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銀燭の献血師  作者: 灰原康弘
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第伍章 〝月を刈る者たちへ告ぐ〟③

「ご当主様、あなたは五条家始まって以来の天才です!」


 彼はそんな賛美の言葉とともに、幼少期を過ごした。なにをするにも、なにを言うにも、その後には〝五条家〟という影がついて回り、それは鎖のように、政臣を『純血十家』という籠の中に縛り付けた。


 千年。

 歴史も、一言で言い表すのは簡単だが、その中に蓄積されたものは決して言い表すことはできない。彼を、彼らを縛っているのは、歴代の当主や、家に仕える者たちが気の遠くなるような時間の中で築き上げてきた〝伝統〟だ。


 故に、彼はそれに反抗した。自分を縛り付ける〝家名〟を忌み嫌い、それを口にされるたびに持論を述べた。それは彼の病的なまでの反骨精神のなせる業だったが、したがって、変わり者のレッテルを張られたことも致し方なしと言える。


〝五条家始めって以来の天才〟が五条家を否定する。それは内部の反感を買うことになったことは言うまでもないが、彼はそれすら圧倒的な実力と有無を言わさぬ実績でねじ伏せてきた。


 小学校に上がるころには、父親ですら、彼に敵わなくなった。

 政臣の父親が死んだのは、彼が十歳のときだった。そのとき彼は突如出現した『始祖』調査の選抜隊に召集され、彼らと行動を共にしていた。出現地点を中心として、半径百メートルを集中して捜索したが、手掛かりは無し。以降、『始祖』の出現情報は途絶え、また彼らも会敵することはなかった。故に、政臣は父親の葬式を欠席したわけだが、『純血十家』の当主たちの死を聞いたときの彼らの反応を、彼はいまもはっきりと覚えている。


 あのとき、涙を流したものなどいなかった。どころか、悲しむ者さえいなかった。彼らにとって、死とは〝非日常〟ではない。彼らにとって、死とは〝日常〟だ。朝起きて夜眠る。それとなんら変わりない。したがって、感じることなどなにもないのだ。


 ――バカげている。

 彼はそう思った。死を聞いて、目の当たりにして、なにも感じないなどあってはならない。

〝死〟とは、常に厳粛であるべきものだ。


 政臣がリャナンシーと契約したのは、父親の死の直後。彼女は、古くから五条家に伝わる『四鬼神』で、歴代の五条家当主が契約するのが習わしだ。

「私と契約? いいけど、大丈夫?」

 当時小学生だった政臣に、リャナンシーはからかうように笑った。

「私のことは知ってるわよね? 勢いでしようとしてるならやめたほうがいいわ」

 無論、当時次期当主である政臣のことは、当然リャナンシーは知っていた。

 政臣も、リャナンシーのことはよく知っている。

 リャナンシーは、強大な、強大すぎる力を持つ『四鬼神』として、知られている。

 彼女は、日常的に契約者の霊力を多く吸う。故に、彼女との契約者である歴代の五条家当主はいずれも短命だった。それと引き換えに、彼女は契約者に強大な力を与えている。


「もちろんだよ。そのうえで言ってる。というより、してくれないとちょっと困る。でないと僕は死んじゃうから」

「あら、情熱的ね」

 リャナンシーはまたからかうように言った。

「いや、そういう意味じゃない」

 政臣は真面目腐った口調で言った。

「僕はそういう体質なんだよ。生まれつき霊力が高すぎる。このまま成長して、霊力ももっと上がっていけば、いずれ暴走して僕は内側から爆発する。だから、霊力を吸ってもらわないと困るんだ。君、吸うんでしょ? 霊力」

「まあね」

「じゃあ頼む」

 まるで出前でも頼むかのように政臣は言う。


 彼のことは、彼の父から聞いていた。その父から、『遅くともここ数年の間に息子と契約してくれ』と言い使っていた。結果的にではあるが、それは遺言となってしまった。彼女がすぐに政臣と契約したのは、じつのところそれが大きな理由だった。


 この頃から、政臣は一つの疑念に囚われていた。

「『始祖』は本当に出現したんだろうか?」

「出現したから、選抜隊が編成されたんでしょ?」

「たしかにそうだけど、僕たちが徹底的に捜索したが、見つからなかった。それどころか、目撃情報も途絶えちゃったからね」

「探しかたが甘かったんでしょう」

「それはない」

「どうして?」

「だって僕がいたもの」

 政臣は大真面目に言った。リャナンシーはきょとんとした顔をしたが、すぐにプッとふきだした。


「じゃあ、どうして見つからなかったの?」

「それが問題だ」

 やはり政臣は大真面目だ。しかつめらしく何事かを考えているようだが、なにを考えているのかは分からない。いまいち思考が読めない少年だった。

「これは仮説なんだけど、今回『始祖』は出現していないんじゃないかしら」

「というと?」

 リャナンシーが訊いた。


「だれかが『始祖』が出現したと嘘をついたんだ」

「どうして?」

「いままでの記録を信じるなら、『始祖』はあの空間での封印が解けかかっているときにのみ出現が確認されている」

「だから出現したじゃない」

「でも見つからなかった。いままでは、数回確認されているのにだ。すくなくとも、記録にはそうある。でも今回は最初の一回だけ。どうしてだろう」

「……」

「それで最初に戻るんだけど、今回『始祖』は出現していない。だれかが嘘の情報を流したんだ」

「だれが? なんのために?」

「そう! 今度はそこが問題になる」

 政臣は嬉しそうに言った。


「いや、まるでファイロ・ヴァンスにでもなった気分だね! 僕は推理小説が好きだから、ずっと憧れていたんだ」

 父親が死んだにもかかわらずこの態度、この少年は頭がおかしいのだろうか。政臣を知らない人間が見れば、そう思うかもしれない。だが、この態度は悲しみをふり払おうとしていることから来ることを、リャナンシーは理解していた。


「話を続けて」

「君の疑問だけど、それは簡単に説明できる。まずは、だれが? これは『総本山』の中のだれかだ。わざわざ選抜隊まで組んで捜索させたのは、情報源は通常よりも信憑性の高いものだったから。つぎは、なんのために? これは話題作りだろうね。バカげた企みで防衛省と組んで、僕たちの認知度は爆発的に上がったわけだけど、実際は防衛省に吸収された形だ。世間体をおもんばかるお歴々は納得いかないに決まっている。だから『始祖』という強大な敵を出現したことにして、強大な『求血鬼』を『献血師』の手で再封印する。世界を滅ぼしかねないほどの『求血鬼』をね。話題性は十分だ。僕たちは一躍正義の集団になれる。富も名誉も思いのままだ。ついでに、慢性的な人手不足を解消する目的もあるんだろう、いちおうね」

「……仮に『始祖』出現が嘘だったとしても、実際に封印は解けかかってたわけでしょ? だから当主たちは……」

「うん、そうだね……それが問題なんだ……」


 そうつぶやくと、政臣はうつむいて考えこんだ。ぶつぶつとなにか言っているが、よく聞き取れない。

 政臣は昔から頭がよかった。いや、よすぎた。頭脳明晰で霊力も高い。一見、彼には弱点はない。いや、たしかにないのだ。強いて言うとするならば……。




「陽人君、君に譲れないものがあるように、僕にも譲れないものがある」

「問答はもう十分だよ」

 陽人はムラマサを構え、まっすぐに政臣を見据えた。

「行くよ」

 トン、と地面を蹴ったその直後、陽人はまるでロケットのように突っこんできた。

(また正面突破か。まったく正直な人だ……っ!?)

 さきほどとおなじように、霊力を足に溜めて受け止めようとした政臣だが、陽人は信じられないほどの力を使っていた。

 政臣はそのままいともたやすく後退する。


(くっ……なんて、力だ……っ!?)

 そのまま観客席の壁に激突し、土煙が舞い悲鳴も巻き起こる。しかし、逃げまどったりはしないあたり、戦いというものには慣れているようだ。

「すごいね陽人君。いい攻撃だ」

 軽口をたたく政臣は怪我などはしていないようだ。激突のさい、霊力を背中に集中させて衝撃を殺したのだ。

「ごめんよ政臣君。もう本当に時間がないんだ。だから、すぐに終わらせる」

 フッと、政臣は笑ったようだった。

「それは大した自信だね。極めて謙虚な僕にはとてもマネができない。でもね、陽人君。僕だってそう簡単には……」

「時間はないと、言ったはずだ!」


 言いながらムラマサを振り下ろす。さきほどの何倍もの威力。今度は観客席を半壊させるほどの威力があった。生徒たちは今度こそ、蜘蛛の巣を散らしたように逃げ惑う。

「せっかちだな! 最後までしゃべらせてくれてもいいのにね!」

 陽人の攻撃を受け流し、反撃に転じる政臣だが、もうその攻撃にはさきほどまでの重量感はない。強がってはいるが、霊力を吸われた効果が、ここにきて如実に表れている。


「あれ、弱ったな。僕はここまで弱かったっけ」

 この期に及んで軽口をたたく政臣に、陽人は内心呆れつつ、

「そろそろ負けを認めてくれないか」

「そいつはできない相談だな! だって僕はまだ負けてないもの」

「でも時間の問題だ」

「それは大した自信だな。聞いたかい、リャナンシー。僕らは陽人君に勝てないらしい」

 手に握ったリャナンシーに視線を落とし、からかうように政臣は言った。


「でもそれはどうかな、陽人君。君はちょっと思い違いをしている。だって、僕たちはまだ本気を出してないからね!」

 叫びに呼応するかのように、薄くなっていたかに思えた政臣の霊力が爆発的に上がった。ふたたび陽人を襲う、重力が増したかのような錯覚。

 つぎの瞬間、まるでトンカチで叩かれたような重く鈍い痛みが陽人を襲う。政臣の斬撃によって、布地が切り裂かれ、肩が大きく露出した。ちらりと視線をむけると、赤黒い痣ができている。


「うっ……っ!?」

「痛がっている暇はないよ! さあつぎの攻撃だ!」

 ふたたび衣服が切り裂かれ、痣ができた。

「くっ」

 ムラマサと〝合体〟し、初めて陽人は距離を取った。

「無駄だよ陽人君」

 しかし、一瞬で距離を詰められる。

「なんだか君は急いでいるみたいだから、さっさと決着をつけてあげよう!」


 そう言いながら、斬りかかってくる。その一撃一撃は、果てしなく重い。ムラマサを解放してからもう時間が経つ。普通の人間ならもうとっくに倒れているころだ。『献血師』でも立っているのもつらくなっていることだろう。

 だが、政臣は倒れもしなければ普通に立っている。霊力が弱くなるどころか、ここにきて強くなった。こんなやつは始めてだ。『献血師』はもちろん、『求血鬼』でさえ見たことがない。


「僕はね陽人君。特異体質なんだ。僕の体内からは止めどなく霊力が溢れ出ている。幼少時は本当に微量だったんだけどね、でも大きくなるにつれてどんどん多くなっていった。いまじゃ僕は、彼女無しじゃ生きていけない体になってしまったんだ」

 わざと冗談めかした口調で言って、政臣はにやりと笑って見せる。


「じゃあ、さっきまでは吸われているふりをしていたのか?」

「べつにふりではないよ。事実吸われてた。ただ、無防備に吸われているふりはしていた。僕はね、自分の霊力をコントロールしていたんだ。君に、ただ吸われているように見せかけた。僕の霊力が減ってると思ったろ? 僕はね、体内から漏れ出る霊力の強弱をコントロールしたんだ。ここまでするには苦労したんだ。僕は努力家なのさ」

 政臣は皮肉っぽく言った。


「ふうん。努力家の君でも、流出を完全に止めることはできないわけだね」

 陽人も皮肉っぽく返す。政臣と接するうち、彼によからぬ影響が出ているのかもしれない。

「そりゃあね! 言ったじゃないか、特異体質だって。簡単にどうにかなるなら特異体質とは言わないんじゃないかしら」

「まったく本当に……口数の減らないやつ、だ!」

「きみもね!」


 二人の『妖叨』が激突した。

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