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New Space Scrolls  作者: 乃木了一
第五章 オクシタン征討
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1.出征

オクシタンの独立宣言は当然のことながら、帝国内に大混乱をもたらした。小規模な地方惑星の叛乱を別として、自らの生活を脅かす敵のいない200年の泰平の世を謳歌してきた帝国民にとって、戦争とはどこか遠い辺境、あるいは文明がまだ発達していなかった太古のおとぎ話でしかなかった。

それは帝国軍首脳部、あるいは貴族達とて例外ではなかった。一応、帝国には200年前の銀河大戦の名残として軍組織があり、一朝有事の際には皇帝直属の親衛艦隊の他に各貴族がその格式に応じて私兵艦隊を提供し事にあたるという誓約はあるが、長年の泰平の間に緊張感は喪われ軍の階級は帝国貴族にとって名誉職、軍艦は華美を競う単なる飾りと堕していた。

それでも、オクシタン叛乱の対応策の検討と準備に2ヶ月以上もかかりながら、シュブレムベルグ帝令候にして宇宙艦隊司令長官、ゴットフリート・フォン・ヴェルニッケ侯爵を総大将とし、親衛艦隊を主体とする本隊1万、諸侯連合艦隊2万の合計3万隻がオクシタン征討に向かうことがようやく閣議決定された。



帝国暦202年(地球暦4261年)11月24日、明日の出撃を控え、エルンスト・フォン・クリーガー大佐はだらしない格好で自宅のソファに寝そべり、従者ハンス・リーデル曹長と妻のイリーナが忙しく立ち働くのを眺めている。クリーガーは今回の出撃において、帝国宰相ヴェスターブルグ公の長男クリストハルト・ルートヴィヒ中将の幕僚の1人としてヴェスターブルグ艦隊旗艦ネルトゥスに詰めることになっている。


クリーガーは33歳、惑星ヴェスターブルグ内に領地を持つクリーガー男爵家の跡取りであった。“あった”と過去形なのは、クリーガー男爵家というものがもう存在しないからである。彼の父、マティアスはもともと田舎の騎士家から迎えられた“入り婿”だったにもかかわらず、酒癖が悪く賭け事にも目がない男だった。エルンストの母アンネが亡くなるとマティアスの行状は更に悪化し、数年もしないうちに男爵家は破産した。


一方、イリーナはボルドー星系内に領地を持つ由緒正しきヘルツェンバイン子爵家の末娘である。ヘルツェンバイン家とクリーガー家は古くから親交があったことから、エルンスト15歳、イリーナ10歳の時に親同士の間で婚約が決められたのである。18歳でクリーガー家に嫁いできたイリーナであったが、その翌年にクリーガー家は破産、激怒したヘルツェンバイン子爵はクリーガーに離縁を迫り、娘を取り戻そうとした。しかしイリーナは頑としてそれを拒み、逆に実家との縁を切ってしまった。普段おとなしい物腰のイリーナの頑固な一面にクリーガーも驚いたものである。


クリーガーは仕方なく男爵位を地元の富裕な商人に売り、何とか屋敷だけは手元に残ったものの、使用人は全て解雇せざるを得なかった。その頃には父マティアスは長年の不養生がたたって寝たきりになっていた。イリーナは一人で義父の面倒をみるかたわら、近所の子供たちに読み書きや裁縫を教えるなどして苦しい家計を支えてくれたのである。そのマティアスも1年後には亡くなった。それから8年、子宝には恵まれていないものの、エルンストとイリーナはつつましくも仲睦まじい生活を送っている。既に領主ではないが、こうした経緯から旧領民は未だにクリーガー達を「若様」、「若奥様」と呼び、何かにつけて屋敷に寄っては世間話をしたり、畑で採れた野菜を持ってきてくれたりといった交流を続けている。


そんなクリーガー家にハンスがやってきたのは3年前のことである。3年前の秋、クリーガーは主君であるヴェスターブルグ公から地方惑星シェリーフェンでの叛乱鎮圧を命じられた。その時の叛乱の首謀者の一人がハンス・リーデル、本名ヨナタン・ミンツだった。

ミンツ達が叛乱を起こしたのは惑星シェリーフェンのデーニッツという土地で、領主はメルダース子爵という男だったが、通常よりずっと高い税率を領民にかけるなど、悪どいやり方で領民を搾取していた。ただ悪いことに、メルダースはヴェスターブルグ公の縁戚にあたる人物で、それを笠に着て強硬な叛乱鎮圧策にでたことから却って叛乱と暴動は拡大しつつあった。そうした中、公爵に叙任されたばかりのヴェスターブルグとしてはボルトハーゲン派に利用されないよう迅速にかつ隠密に事を収める必要があったのである。

クリーガー中佐(当時)は諸事情を調査した後、まずメルダースと面会した。その場で、メルダースがヴェスターブルグ公が定めた徴税方法を悪用しているだけでなく、帝国政府から与えられた補助金をも横領している証拠を突き付けた。そしてそのことを黙秘する“口止め料”としてメルダースから多額の金をせしめたのであった。

その金を持ってミンツら叛乱軍首謀者らと接触したクリーガーは、領民たちにメルダースからせしめた金を分配し、徴税方法の改善を約して叛乱を終わらせることを納得させた。その上で死亡した兵士らの遺体をミンツら叛乱軍首謀者らのものだと偽装し、叛乱鎮圧の証拠としてメルダースとヴェスターブルグの元に持ち帰った。もっとも、彼らは「汚らわしい」といってろくに検分もしなかったが。

ミンツら叛乱軍首脳陣はクリーガーの偽装工作のおかげでヴェスターブルグ政府のその後の追及を逃れることができたが、同時に自らの本名と居場所を失うことになった。叛乱終結から1ヶ月後、「ハンス・リーデル」と名前を変えたミンツはひょっこりクリーガー邸に現れ、以後クリーガー家に住み着いている。クリーガーの口利きで帝国軍にも入隊し、クリーガー付の曹長ということになっている。


叛乱鎮圧の功績によって(そしてそれ以上に、メルダースの悪事の口止め料として)クリーガーは大佐に昇進した。しかし帝国の規定では、各帝令候の私兵部隊所属の軍人が将官に昇進するためには帝令候自身の推薦が必要である。そして貴族でもなくなったクリーガーがヴェスターブルグの推薦をもらうなど望むべくもなく、つまり彼は30代にして定年まで「万年大佐」として過ごすことがほぼ決まったも同然であった。まあ、クリーガー自身はそのことを気にかけている様子もなかったが。



クリーガーが立ち上がり、「さて、行ってくるよ」と言うと、イリーナは「アーニー、ちょっと待って」と言ってごそごそと奥からなにやら持ってきた。見ると両手に小石を持っている。

「なんだい、それは?」

と聞くとイリーナはにっこり笑い、クリーガーの顔の前でカチ、カチと小石を打ち鳴らした。

「これは古代地球の風習で、戦士の出陣前に妻が行う儀式ですのよ。夫にご武運がありますように、って神に祈るんですって」

と、見る間にイリーナの目に大粒の涙が浮かんだ。手から小石が落ちる。

「必ず無事に帰ってきて」

クリーガーは妻を抱き寄せ囁いた。

「もちろんだ。敵前逃亡してでも無事に帰って来るさ」

するとイリーナは両手でクリーガーを押し返し、俯いてもじもじしていたがすぐに顔を上げクリーガーの目をまっすぐ見つめた。顔が真っ赤になっている。

「あのね、あなた。私、赤ちゃんができたみたいなの」

クリーガーは目を見開き絶句した。


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