13.RX-02
物思いから我に返ると、ヴェスターブルグ宰相が低音のよく響く声で閣議を締めくくろうとしている。「ほかに何かご発言のある方はございませんかな?」オーベルニュ伯はおもむろに挙手をする。貴族閣僚たちの不審そうな目が彼に集まった。
「ここに列席の皆様方には既にお聞き及びのことと存じますが、」
一旦言葉を切ってオーベルニュは長テーブルに着席した閣僚達を見渡す。
「先月、恥ずかしながら我が領国オクシタンで数名の者どもが騒乱を起こし、罪もない村人達や兵士を殺害の上逃亡するという卑劣極まりない事件を起こしました」
オーベルニュの言葉に閣僚達は顔を見合わせ、いくつか私語を交わした後、再びオーベルニュに向き直る。宰相が若い新任の閣僚をたしなめるように口を開く。
「オーベルニュ伯にはお悔やみ申し上げる。しかし聖賢帝アレクサンダー皇帝陛下以来、領国経営は各々の領主に任せることが習わしである。オクシタンでの騒乱は卿自らの判断で処置すべきこと。閣議の場で議論することではあるまい」
宰相の言葉にオーベルニュはゆっくりと頭を振る。
「宰相のお言葉はもっともなこと。手前の不行き届きに赤面するしかございません。しかし、」オーベルニュは声のトーンを上げる。
「かの不埒な者どもは違法にも帝国を抜け出し、テラフォードへと逃亡いたしました。確か、2年前、」
オーベルニュは宰相の目をまっすぐみつめる。
「宰相閣下のお膝元であるヴェスターブルグでも同じような事件がございましたな」
指摘されてヴェスターブルグ宰相は苦虫を嚙み潰したような顔で沈黙する。
「誤解なきように。私ごとき若輩者の統治手腕を老練の宰相閣下と比べようというのではありません。私めが問題にしたいのは、犯罪を犯した者どもが帝国司法の裁きを受けるのではなくテラフォードに匿われ、さらに自らの罪を脇に置き、あろうことか高貴なる帝国、皇帝陛下を卑しめる行動を堂々と行っておる、ということなのです」
オーベルニュが手を振ると、閣議室横のスクリーンにテラフォードの街中で「民主脱帝者評議会」によるデモが行われている様子が映し出される。彼らが掲げる横断幕やプラカードには「帝国の残忍な専制政治を打倒せよ」などと書かれている。閣僚の間でざわめきが少し大きくなる。被せるようにオーベルニュ伯は声を張り上げる。あくまで26歳の若者の純真な表情で。
「こんな侮辱を許していいものでしょうか!そしてこの虫けらのような者どもより許せないのは・・・」閣僚達の視線がこちらに向くのを待ってオーベルニュは言う。
「テラフォードなどと称しているこの辺境の野蛮国です。彼らは『人権』等と称して犯罪者どもを匿い、『お互いに相手の体制に害を及ぼす行動をとらない』とした神聖なるサン・リミノの和約を堂々と破っておるのです!」
閣僚達もそれぞれ同じような“脱帝”騒ぎを経験しているだけに、お互い顔を見合わせつつオーベルニュの言葉に沈黙する。少し間を置いてヴェスターブルグ宰相が宥めるように手を振った。
「外務卿の言われることももっともである。しかし、それでどうしようと言われるのかな?」
オーベルニュは胸を張った。あくまで若者らしい意気込みととられるように。
「僭越ながら、この辺境の野蛮国に対する対応を私めに是非ご一任いただけますよう。必ずや帝国の威厳を奴らどもに思い知らせてくれましょう」
宰相以下他の閣僚達から少し遅れてオーベルニュが閣議室から退出すると、先程の秘書官が廊下の脇から音もなく近寄りオーベルニュの半歩後に続く。オーベルニュは彼の方を見ることもなく低い声で尋ねた。
「RX-02はどうなっている?」
「はっ。先程、ミスラータへの試験航海から戻って参りました。各種システムテストも順調に行われたようです」
ふん。オーベルニュは気のない様子で鼻をならしたが、その薄いブルーの瞳には一瞬の高揚がみえたようであった。「増産体制はどうなっている?」
「はい。RX-02級の専用ドックとして500隻分を確保致しました。またデヴァスタシオン級フリゲートの改装準備も整ったとのことです」
オーベルニュは頷いた。「よろしい。では後でレオを私の部屋に寄こしてくれ」
かしこまりました、と秘書官が会釈するのを振り向きもせず、オーベルニュはすたすたと廊下を歩いていく。




