12.完敗
「何ですって!?」
思わず聞き返したウォラフソンだったが、議長は首を横に振って同じ言葉を繰り返した。
「直ちに戦闘行動を停止し、帝国艦との通信回線を開け、と言ったのだ」
「何故です!?今、敵艦は目の前、ミサイルを発射すれば確実に行動不能にできます!」
しかし続く本部議長の言葉はランページ号の艦橋に雷のように鳴り響いた。
「アブロリモーゼに帝国軍戦列艦1,000隻が集結しているのだ!」
戦列艦が1,000隻だって!?ウォラフソンは沈黙した。サン・リミノの和約によって、テラフォードは軍艦の保有を30万トンに制限されている。内訳としては旗艦級(公称8,000トン)警備艦が12隻、標準型(同4,000トン)警備艦が37隻、小型(同2,000トン)警備艦が28隻となっている。他に軍艦に含まれない哨戒艦や救難艦、油槽艦等があるがそれら全てを合わせても40万トンに満たない。これに対して帝国軍の戦列艦は1隻が約5万トンといわれている。5,000万対40万。とても勝負にならない。その戦列艦1,000隻が隣接星系のアブロリモーゼに集結しているという。彼らが一斉にワープすれば、数時間後にはフリートランドは戦列艦1,000隻に包囲されることになる。もちろん、その時にはテラフォード警備艦隊などというものは1隻たりとてこの世に存在しなくなっているだろう。
(敵さんの切り札はこれだったという訳か)つまり、その情報が届くまでの間、こちらはいいように遊ばれたという訳だ。深い敗北感にうなだれながら、ウォラフソンは通信士に敵艦との回線を開くよう命じた。
敵艦から通信の要請が来ております、という通信担当オペレーターの声にラ・ファイエットは艦長席で立ち上がった。予想通り、スクリーンに先程ウォラフソン中佐と名乗った男が現れた。画面の中で短く敬礼すると、ウォラフソンは単刀直入に用件を述べた。
「テラフォード共和国政府の決定を申し伝えます。我が国政府は帝国からの避難民16名を貴国に送還致します。但し、国内手続きが必要なため48時間の猶予をいただきたい」
ラ・ファイエットも敬礼を返しながら、ふと「脱帝者」、あるいは「密航者」という言葉を使わなかったのは政府の指示なのか、あるいはこの男の意地だろうかという考えが頭をよぎった。
「貴国の決定に感謝いたします。48時間の猶予についても承知しました。では、当艦は一旦当宙域を退去し、アブロリモーゼにて『避難民』の引き渡しを待つことといたしましょう」そう言ってからラ・ファイエットは少し言葉を切り、俯いて何かを考えるようであったが、次に顔を上げた時には軽く微笑んでいた。
「ところでウォラフソン中佐、見事な指揮と操船でした」
画面の向こうでウォラフソン中佐は緊張を解いて苦笑した。
「何をおっしゃいますやら。こちらは完全に振り回され、おかげで我が隊はバラバラです」
ラ・ファイエットの微笑は苦笑にかわり、こちらも頭を振った。
「いえいえ、そうみせて我々を待ち伏せの罠にかけたのでしょう?2度目の『警告射撃』はタイミング、ミサイルの針路、自爆距離、全てが完璧でした。本当の攻撃かと、完全に騙されました。おかげで、」そういってラ・ファイエットは軽く手を振った。
「貴艦に今、生殺与奪の権を握られているわけですし」
あ、いやそれは・・・とウォラフソンは言いかけたが、苦笑しながら首を振った。
「まあ、そういうことにしておきましょう」
テラフォード側との通信が切れると、ラ・ファイエットは横の司令官席に座っているオランド艦長に頷いた。
「艦長、艦の指揮権をお返しします。RX-02の能力についても十分データがとれたようですし」
オランドは立ち上がりながら微笑んだ。
「いや、見事な腕前を拝見しました。おかげで久しぶりにコルベット乗りだった頃を思い出しました」
オランドの言葉にラ・ファイエットは申し訳なさそうに肩をすくめた。
「すみません。私自身、艦長を務めた経験はコルベットぐらいしかありませんから」
オランドはくすくす笑いながら返す。
「本艦もこれほど限界まで能力を試してもらえれば本望でしょう。まあ、ちょっと驚いた者もいたようですが。おい、シャブラン君、大丈夫かね?」
名前を呼ばれた火器管制担当中佐は背もたれを掴みながらなんとか体を引き上げようとしている。
「あ、あと1分程いただければ、宙返りくらいできそうです」艦橋が爆笑で包まれた。
ラ・ファイエットはにっこり笑って言った。
「じゃあ、あと1分後に。帰りましょうか」
変針して遠ざかっていく帝国艦の後ろ姿を見つめながらウォラフソンは唇を嚙んでいたが、ふと思い出して旗艦ヴァリアント号を呼び出した。
画面に現れたグエン少尉は何事もなかったかのように敬礼しながら言う。
「中佐、ご無事で何よりです」
一刻少尉を眺めた後、ウォラフソンが口を開いた。
「バルベリーニ司令は?」
「司令は先程から自室に行かれております」
「では、最後のミサイル発射は君が・・・?」
ウォラフソンの問いに一瞬少尉は躊躇ったようだったが、頷いた。
「はい。必要かと思いまして・・・。一応、交戦規則(ROE)は再度確認しましたが、ご命令もなく勝手な真似をして申し訳ありません」
ウォラフソンは苦笑しながら頭を振った。
「敵の司令官によると、タイミング、針路、自爆距離、全てにおいて完璧だったとさ」
ウォラフソンの言葉にグエン少尉は戸惑ったようだったが「お誉めの言葉として受け取っておきます」と言って通信を切った。
ウォラフソンがランページ号の艦橋を見回すと、少し離れたところで先程からヒューイが黙りこくっているのに気付いた。
「どうした、ヒューイ?」
ウォラフソンの呼びかけにヒューイがこちらを向いた。
「36敗目です」
「・・・?」
「私は敵の動きが全く読めませんでした。こんな完敗は久しぶりです」
がははっ、と突如爆笑する声が響き、ホフマン副長がヒューイの背中を思いきり叩いた。
「いやぁ、ヒューイ、いいじゃねぇか。そうやってみんな成長していくもんだ」
副長の言葉に艦橋は笑いに包まれた。ウォラフソンも笑いに引き込まれながら頷いた。
「さあ、我々も帰ろうか。みんな、よくやった」




