7.墓碑銘
旗艦の撃破に衝撃が広がるランページ号の艦橋で、ウォラフソンはただ一人冷静にスクリーンに向かった。通信士に命じて旗艦ヴァリアント号との回線を開かせる。しばらく誰も映らない画面の向こうで慌ただしく叫ぶ声だけが流れていたが、ややあって若い女性士官が現れ敬礼した。小柄でほっそりとしたその女性の肌は透き通るように白く、制帽からわずかに見える髪もまつ毛も白銀色、薄い、殆ど金色の瞳の色が醸し出す雰囲気はどこか場違いな印象をウォラフソンに与えた。
「グエン・ティ・ホアン少尉です」
ウォラフソンは敬礼を返しながら、出航の前に一度だけ副官業務の引継ぎで顔を合わせた少尉の経歴を記憶の底から拾い出す。確か士官学校を出たばかりの22歳、警備隊司令の副官を務めるには若すぎるが、美人で優秀との噂で名高い彼女をバルベリーニ大佐が引き抜いた、といわれている。(なるほどな)以前から大佐のセクハラまがいの言動に辟易してきたウォラフソンは、グエン少尉をみて自分の交代について真の理由を悟ったものである。
「バルベリーニ司令は?」
ウォラフソンの質問に、グエンはその怜悧な外見に似合わず少し躊躇うようなそぶりを見せてちらっと画面外に視線を動かした。
「あの、大佐は、その、ちょっとお気分がすぐれないようです・・・」
ウォラフソンは思わず噴き出した。「お気分がすぐれない」なんて言葉は、どこからみても軍隊で使われるべき言葉ではない。(つまり、大佐は「取り乱している」、ってことだな)
さもありなん。いくら彼が官僚的には優れた手腕を持っているとしても、想定外の事態に肝を据えて対応するタイプの人間ではない。
「よろしい(全くよろしくはないが)。では他の先任士官は?」
「スミス艦長がダメージ・コントロールの指揮をとり、キムラ少佐、サルマン大尉を動力部に派遣されました。ベルンハルト中尉は先程の衝撃で負傷され、医務室に運ばれました」
つまり、旗艦の警備隊司令部として機能しているのは新任の少尉一人、という訳だ。(だからあんなに反対してきたのに)ウォラフソンは心の中で毒づいた。
警備艦隊の各艦は度重なる予算削減と職業としての人気のなさからくる人手不足で省力化が極端に進んでいる。警備艦隊中最大のフネである8,000トン級の旗艦でさえ、士官は司令を含めて僅か6名だ。平時の民間船、小型武装船相手の警備業務であればそれで十分かもしれないが、有事となればC&C機能の集約が進んだ現代の宇宙艦隊の戦闘で敵艦隊が旗艦を真っ先に狙うのは分かり切っている。旗艦の司令部機能を失えば、艦隊全体がバラバラになってしまうからだ。今まさにそれが現実になっている。(たった一発でな)ウォラフソンは苦々しく吐き捨てた。
ウォラフソンら現場の者達はかねてから、せめて旗艦だけでもいざという時に指揮を引き継げるよう十分な数の士官を残すべきだと主張してきたのだが、予算折衝の担当者達は冷たく鼻で笑ったものである。「いざという時、とはどんな場合ですか?」と。戦争が遠い過去となった毎日がこれからも続くと信じ、効率性を金科玉条として掲げる世界では、非効率の極みである軍人たちの懸念が「単なる妄想」として片づけられるのも無理はない。『過去は未来を保証しない』スレイドの言葉はあの連中にこそ聞かせるべきだった、とウォラフソンは歯噛みした。
「・・・中佐?」
グエン少尉の呼びかけにはっとしてウォラフソンは一瞬の物思いから覚めた。
「よろしい。では警備隊の指揮は私が引き継ぐ。君はまだ戦闘宙域に残っている民間船を誘導しつつ、艦長と協力してヴァリアント号を敵主砲の射程圏外に退避させてくれ。・・・できるか?」
意外にもグエンはまばたき一つすることなく頷いた。
「了解しました。何とかやってみます。・・・では中佐、ご武運を」
通信が途切れた。ウォラフソンは振り向くと、ヒューイにバックアップしたC&C機能を起動するよう命じた。矢継ぎ早に、通信士に指示を与える。
「艦隊司令部宛に通信だ。『領域侵犯中の帝国軍戦列艦の攻撃により、第20警備隊旗艦ヴァリアント中破、指揮継続不能と認む。ランページ号艦長ウォラフソン中佐が指揮継承。敵戦列艦はフリートランドに向け前進を継続中。速やかに交戦を許可されたし』」
そこでウォラフソンは一息をついた後、力を込めた。
「『繰り返す、敵戦列艦はフリートランドに向け前進を継続中。速やかに交戦を許可されたし』だ。直ちに送信しろ」
「速やかに交戦を許可されたし」か。ふーうっ、と息を吐きながらウォラフソンは苦笑した。(いったい何ができるっていうんだ?)そこでグエン少尉の言葉を思い出した。(ご武運を、か)墓碑銘としては悪くない。




