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New Space Scrolls  作者: 乃木了一
第二章 兆し
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4.常識

「テラフォード艦隊、停止しました。距離4光秒」オペレーターが告げる。10分程前に全乗員に第一種戦闘服(耐G・耐低酸素仕様)の着用が命ぜられ、艦橋内には否が応でも緊張感が高まっている。

ラ・ファイエット自身は通常の軍服のまま、両腕を腰に当て、スクリーンを眺めている。(さすがにいきなり主砲の射程内には入ってこないな)帝国軍戦列艦の艦首に主砲として積まれている標準的な荷電粒子砲の射程距離は3光秒とされている。スクリーンに映るテラフォード艦隊は横一列の横隊を組み、中央に最も大型の艦、帝国の基準でいけば中型フリゲートに分類される8,000トンクラスの艦が位置している。どうやらこれが旗艦らしい。その両脇に4,000トンから2,000トン級の艦が2隻ずつ配置されている。こちらも帝国基準でいくとコルベットやスループに分類される艦級である。

(ん?)ラ・ファイエットが見る間に、艦隊中2番目に大きい艦が単独で進み出てきてこちらから3.1光秒の射程ぎりぎりのところで停止すると、その艦橋とおぼしき部分の片舷が赤く点滅し始めた。どうやら宇宙標準モールス信号を送っているらしい。

「レノー君」ラ・ファイエットは通信担当のオペレーターを呼んだ。その女性オペレーターは立ち上がってスクリーンに目をすがめつつ何やら口を動かしていたようだったが、しばらくしてラ・ファイエットに向き直り敬礼した。

「貴艦はテラフォード共和国領宙域を侵犯している。直ちに退去されたし、と言っております」

随分と古風なやり方をするものだ、とラ・ファイエットは苦笑した。

「ありがとう、レノー君。相手艦に民間用通信チャンネルを開くよう伝えてください」

レノー通信士が席に戻り、しばらくすると画面に士官と思しき男が現れて敬礼した。ラ・ファイエットも敬礼を返しながら(思ったより若いな・・・)と、心の中でつぶやいた。とはいえ、彼自身もまだ29歳なのだが。

「テラフォード共和国警備艦隊第20警備隊のウォラフソン中佐です。警備隊司令バルベリーニ大佐の代理としてお話しいたします。先程、信号で申し上げた通り、貴艦の行為は領域侵犯です。サン・リミノの和約によれば、事前の許可なく帝国軍武装艦が当宙域に侵入することは認められておりません。直ちに退去願いたい」

テラフォード語がオクシタン語に変換されるのを待って、ラ・ファイエットも穏やかに返した。

「初めてお目にかかります。ウォラフソン中佐。小職は帝国軍特別遠征艦隊司令官ラ・ファイエット准将と申します」ラ・ファイエットは流暢なテラフォード語で先を続ける。

「先程、貴官はサン・リミノの和約について言及されましたが、先日当方大使館の方から貴国政府に対し、我が帝国内で犯罪に関与し貴国に逃亡した者16名の送還について要請があったことは貴官も聞き及びかと思います。その際、当方のマントイフェル大使の方からかかる16名を匿うことは、双方の体制に対して害をなす行為をとらない、としたサン・リミノの和約に違反する行為である、と申し上げたはずです」

ここで自分の言葉が相手に染みこむのを待つように、ラ・ファイエットは一呼吸置いた。

「貴国がサン・リミノの和約に沿わない行動をとられている以上、当方としても同和約の埒外の行動をとることはやむを得ないものと考えております。改めて、16名の送還を要請致します。貴国が和約違反の行為を是正され次第、当方も和約の遵守に復帰、つまり直ちに当宙域から退去いたします」

最後の言葉が終わるか終わらないかのうちにスクリーンの画面が乱れたかと思うと、ラ・ファイエットの面前に色白で小太りな別の男が現れた。こちらを窺うように細い目をしている。男は敬礼も名乗ることもせず、いきなり早口の甲高い声で話し始めた。

「ラ・ファイエット殿とやら、その論理は通りませんな。サン・リミノ条約第11条第1項によれば、双方の間で条約の条文に関する解釈の違いが存在する場合、まずは双方の実務者による委員会を設置し協議することとなっておる。さらに同条第2項によれば、その委員会で60日以内に解決がなされなかった場合は・・・」



突然割り込んできて滔々と語りだしたバルベリーニに、ウォラフソンは思わず苦虫を嚙み潰した顔でそっぽを向き「ちっ」と舌打ちをした。予想外に若い相手の司令官をみて、バルベリーニの気が急に大きくなったらしい。それで得意の法律論で未熟な相手を論破してやろう、という悪癖が出ているようだ。まるで相手を小馬鹿にしたような、嵩にかかった語調にそれが現れている。

(それにしても・・・)ウォラフソンはラ・ファイエットと名乗った相手の司令官を思い浮かべた。(俺と同年齢ぐらいか)礼儀正しく若さの割に落ち着いているが、どこか秘めた自信のようなものを感じさせる人だったな。あれが帝国貴族の威厳というものなのか?



一方、滔々と話し続けているバルベリーニを黙って眺めているラ・ファイエットがふと気配を感じて顔を向けるとオランド艦長が隣に立っていた。オランドは苦笑いを浮かべながら低い声でささやいた。

「どこにでも、こういう輩はいるものですな。今ある制度、システムを未来永劫変わらぬものと信じ、それを上手く利用することが賢さであり、常識だと信じている者が。こういう輩に限って、敷かれたレールに乗らない者を愚か者呼ばわりする。未来永劫変わらぬものなどないというのに・・・」

くすっ、とラ・ファイエットは思わず笑ってしまった。おそらく一回りも上のオランドにそんな感想をもたれるとは、このバルベリーニも可哀そうに。画面で演説を続けている男に聞こえないようにラ・ファイエットもささやき返した。

「こういう人達が多いから、我々が乗じる隙もあるのでしょう、艦長。彼らの想像力のなさにむしろ感謝しないと」

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