8.無謀
荒涼とした砂漠の風景を眺めながら、ウォラフソンはつぶやく。
「・・・常住死身になりてこそ、ようやく武道に自由を得・・・二つ二つの場にては、早く死ぬ方に片付くばかりなり。別に仔細なし。胸すわって進むなり・・・か」
士官学校生の頃、よくウィングフィールド校長から聞かされた言葉である。おそらく、校長としては常に死(=辞職)を覚悟しているからこそ、軍人として、あるいは公職に就く者として、いざという時にとるべき道を間違わずにすむのだ、ということを学生に教えたかったのだろう。そして彼自身も今回、身を賭して大統領を止めようとしたが、結果は無惨だった。先の言葉にも続きがある。二つ二つの場にて、図にあたるようにする事は、及ばざることなり。
「だからと言ってなぁ・・・」
ウォラフソンは頭を抱えた。
3首脳との会談後、デ・ブライネ幕僚長から2万トン級の大型巡洋艦50隻がラセンナに発注されていることを知らされた。必要となる性能について、ウォラフソンがデ・ブライネ幕僚長から照会を受けたのは半年以上前だったか。ただ、その時はあくまで雑談の延長だと思っていた。その一部は既にラセンナからの引き渡しを受け、慣熟訓練に入ったという。巡洋艦50隻がアブロリモーゼに到着する予定日は9月11日、その直前に再軍備宣言が行われることになる。あとちょうど1ヶ月しか猶予はない。またナイル級軽巡洋艦については既に専用ワープ・エンジンを積んだ工作船がネオ・ネプチューンに向かっており、同基地で直ちに改装作業に入るとのことだが、全てをアブロリモーゼ侵攻作戦に間に合わせるのは難しいだろう。
技術本部内の「作戦第三課別室」と表札のかかったドアの前でウォラフソンは一つ深呼吸をした。心なしか表札も寂し気にみえる。意を決して中に入ると、案の上バルベリーニとグエンがいて、既に片付けに入っているところだった。振り返ったグエンが書類を置いて近寄ってくると敬礼した。
「ウォラフソン大佐、ご昇進おめでとうございます」
ウォラフソンは苦笑すると、敬礼を返した。
「君もな、グエン中尉。もう聞いたようだな?」
「先週金曜日の夕刻、我々宛に通信連絡があって内示を受けた。詳しいことはこれから引継ぎのためにレオノフ局長に会って聞くことになっている。君は何か聞いたか?」
バルベリーニの問いにウォラフソンは頷き、3首脳から聞いたことをかいつまんで話した。部屋の中に重い沈黙が落ちた。
「クオン大佐か。俺の3期上だが、若い頃からなにかと好戦的な言動で目立つ人だった。最近、彼がフリードマン補佐官といるところを何度かみかけたが、なるほど、そういうことだったわけだ」
サイモン・フリードマン安全保障担当大統領補佐官。前職はクリシュナ工科大学の社会学准教授だったということ以外ははっきりとしない男だが、ラムズフェルトの番組によく出演していた。ラムズフェルトが政権を取ってから安全保障関係の補佐官に就任している。
今後、テラフォードはどうなってしまうのでしょうか・・・グエンのつぶやきにバルベリーニは頭を振ると、ウォラフソンをまっすぐみつめて手を差し出した。
「まさに、君の双肩にテラフォードの未来が懸かっているわけだ。くれぐれも体を大事にな。私は私で、本部で出来る限りのことはする。必要なことがあれば何でも言ってくれ」
少なくとも、別室で共に働いたバルベリーニが本部にいてくれることはありがたい。ウォラフソンもバルベリーニの手を強く握り返した。
技術本部棟のドアをくぐるとウォラフソンはきょろきょろと辺りを見回した。ここに来るのも半年ぶりになる。左をみると、技術本部宇宙部の机には誰もいない。オニール部長はネオ・ルナの造船廠にずっと詰めている。剣持とジェイはもうネオ・ネプチューンの防衛司令部に向かったのだろう。
そのまままっすぐ陸軍部のエリアに入る。周りでは忙しそうに沢山のエンジニアが行き来している。何やら見慣れない戦車の試作品らしきものがあり、周りに人だかりができている。その中にようやく旧知のエンジニアを見つけてウォラフソンは近づいていった。
「お久しぶりです。あの、バルツァー中佐はどこにおられますか?」
そのエンジニアは振り返ると、どうも、と言って肩をすくめた。
「バルツァー中佐なら、2ヶ月程前に異動になりましたよ。なんでも新設部隊の指揮官になるとかで」
テラフォード社会が危険な未来に向けて疾走を始めた頃、一方の帝国でも歴史が大きく動き始めようとしていた。




