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New Space Scrolls  作者: 乃木了一
第五章 オクシタン征討
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2.会敵

帝国暦202年(地球暦4261年)12月25日、2日前にワープ・ホールから抜けた帝国艦隊3万隻は速度を調節しながら陣形を整えている最中である。帝国軍3万隻は出陣日に指定された11月25日に副宰相の領土であるボルトハーゲンに集結し、軍議を行ったあと二手に分かれ、一万隻はエル・プエルト星系経由で、残りの主力部隊二万隻はラ・カルロッタ~ダ・ヴォルト星系経由でオクシタン星域に侵入した。当然のことではあるが、オクシタンが独立宣言後すぐにラセンナを除く帝国領星系とのハイパー・ワープ航路を封鎖したため、オクシタン征討軍は通常のワープ航路を通っての移動を強いられた。大軍の移動というものは時間がかかるもので、出陣から既に1ヶ月がかかっている。


ヴェスターブルグ艦隊旗艦ネルトゥスの艦橋内にAIの音声が響きわたる。

「偵察艦から入電。敵艦隊を発見。距離約30光分。現在の速度で行きますと2時間半後に会敵します」

クリーガーは身じろぎし、ちらりと艦隊司令官クリストハルト・ルートヴィヒ中将と幕僚長ゲルハルト・フォン・メルケル准将の方をみやった。豪華に飾り立てた司令官席から立ち上がった長身のクリストハルト司令官は、帝国宰相の嫡男らしく肩を聳やかし堂々とした出で立ちだがその背中からは若干の緊張感が感じられるようでもある。司令官の左手一歩下がった場所で鯱張る小太りのメルケル幕僚長の方はというと、こちらはあきらかに落ち着きなくそわそわしている。

司令官の右手後方には若い幕僚達が6人、固まって立っている。彼らの顔はむしろ興奮からか輝いている。彼らはいずれも貴族の子弟で歳は21、22、階級は中佐や少佐だが艦艇勤務はこれが初めてだろう。6人の中心にたつのはディートマー・ギュンターローデ中佐。名門ローデスブルク伯爵の嫡男で21歳だ。1人がディートマーに何か囁くと、他の4人がくすくす笑った。乗艦以来、彼らがクリーガーに話しかけたことはない。身分が違うからだ。

クリーガーは彼らから離れて一人艦橋左後方の隅に立っている。彼にとっては余計なおべっかや気遣いが必要ないこの立ち位置に十分満足しているのだが、従者のハンスはそんな主人の姿をみたくないのか、艦橋を出たすぐのところの廊下で控えている。

まるで遠足にでも来たかのような若者たちとは対照的に落ち着かなげな2トップの姿をみて、無理もない、とクリーガーはひそかに苦笑した。司令官にしろ幕僚長にしろ、肩書は立派だがその地位は軍人として戦功によって得たものではない。一応は若い頃に軍士官学校で一通りの戦略・戦術は学び、年に一度皇帝の御前で行われる観閲式と大規模演習で艦隊を指揮した経験はあるだろうが、あんなものは実戦とは程遠い優雅なお遊戯だ。

(俺だって、)クリーガーは思う。少尉として18の時に小さなスループ艦に乗り込んだ時から辺境地域での警備や宙族の取り締まり、小規模叛乱の鎮圧支援などといった任務に就き艦隊勤務は15年を超えたがこんな大規模な艦隊戦は初めてだ。ここにいる全ての者にとって、これは初陣なのだ。


クリーガーはみるともなく左右をみわたした。ヴェスターブルグ艦隊は諸侯連合艦隊の中で最も多い4000隻からなり、帝国遠征艦隊の左翼艦隊を指揮している。指揮下の艦艇はベルンハルト・フォン・ノイラート男爵麾下の1000隻、レオポルト・フォン・オットケ男爵麾下の800隻など、大小の諸侯艦隊1万隻にのぼる。(あくまで名目上は、な)クリーガーは思う。例え小なりといえども平時においてはそれぞれが独立した領主。いざ戦闘に突入したら、独立心と様々な思惑からなるこの諸侯連合艦隊がクリストハルト司令官の号令の下で一糸乱れず戦い続けるとは考え難い。

「敵総数1万2千隻。戦列艦5000を中心に左右に中型艦各3000隻、後方に艦種不明1000隻の布陣です。確度70%」再び戦術AIの声が響き渡る。旗艦ネルトゥスの艦橋に静かなどよめきが満ちる。

「閣下、敵は我が方の1/3に過ぎません。この戦い、既に勝利したも同然ですな」

メルケル幕僚長がクリストハルト司令官に呼びかける。敵の戦力を聞いてほっと安堵したようなメルケルの顔に今度は媚びへつらうような笑みが浮かんでいる。もう凱旋した後の褒賞に頭がいっているのだろうか。

「ふん」

クリストハルト司令官は椅子にどっかりと腰を下ろし足を組む。顔に冷笑が浮かぶ。

「あの若造め。前々から鼻につく奴だったが、所詮はその程度の男よ。これを機に完膚なきまで叩き潰してくれる」

クリストハルトは愛人にと考えていた美貌の若き令嬢をオーベルニュ伯に横取りされたことを不意に思い出し、顔を歪めた。

「奴を生け捕りにし、公衆の面前でわしに膝まずかせてやるわ」

通信オペレーターが立ち上がり、司令官に敬礼する。

「総司令官から入電です。左右両翼は移動し半包囲態勢をとるように、とのことです」

AIが中央のスクリーンに総司令部から指示された布陣を映し出す。オーベルニュの艦隊の正面に本隊が布陣し、左右両翼が側面から敵艦隊を包み込むような布陣だ。

クリストハルトは頷く。

「大軍にふさわしい陣形だな。各分艦隊に指示せよ」

クリストハルトの指揮する左翼は旗艦ネルトゥスからみた相対的位置をそのままに、左前方に滑るように移動し始めた。移動するにつれて艦隊は右旋回し砲口をぴたりとオーベルニュ艦隊に向けている。帝国が誇る中央制御システムのおかげで陣形変更はスムーズに進んでいる。


(遠すぎる・・・)クリーガーは不安を覚えた。彼らが属する左翼と本隊との距離がどんどん離れていく。確かに戦力が敵に勝る場合、包囲して敵を正面と側面の両方から叩くのは戦の常道だ。しかしそれも本隊と左右両翼が十分に連携してこそ効果がある。その連携が不十分な場合、逆に敵に内線の利を与えかねない。クリーガーが進言をしようと幕僚長に歩み寄りかけた時、幕僚長が司令官に向かっていった。

「閣下、まだ十分時間がございます。しばらくお部屋でお休みになってはいかがでしょうか。私共も腹ごしらえをしてまいります」

クリストハルトも頷き、立ち上がった。

「そうか。ではそうするとしよう。準備が整ったら知らせろ」

幕僚たちが敬礼するなか司令官が立ち去ると、メルケル幕僚長はクリーガーを振り返り、

「クリーガー大佐。ここは君に任せる」

とだけ言い、他の幕僚達を引き連れスタスタと食堂の方へ出て行った。

「やれやれ」

クリーガーは息を吐き出すと、立ち詰めで痛んだ足を屈伸した。

「アーニー、大丈夫かい?ほんと、いけ好かない連中だよ」

司令官達が出ていくのを見計らって入ってきたハンスが吐き捨てる。

「まあいいじゃないか。彼らには彼らの苦労もあるだろうさ。それにハンス、俺があんな身分だったらそんな口をきくお前はとっくに絞首刑だぞ」

クリーガーがからかうのにハンスはうへぇと舌を出し、「ご貴族様に捕まるほどどんくさくねぇよ」と憎まれ口をたたく。

「ところで、」ハンスはスクリーンを眺めて、「勝てそうかい?」と聞くのにクリーガーは頭を振って溜息をついた。

「どうかな。司令官と幕僚長殿はもう勝った気でいるみたいだが、オーベルニュ伯としてもむざむざやられるために戦いを挑んだわけじゃなかろう。何か隠し玉があるかもしれんな」

クリーガーの言葉にハンスは不安そうにスクリーンを見つめた。


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