10.移送
帝国が首相に対して直接16名の送還を要求した、というニュースは翌日にはテラフォードの各種メディアでもちきりになった。脱帝者で組織され新しい脱帝者の支援を行っている「民主脱帝者評議会」は直ちに「死を賭して残忍な専制政治の手を逃れてきた人々を、民主主義の旗手たるテラフォード共和国が見捨てるようなことがあってはならない」との声明を出しており、メディアの論調も多かれ少なかれ同様だった。中には大使の行動を「越権行為」と断じ、銀河帝国中央政府に抗議すべきだというものもあった。個人のSNSを含め硬軟の反応がありながら、しかし「要求を受け入れなければ重大な結末を招くだろう」という大使の警告についてはほとんど顧みられることがない点で、各メディアの論調は共通していた。200年の平和に慣れ切った社会のそれが“常識”といってもよかろう。
共和国警備艦隊のヴィクター・ウォラフソン少佐が釈然としない気持ちを抱えながら自室のソファに座りニュースを眺めていると、ヒューイが事務棟からの内線を伝えた。国家情報局NIAの一行が事務棟入口に到着したとの事である。
「お通ししてくれ。俺は第一宿舎の入口で待っている」
了解の声も聞かぬ間にウォラフソンは上着をひっかけ部屋を後にした。当然ヒューイも後を追う。
ダスティン・スレイドNIA主任分析官と彼の部下であるフィリップ・クライトンが来たのはウォラフソンの予想通りだったが、その他に見知らぬ人物が1名同行していた。スレイドがNIA総務部の職員というその女性をウォラフソンに紹介すると、一行はすぐにレ・ファム少年のいる部屋に向かった。
ファムはほぼ体調が回復し、1週間前からは弱った足腰のリハビリを受けるほかは通常の生活を送れるようになっている。部屋も病室ではなく、セキュリティも考慮してウォラフソンの隣の士官用居室に移されていた。ヒューイが彼の遊び相手となり、お互いに言葉を教えあって今では簡単な意思疎通ならできるようになっている。
「どういうことなんです、ヴィック?」
ウォラフソンはスレイドに囁いた。
今朝艦隊司令部から、ウォラフソンのレ・ファム担当を解くとともに、少年を政府の指定する施設に移送するよう命令が届いた。少年の体調が万全ではない状況での移送命令はウォラフソンの意表をつくものではあったものの、先の難民16名と同様、いずれ警備艦隊施設から政府の脱帝者支援施設へ移され民主社会への統合教育を受けることは理解している。しかし今回の命令が異例なのは、少年の身柄を引き取りに来たのがいつもの移民局総務課第4係(脱帝者支援担当)の職員ではなく、国家情報局の人間であることだ。
更にスレイドがレ・ファムの聴取を行ってから2週間も経つのに、ウォラフソンのもとにその調書が届いていない、ということも気になる。16名の難民に関する聴取報告書は2日後には来ていたのに、だ。
ウォラフソンの問いにスレイドはちら、と彼を一瞥しただけで前を向いた。
「後で詳しく説明する」
と言ったきり、口をつぐむ。
レ・ファムにはウォラフソンの方から事前に伝えてあったので、移送はスムーズに進んだ。レ・ファムはスレイドとマルベキアン語でしばらく会話をした後、頷いてウォラフソンとヒューイの方に向き直りペコンとお辞儀をした。
「ありがとう・・・ございました」
たどたどしいテラフォード語を残すと、レ・ファムはスレイドらとともに出て行った。
「このことは他言無用だぞ」
というスレイドの言葉とともに、ウォラフソンの手には「今夜、19:00、Akatsuki-tei」と書かれたメモが残された。




