3.左翼連合艦隊
「敵までの距離10光秒。現在の速度を維持した場合、700秒で戦列艦標準射程内に入ります」戦術AIが告げる。
「500秒後に前方シールド展開」
「艦首主砲全門準備完了」
「対艦ミサイル準備完了。いつでも発射できます」
「対空レーザー砲全砲塔準備よし。追尾レーダー・リンクを最終確認しろ」
「艦隊運動中央制御システム、レベル1までダウン」
若い幕僚達が生き生きと各持ち場で指示を下す。全て士官学校の戦闘教本に書かれてある戦闘準備マニュアル通りだ。貴族子弟達に手柄を立てさせようということなのか、クリーガーには“幕僚長付”というあいまいな肩書だけで特に持ち場は与えられていない。
手持無沙汰なのをいいことに、クリーガーはじっくりとオーベルニュ艦隊を観察していた。帝国艦隊が大きく両翼を広げた布陣を敷いたのに対しオーベルニュ艦隊が内線の利を生かし各個撃破を目論んでくるのではないかと危惧していたものの、今のところそのような動きはみられない。帝国艦隊の動きに合わせ、両翼を旋回させ陣形を扇型に変えたのみだ。
帝国艦隊はじりじりと包囲の輪を狭めていく。
「射程距離まで残り400秒」
緊張が増し静まりかえった艦橋内で戦術AIがそう告げた次の瞬間、
「あっ!」
若い幕僚が突然あげた素っ頓狂な声に一同びくっと体を震わせた。
「なんだ、どうしたグレルマン君!」
メルケル幕僚長が苛立たし気に叱責するもスクリーン上で事態は明らかだった。
「オットケ艦隊が艦列から離れ、突進していきます!」
「馬鹿な!」
クリストハルト司令官が声を張り上げるうちにも事態はさらに悪化した。オットケ艦隊の後を追うようにノイラート艦隊もスピードを上げ始めたのである。ノイラートとオットケ両男爵はともに30代半ば、普段から折り合いが悪く何かにつけ張り合っている。
「先陣争いか」
クリーガーは苦々しく吐き捨てた。容易に勝てそうな戦いで相手より大きな功績を挙げ、出世争いで先んじようと計算しているのだろう。他の分艦隊も両提督に引きずられて突進するもの、事態の急変に戸惑いその場で停止するものが入り乱れ、左翼連合艦隊の堂々として美しかった横陣は瞬く間にみるも無残に前後に引き裂かれ始めた。
「中央制御システムをレベル3まで戻せ!奴らを連れ戻すんだ!」
憤怒で顔を朱に染めたクリストハルトが叫ぶ。
「閣下!いけません!」
慌てて止めようとするメルケル幕僚長だったが、司令官の剣幕にすっかり怯えた艦隊運動担当のグレルマン少佐は反射的に制御システムを操作する。
・・・結果は無残だった。
突進していくいくつかの分艦隊では、自艦隊の制御AIと左翼連合艦隊旗艦の中央制御システムから同時に相矛盾する命令を受け取った各艦のコンピュータでエラーが相次ぎ、ある艦は急制動をかけられて横倒しになり、隣の艦と衝突、そこに別の集団が突っ込むと爆散したデブリが更に他の分艦隊に降り注ぐ・・・陣形を整え直すどころか、左翼艦隊全体に急速に混乱が拡大していく。
帝国宇宙艦隊の艦隊運動中央制御システムは、今回の遠征では遠征艦隊総旗艦及び左右両翼の連合艦隊旗艦にのみに置かれており、そのレベルは1から3まである。レベル3では旗艦から艦隊に所属する個々の艦艇の運動を操作することができ、通常は観閲式や戦闘開始前の布陣に使われる。連合艦隊に所属する各分艦隊の貴族司令官達がいかに艦隊指揮に不慣れであろうと、このシステムによって数万隻の艦船が整然と運動ができるようになっている。まさに観閲式にはぴったりのシステムである。
レベル2は戦闘開始後に戦況に合わせて布陣を変更するような場合に使われ、総旗艦・連合艦隊旗艦が操作するのは各分艦隊旗艦までとなり、分艦隊の司令官は自らの艦隊内での配置や隊形の変更が可能になる。レベル1では総旗艦・連合艦隊旗艦の指示は口頭(通信文)で伝達されるのみになり、その範囲内で各分艦隊は自らの判断で行動することができるようになる。
戦闘教本によると戦闘中は通常レベル1にすることとなっており、グレルマンが戦闘開始準備でシステムをレベル1にダウンさせたのはこのマニュアル通りということになる。しかし制御システムがレベル1になったことをいいことに、オットケやノイラートらは勝手に自らの分艦隊に突撃命令を下した。その命令の解除手順が実行されないまま突然総旗艦から制御レベル3で後退命令が出たために、システムがエラーを起こしたのである。
「あああああ・・・」
呆然とスクリーンを眺める司令官にレーダー担当オペレーターの声が追い打ちをかける。
「敵艦隊!急速接近してきます!」
敵右翼の3000隻が本隊から分離し、速度を上げながら前進してくる。とみるまに、整然と並んだ敵艦の艦首が一瞬まばゆく輝いた。多くの帝国艦は突然の事態の展開にシールドの展開が間に合わず、次々と荷電粒子砲の直撃弾を浴びて撃破されていく。何とかシールドを展開した艦隊には近距離から対艦ミサイルの雨が降り注ぎ、これもあっけなく撃破された。
「速いな」
クリーガーはコンソールに向かって歩きながらスクリーンをみて首を傾げた。今前方で帝国艦に襲い掛かっている敵艦は戦列艦よりやや小ぶりだが速度は戦列艦とはくらべものにならぬほど早い。ビーム砲に白銀の外部装甲がきらきらと輝いている。
静まりかえった艦橋の中で動いているのはクリーガーだけだった。他の者は司令官も含め、まるで催眠術にかかったかのように固まっている。クリーガーはグレルマンを押しのけ、中央制御システムをレベル2に戻すと「前方シールド展開!」と声を張った。続いて「微速後進」「射点観測ドローン発出、主砲斉射用意」「横隊左斜形陣、急げ」次々と命令を下していく。弾かれたように艦橋のオペレーター達が慌ただしく動き出す。
白銀の敵艦隊は最初の一撃を与えると上下左右に分かれ、混乱の極みにある帝国艦隊を外側から包囲しつつ前進してくる。まだ動いている帝国艦船には上下左右の艦船から発射されたミサイルが次々と命中し阿鼻叫喚の地獄絵図である。だが残されたクリーガー達にはそれをスクリーンで眺めることしかできない。




