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銀燭の献血師  作者: 灰原康弘
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第伍章 〝月を刈る者たちへ告ぐ〟②

 献血師學校には、決闘場がある。地面に土が埋められ、その周りを円形の壁で囲む。ただそれだけのものだが、これは〝小細工なしの決闘〟という昔からの伝統を現したものだ。


 観客が見守る中、二人は決闘場の真ん中に立った。

 観客席には、カメラも回っており、もちろん深陰の姿もある。彼女は弥生と司とともに座っていた。


「ではこれより、山背家当主・山背陽人、五条家当主・五条政臣の決闘を執り行います」

 比屋定がいつもと変わらず平坦な口調で言った。とても決闘開始の言葉とは思えない。


「陽人君、君とこうして向き合えることをとてもうれしく思う。まえにも言ったが、僕たちは合わない。考え方がね。思うに性格はさほど変わらないと思うんだけど。だが、考え方が合わないんだから、仕方がない。僕たちは遅かれ早かれこうなっていたことだろう。どうせこうなるなら早いほうがいい。君もそう思わないか」

「こんなときまで演説かい? 本当にぶれないな。それに、僕と君が似てるなんて悪い冗談だよ」

「演説演説というが、僕は演説なんてしていない。ただ自分の考えを言っているだけだ。ちなみに、いまのはただの世間話」

「本当に自由だね。うらやましいよ」

 そのあらゆる意味にとれる言葉に、政臣はうかべていた笑みを引っ込めると、ひどく真面目な顔で言う。

「うらやましい、ね。僕からすれば君のほうが羨ましいんだけど、ま、いいか。隣の芝生はなんとやらだ」


「無駄話はもういいでしょう」

 比屋定が冷ややかな声で言った。

「時間が押しているので早速始めましょう。最終確認です。山背くん、あなたが決闘に勝てば、五条家と蘆屋家の婚姻を破棄し、政臣君が勝てば、これから先、山背君は政臣君のすることに口を出さない。よろしいですね」

「はい」

「もちろんですとも!」

 二人は同時に言った。政臣が元気よく言ったため、陽人の声はちょっと聞こえにくかった。

「では、お二人ともご武運を」

 そう言って、比屋定は二人からすこし距離を取った。

 しかし、抑揚のない声でそんなことを言われても正直反応に困る。まるでニュースのアナウンスでも聞いているかのようだった。


 陽人はすこし腰を落とし、ムラマサをつかんだ。

 おなじく、政臣も腰を落として、リャナンシーをつかむ。そのとき、柄の先端に付けられた鈴が、チャリ、と音を立てた。

「決闘、開始」

 比屋定の合図と同時、最初に動いたのは陽人だった。


「吸え〝ムラマサ〟」


 瞬間、ムラマサの柄の先端から一本の管が伸びて撓り、陽人の手首に突き刺さる。そこから陽人の血液がムラマサの内部へと入っていき、やがて刀身の先からあふれ出たかと思うと、刀身を紅く染め上げた。


「ほう。大した曲芸だ。毎度思うんだけど、僕たちが『四鬼神』を使役するときの動作は大げさすぎる。見世物小屋にでもいる気分だよ」

「構えないのかい?」

 陽人は無視して言った。政臣は特に気にした様子も見せずに、肩をすくめてみせる。

「構えますとも。陽人君、どっちが勝っても恨みっこなしだ。だから、どうか僕を恨まないでくれたまえ」

 政臣はリャナンシーを抜き、一泊置いて言う。


「鳴らせ〝リャナンシー〟」


 シャン、と鈴の音が鳴った。しかし、陽人と違い、特に変化は起こらない。

「大した曲芸だね」

 陽人が言った。政臣は面白そうに笑う。

「でしょう? 僕もそう思う。シンプルイズベストってやつだ」

 刹那、二人の『妖叨』が激突した。とてつもない風圧が観客を襲い、彼らは反射的に腕を交差させて顔を守った。

 組み合わされた刀が、ギギギギ、と硬質な音を立てる。

 二人は同時に距離を取った。そして、また同時に激突する。二人は何度も刀を合わせ、金属音が響き渡る。


「やるね、陽人君!」

 政臣が大きな声で言った。

「『不動鉄鎖』!」

 陽人は答えず、手首から鎖をのばすと政臣の右腕をからめとった。

「ほう!」

 陽人はムラマサを一振り。瞬間、刀身から独立した真紅の斬撃が放たれる。

 政臣は嬉しそうに笑うと、それを真正面からリャナンシーで受け止めた。足に霊力を集中させる。足に巡る血管の一本一本を意識し、霊力を循環させる。根が生えたように、政臣は微動だにしない。


「ふっ!」

 リャナンシーを一閃すると、真紅の斬撃は霧散した。

「いや、素晴らしい攻撃だ!」

 政臣の右腕に霊力が集まる気配がする。腕を振るうと、鎖は霧散する。

「じゃ、つぎは僕の番だ!」

 チャリ、と柄についた鈴が鳴った。


「この音が聞こえるかい?」

 チャリ、

「そら、行くよ」

 チャリ、と三回目の音が鳴った瞬間、


「!?」

 突如、攻撃が陽人を襲った。いったい、どんな攻撃なのか、それは目に見えないものだった。衝撃波、としか形容しようがない。吹っ飛ばされる陽人だが、すぐに態勢を立て直す。さっき政臣がやったように、霊力を足に集中させ威力を殺したのだ。


「っ!」

 そのまま地面を蹴って、政臣に急接近。二人の『妖叨』がまた激突する。

「やるね陽人君! 最初に会ったときから思っていたけど、君は決して弱くない! にもかかわらず、『献血師』の世界じゃちょっと冷遇されている。だが恥じることはありません。それは、君の周りにいる人が全員君よりすごいから、相対的に弱く見えているだけだ」

 大きなお世話だ、と思った陽人だが口には出さない。


「なんたって、君の幼馴染は蘆屋家歴代最強と名高い深陰さんだし、彼女は巫女としても大きな力を持っている『巫』だ。対する君は、霊力は低くはないが平均的だし、なにかと比べられることも多かったんじゃないか?」

「なにが言いたいんだ……?」

 陽人が訊いた。その声色は、いつもと比べてだいぶ低いものだ。

「べつになにってわけじゃない。ただ話がしたいだけだよ」

 二人は、ふたたび刀越しに向き合う。

「たとえ家では比べられなくても、外では違ったろう。比べられたはずだ。そして、言われたはずだよ、それはもう好き勝手に、つまらない御託をね」

 政臣は言った。その言葉には、どこか同情めいたものが宿っている。

「……」


 陽人はなにも答えない。政臣は構わず続ける。

「君はさっきこう言ったね。『本当に自由だね。羨ましいよ』。僕は自由なんかじゃないよ。ちいさいときから自由なんてぜんぜんなかった。

 こう見えて僕も歴代最強だからね。ずいぶんと下らないイワシの頭をかぶらされたものさ」

 ギィン、と刀が合わさる。しゃべりながら戦っているというのに、二人とも息はまったく上がっていない。


「僕はね陽人君、君が羨ましいんだ。長くなるから理由は省略する。まあ、ないものねだりってやつだ。さっきも言った、〝隣の芝生は〟だよ」

 省略すると言っておいて、べつに言わなくてもいい言葉をつけ足すあたり、政臣はどこまで行っても政臣だ。ここまで自分を貫いておいて、他人が羨ましいといわれても説得力はまるでない。

「だから陽人君、僕は君に勝つ。ここから先は、手加減なしだ」

 政臣の雰囲気が変わった。いままでの軽い、受け流すかのようなものではない。すべてを押しつぶすかのような、重く暗い感触……。

 唇が、ゆっくりと動く。


「搔き鳴らせ〝リャナンシー〟!」


 パキン、と小さく音が鳴った。それが鈴が真っ二つに割れた音だと分かった瞬間、

 鈴の中から莫大な量の霊力があふれ出し、蛇のようにのたうち政臣にまとわりついた。さらにそれは、リャナンシーにまでまとわりつく。

「どうだい大した曲芸だろう」

 政臣は妙に平坦な声で言った。


「最初に種明かしをしておくとね、これにはつまらない小細工なんてないんだ。リャナンシーはね、〝枷〟なんだよ。僕の強大すぎる霊力を抑え込むためのね。いま、その〝枷〟を外した。いままでリャナンシーに吸わせていた霊力を、解放した。一分あれば、決着がつく」

 切っ先をむけられ、陽人は自分の周りだけ重力が増したかのような錯覚にとらわれた。

 こういう気持ちは、いままで何度も味わってきた。彼にとって、自分より強い相手と戦うことは珍しいことではない。


「……そうだね」

 陽人は一度目を伏せ、深呼吸をする。それから、ゆっくりと目を開いた。

「一分あれば十分だ」

「なに?」

 ここで、初めて政臣が怪訝に顔を染めた。陽人の手首から管が抜けたかと思うと、『妖叨』状態だったムラマサが〝顕現〟したからだ。


「はるくん?」

 ムラマサが不思議そうに見上げてくる。陽人はやさしく笑いかけた。

「ムラマサ、僕と〝合体〟しよう!」

 一瞬きょとんとした顔をしたムラマサだったが、

「うんっ!」

 すぐに笑顔でうなづいた。


 陽人は大きく深呼吸をして呼吸を整える。全身を集中させる。全身を巡る血管――そのすべてを意識し、そのすべてに、くまなく霊力を循環させる。

 そして、ムラマサの小さく薄い唇に、自分のそれを重ねた。陽人とムラマサは、それぞれ自分の唇を切った。二人の血液が、互いの口の中へと流れ込み交わっていく――。

 陽人は、口の中でつぶやく。


「――吸い尽せ〝天冴村正(てんごむらまさ)〟――」


 瞬間、陽人とムラマサが光に包まれた。あまりの眩しさに、政臣は目を細める。かと思うと、世界から音がすべて消えたかのような、そんな錯覚に襲われた。政臣だけではない、弥生や司をはじめとする観客たちもだ。


 光はすぐに晴れた。そこに現れたのは、一人の少女だった。かなり短い黒のプリーツスカートに、オーバーニーソックス。へその露出した黒い服を着ている。右腕には一本の管がまるで鎖のように巻き付き、手首から容赦なく血液を吸い上げ、右手に握られた刀身を紅く染めている。雪のように真っ白な肌に、夜の闇に溶けこむような黒い髪はくるぶしまで伸びていた。


「ほう! こいつはすごい! もともと可愛らしい顔がさらに可愛らしくなりましたな! 本当に大した見世物だ。まえから思っていたんだけど、どうも僕は地味でいけない。当主としても花がないと思うんだ。だから他の人に任せようと言ったのに、『純血十家』は世襲制だからね。このご時世に、まったく前時代的なことだ。しかしこれは仕方がない。血は水よりも濃いと言いますからな! しかし、防衛省と組んだところで、排他的で閉鎖的なところはなにも変わっていない。分かるでしょう陽人君。いや、いまは〝さん〟というべきかな? いずれにしても、これはじつに愚かでバカげた問題です」


「悪いけど、演説に構っている暇はないんだ」

「陽人君、何度も言わせないでくれたまえ。僕はべつに演説なんて……」

 政臣は最後まで言いきることはできなかった。陽人が突如視界から消えたかと思うと、つぎの瞬間には斬りかかってきたからだ。政臣の、背後から。

 二人の視線がまた交錯する。


「すごいな。まさしく目にもとまらぬ速さってやつだ。やっぱり、いままでは本気じゃなかったんだね」

「いいや、本気だったよ。いままでも、ここからも、僕一人の力じゃない。ムラマサを僕自身の体に憑依させる。これが、ムラマサの本当の力だ」

「謙虚だなあ。まあ、それが君の……」

 また演説でも始めようとしたのだろうか、政臣はすこし笑みを浮かべていたが、つぎの瞬間、顔色が変わった。


「!」

 政臣は陽人から飛びのいて距離を取った。その顔は、陽人が初めて見た顔だった。彼はいま、驚きに目を見開いている。〝距離を取った〟という行動を含めても、いまの政臣は陽人が初めて見る政臣だった。

 しかし、すぐにいつもの余裕な表情を取り戻すと、

「なんだい、いまのは? 驚いたよ。僕の霊力を吸うなんて。それが君のムラマサちゃんの能力ってわけか」

「さあ、どうかな。もっと近くに来てくれれば分かるかもよ」

 それを聞いた政臣はちょっと考えるようなしぐさを見せる。

「ふむ。それもそうだね」

 まるで、それは名案だ、とでもいうような言い方だったので、陽人はちょっとびっくりした。よって、反応が一瞬遅れてしまった。


「っ!?」

 間一髪、攻撃を防ぐことができた。

「どうやって霊力を吸っているんだろう? 離れていても吸えるのか、それともこうやってムラマサちゃんに触れているものの霊力を吸うのかな……」

 もう何度目か分からない衝突。互いに『妖叨』を合わせながら、政臣が独白する。

 それに応えるかのように、彼は体から力が抜けていくような感覚に襲われる。さきほどとおなじように、霊力を吸われているのだ。


「ふむ、触れていれば吸われる。まあ、当然か、さっきもそうだったし。じゃ、離れてみてはどうだろう」

 そう言って距離を取る。すると、さっきまでの感覚は完全に消えた。

「おや? 触れていないと吸うことができないのか、な!」


 政臣はリャナンシーを一閃、衝撃波が放たれる。

 陽人は霊力を足に集中させ、地面を蹴る。高く跳躍してかわしたかと思うと、宙に霊力を固めて、そこを蹴って急降下する。

 迅速な反応に流れるような反撃だが、相手は歴代最強と名高い『純血十家』の当主。そう簡単にはいかない。簡単にかわされ、陽人の攻撃は空を裂く。


「残念だが陽人君、もう僕の霊力は吸わせない。こうやって離れていれば、霊力は吸えないんだろう? 種が分かれば対処するなんて簡単さ」

 勝ち誇ったかのように笑う政臣。対する陽人も、ゆっくりと笑う。

 そして、一言。

「それはどうかな?」

 その瞬間、ふたたび政臣を襲う感覚。全身から力が抜けていくような、魂さえ奪われてしまいそうな、絶望的な、感覚。


「これは……」

「そう。君の霊力を吸っているんだ。ムラマサはね、べつに離れていても霊力は吸えるんだ。だれの霊力でもね。ただ、コントロールが難しくて、すこし間違うといろんな人から霊力を吸ってしまう」

「なるほどね。噂には聞いていたけど、いざ目の当たりにするとすさまじいな」

「負けを認めてくれ政臣君。このままいけば、君の霊力をすべて吸ってしまうよ」

 政臣はフンと鼻を鳴らす。


「それはできないな。ここまで来て負けを認めるなんて、いままでのことがすべて徒労になるし、それに、僕についてくれた深陰さんにも失礼だ」

 そこでちょっと肩をすくめてみせ、

「それにね、陽人君。君は僕の霊力をすべて吸ったりはしないよ」

「どうしてそう思う?」

「だって、君はやさしい人だもの。甘いと言い換えることもできるけどね。僕がもう戦えないくらいに霊力を吸ってから、僕が気絶するくらいの一撃を叩きこんで勝つつもりかな?」

 陽人は答えなかった。政臣は構わず続ける。そのすべてを見透かしたかのような口調で。

「やってみたまえよ。それでも、勝つのは僕だ」

 そう言っている間にも、政臣の霊力は見る見るうちに吸われていく。


 それに呼応するかのように、彼の脳裏にある記憶が呼び起こされた。

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