12.ラセンナ
「それでどうだった、タルクナのアガよ。何か分かったのか?」
問いかけられた顔色の悪い長身の男は頷いて身を乗り出した。
「まあな。今回我々は、オクシタンの小僧が少々強引なやり方で脱帝者達を取り戻そうとしたのは脱帝者達が奴にとって余程重要な秘密を握っているからだ、と考えた。そうだな?」
「ああ、そうだ。で、脱帝者達から何か聞き出せたのか?」
「いいや、特に何も。ある日奴らの村に軍隊と一緒に白い服を着た者達がやってきて、湖を掘り返した挙句、村の人間を虐殺した、ということだけだ。奴らは所詮学のない田舎者だからな、自分たちの身に何が起きたのかもろくに分かっちゃいない」
「空振りか」恰幅の良い巨体の男はがっかりしたように背中を背もたれに預ける。
「まあ、焦るな。ヴェルズナーの。ウェイイのアガよ、分かったことを話してやってくれ」
呼びかけられた色白で眼鏡をかけ、禿げあがった頭の小男は、頷いて少し早口で話し始めた。
「脱帝者の中に肺を患っている者が3名程いた。で、彼らの呼気と尿を調べてみたところ、微量の放射性物質が検出された」
ヴェルズナーと呼ばれた男が顔をしかめる。
「放射性物質?どんな物質だ?」
「おそらく、プロトフェリジウムという希少金属だ」
「プロトフェリジウム?聞いたことがないな。何に使う?」
「それを調べるのに、ウチの科学者達でも何日もかかったよ。で、その結論が・・・」
ウェイイは得意げに背を反らしてにやりと笑った。
「ある特殊な加工をすると、ビームを一定程度反射する鋼板ができる」
「ビームを跳ね返す鋼板・・・つまり軍事用か?」
タルクナのアガと呼ばれた男が薄く笑って話を引き取った。
「テラフォードにいる協力者によると、テラフォード星系に侵入したラ・ファイエット指揮下の戦列艦は新型だったらしい」
ははぁ、ヴェルズナーと呼ばれた男は一瞬で合点がいったらしい。
「つまり、オーベルニュの小僧はそのプロトフェリジウム鋼板を使って秘密裡に新型戦列艦を作っていると。そしてその試作艦をテラフォードでテストした、ということか」
「新型戦列艦・・・オーベルニュはそれを何に使うつもりなのでしょう?」
今まで黙っていた細身の中年女が尋ねる。
「さあな。しかしこれほど厳重に秘密を守ろうとしているんだ。余程大きなことに使うんだろうよ。となると、奴はこれからもっとそのプロトフェリジウムが必要になるだろうな」
女がにやりと笑った。
「つまり、金になるということですね」
「そういうことだ、フィデナエのアガよ。よし、タルクナとウェイイは協力し可能な限り全ての星系の地質情報を集めてくれ。オクシタンにも帝国にも知られぬようにな。調査が完了した時点で一斉に買い占めるぞ」
4人が話しているのはラセンナ星系の首都星ヴェルズナーにある自治庁舎の首長執務室である。ラセンナ星系は帝国内にある自治星系で、ヴェルズナー、タルクナ、フィデナエ、ウェイイの4惑星からなる。
約200年前の銀河大戦勃発後すぐに、ラセンナは帝国にも共和国連合にも組することのない中立を宣言した。もちろん、戦争中何度か帝国軍によるラセンナ侵攻の動きもあったのだが、ラセンナは豊富な資金力を使って帝国の有力貴族達に取り入りそれを止めさせた。更に帝国初代皇帝バルトロメウスⅠ世の急死によって起きた混乱下で、ラセンナは有力貴族達の権力闘争を裏で操作し、幼少のアレクサンダー王子擁立派の勝利に一役買ったとの噂もある。その後もラセンナは卓越した資金力と情報力を駆使して帝国政治に強い影響力を発揮し、それによって帝国の干渉を排しながら自治を維持している。
自治を守る上で特に大きかったのが、70年程前にラセンナの技術陣が開発したハイパー・ワープ装置だった。この装置は巨大なワープ支援装置を二つの星系間に設置することにより、遠く離れた星系間でのワープを可能にするものである。通常のワープでは燃料や航路情報の制限から限定された距離の星系にしかワープできないため、このハイパー・ワープ装置は宇宙のハイウェイとも呼ぶべき革新的技術であった。
ラセンナはこの装置を厳重な国家機密とし、装置の製造と各星系への設置、運営を自ら行っている。ハイパー・ワープ装置を設置した星系は帝国内の交通の要衝となり、莫大な商業的利益が見込まれるため設置を望む星系は多い。しかし装置一基の設置には数十兆クレジットという天文学的な費用が必要なことから、ハイパー・ワープ装置の設置は一星系の資金では到底不可能で帝国政府の決定と支援が必要になる。そのため、これまでにハイパー・ワープ装置が設置された星系は帝国政府の決定に影響を及ぼすことができる有力貴族、すなわち帝国首都のルフトヴァルデ、ヴェスターブルグ、ボルトハーゲン、オクシタン、ブランデンブルグ等の上級貴族の領国のほかは、テラフォードとの貿易の便の為に設置されたアブロリモーゼぐらいしかない。過去にこの機密をラセンナから奪おうとした者は帝国皇帝も含めて全て暗殺等の憂き目にあって破滅している。いつしか、帝国とラセンナの間では、ラセンナが必要以上に帝国政治に介入しない限り、帝国側もラセンナの自治に介入しないという不文律ができていた。ラセンナはこのハイパー・ワープ装置という戦略資産の運用を独占することで不可侵の地位を占めているのであった。
ラセンナ星系自体の運営は「評定家」と呼ばれるヴェルズナー、タルクナ、フィデナエ、ウェイイ4家の合議制による。4家はラセンナ星系にある4つの惑星をそれぞれ統治する一方、星系統一政府の中で独自の役割を果たしている。評定家筆頭のヴェルズナー家は外交と通商を、タルクナ家は軍事と諜報を、フィデナエ家は内政と財政を、そしてウェイイ家は工業と技術をそれぞれ管轄している。ハイパー・ワープ装置を開発したのはウェイイ家で、それを売り込み管理しているのはヴェルズナー家、といった具合だ。軍事と諜報を司るタルクナ家は、帝国内で跋扈する宙族を裏で操っているという噂が絶えない。
内政・外交を含め、ラセンナ星系の政策は全て巨大AI「マザー・ラセンナ」によって決定されていることになっているが、マザーAIに何を入力するか決めるのは4家の「アガ」と呼ばれる長のみである。つまり実際のところ、4人のアガが政策の方向性を決め、マザーAIが細部の詰めと国民への周知を行うという体制になっている。
ラセンナの国民は全て、中等教育に上がる前にAIにより適性を調査され、4家が所有するいずれかの「企業」に登録されることになっている。家を越えた交流や結婚は自由だが、「職業」を自らの意志で変えることは推奨されない。もし、それに反した場合は国のセーフティ・ネット、つまり健康保険や失業保険、年金等の恩恵を受けることはできない。それでも「自由」を求めてAIに指定された以外の職業に就く者もいるが、結局のところラセンナ星系の殆ど全ての生活は4家が所有するいずれかの「企業」の恩恵によってなりたっているため、星系運営を4家が独占することについて異議を唱える国民は殆どいない。少なくとも国民が豊かな生活を送れている限りは。




