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New Space Scrolls  作者: 乃木了一
第四章 急流
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1.ミスラータ

帝国暦201年(地球暦4260年)12月10日、「天空宮」の執務の間では定例の閣議が開かれていた。本日のメイン・テーマは昨日星系ミスラータで発生した叛乱についての対応である。

閣議席の上席に座った顔色の悪いしなびた小男がわざとらしく大きなため息をつく。副宰相アウグスト・ケンプフ・フォン・ボルトハーゲン公爵である。

「全く。いくら聖賢帝アレクサンダー陛下以来、各星系内の経営は各々の星系に任せることが習わしだとはいえ、帝令候が幕下の領主の土地を強制的に取り上げるなど、やりすぎではないのかな。のう、オーベルニュ伯よ?」


今でこそ皇帝という至高の存在の権威に帝国全体が服するという形をとってはいるが、もともと銀河帝国は旧銀河共和国連合と同じく独立した星系の連合体に過ぎない。共和国連合との戦いを進める中で、バルトロメウスⅠ世の強烈なカリスマに恭順の意を示すため、各星系は首都星ルフトヴァルデにならって貴族制を採り入れ星系内の有力家族を「貴族」として遇し星系内に領地を与えたのである。

第2代アレクサンダー帝の時代に星系支配の在り方を銀河帝国内で統一する皇帝令が発せられ、各星系の最上位貴族に「帝令候」という世襲制の称号とともに星系内の排他的支配権を与えた。しかし、銀河大戦終了後200年も経つと星系を超えた貴族間の交流・婚姻が進み、時には有力な貴族が別の星系の小貴族の家に自分の親族を送り込んで乗っ取る事例も普通にみられるようになった。そのため帝令候が星系内の経営に排他的権限を有するという建前は保ちつつも、その内部でいくつもの小貴族が半ば独立した領地を持つというように、権利関係は複雑化していた。


今回、ミスラータの帝令候エル・ガーニー男爵は突如こうした慣習を改め、星系内に領地を持つ貴族達に給金を与える代わりに彼らの領地を没収するという宣言を行った。いわば、帝令候による中央集権化の動きだが、これまでの独立的地位を奪われることに反発したミスラータ星系内の貴族達は連合を組んで帝令候に対する叛乱を起こしたのである。

しかし、これには前例がなかったわけではない。そしてその最たるものが、オーベルニュによる政治改革であった。5年前に殺害された父の後を継いでオクシタンの帝令候となったオーベルニュは、今から2年前に同様の改革を行い中央集権化を成し遂げたのである。そのことによりオクシタンの発展は更に加速したといわれている。エル・ガーニーはいわばそれを模倣した訳であった。

ただ、ボルトハーゲン公の言葉に棘があるのは、「伝統をないがしろにする若者に対する不快感」だけが理由ではない。オクシタンでの改革に星系内の領主達の大半は従ったが、最大の領地を有するマクシミリアン・フォン・ヘッセン子爵は激しい抵抗をみせた。結局ヘッセン一族は亡命し、今では縁戚関係にあるボルトハーゲン公の下に身を寄せている。彼の言葉はそうした背景からきている。

「そういえば、」

ボルトハーゲン公は続ける。

「先頃の脱帝の件も、聞くところによると外務卿はサン・リミノの和約の破棄までほのめかしてあの辺境の未開国を脅したそうではないか。確かに閣議で卿に対応を一任したとはいえ、聖賢帝アレクサンダー陛下が定めた和約存続の是非まで一任した覚えはない。ちと、外務卿は独断専行が過ぎるのではないか?」

ボルトハーゲン公の発言が段々熱を帯びてくるのをヴェスターブルグ宰相が遮った。

「まあ、良いではないですか、ボルトハーゲン公。若さゆえに気負いからくる行き過ぎということもありましょう。結果的にはあの未開国に対し皇帝陛下の偉大さを再度思い知らしめた訳ですし。それよりも今はミスラータをどうするかについて話し合おうではないですか」

宰相のとりなしに、ボルトハーゲン公は不機嫌そうに押し黙った。そこに宇宙艦隊司令長官ヴェルニッケ侯爵が挙手をする。一瞬眉をひそめた宰相だったが、すぐに取り繕うと、にこやかに指名した。

「ヴェルニッケ長官、何かご意見かな?」

帝国政府内で閣僚として軍政に責任を持つのは軍政卿であるが、実力部隊である親衛軍は皇帝の直接統帥権の下に置かれている。そのため、内宙軍(通称「陸軍」、帝国直轄星系の防衛及び治安を担当)及び外宙軍(通称「宇宙艦隊」、星系を超えた軍事活動を担当)の司令長官はそれぞれ閣僚級の地位を与えられて閣議に列席する権利を与えられている。

ヴェルニッケはわざとらしく一つ咳ばらいをすると姿勢を正した。

「宇宙艦隊としては、最近宙族への対応事案が急激に増加していることもあり、ミスラータの救援に差し向ける余剰戦力はございませんな」

閣議室内がざわめいた。


帝国貴族の間で、宰相ヴェスターブルグ公と副宰相ボルトハーゲン公の確執は公然の秘密である。ボルトハーゲン公爵家は建国の祖バルトロメウスⅠ世帝の弟フリードリヒを祖とする由緒正しき家系で、皇帝の親族のみに与えられる公爵位を帝国草創期から守る唯一の貴族である。

他方、ヴェスターブルグ家はもともとルフトヴァルデの大商人の一族だったが、初代皇帝バルトロメウスⅠ世の命を受け銀河中心方向の開拓に従事、その功績によって貴族に列せられ、同時に自ら開拓したヴェスターブルグの帝令候に叙せられた経緯がある。商才に長けた代々の当主はヴェスターブルグを大きく発展させ、特に先々代のカールハインツ・フォン・ヴェスターブルグ候の時代に婚姻関係を通じて近隣星系を支配下に置くことに成功、今ではヴェスターブルグ星系は首都星系ルフトヴァルデに次ぐ第二の経済規模を誇るまでに成長している。更に、現当主リディガー・フォン・ヴェスターブルグは自分の娘マルレーネを皇帝の側室として献上し、皇帝の寵愛を得た彼女がレナード王子を産んだ後、ついに念願の公爵位を得たのである。

自らの家系を誇る者が成り上がりに対して抱く軽侮に似た感情はどこでも同じようなもので、こうした経緯からボルトハーゲンとヴェスターブルグの関係はもともと水と油だったのだが、次期皇太子をめぐる思惑が両者の対立に拍車をかけた。

現皇帝ユリウスⅢ世には36歳になる長男ホルスト王子がおり、長らく皇太子の最有力候補と目されてきた。しかし、ヴェスターブルグ宰相は自分の娘が生んだレナード王子を強力に推し、皇帝の寵愛がレナード王子にあることは誰の目にも明らかであったことから、突如後継争いは混沌としてきたのである。

ヴェスターブルグの狙いが皇帝の外戚になって一層大きな権力を振るうことにあるのは明らかで、これを阻止すべくボルトハーゲンがホルスト王子の側についたことで両者の対立は決定的になった。有力な帝国貴族達もヴェスターブルグ派とボルトハーゲン派に分かれて争い、つい先月にはこの争いに関係するとみられる暗殺未遂事件まで発生していた。最近宙族の活動が活発化しているのも、両派が対立する陣営に対して打撃を与えようとしたものではないかと噂されている。そしてヴェルニッケ宇宙艦隊司令長官がボルトハーゲン派であることは衆目の一致するところであった。


「宙族ごときに・・・」と言いかけたヴェスターブルグ宰相にヴェルニッケ長官が「なに・・・?」と目を剥いて室内が険悪な雰囲気になりかけたところで、末席にいたオーベルニュがゆっくりと挙手をした。

オホン、と一つ咳払いをした宰相がオーベルニュを指名する。

「外務卿、ご意見をどうぞ」

オーベルニュは軽く会釈をすると、静かに話し始めた。

「ヴェスターブルグ宰相閣下、ありがとうございます。ミスラータは我がオクシタンの隣人で、エル・ガーニー男爵とも古くからの付き合いです。男爵の窮状を捨て置くわけには参りません。親衛宇宙艦隊に兵力の余裕がないということであれば、是非、叛徒どもの鎮圧を私にお任せいただけないでしょうか」

閣議室がまたざわめく。「また、独断専行して目立ちたいらしいな」わざと聞こえるように独り言をいう者もいる。

オーベルニュは声のした方に軽く会釈をすると、続けた。

「先程、副宰相閣下のご指摘については、自らの至らなさに深く恥入るところです。確かに、私のやり方は皇帝陛下の御威光を守ろうとするばかりに、かえって故聖賢帝のご遺訓を損ねかねないものであったかもしれません。つきましては、私めは謹んで外務卿の職を返上し、一兵士としてミスラータ救援に赴きたいと存じますが、いかがでしょうか」

ヴェスターブルグ宰相が何かを言いかけるのに、ボルトハーゲン副宰相の声が割り込んだ。

「その意気やよし。オーベルニュ伯が自らの軍を使ってミスラータ救援に行かれるのなら、誰も文句はあるまい。のう、艦隊司令長官?」

ヴェルニッケも頷く。

「もちろんでございます。親衛艦隊を使わない、ということでしたら私の方から何か申し上げることはございません」

ボルトハーゲンはオーベルニュがヴェスターブルグ派だとにらんでいる。その人間が中央政界から去り、田舎に引きこもるというのなら反対する理由などあろうはずがなかった。これでヴェスターブルグの奴から主導権を取り戻すことができるかもしれんて。ボルトハーゲンは心の中でほくそ笑んだ。



帝国の閣僚はその任にある間、首都星ルフトヴァルデで皇帝から下賜された屋敷に居住することが義務づけられている。閣議の翌日、オーベルニュ伯爵はその屋敷を引き払い、自国オクシタンへと旅立っていった。


年が改まって帝国暦202年1月末、ミスラータの叛乱はオクシタン軍4万の降下猟兵によって鎮圧された。


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