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New Space Scrolls  作者: 乃木了一
第一章 遭遇
15/56

14.人とAI

ダスティン・スレイドNIA主任分析官は定時に執務室を出て途中馴染みの酒屋で買い物をした後、愛車ハリアーを走らせている。相変わらずマニュアル運転で帰宅を急ぐ車でごった返すラウンドアバウトを華麗にすり抜けると、急に明かりがまばらになったハイウェイを中央宇宙港に向かってハンドルをとる。ヴィクター・ウォラフソン少佐が中佐に昇進し、第20警備隊司令付副官から警備艦ランページ号の艦長に異動したという3日前の官報を今日偶然目にしたところだった。


警備艦隊司令部内の隊員宿舎棟でもう顔見知りになった守衛に挨拶をした後エレベータで5階に着き、ウォラフソンが一時居室にしている部屋のドアをノックした。中から「どうぞ」という声がする。

「よう、艦長殿」

スレイドが陽気な声で中に入ると、ウォラフソンはヒューイとテーブルを挟んでしかめ面をしているところだった。テーブルは天板が3次元スクリーンとなっており、そこから炎と煙が上がっているところだった。

「何やってんだ?」

スレイドがスクリーンを覗き込むと、何やら大昔の戦車らしきものがちょこまかと走り回っている。

「シミュレーションゲームですよ。・・・ああダメだヒューイ、降参だ」

3次元画面が消えると、テーブルは何の変哲もない木目の天板に戻る。

「わざわざお祝いに来てくれるなんて、うれしいですね。それは何です?」

ウォラフソンが聞くと、スレイドはにんまりと笑って紙袋から箱を取り出す。

「イチローズモルトじゃないですか!すげえや」

スレイドは箱から瓶を取り出す。

「単なるイチローズモルトじゃないぜ。リミテッドエディションのブルーラベルだ」

「そんな、安月給でそんなもの買っていいんですか?奥さんに怒られるでしょ」

「まあ、いいじゃないか。君の艦長就任祝いだ。こんなものしか思いつかなかったんだが持ってってくれ」

スレイドは瓶を箱にしまうとウォラフソンの手に押し付ける。

「ありがとうございます。大事にちびちび飲みますね」

そういうとウォラフソンはスレイドに椅子を勧め、ヒューイにビールとタコスを注文した。

「で、どうだい?艦長になった気分は?」

「いやあ、やっと自分の船が持てたんですからね。我々船乗りにとっちゃ、多分勲章を貰うより嬉しいもんでしょう」

「そうか、そりゃ何よりだ。初任務はいつだい?」

「1週間後には現在任務中の第6警備隊と交替するため出発する予定です。部下とは一昨日顔を合わせたばかりですが」


そうか結構急だな、と言いつつスレイドは思案顔になったが、ヒューイをみて話題を変える。

「ヒューイも連れて行くのかい?」

「もちろんですよ。ヒューイには俺の戦術補佐としての任務がありますから」

スレイドは首を傾げた。

「でも警備艦にもAIはあるんだろ?」

「航行用AIと戦術用AIがありますね。ただね、ちょっと試してみたいことがあるんです」

不可解な顔をするスレイドにビールを渡し、タコスを勧めながらウォラフソンは椅子に深く背をうずめる。何から話したらいいか少し思案するようだったが、

「基本的に、現代の宇宙艦隊は旗艦にC&C(コマンド&コントロール)機能が集中しているというのは知ってますか?命令を受け取った各艦がそれぞれ行動を起こすのではなく、艦隊司令官の命令一つでその艦隊に所属する全艦の行動を旗艦から直接コントロールするわけですね。それによって多数の軍艦が一糸乱れず複雑な艦隊運動をすることができる」

スレイドは「聞いたことがあるな」と頷く。

「艦隊に所属する船が多くなるほど旗艦のC&Cシステムは大きな処理能力が必要となりそれだけ戦術AI用コンピュータに大きなスペースをとられますが、一方艦隊に所属する各艦のAIは自艦の戦闘・航行に必要な最小限度の能力で済み、その分武装を多く積むことができる。艦隊全体でみるとその方が効率的なわけです」

「なるほど」

「しかし万が一、何らかの理由で旗艦が機能不全になったらどうでしょう?」ウォラフソンはスレイドの顔を覗き込む。少し間をおいて、

「途端に艦隊は単なる烏合の衆になってしまいます」

「つまり、君はヒューイにC&Cシステムのバックアップをさせたいわけか」

ウォラフソンは頷くが「それだけではありません」と言ってヒューイを指さし、

「彼には地球の古代から宇宙時代の現在まで、人類社会で過去に起こった全ての戦闘をデータ化しゲームにする能力を持たせてるんですよ。ヒューイ、ファルサルスの戦いだ」

ウォラフソンがそう言うと、テーブルが再び3次元スクリーンになり、スレイドが昔歴史の授業でみたような古代ローマ兵の軍団が現れた。ウォラフソンが「珊瑚海海戦」というと今度はテーブルが真っ青な海になり、多数のレシプロ機を積んだ航空母艦が現れる。スレイドは「ほう・・・」と見とれていたが顔を上げ、

「警備艦の戦術AIは宇宙時代の戦史データが全て入っていると聞いたことがあるが、それでは足りないというわけだ。しかし古代ローマの戦いなんて宇宙時代の艦隊戦に役にたつのかい?」と聞く。ウォラフソンは苦笑した。

「いやあ、まあほとんど俺の趣味みたいなもんです。しかしヒューイの利点は他にもあります。ダスティンは艦艇の戦術AIやこの司令部の管理用AIのような産業用AIと、一般家庭にあるようなペット用AIの違いって分かります?」

「いや、なんだろ?親しみやすさかな?」

「そう、その親しみやすさというのは感情のある、なしによるものです。産業用AIには感情は必要ありません。戦術AIが恐怖を覚えて勝手に戦場から逃げ出す指令を出したり、守衛室の管理用AIが嫌いな人間を門前払いしたら困りますからね」

その光景を想像してスレイドは笑ってしまった。


「で、ヒューイには感情があると?」

「ヒューイはペット用AIを改造したものですからね。最も、感情といっても疑似的なものですが」そう言ってウォラフソンはヒューイからビールのお代りを受け取った途端、「あっちい」と言って瓶を取り落とした。瓶から勢いよくビールが噴き出す。

「私の感情は“疑似的”ではありません」ヒューイがむくれた声をだすのに、ごめんごめん、気を悪くするなよ、と言いながらウォラフソンは続ける。

「人間には個性、人格というものがあると言われています。で、その個性、人格というものを突き詰めていくと、ある物事、外部の刺激に対する個々人の感じ方、反応、表現の違いだったりします。例えば危険に対してある人は恐怖を感じて逃げるのに、別の人は勇気を出してそれを乗り越える、というようなことですね。同じ人間でも状況によって恐怖を感じたり感じなかったりということもあります。そうした特徴的な反応をスレイド、ウォラフソンといった各個体毎にまとめ上げ、抽象化し、その個体に固有なものとして紐づけたものを、他人はその人の個性、人格として知覚するわけです。まあ一つの考え方ですが」

ヒューイから新しいビール(今度はよく冷えたもの)を受け取り、一口喉を潤してウォラフソンは続ける。

「しかし誤解を恐れずざっくりいうと、個々人ではなく何千、何万、何億という人々を集め外部の刺激に対するその反応を最大公約数的に、あるいは多数決でもいいですが、まとめると、たいていの場合、ある一つの刺激に対して人間なら決まった一つの反応、というように収斂していきます。例えば、生命の危険があれば恐怖を感じる、自分の権利を侵害されれば怒る、優しくされれば相手に好意を覚える、といったようなことですね。その人類というものが示す最大公約数的反応をAIに学習させ、表現させることは可能です。それを俺は“疑似的感情”と呼んでいますが、ペット用AIにはその機能が付与されているわけです」

「なるほど。しかしさっき君がいったように、ヒューイが恐怖にかられて正常に判断できなくなったら戦術AIとしては困るんじゃないか?」

「ヒューイは“勇敢”寄りに感情設定をしています。それに最終判断は結局人間、つまり私がする訳ですからね。逆に、」ウォラフソンは力を込める。

「敵側も最終判断を人間がするのであれば、感情を排した采配というものは無意味です。戦術AIはあくまで客観的な判断をもって、時に簡単に味方を捨て駒にするような戦術を勧めますが、人間はその戦術で勝ったとしても後でどんな批判や恨みをうけるか考慮しない訳にはいきません。また、過去の戦史から得られる教訓は、戦争とは単に戦力の多寡で決まるものではなく人間心理も勝敗を決める重要な要素であるということです」

「なるほど、単にゲームで遊んでいただけじゃないというわけだ」

で、とスレイドは目を細め皮肉っぽい顔になる。

「君は人間の心理まで理解したヒューイ相手に勝てているのかい?」

ウォラフソンは苦笑する。

「いや、全くですね。ええと、俺の42勝300敗ぐらいだったかな?」

「先程ので私の446勝35敗です」ヒューイが間髪を入れず答える。

スレイドはさもありなん、と笑いながら言う。

「しかしAI相手に35勝なんて、君もやるじゃないか。どんな手を使ったんだい?」

ウォラフソンはあはは、と頭を掻きながら、ズルをしたんですよと言う。

「ゲームがルールや決まった構造に従って進められ、参加プレイヤー全員が自らの置かれた戦略的環境を完全に把握したうえであくまで合理的に行動すると予想される場合、人間は先読みの能力においてAIにはなかなか勝てません。例えばチェスとか将棋とかね。しかしそうじゃない場合、例えば相手の戦力や所在が不明だったり、あるいは途中からゲームのルールそのものが変わってしまう場合、」

ウォラフソンはいたずらっぽくにやりと笑う。

「いわゆる『戦場の霧』がある状況では、人間がAIを凌駕できる可能性が生まれる。想像力と策略という武器でね」


どちらともなくタコスにはやっぱりテキーラだろ、と言い出して、2人してテキーラに絞ったレモンとソーダを放り込んだものを痛飲していたが、ボトルがほとんど空になったのをみてスレイドは「お、もうこんな時間か。そろそろ帰らなきゃ、かみさんに叱られるわ」と言い立ち上がった。

上着をひっかけたところでスレイドはふと立ち止まり何か考えるようだったが、やがて振り返ると真顔になった。

「出航は1週間後だったな」

ウォラフソンが頷き「それが・・・?」と聞くのに頭を振りながら、

「現段階で何が起きると言えるわけじゃないが、俺の中で何かが引っかかってるんだ。例えば帝国の大使館があっさり引き下がったようにみえること、とかがな」

言葉を選ぶようにして続ける。

「俺にも経験があるが、人間誰しも今日までの日々が変わらず明日も続くと思うもんだ。それを学者などは『正常化バイアス』などと呼んでいるが」

しかし、と続けて「残念ながら、過去は未来を保証しない。これまでの常識が通用しなくなる瞬間は必ず、ある日突然やってくる」

杞憂ならいいがといいつつ、スレイドはウォラフソンに「くれぐれも気をつけろよ」と言ってドアに向かった。帰りはもちろん、完全自動運転である。

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