11.不可能なことと可能なこと
「さて、みんないいかな?」
ウォラフソンは運用第三課別室に集まった8人を見渡した。別室内にある古ぼけた楕円形のテーブルの周りには別室の室員4人、技術本部宇宙部の3人、そして陸上警備隊のバルツァー中佐が思い思いの姿勢で腰かけている。何故バルツァーがいるのか解せないが、技術本部は外界との遮断は厳しいものの中に入ってしまえばIDのチェックすらしないので、彼はしょっちゅう別室に出入りしている。多分暇なのだろう。
ウォラフソンは別室着任後すぐに、ネオ・ネプチューン事件の戦訓と直ちに取りうる防衛体制強化策について建白書をまとめている。その主な点は、①艦隊旗艦がもつC&C機能のバックアップ機能整備(第二旗艦の事前指定等)、②そのために必要な将校の増員、③そしてネオ・ネプチューン宙域の防衛力強化等である。その提言は先週ハーコート首相が発表した防衛体制強化策にも反映されている。
「ハーコート首相が言ったように、現在のサン・リミノ条約下では、これ以上できることは殆どないと思う」みんな頷く。
「しかし、」ウォラフソンは頭を掻いた。
「防衛隊司令部としては、条約の制限が外れた場合への対応策についても早急にまとめてくれとのことだ」全員がはっと息をのんだ。
「それって、つまり」アキノがにやにやしながら言う。
「ラムズフェルトが政権をとって、条約を破棄、再軍備を宣言した場合、ってことっすよねぇ?」
皆の視線がミュートにしたテレビに向く。テレビでは話題のラムズフェルトが拳を振り上げながら何やら叫んでいる。議会解散後に彼が設立した「自由主義行動者党」は自由党や共和党からの合流組も加え、世論調査で圧倒的な首位を走っている。
「おそらく次期首相はラムズフェルトで間違いないだろうな」バルベリーニがいう。
ウォラフソンは溜息をついた。
「うん、まあ有体にいえばそうだ。もしそうなった場合、防衛体制の強化は時間との勝負になる」
「つまり、サン・リミノ条約が規定する軍艦総トン数上限とか、軍艦へのワープ・エンジン搭載禁止とかに囚われない案を考えろ、ってことですか?」ホフマンが尋ねる。室内がざわめいた。
「そうだ」
「ね、中佐、やっぱり戦艦作るってことでしょ!」ジェイが目を輝かせる。
「ダニー、黙ってろ!」腕組みをしたオニールはジェイを窘めると、ウォラフソンに向き直った。
「そんな簡単なことじゃねえぞ、補佐。戦艦といっても、この200年で我々はそんな大型軍艦を作るノウハウをすっかり失くしちまった。単純に旗艦級警備艦を大きくすればいいっていうもんじゃないんだ。しかもワープ・エンジンを積むだって?」オニールはやれやれというふうに頭を振った。
「民間船を流用するってのはどうです?民間船なら既にワープ・エンジンを積んでるし、5万トン級のコンテナ船を再設計すれば、容量的にも帝国の戦列艦に匹敵するぐらいの大きさがあるんじゃないですか?まあ、装甲とかの問題はありますけど」
民間宇宙船運航会社出身のホフマンが言うのに、オニールはふん、と鼻を鳴らした。
「いい考えだが、武装はどうするんだ?それを制御するシステムは?」オニールは身を乗り出して両肘をつき、人差し指を振りながら続ける。
「戦艦の主砲になる荷電粒子砲自体は旗艦級警備艦のものを大型化し、ネオ・ネプチューン基地用に再設計するものを流用すればいいとしても、それを制御するシステム、反動を押さえ姿勢を保つスラスター、それら全部のシステムを動かすための配線、必要な燃料の量とタンクといったものを一から設計しなくちゃならん。まだあるぞ。旗艦になるフネには帝国軍の旗艦に搭載されているような何千隻、何万隻もの軍艦を指揮できるC&Cシステムだって用意しなくちゃならん。そんなコンピューター、いったいどれぐらいの大きさになるのか見当もつかん。そういったものを全部一から作るんじゃ、何年かかるか分からんぞ。その間に帝国が攻めてきたらどうするんだ?」
部屋は静まり返った。
うーん、ウォラフソンは腕を組み、顎をつまんだ姿勢で行ったり来たりしている。
「まあ、スペース・ウィング艇を作るようにはいかないっすよね・・・」ジェイもしょんぼりした声でつぶやく。
ジェイの言葉にウォラフソンの中でふと閃くものがあった。(スペース・ウィング艇・・・・・・・・・?そうか!)
「戦艦じゃなきゃいいんじゃないか?」
何を言い出すんだ?というように、皆の視線が集まる中、ウォラフソンは早口になった。
「そうだよ、何も戦艦を艦隊戦の主役にしなきゃいけないって訳でもないだろ?ダニー、」
え、俺?ジェイはびっくりしたように目を丸くする。
「そう、君のスペース・ウィング艇だ。あれに武装させて、コンテナ船を改造したフネにたくさん搭載したらどうだ?」
「・・・そりゃ、空母だな?」今まで黙っていた剣持が膝を叩く。
「確かに、それなら改造は最小限で済みそうじゃないですか。もともとコンテナ船は両舷に貨物を出し入れするための開閉扉もありますから」ホフマンが感心したようにうなずく。
オニールはまだしかめっ面である。
「しかしさっき言ったC&Cシステムはどうする?指揮する船の大きさにかかわらず、数が多くなればそれだけ大容量のコンピュータが必要なことは変わらんぞ?」
ウォラフソンはにっこりと笑って頷いた。
「C&C機能を集中させなければいいんですよ。ネオ・ネプチューン事件の教訓からいっても、小型のC&C機能AIを多数のフネに分散配置した方が攻撃に対して強靭なシステムになりませんか?」
オニールはあっけにとられた様子である。
「なるほど・・・1隻の旗艦ではなく、小型のC&C機能AIをネットワーク化して艦隊全体で一つの大きなC&Cシステムを形成するというわけか」そこでにんまりと笑った。
「面白いじゃないか。その線でやってみるか」
「よし、オニール部長と剣持は5万トン級コンテナ船を空母に改造する案をまとめてください。ブラッドは艦を操縦する立場から二人を補佐してくれ」
了解、とホフマンが頷く。
「リュークとダニーは戦闘艇だ。こちらはすぐに試作機を作ってくれて構わない。哨戒艇以下の武装船はサン・リミノ条約でも軍艦に数えられないからな」
アキノとジェイは肩を並べて別室を出て行った。
「人員はどうする?軍艦の数を増やすのはいいが、それを動かす人間は今でもぎりぎりだぞ?」
バルベリーニ室長が尋ねる。ウォラフソンは頷いた。
「そのことなんですが、ちょっと考えていたんですが民間船の船員を志願予備員(VR)として登録してはどうでしょう?彼らは既に大型の恒星間船舶を運行するノウハウもありますし、航行関係は彼らに任せて士官学校出身者は指揮と武器管制を担当するというのは?どう思う、ブラッド?」
「・・・そういえば、昔の船員仲間から小耳に挟んだ話なんですが、俺の古巣のパシフィック・スターラインズ、かなり経営が危ないらしいですぜ」
「え、あの大手が?」
驚くバルベリーニにホフマンは頷く。
「なんでも、最近帝国内で宙族の被害が増えているらしいです。ただでさえ、ラセンナ系運航会社との競争が激しくなっているというのに・・・」
ラセンナとは銀河大戦の時にも帝国と共和国連合の間で中立を守った星系である。帝国領に囲まれた中で今でも唯一の自治領として存続している。
バルベリーニは腕を組んだまま頷いた。
「なるほど民間人を軍の中に取り込むわけか。パシフィックだけじゃなく、倒産した民間船運航会社の人員や資産を軍が利用できる制度も必要だな。ただ民間人を軍務に就けるには待遇をどうするか、経験や肩書に応じた階級を与えたり、死傷した場合の補償や年金制度でも軍民格差をどうするか、という問題がある。志願予備員制度か。大変な制度設計になるぞ。グエン少尉、手伝ってくれるか?」
「了解しました」バルベリーニとグエンも早速机に戻って法令集をひっくり返し始めた。
別室を出たウォラフソンとバルツァーは食堂に向かって歩きだす。
「いいチームになってきたじゃないか」
バルツァーの言葉にウォラフソンは頷きながら苦笑した。
「まあな。しかし実際にサン・リミノ条約を破棄するということになれば、お前が言ってた帝国領への逆侵攻も全くの絵空事というわけじゃなくなりそうだな」
バルツァーはにんまりと笑う。
「その時は強襲揚陸艦の設計も頼むぜ」
はぁ・・・、ウォラフソンは大きく溜息をついた。




