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銀燭の献血師  作者: 灰原康弘
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第伍章 〝月を刈る者たちへ告ぐ〟④

 ――強くなりたかった。


 陽人の願いは、ただそれだけだった。

 大切な人を、深陰を守りたい。そのために、陽人は努力してきた。ムラマサと契約したのも、そのためだ。彼女は、だれもが契約できるわけではない。


 血液型が、RHマイナスのAB型という珍しい血液型を持つ者だけが契約できる。

 彼女と契約できたのは、天命だと思った。彼女を使いこなすことができれば、自分はもっと強くなれる。そう思った。


 契約したのは、陽人が十歳の時だった。山背家の蔵にあったムラマサ。だれでも契約できるものではないため、ここ数百年の当主は別の『四鬼神』と契約していたらしい。

 ムラマサには、他の『四鬼神』にはない特別な能力があった。自身とムラマサの霊力を交わらせることで、ムラマサを自らの体に憑依させ、一時的に爆発的な力を手に入れる、というものだ。


 ただし、如何せん、得られる力が強すぎる。それは、およそ人体が耐えられるレベルではないほどに。この状態でいられるのは、長くても一分。これを使えば、つぎの日は筋肉痛で動けなくなるし、使っている今も体が悲鳴を上げているのが分かる。だが、それがどうしたというのだ? 決めたんだ、もう深陰に、あんな顔はさせないと。


 陽人は目の前の少年を見る。強い意志を持った、どこまでも自信に満ちた表情をした少年……。


 ――ああ、羨ましい。

 そう思った。


 五条政臣は、陽人がなりたかった自分なのだ。


 政臣のように強く、単純な、霊力だけの問題ではない。他人の目など、バカバカしいと笑って切り捨て、どこまでも自分を信じ、進んでいけるような強い自分に。


 だが、それは無いものねだりだ。政臣の言うとおり〝隣の芝生〟なのかもしれない。

 だが、それでも、陽人にはやらなければならないことがある。

 ――深陰を守りたい。いや、守る!

 だから、絶対にここで負けるわけにはいかない……!




 遮二無二、二人の当主が激突する。目にもとまらぬ攻防。観客の生徒たちには陽人たちがどんな攻防を繰り広げているか、目視することはかなわなかった。

 永遠に続くかと思われたが、それは唐突に終わりを迎えた。


「どうしたんだい陽人君。なにやら顔色が優れないようだね」

「……っ」

 陽人はなにも答えない。いや、答えることができなかった。彼はいま、地面に倒れ伏してしまっていた。服はぼろきれのように切り裂かれ、体力の限界により頬が上気し、完全に息が上がって肩で息をしている。聞きなれた軽口に答える余裕さえないのだった。




「山背……」

いままで観客席で見守っていた弥生が絞りだすように言った。

「蘆屋! このままじゃ本当に山背は負けてしまうぞ!」

「そんなの、いつものことでしょ……」

「そんなこと言っている場合か!? このままじゃ山背は負ける! 彼が負けたら、死ぬんだぞ君は! それでもいいっていうのか!?」

「……覚悟の上よ。私は、『献血師』なんだから」

 深陰は弥生から顔をそらして言う。


「蘆屋!」

「お母さんだって!」

 深陰は弥生の手を振り払い、大声を出した。まるで、自分の迷いを断ち切るかのように。

「お母さんだって! いままでの当主たちだって! 私とおなじように役目を果たして死んだ人たちがいた! 私だけやりたくないなんて、そんなこと言えるわけない! そうでしょ!?」

 いままで押さえつけていた感情が、沸騰した鍋にふたをしたかのように止めどなく溢れ出た。


「二人の犠牲ですむの! 私が拒んだらもっと多くの犠牲が出る! それに、どっちにしても私は死ぬの!」

「自分がなにを言ってるか分かってるのか!? 蘆屋、君は……」

「じゃあ教えてあげる! 最初の封印者のリストにはね、林道さん、あなたの名前も載ってたのよ!」

「それなら余計に黙ってみてるわけにはいかない! 私の代わりに君だけが死ぬっていうのか!? そんなのバカげてる! それを聞いて私が喜ぶとでも思うのか!? 私たちは友人じゃないのか!? どうしてなにも話してくれなかった‼」

「そんなこと……言えるわけないでしょ!?」

「深陰ちゃん」

 司が言った。とても静かな声だったが、体の奥底まで染み渡るかのような不思議な声だった。


「いいとか悪いとか、そういう話じゃないよ。君はどうしたいんだ?」

「私は……」

「いま山背くんは君のために戦っているんだ。それがどういう結果を生むかも分かったうえで、それでも彼は戦うことを選んだ。だから君も、君自身で考えて彼に答えるんだ。それが、最低限の礼儀だよ」

「……」


 政臣から最初に話を聞いたとき、すぐに理解することができなかった。なにかの冗談だと思ったのだ。だが、すぐに現実ということを思い知らされた。政臣の話には、半月から漏れる霊力など、納得のいく点が多かったからだ。母親は、名誉の殉死などではない。ただ、人柱にされただけだった。

 母は立派に当主としての役目を果たした。それなのに、自分だけがそれから逃げるなんて、そんなことはできない。


 すぐに決めたわけではない。いまも迷っている。だがそれでも、彼女は決めたのだ。

 あの少年には話さなかった。だって話せば、彼がどんな行動をとるか、簡単に予想できたから。

だから、黙っていた。それなのに……。


「蘆屋、君がどんな選択をしても、私たちは責めないよ。それが本当に、君が考えた末に出した答えならな」

 司もこくりとうなづく。深陰を見て、彼女は笑った。

「……ありがとう二人とも」

 深陰は深呼吸をすると、ドレスのスカートを破った。不意を突かれ固まっている二人に背をむけ、深陰は走り出した。




「どうやら、終わりみたいだね。せっかく強力な『四鬼神』と契約しているのに、勿体ない。体は鍛えてたみたいだけど、ここまでか。楽しかったよ陽人君。できれば、君とはもっと早くに出会いたかった」

 言ってリャナンシーを振り上げる。しかし、陽人にはもうよける体力さえ残っていない。

 陽人の同年代はみんな自分よりも優れた『献血師』たちだ。そんな彼らにすこしでも近づくために、努力を怠ったことはない。必死に頑張ってきた。ムラマサと契約した後も、その力を完璧に扱えるよう修行してきた。それなのに、それでも届くことはないというのか……。


 政臣はほんの一瞬憐れむような眼をした。直後、リャナンシーが振り下ろされ――


「陽人ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ‼」


 その声は、その場にいた全員はおろか、空間の隅から隅まで轟いたのではないかと思われた。

 しかし、その言葉は、たった一人の少年にむけられた言葉だ。

 陽人はハッとしたように、顔を上げた。

「あんな大見得きった癖になにこの体たらくは! たまには勝ってみせろこの囮役‼」

 なにが起こったのか分からずに、陽人は呆然としてしまう。政臣も、動きを止めてポカンと口を開けていた。

 だがいまの深陰は、陽人が、陽人たちが見慣れたいつもの彼女の姿だった。


「……これは見事な声援だ」

 政臣が面食らった様子で言った。無理もない。彼は深陰のこういう姿を見るのは初めてだったのだろう。

「どうも深陰さんは君についたみたいだね。まるで僕が悪者みたいだ。でも陽人君、それでも勝つのは僕だ。君にはもう、戦う力なんて残っていない」

 政臣はゆっくりと、見せつけるかのようにリャナンシーを振り上げる。彼はいま、完全に勝利を確信していた。


「これで終わりだ」

 短い死刑宣告とともに、リャナンシーを振り下ろす。しかし、それが陽人に届くことはなかった。彼が、リャナンシーの刀身を掴んだからだ。

「それはどうかな」

 陽人は低い声で言う。刀を地面に突き立て、よろよろと立ち上がる。

「ごめんよ、政臣君。どうも僕は、絶対に負けられないみたいだ」

 その直後、いままで感じたことのない感触に襲われる。政臣の体内に、するりとなにか冷たいものが潜り込んだ。


(なんだ……!?)

 怪訝に眉をひそめて、ゆっくりと視線を下す。

 すると、彼の腹にはムラマサが突き立てられている。さすがの政臣も、一瞬身を強張らせるが、すぐに痛みがないことに気づいて眉を寄せた。

「大丈夫だよ。ムラマサは人間を傷つけることはない。君のリャナンシーと同じだよ」

 陽人は落ち着き払った声で言う。


「僕が欲しいのは、君の霊力だ」

 瞬間、政臣は全身から力が抜けていくような感覚に襲われる。さきほども感じたものだが、それとは比べ物にならないほどの強い喪失感。まるで、命でも吸われているかのような感覚に、全身が警鐘を鳴らしているのを感じた。


「これは……すごいな……」

 自分の中からあふれ出る霊力を上回る速度で吸われている。このままでは……。

 一度距離を取ろうとしたが、そのまえにムラマサが抜かれ、そのまま振り下ろされる。

「っ!?」

 リャナンシーで受け止めようとした政臣だが、いとも簡単に力負けし、リャナンシーは吹っ飛ばされて地面に突き刺さった。


「終わりだ政臣君。降参してくれ」

 そう言って、切っ先を政臣にむける。

「さあ、それはどうかな。『不動鉄鎖』」

 政臣はつぶやくように詠唱を唱えた。その言葉に答え、手首から鎖が伸びてたちまち陽人を縛り上げた。が、それはすぐに空間に溶け込むように消滅する。代わりに、陽人の霊力が上昇するのを感じる。それと同時に、体についた傷も治っていく……。


「やっぱり霊術も吸収するんだね。いや、これはまいったな」

 いつものように軽口をたたいているが、彼の額に冷や汗が浮かんでいるのを陽人は見逃さなかった。

 大仰に肩をすくめたかと思うと、つぎの瞬間には彼は飛びのいてリャナンシーを手に取った。


「政臣君」

「降参なんて、しないと言ったはずだ!」

 政臣は正面から突っこんでくる。陽人はそれを正面から受け止めた。

「陽人君、僕に勝って、君はいったいどうするつもりだ?」

 政臣が訊いた。しかし、陽人が答えるまえに、彼は二の句を継ぐ。


「僕に勝ったとして、その後どうする? 深陰さんはもちろん、それ以外にも二人の犠牲者が出る。その中には、君の友人である弥生さんも入っているんだ」

「みんな僕が助けるさ! 深陰も林道さんも……もちろん政臣君、君もだ!」

「助ける……だと?」

 政臣は口の中で吐き捨てるように言うと、

「笑わせるな!」

 霊力を吸われているにもかかわらず、彼は内側から霊力を爆発させる。それはまるで彼の感情を表しているかのようであった。


「助けるだと? 君はいったいなにを言っているんだ!? 君にいったいなにができる!? なにもできやしない! 徒労だ! なにをしようとすべては徒労に終わる! もうこれしかない! これが一番犠牲者も少なくて済む! これ以外に選択肢はない! そうだろう!?」

「そうかな。僕たちにできるのは、本当にそれだけか!?」

「君は僕が楽観的に出した答えだと思うのか!? 考えたさ! それはもう何度もね! でも無駄だった。もうこれ以外にはない。

 非常時に頼りになるべき『総本山』はまるで役に立たない! どころか、彼らは許しがたいことをしていた! あれはもうダメだ。腐敗しきっている! 下らない権力争いにばかり気を取られているから、肝心なところに手が回らない! こんなバカげた話があっていいはずがない! 言ったはずだ陽人君! これは革命なんだよ!」


「革命だって!?」

 陽人は刀を合わせて叫んだ。

「バカなことを言わないでくれ! 深陰を犠牲にしようとしといて革命!? ふざけるな! そんなこと僕は絶対に認めないぞ!」

「バカなのは君のほうだ! 君が認めなかったところで、事態は変わらない! もう引っ込みがつかないところまで来てるんだ! このままじゃ今以上の犠牲者が出ることになるんだぞ! どうしてそれが分からない!?」

「分かってるさ!」

 政臣の攻撃を、陽人はもう簡単にさばくことができた。政臣の霊力は着実に減ってきている。このまま時間稼ぎをすれば、勝つことはできるだろう。

 しかし、


「だから言っただろう! 僕がみんなを助ける! 方法もある!」

「なんだって……?」

 政臣は眉をひそめる。信じられない、といった様子だった。

「どうするつもりかな?」

「ムラマサを使うのさ」

 陽人は言った。


「ムラマサは霊力を吸う力を持っている! 『献血師』からでも『求血鬼』からでも、たとえ霊術だとしても、そこから霊力を吸える! だから、半月から漏れ出てる霊力が、無くなるまで吸い尽す‼」

 陽人は声の限りに叫んだ。ムラマサを強く握りしめる。そのことからも、彼が本気であることが分かる。が、

「吸い尽す……ね」

 対する政臣は冷めた声で吐き捨てた。


「まるで幼児だな。吸い尽すだって? そんなの不可能だよ。君はアレのことをなにも分かっていない。アレはそんじょそこらの『求血鬼』とは違うんだ。いままで何人もの『献血師』が寄ってたかって、封印してきた。命と引き換えにね。『献血師』の祖で最強と謳われる五行院陽陰でさえ、封印するのが精いっぱいだったんだ。吸い尽すなんてのも無理だ。文字通り、膨大な量だ。理論上は可能だろうが、無理だ。そのまえに君が音を上げるに決まっている。さっきみたいにね」

「それでもやるよ。そのために、僕はここに来たんだ!」


「それは面白い!」

 政臣は挑戦的に笑った。

「じゃあ、やってみたまえ! 手始めに僕を練習台にね! 僕の霊力を吸い尽せないんじゃ、アレの霊力を吸い尽すだなんてできっこない! ほらどうした、やってみたまえ山背陽人!」

「もちろん。行くぞ五条政臣! これが僕の、最後の攻撃だ!」


 その瞬間、政臣の体は再び致命的な喪失感に襲われる。しかし、いくら霊力を吸われても、その吸われている最中にも、霊力は溢れてくる。いくら吸ってもきりがない。まさしくいたちごっこだ。

 それでも、陽人は吸うのをやめない。政臣も一歩も引くことはない。

(負けられない……! ここまできて、負けるわけにはいかない! 『総本山』の……祖父の負の遺産は、この僕が清算する!)


 祖父には祖父なりの考えがあったのだろう。防衛省と手を結んだことで、『献血師』側にもメリットがあったことは事実だ。

 だが――。


『献血師』の世界が、このままでいいはずがない。これは警鐘だ。多くの『献血師』の卵たち、『純血十家』の当主たち、そして『総本山』幹部……のみならず、マスコミのカメラのまえで、自分たちの命を犠牲にして封印を施す。『総本山』は美談として扱い、マスコミにもそう報道するよう根回しをするだろうが、国民はどう思うか。

 自分が死んだあとは、真実を記した手紙が関係各所に届く手はずとなっている。そうなれば、もう美談として扱うことはできない。


(方法はこれしかない。これが犠牲者が最もすくなく、事態の改善を促す最善の策だ。なのに陽人君。どうして君は否定する。どうしてそこまでひたむきに、まっすぐに……)

 永遠に続くかと思われた攻防だが、やがて唐突に終わりを迎える。

(!?)

 政臣の内側から漏れ出す霊力が、唐突に止まったのだ。いや、違う。これは……。


(リャナンシー!?)

 リャナンシーが、政臣の霊力を吸っているのだ。政臣の命を守るため、四六時中吸ってはいるが、それを遥かに超えるスピードと量だ。ムラマサの攻撃と合わせて、許容量を遥かに超えている。


(そうか……君も……)

 政臣は彼女の意図を察し、静かに目を伏せた。

「終わりだ! 政臣君!」


 たしかに、陽人は深陰たちと比べて力は劣っている。

 ムラマサは協力な力を持つ『四鬼神』。それを扱うものにも、相応の資質が求められる。

 だから、陽人は強大な『求血鬼』たち。そして、優秀な友人たちと渡り合うために、この技だけを、練習したのだ。


 ただ、深陰を守りたい。その一心で。ひたむきに、何千、何万回と。

 そうして、極めた技。


 それは、文字どおり、〝必ず〟〝殺す〟、必殺の一撃。

 自身の霊力に、吸収した霊力をのせ、相手に放つ、斬撃。

 霊力だけではない。自分や深陰、皆の気持ちをのせて、陽人は斬撃を放つ。


 つぎの瞬間、必殺の一撃が、彼を襲った。

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