4.中央本隊
「何をやっとるんだ、ヴェスターブルグの倅は」
帝国宇宙艦隊司令長官にして今回の遠征艦隊総司令官でもあるゴットフリート・フォン・ヴェルニッケ侯爵は旗艦オースタラの艦橋中央の司令官席で、頬杖をつきながら不機嫌そうにスクリーンをみつめている。
惑星シュブレムベルグの帝令候でもあるヴェルニッケ侯は帝国草創期からの名門の出である。若い頃は現宰相リディガー・フォン・ヴェスターブルグとは将来の宰相の座を争うライバル同士であった。しかしたった一つの失敗をヴェスターブルグに利用され、彼は出世の道を閉ざされた。その後ヴェスターブルグは娘マルレーネを皇帝に献上して公爵となり、一方のヴェルニッケは宇宙艦隊司令長官という肩書だけは立派だが戦争の絶えた帝国ではお飾りに等しい地位に祭り上げられたのである。そういった経緯から、彼がボルトハーゲン派に属するのは当然の成り行きでもあった。
それが降って沸いたようなオクシタンの独立騒ぎでヴェルニッケに名誉挽回の絶好の機会が訪れた。彼は宇宙艦隊司令長官の権限をもって皇帝にオクシタン征討を進言し、自らを遠征艦隊総司令官に任じたのである。
オクシタン征討は誰もが異論のないところですんなりと決定されたものの、その後の艦隊編成は揉めに揉めた。ヴェルニッケはあくまで自らの手で遠征艦隊を編成するつもりだったが、今回の遠征を出世の機会と考えるのは他の貴族たちも同じで、自薦他薦、有象無象の参加申し込みがあり編成は難航した。征討決定から出撃まで2カ月もかかったのはそのためである。
(その中でも最も業腹だったのは、)ヴェルニッケは腹の中で舌打ちする。かつてのライバル、ヴェスターブルグ宰相が自分の嫡男クリストハルトを遠征艦隊総司令官として押し込もうとしたことである。ヴェルニッケは宇宙艦隊司令長官の地位を盾になんとか総司令官の座を死守することに成功したものの、宰相の意向は無視しえず、結局左翼艦隊の司令官としてクリストハルトの受け入れを飲まざるをえなかった。
(そのかわり、)ヴェルニッケはひそかにほくそ笑む。扱いにくいノイラートとオットケを2人まとめてクリストハルトの麾下にくれてやった。その結果は、ヴェルニッケの期待をはるかに上回るものだった。(帰ったら大いに左翼艦隊司令官の不手際を糾弾せねばなるまい。いやそれでは足らん)クリストハルトを強引に司令官に押し込んできた宰相殿の責任を問わねばなるまいて、そう思うと帝国に凱旋する日が楽しみになってきた。
「敵艦隊との距離、7光秒」AIが報告する。
ヴェルニッケはスクリーンを眺める。左翼艦隊はその場で全滅でも何でもするがいい。こちらは帝国親衛艦隊を中心とし、ヴェルニッケ自身が指揮する精鋭の本隊1万、右翼の諸侯連合艦隊1万が無傷だ。敵に対して数の上でも布陣の上でも圧倒的な優位を保っている。政治的な栄達の道が断たれた後、これでも暇にあかせて過去の戦略、戦術を学び帝国の誰よりも艦隊運用に通じるようになったのだ。実際、皇帝陛下御臨席での年に1回の大演習では過去数年間自分に敵うものは1人もいなかった。オーベルニュ伯とて例外ではない。(見ていろよ)ヴェルニッケはヴェスターブルグの顔を思い浮かべた。(今こそ、貴様より儂の方が優れていることを目にものみせてくれる)
オーベルニュ艦隊の中央本隊は戦列艦5000隻、帝国側から見ると上下方向に25隻、左右方向に40隻、合計1000隻の長方形陣を第一列とし、それが前方から後方に向け5段に配置されている。ヴェルニッケの率いる帝国軍本隊も基本的に同じ陣形で、中央に戦列艦5000隻を配置し、その両脇に2500隻ずつのフリゲート艦その他の中小艦艇を配置している。これが帝国における戦闘ドクトリンの基本陣形であり、戦闘は主に戦列艦同士で行われるものだ。フリゲート艦などは敵艦隊の偵察、牽制そして敗走する敵の追撃以外にこのような会戦で出番はない。
ヴェルニッケが敵勢力を確認後に全艦隊に向け授けた作戦要領はこうだ。まずは左右の翼を広げ敵艦隊を半包囲する。そのまま包囲を狭めていき、戦列艦の射程距離内に入ったらヴェルニッケ自身が率いる本隊をもって砲戦に持ち込み、戦列艦からなる敵本隊を拘束する。ヴェルニッケの手腕をもってすれば、戦列艦の数においてほぼ同数の敵本隊を引き付けておくことは容易だ。敵本隊がこちらの本隊への対処に忙殺されている間に、戦力で勝るこちらの両翼が敵の左右両翼を突破する。おそらく敵は戦線を支えるために本隊から戦列艦を割くか、後退して包囲を避けようとするだろう。その機を逃さず、本隊5000隻の戦列艦部隊をもって突撃する。同時にこちらの本隊所属のフリゲート部隊に敵本隊と左右両翼の間の間隙を突破させて敵の退路を断ち、包囲殲滅する。おそらく帝国史上に燦然と輝く大勝利に終わるだろう。
クリストハルトの不手際で作戦計画は崩れてしまったが大勢には影響ない。当初の作戦通りこちらの本隊で敵本隊を拘束している間に右翼艦隊で敵左翼を蹴散らす。その後は一部フリゲート部隊をもって反時計回りに敵右翼の後方に回り込み、クリストハルトの左翼艦隊残存部隊と共同で敵右翼を包囲してやればいい。息子の危機を救ってもらったと知ったヴェスターブルグはどんな顔をして儂に会うのだろうか。ヴェルニッケはにんまりと笑った。
「敵艦隊との距離、6光秒」AIのカウントを聞いた若い幕僚がコンソールに手を伸ばす。
「中央制御システム、レベル1に・・・」
「馬鹿者!」
幕僚長の怒声に艦隊運動担当幕僚は身をすくめる。
「レベルは2だ!聞いておらんのか!」
幕僚長は中央制御システムの特製リモートコントローラーをヴェルニッケにうやうやしく手渡す。
「閣下、よろしくお願いいたします」
うむ、といってヴェルニッケは司令官席に座ったままコントローラーを受け取る。艦隊戦において前線の指揮官に判断を任せるなど、愚の骨頂だ。全体を俯瞰できる優れた総司令官が細部に至るまで艦隊をコントロールすることこそ肝要だ。数々の演習でヴェルニッケがマニュアルに頼ることしかできない他の提督たちを打ち破ってきた秘訣がこれだ。特に部隊突撃のタイミングを計るには繊細な感性こそ必要で、他の者に任せることは絶対にできない。
「敵艦隊との距離、5光秒」AIが告げたその時、レーダー担当オペレーターが報告する。
「敵艦隊、シールドを展開」
なに、ヴェルニッケは訝った。早すぎる。通常、シールドは戦列艦の射程距離に入る直前に展開する。シールドにも相当なエネルギーを使用するため、あまりに早く展開すると戦闘途中でシールドが切れたり、あるいは主砲を発射するエネルギーそのものが足りなくなったりしかねない。
他方、それ自体エネルギー体であるシールドが展開されると、レーダー波との干渉でその後ろにある敵艦本体は視認できなくなる。戦列艦が長方形陣を組むと、相手レーダー・スクリーンには巨大な光の長方形だけが写ることになる。そのため艦隊は上下左右方向に弾着観測用ドローンを展開し、シールドの後ろに隠れている敵艦を視認しようとするわけだが、そこまでしなくてもレーダーに映る光点の大きさから艦種を読み取ることは可能である。戦列艦のシールド範囲はフリゲート艦より大きく、コルベット以下の艦船にはシールドが装備されていないためだ。そこから判断して敵の陣形に変化はない。
(ふふん)ヴェルニッケは嘲笑った。(若造め、慣れない戦闘に焦っておるな)少しスピードを落として焦らしてやるか、そう考えた時、
「敵陣にエネルギー反応!ビーム砲です!」
「なに!」
次の瞬間、ヴェルニッケ艦隊の第一列に配置された戦列艦が次々と爆発する。シールド展開前だったためまともに荷電粒子砲の直撃弾を浴びたのだ。
「第二撃、来ます!」
ヴェルニッケの見る前で今度は第二列の戦列艦が次々と沈んでいく。
「距離は!?」
尋ねるヴェルニッケにAIが冷静な声で返答する。
「敵艦との距離、4.5光秒です」
まだ戦列艦の射程外のはずだ。まさか、新兵器か?呆然とするヴェルニッケにレーダー担当オペレーターの声が追い打ちをかける。
「敵戦列、急速接近してきます!」
蒼白になったヴェルニッケの脳は既に恐慌をきたしている。
「右翼だ!右翼艦隊を突撃させろ!」
ヴェルニッケを嘲笑うように、戦術AIが冷静な声で報告する。
「右翼艦隊後方に新たな艦隊が出現。総数2000」




