5.想定外
10分以上も続いたであろうかと思われるバルベリーニの長広舌もようやく終わるようであった。
「・・・というわけで、貴官のおっしゃることはサン・リミノ条約の法理から外れておる。貴官はまだ若い。軽はずみな行為で恥をかき、将来の経歴に傷をつけることもないでしょう。ここは一旦引いて、よくよく上官の方々とご相談なさってはいかがかな」
バルベリーニはバルベリーニで、内心ラ・ファイエットに対し穏やかならぬものがあるようである。(この若造が・・・准将だと!艦隊司令官だと!ふん、どうせ家柄だけが取り柄の貴族のボンボンなんだろう。しかし俺も・・・)直ぐに准将となる。前線にいるおかげで昇進の連絡が遅れているだけだ。となれば、経験と知識で勝る俺の方が格上といってもおかしくあるまい。そうした思いがバルベリーニを必要以上に上から目線にさせているようである。
バルベリーニの横柄な態度に怒ることもなく、ラ・ファイエットはスクリーンに微笑んだ。
「ご忠告、ありがとうございます。ただ、」
穏やかな口調で話し続ける。
「今回の遠征は、帝国政府から対応について全権を委任されたオーベルニュ外務卿から直々に命を受けたものです。外務卿からは何としても16名の送還を実現するよう厳命を受けております。従って我々としては法律論を拝聴しただけで、手ぶらで帰るという訳には参りません」
画面のバルベリーニは明らかに小馬鹿にしたようにはっ、と息を吐き出して手を広げた。
「では、そのオーベルニュ外務大臣という方が条約について少々理解が乏しいかと・・・」
RX-02の艦橋にはっと息を飲む音がし、ざわめきが広がる。オランド艦長も思わずラ・ファイエットの顔を盗み見た。ラ・ファイエットのオーベルニュ伯爵に対する想いを知らぬ者はここにはいない。
しかしラ・ファイエットは微動だにせず返答する。相変わらず穏やかだが、やや声に硬いものが混じったようだ。
「バルベリーニ司令のお考えは分かりました。どうやら我々がここで話し合いを続けていても平行線のようです。我々はフリートランドに向かい、貴国政府と直接交渉することといたしましょう」
ここでラ・ファイエットは一呼吸置いたが、バルベリーニが何か言おうとして口を開くのにかぶせるように語を継いだ。
「ところで、我々がこのまま前進を続けた場合、貴官としてはどうなさるお積りですか?」
また艦橋内に静かなざわめきが広がった。そんなことを聞いて、答える者がいるのだろうか?
しかし案に相違して、バルベリーニは一つ咳払いをすると胸を反らして話し始めた。
「我が軍のROE(交戦規則)によれば、まず第一に通信による警告を行い、これは今小官が行っていることですが、その警告に従わない船に対しては次に警告射撃としてその針路上にミサイルを発射します。これはあくまで警告の為であり、貴艦に危害を及ぼすためではありません」
艦橋内のざわめきが大きくなり、士官達が小声で窘めている。
「それでも止まらなかった場合は?」
「その場合は、次の警告として貴艦に火器管制用アクティブ・レーダーを照射します」
もはや艦橋のオペレーター達は明らかにくすくす笑い始めており、士官達にも伝播し始めている。アクティブ・レーダーとは、敵艦をピンポイントで射撃するために敵艦の位置を正確に測ったり、ミサイルを敵艦に誘導するために照射するためのものである。しかしパッシブ・センサーと射撃管制システムの精度向上、さらにレーダー照射による自艦の位置暴露というデメリットから、激しく機動する敵艦相手でもないかぎり使用する場面は限られている。通常使うとすれば敵艦への警告目的か、あるいは演習で使うくらいのものだ。
艦橋のざわめきを窘めることもなく、ラ・ファイエットは冷静に問いを続ける。
「その後は?」
「それでも止まらない船に対してはやむを得ず、小口径のレーザー砲で船体射撃を実施します」
「それから?」
ラ・ファイエットが畳みかけるのに、バルベリーニはようやく事態の重大さに思い至ったらしい。細い目を目一杯見開き、喘いだ。
「その後は、その後は・・・政府が閣議を開き、対応を・・・」
「ありがとうございます。よく分かりました」
バルベリーニがまだ何か言おうとするのにかまわず、ラ・ファイエットはレノー通信士に命じて回線を切った。
「さて、皆さん」ラ・ファイエットは艦橋要員の一人一人をゆっくり見回した。既に艦橋内は静まり返っている。
「向こうの出方は分かりましたね」
ここでラ・ファイエットは傍らのオランド艦長に頷いた。
「微速前進」




