトゥスは直撃を受け、その影響により艦橋内で爆発が起きたらしい。
「メインシステム損傷、バックアップシステム起動」
AIが告げている。
まだふらつく足を不器用に動かしながらクリーガーは司令官席に歩いていき、がっくりと頭を落としているクリストハルト司令官の肩に手を置いた。のろのろと司令官が頭を動かしクリーガーを見上げる。顔面蒼白でうつろな瞳が彷徨うように左右に揺れる。
「君か・・・メルケルは?」
クリーガーはちらりと床に転がっている人物に目をやって言った。
「幕僚長は戦死されました」
クリーガーの視線を追って頭を吹き飛ばされた幕僚長を発見したクリストハルトは盛大に吐き始めた。ふと気付いてクリーガーが自分の掌を見ると血に染まっている。
「衛生兵!司令官が負傷された。直ちに病室に運べ」
腕に縋りつく手があるのを感じ、クリーガーが視線を合わせるとクリストハルトは大きく目を見開き喘いだ。かすれ声で「助けてくれ。頼む。死にたくない」それだけ絞り出すと、衛生兵3人がかりで連れられて行く。他にも負傷した若い幕僚達が衛生兵によって引きずられるように連れられて行った。
スクリーンに目をやると敵艦隊は後退を止め、再び整然と陣形を組み直しつつある。まもなく攻勢に転じるだろう。クリーガーは大股で歩いていきコンソールに覆いかぶさっているグレルマンの体を引き剥がす。グレルマンの体が力なくずるずると崩れ落ちた。何かに驚いたように目と口を大きく開き、腹からは盛大に血が噴き出す。既にこと切れている。
幸いなことに艦隊運動中央制御システムはまだ生きている。直ちに艦隊全体に全速後進を命じたところで、クリーガーの耳に誰かのすすり泣きが入ってきた。みるとディートマー・ギュンターローデ中佐が床にペタンと座り込み、友の遺体を見つめている。
「ちっ」
クリーガーは軽く舌打ちするとギュンターローデの襟首をつかみ、力いっぱい引き上げた。ギュンターローデが案山子のようによろよろと立ち上がる。
「しゃっきりしろ、中佐。泣いている場合か」クリーガーはスクリーンを指さし、
「敵が迫っている。直ちに迎撃態勢を取らねばならん」
スクリーンを見つめるギュンターローデはそれでも事態を理解できないようだ。
ピシャッ。涙で濡れたその頬が音高く鳴り響き、ギュンターローデはよろめいた。頬を押さえて呆然とクリーガーを見つめ返す。
「ディートマー!ここで死にたいのか!」
ギュンターローデはまだ頬を押さえたまま、クリーガーの恐ろしい剣幕に蒼白な顔でがくがくと頭を振る。
「そうか。俺もだ。そして、」クリーガーはギュンターローデの腕を掴んでぐいと前に向き直させる。左手で艦橋のオペレーター達を指さす。ある者はこちらを見つめ、ある者は手元のスクリーンを見つめたまま俯いている。
「死にたくないのは彼らも一緒だ。ここにいる皆に国で待っている者達がいるんだ」そして、とクリーガーは続ける。
「彼らを無事に国に返すのが我々士官の責任だ。君も士官の端くれなら、身分に相応しい責任を果たせ!」
やれるのか!クリーガーの剣幕にギュンターローデはがくがくと頷いた。
「やります、大佐。やります!」クリーガーに殺されると思っているのか、必死の形相だ。
ようし、と言ってクリーガーはギュンターローデを解放し再び正面を向いた。
「ディートマー、火器管制システムの指揮をとれ」
さらに「ハンス」、とクリーガーは声を張り、従者に「オペレーター達を手伝ってやれ」と命じた。オペレーター達が慌ただしく動き出し、艦橋に再び活気が戻ってくる。




