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New Space Scrolls  作者: 乃木了一
第一章 遭遇
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12.ノブレス・オブリージュ

帝国大使からの申し入れがあった4日後、テラフォード共和国政府は帝国大使館に対し、外務大臣名で現時点では16名の送還はできかねる、との公式の回答を行った。その理由として、難民及びリベラシオンⅡ号の共和国宙域侵入は不法なものでありその調査が終わっていないこと、帝国側から共和国に対し難民達が重罪に関与したという具体的な証拠が示されていないこと、そもそも帝国と共和国の間に犯人引渡し条約が存在しないこと、等を公文書は列挙していた。もっとも、2日前にテラフォード共和国の各種メディアが実施した世論調査で「難民達の送還に反対する」との回答が7割近くを占めたことも政府判断の背景にあることは想像に難くない。

ハーコート首相としては大使館側がまたどのような怒りの反応を示すか憂鬱な気分を持たぬでもなかったが、大使館側が事務的な態度であっさりと回答文書を受け取ったとの外務大臣の報告を聞いて内心ほっとした。と同時に、先日の大使の態度を思い出して急にムカムカしだした。(あの剣幕はいったい何だったのだ)



一方、テラフォード共和国から数千光年を隔てた銀河帝国の首都ルフトヴァルデの皇帝の居城「天空宮」の執務の間に向かう廊下で、オーギュスト・ド・オーベルニュ伯は秘書官の耳打ちを受けていた。

「テラフォードの者どもが犯罪者の送還を拒否した由にございます」

「そうか」とだけ伯爵は言うと、手ぶりで秘書官を下がらせた。彼の口調には驚きも怒りもなく、わずかにブロンドの美しい前髪をひねる悪癖が出たのみである。その薄いブルーの瞳には奇妙なきらめきが宿っている。彼は急ぐふうでもなく廊下を歩んでいき執務の間の前まで来ると、うやうやしく扉を開ける侍従達にかるく手を挙げて入っていった。今日は週に1回の閣議が開かれるのである。



執務の間での閣議はいつものように何の抑揚もなく進んでいく。ここに集まった帝国で最も高貴な貴族たちにとって閣議はあくまでも「高貴な者たちの義務」に過ぎない。帝国の行政は大臣達の後ろに控える事務次官たちが実質的に取り仕切っている。大臣たちは各事務次官たちの説明を欠伸をこらえながら聞き、ヴェスターブルグ宰相の発声に「異議なし」と答えるのみである。オーギュスト・ド・オーベルニュ伯は聞くともなしに事務官たちの発言を聞きながら窓の外を眺めている。

季節は9月の下旬、地平線まで届くかと思わるような宮廷の前庭を色づき始めた紅葉が華やかに彩っている。しかし景色はその美しさの中にどこか寒色を秘め、オーベルニュ伯はふと子供の頃の寄る辺ない気分を思い出した。


オーギュスト・ド・オーベルニュは現在26歳、古くからの帝国の名門であるオーベルニュ伯爵家の次男として生まれた。オーギュストが物心ついた時から、父ジャン=ルイ・ド・オーベルニュ伯のお気に入りは兄のフランツで、オクシタン城の中でオーギュストはまるで空気のような存在だった。

ある時、珍しく父が城の庭で3歳のオーギュストの相手をしていた時、12歳年上の兄が狩りから戻ってきて初の獲物である狐を誇らしげに父に見せたことがある。その時、伯爵は大いに喜んで立ち上がり急いで兄のもとに大股で歩み寄ったものだった。拾った紅葉の葉を父に見せようとしていたオーギュストは父の足で押しのけられ、それを見ていた廷臣や乳母たちの誰も転がった彼のもとには近寄ろうともしなかった。地面に転がったまま兄を囲む人々を遠くから見つめていたオーギュストは泣きもせず、ただただ「世界は自分には何の関係もないのだ」という諦念を、湿った落ち葉の匂いとともに心に刻み込んだものだった。

13歳になるとオーギュストは帝国軍幼年学校に入った。既にオクシタンにはなくなっていた居場所を彼は別の論理で動く世界に求めたのである。父も含めて誰もその決断に反対した者はいなかった、というより誰も彼に関心を持たなかった。幼年学校から士官学校に進み18歳で少尉として任官、自ら志願して辺境での様々な任務に就き、伯爵家の子弟ということもあって21歳の時にはすでに中佐の地位にあった。

転機が訪れたのはその春のことだった。辺境で宙族討伐任務についていた彼の下に凶報がもたらされた。故郷オクシタンで宮廷革命が起き、彼の従兄弟であるラファエルが父と兄を殺害し城を占拠したという報せである。

もともとオクシタン領主オーベルニュ伯爵の地位はラファエルの父、クレメントのものであった。しかしクレメントの弟ジャン=ルイは兄の病弱さにつけこみ、宮廷の者達を抱き込んで兄を幽閉した。弟の裏切りに絶望したクレメントは幽閉された塔の一室で自ら命を絶つ。その時、彼が手にしていたナイフは誰が差し入れたのか今もって不明である。

ジャン=ルイは兄の死後、初めは幼いラファエルの後見人となり、後にラファエルを廃して自らオクシタンの実権を握りオーベルニュ伯爵を名乗った。その際、帝国政府にはラファエルは行方不明として届けられ人知れず殺害されたはずだったが、どうやら彼を匿った者がいたらしい。

帝国暦196年3月30日、帝国政府から弔い合戦の許可を得たオーギュストは2000隻余りの帝国艦隊を拝領しオクシタンを急襲。20日あまりの戦いでラファエル軍を破りオクシタン城に凱旋した。オーギュストは伯爵殺害の罪をもってラファエルを処刑し、父と兄の葬儀を盛大に執り行った後、正式に帝国政府からオーベルニュ伯爵の叙任を受けた。そこから5年、オーギュスト自身の監督によりオクシタンは大きな変貌を遂げた。一方、今年8月の内閣改造によりオーギュスト・ド・オーベルニュ伯は帝国政府外務卿に就任している。


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