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銀燭の献血師  作者: 灰原康弘
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第伍章 〝月を刈る者たちへ告ぐ〟⑤

 陽人はムラマサを一振り、政臣を攻撃した。彼は吹っ飛ばされ、あおむけに倒れる。

 いったい何秒だったか、静寂があった。


「勝者、山背陽人」

 比屋定のその一言で会場は歓声に包まれた。

 陽人は淡い光に包まれたかと思うと、晴れたときには元の姿に戻っていた。ムラマサもまた、少女の姿に戻っている。


「ムラマサ、大丈夫かい? ちょっと無理させたかな」

「うぅん、はるくんこそ……」

「いや、僕は大丈夫だ、よ……」

 陽人は体中から力が抜けたような気がして、そのままバランスを崩してしまう。

「はるくんっ!」


 倒れそうになる陽人に慌てて手をのばそうとするムラマサだが、間に合わずに宙をつかむ。自分でもどうすることができずに自然に身を任せる陽人。すぐに来るであろう衝撃に備えるが、彼を襲ったのは予想外にやわらかな感触だった。

 そのままゆっくりと寝かせられ、頭の下にはなにか、あたたかくて、やわらかな感触。ほのかに甘いにおいも漂ってくる。


「深陰……」

 自分を覗きこんだのは見慣れた少女の顔だった。

「最後くらいシャンとしなさいよ。しまらないやつ。それになによ、あの恥ずかしいカッコ。あんた、やっぱり変態ね」

「ははは……」


 手厳しい評価に、陽人は力なく笑う。しかし、そこはツッコまないでほしかった。自分で言うのもなんだが、結構……いや、かなり恥ずかしいのだ。深陰たちは「変態、変態」と言うが、しょうがないじゃないか。陽人だって好きであのカッコになってるんじゃない。少女であるムラマサを憑依させるのだから、女体化するのは仕方がない。……仕方ない。そのムラマサがしゃがみ込んで、心配そうに顔を見てきたので、陽人はやさしく頭をなでた。それから言う。


「深陰」

「なに?」

「僕、勝ったよ」

「そんなの、見れば分かる」

「そっか」

 陽人はまたちょっと笑った。それから、今度は言いよどむ。

「あのさ深陰……その……」

「謝ったらひっぱたくからね」


 深陰は陽人の言葉を先読みして言った。

 陽人は深陰を助けたい一心でここまで来たが、それはすべてエゴだ。こうなることが深陰の本心でないことは分かっていた。彼女の覚悟を踏みにじってしまったのではという猜疑心が、彼の心の内にはあったのだ。


「うん。謝らないよ」

 陽人は吹っ切れたように言った。

「自分がやったことだ。責任はとるよ。今日中に、すべて終わらせる」




 すこし離れた場所で、政臣は空を見上げて物思いにふけっていた。その視線の先には、紅い、巨大な半月がある。見ようとして見たわけではない。あまりにも大きくて、自然と目に入ってしまうのだ。

 そこから漏れ出る霊力は、昨日よりも確実に多くなっている。


「……頭は冷えた?」

「僕はもともと冷静だ」

 政臣は空を見たまま言った。

 相変わらずの契約者に、『四鬼神』リャナンシーは、呆れたように肩をすくめた。彼女はなにも言わず、政臣の隣に佇んだ。

 しばらくお互いに黙っていたが、やがて政臣がゆっくりと口を開く。


「リャナンシー」

「ん?」

「僕は……間違っていたんだろうか……」

「あなたは自分が間違っていたと思うの?」

「いいや、僕は思わない」

 政臣は即答した。

「じゃあ、あなたは間違ってないわ」

 リャナンシーも即答した。

 少年は銀髪の美女に目をむけると、ふんと鼻を鳴らした。

「君らしい励ましかただ」


 それからすこしして、政臣はまた口を開く。

「どうして僕の邪魔をしたんだ? あれがなければ僕が……いや、よそう。今のは忘れてくれ」


 政臣は苦々しそうに口をつぐんだ。彼は、いままで負けたことがなかった。彼にとって、これは初めての敗北である。なんとも表現しようのない気持ちだった。だから、こんな妙なことを口走ってしまった。一生の不覚だ。この僕ともあろう人が、こんなにも下らない負け惜しみを言ってしまうなんて。感情を振り払うようにかぶりをふろうとするが、倒れているためにうまく動かせない。代わりに眉間を指で挟んで謝罪しようとするが、

「言わなきゃ分からない?」

 それよりも早く、リャナンシーが言った。

「分からないなら、大馬鹿者ね」

 政臣はちょっと驚いたような顔をしてリャナンシーを見た。しかし、彼女は政臣と目を合わすことはない。


「そうか……そうだね」

 察したように言うと、一度目を伏せ、開く。そして言う。

「すまなかった」

「分かればいいのよ」

 どうやら、自分は猪突猛進過ぎたようだ。自分の考えに囚われて、一番近くにいた人の考えに気づかなかった。いや、気づかない振りをしていた。


 自分が死んで悲しむ人はいないのか……。

 ファミレスで陽人に言われた言葉が、泡のように頭に浮かんだ。

 心中で、政臣は自嘲的に笑った。これでは、『総本山』の幹部連中となにも変わらない。


「政臣君」

「やあ、陽人君。見慣れた姿に戻っていますね。正直、さっきのは驚いたよ。でも深陰さんたちが君を変態呼ばわりしている理由はよく分かった。しかし気にする必要はありません。さっきも言ったが、なかなか似合ってたからね。ところでご機嫌いかが?」

 政臣は寝そべったままペラペラ喋った。彼としては単なる軽口のつもりなのだが、この状況で言うと皮肉としか聞こえない。


「ここ最近では一番いいかな」

 陽人は気にした様子もなく答えた。

「そりゃよかった。じつは僕も悪くない気分なんだ。なんだか生まれ変わったみたいだよ」

 そう言ってから、政臣は慌てたように付け加える。

「ああ、いまのは皮肉じゃないですよ。いや、本当に」

 地面に寝たまま手をふる政臣を見て、陽人の口元は自然とほころんだ。

「分かってるよ」

「ああ、そう。ならいいんだ」

 この話は終わりだとばかりに手をふる政臣。


「ねえ政臣くん」

 そう呼ばれたとき、政臣は驚いたように目を見張った。

「初めて僕の名前を呼んでくれたね、深陰さん。どういう心境の変化かな」

「べつに、深い意味はないわ……」

「そう。それで、なにかな?」

 深陰は一瞬言葉に詰まったが、意を決したように言う。

「あなたの考えは、とても素晴らしいと思うし、間違ってないと思う。でも、私は陽人に賭ける」

「そうか……うん」

 特に落ち込んだ様子もなく、政臣は言った。


「残念だけど、仕方ないね。短い間だったけれど、僕についてきてくれてありがとう。君に出会えてよかったよ」

 恥ずかしげもなくそんなことを言うので、深陰はかなり面食らった様子だった。

「ありがとう」

 深陰がそんなことを言ったので、今度は陽人が面食らった。


「え、ちょっと……なんか二人とも仲良くないかい」

「おや、陽人君。ひょっとしなくても嫉妬かな? しかし心配は無用です。僕と深陰さんの間に君が想像しているようなことはなにもない」

「……」

「まったく、男の友情ってのは脆いもんだね。女が絡んだ瞬間これだもの。人間嫌いになる人の気持ちも分かるというものだ」

「本当ね。女々しいやつ」

 深陰がからかうように言った。気のせいだろうか、その顔はすこし二ヤついているように思える。

「うるさいなもう!」

 彼らが年頃の少年らしく、無駄話に興じていた時だ。彼らに近づくものが一人。


「お二人ともお疲れ様です。この後、念のため、保健室へ行くように」

 彼らのクラス担任、比屋定玲衣子はいつもとおなじ、一切の感情を感じない平坦な声で言う。

「待ってください比屋定先生」

 陽人は一歩前に出る。


「一つお聞きしたいことがあります」

「なんでしょう」

「昨日の……正確には今日ですけど、零時過ぎ。どこにいましたか?」

「急に探偵の真似事ですか。いったい、なんのつもりです」

「答えてください」

 陽人はせき込んだように訊いた。深陰は怪訝そうに陽人を見ているが、彼はそれには答えずにまっすぐに比屋定を見据えている。


「自宅にいましたよ。当然でしょう」

「本当ですか?」

「陽人? あんたいったい……」

 陽人の尋問口調に、深陰はいよいよ不審そうに声をだす。

「その時間、学校近くの公園にいたんじゃありませんか?」

 そして考える。午前零時といえば、陽人と公園で話していたころだ。しかしその時間、比屋定は見ていない。ということは、べつの公園にいたということか? それがいったい、なんだというのか。それにあのとき、公園にいたのは……。


「あんた、本当に比屋定先生か?」

「おっしゃっている意味が分かりませんね。これはなんの真似です」

「あんた、『始祖』だろ」

「!?」

 陽人はいきなり核心を突き、深陰は驚きに目を見開いた。


「……なにを根拠に? 山背君、自分がなにを言っているか、理解していますか?」

「答えろ」

「答えてほしいなら根拠を示しなさい。でなければ、だれもなにも話さない」

「じゃあ、袖をまくってみせてくれないか」

「袖を?」

「そうだ。僕は『不動鉄鎖』であんたを縛り上げた。相当強く縛ったから、まだ残っているはずだ。あんたの腕や体には、その痕がね」


 比屋定はなにも言わず、いつも通りの無表情でゆっくりと袖をまくっていく。

 そこには――跡が、あった。


「よく分かったわね。お見事」

 声質が変わった。一切の感情を感じない平坦なものから、まるで調律の狂ったピアノのような、地球の生物の声とさえ思えないような、違和感の塊。

 そこからの彼らの動きは速かった。政臣はリャナンシーの〝顕現〟を解き、刀の状態にする。深陰もすばやく弓を構えた。


 陽人もムラマサの〝顕現〟を解き、『妖叨』とする。しかし、いまの陽人ではムラマサをこの状態にしておけるのは、そう何分もない。タイムリミットはそこまで迫っていた。

『献血師』たちの警戒ぶりを見て、彼女の口元に薄い笑みが浮かんだ。


「ねえ蘆屋さん。あなた仮にも巫女なんだから、これくらい見抜けないとだめよ。それじゃ『巫』の名が泣くわ。所詮、高校生ってことかしらね

 山背君、あなたは及第点。つぎからはもっとスマートにできればもっといいわ」

「やめろ。元の姿に戻るんだ」

「あら、つれない」

 肩をすくめる。輪郭が薄れ、顔がぐにゃりと歪んだかと思うと、別人の顔に変わる。腰まで伸びたきらびやかな金髪に、欧米風の顔立ち。血のように紅い眼――。間違いない。『始祖』だ。


「久しぶり……ってほどでもないかしらね、五条君」

「記号で呼ぶのはやめてほしいなあ。もうすこし元気があれば、いつもみたいに反論できるんだけどね。困ったものだ」

 そう言いながら、政臣は困ったように肩をすくめてみせた。


「まったく、政臣君も言ってたけど、本当に大胆だよ。比屋定先生とは一度入れ替わって、それを見抜かれた。まさかもう一度入れ替わるだなんて、だれも思わない」

「じゃあ、あなたはどうして分かったのかしら?」

「消去法だよ。おまえは〝また學校で会えるから〟と言った。だから、またここに潜入してくると思った。その場合、一番疑われないのは、比屋定先生だ」

「なるほどね」

「比屋定先生はどこだ」


 陽人は低く尋ねた。一度目はただ変装しただけだが、今回は直接手を出したに違いない。ということは彼女は……。


「大丈夫。彼女は生かしてるわ。そう頻繁に食事をするのは趣味じゃないから。それに、無益な争いは嫌いなの」

『始祖』はまた薄く笑った。

「眠らせて、自宅に置いてあるから、安心しなさい」

「そんな手の込んだマネをして、どうしてあんたは……」

 そこまで言ったところで深陰はハッとする。この状況で『始祖』が来る理由など、一つしかない。


「あの半月ね……」

「そう、そのとおり! 『始祖』の目的はそれしかない。そうでしょ?」

 大げさに手を開いたかと思うと、そのあと指で『始祖』を指した。

「正解」

「やっぱりね!」

『始祖』の端的な答えに、政臣はやはり大げさに言う。

「あなたはじつにすごい人だ! そのために敵地のど真ん中に二度も乗り込んでくるだなんて、よっぽど腕っぷしに自信があるか、信じがたいほどのバカだけだ。しかし、あなたはどう見ても前者だからね! やっぱりすごい人です! 尊敬に値する!」


「あら、ありがとう」

『始祖』は肩をすくめて言った。

「じゃあ、これは分かる? 私は半月をどうするつもりか」

 今度は彼女が手を広げてみせる。


「正解はね……」

 そこで一呼吸置き、

「こうするのよ!」

 瞬間、空に浮かぶ巨大な、どこまでも巨大な真紅の半月……その半月を奇怪な紋章を描いた陣が取り囲んだ。


「!?」

「な、なんだ……!?」

 陽人は思わず声を上げた。観客席からも、どよめきが起こっている。あの半月を、覆いつくすほどの巨大な陣。とてつもない霊力が可能にした離れ業だ。


「数百年周期で解けかかる封印だけれど、外側はちょっと脆いのよね。だからすこしだけ解きやすい。解くことを前提にしていないから当然だけど。逆に、内側には特別強固な封印が施されているから、解いている間に再封印される。それがいままでの流れ」


『始祖』はそこで一度言葉を切る。それを見計らったかのように、強風が吹き荒れる。『献血師』たちは思わず顔を覆った。報道陣や、生徒たちは蜘蛛の巣を散らしたように逃げようとする。『総本山』幹部の大倉は逃げようとしてすっころび、側近に助け起こされていた。


「だから最後は、こうやって外側から手助けしてあげないといけないの。私が出現するのはそのためよ」

 だれもが強風に行動を邪魔される中、『始祖』は淡々と言う。

「それと、逃げても無駄よ」

 瞬間、闘技場を包みこむ色があった。それは、すべてを塗りつぶす、深く暗い、漆黒。地面に描かれているのは、複雑な金色の紋章。

 外部から空間を切り離す、『断空』の発動だ。


「逃げられないわよ。あなたたちには、すべてが終わるまでここにいてもらう」

 逃げまどう連中を一瞥し、陽人たちに視線を戻す。

「さて、及第点を出したあなたたちにいいことを教えてあげる。この封印が解けるまでおよそ五分。再封印したければ、それまでに私を斃すことね」

「これはこれはご丁寧にどうも! 聞きましたか諸君! 制限時間は五分だ!」

 いったい、なにが面白いというのか、政臣は楽しそうに言った。弥生と司がやってきたのはその直後だった。


「なに? なんと言ったんだ?」

「制限時間?」

 弥生と司が怪訝そうに言った。

「そう、制限時間。『始祖』を五分以内に斃さないと、世界は崩壊してしまいます!」

 政臣は宣誓でもするかのように高らかに言った。


「な、なにっ!?」

「ええっ!?」

 政臣の要領を得ない言葉に、二人は揃えて声を上げた。


「なにをごちゃごちゃ言っとるんだ!」

 そんなとき、上から焦った声が降ってきた。

 見ると、それは大倉だと分かった。

「は、はやくそいつを殺せ‼ 私をここから出すんだ!」

「だそうよ」

 生徒やマスコミ、現職の『献血師』がいることも忘れ、大倉は惨めに喚き散らす。


「お願い聞いてあげたら? 老人は尊重しなくっちゃ」

 他人事のように言う『始祖』。けた外れの力を持つが故の余裕だろうが、若き『献血師』たちは焦り始める。

 半月から漏れ出る霊力が、加速度的に増えていっているからだ。


「そうだね。そうしよう」

 言ったのは陽人だ。彼は一歩前に出て言う。

「でも五分も必要ない。一分で、終わらせてやる」

「へえ」

『始祖』は挑戦的に笑った。

「また一分? 面白いこと言うわね。知ってるはずよ。いままで『献血師』は『始祖』を斃したことはない」

「じゃあ、史上初の快挙だ」

 陽人も挑戦的に笑う。


「陽人……?」

 深陰が不審そうに言った。彼がこれほど挑戦的なのはじつに珍しい。今回のように大見得を切るとき、大抵は、油断させるため。要するに、はったりである。

「深陰、みんな、協力してくれ」

 陽人は振りむかずに言った。

「もちろんいいとも!」

 政臣がいつものように元気よく言った。

 弥生と司もそれぞれうなづく。

「……どうする気?」

 深陰が訊いた。しかし、これがイエスの意であることを陽人は知っていた。


「時間がない。一度しか言わないからよく聞いてくれ」

「ふむ。テレビなどでよく聞くセリフですな! こんなところで聞くとは思わなかった。てっきり僕は言う立場にあると思っていたが、まさか言われることになるとはね! まあ、たまにはこういう趣向も……」

 時間がないと言ったそばからこれである。陽人は政臣の言葉を遮るようにして作戦を話し始めた。

「話し合いは終わったの?」

『始祖』はまるであくびでもするかのような、のんびりとした口調で言った。


「ああ、終わったよ。話し合いも……そして、おまえも」

 瞬間、陽人の後ろから薄い刀身が伸びて大きく撓ったかと思うと、それは勢いよく『始祖』に巻き付いた。弥生の『妖叨』である。

「あらあら、最近よく縛られるわね。私にこんな趣味ないんだけど」

「奇遇だな。私にもない」

 弥生はそう言うと、制服の内ポケットから例のサングラスを取りだしてかけた。


「あら、いい趣味」

「そうだろう。いいセンスだな。同士を失うのはつらいが、悪く思うな。これも仕事でな!」

 言う間に、『妖叨』を鞭のように撓らせ、『始祖』を空中に持ち上げた。そのまま勢いを殺さず、思いきり叩きつけた。天から地上を見下ろす、巨大な真紅の半月へ。


「いい攻撃ね」

 しかし、『始祖』は動じた様子はない。傷一つついている様子もなかった。

「貼り付け!」

 それから間髪入れずにつぎの攻撃。『始祖』の両手両足が大きく開かれ『大』の字となり、全身が磁石にでもなったように、半月に貼りついた。司の『妖叨』の力である。


「まったく、人を縛るのが好きな人たちね」

 軽口をたたく間に、彼女の両手両足に炎の矢が突き刺さった。今度は深陰の攻撃だ。

「!?」

 ここで初めて『始祖』の顔色が変わった。

「深陰の攻撃が効いたことがそんなに不思議かい?」

 陽人が低い声で言った。


「おまえはいま油断してたな。林道さんたちの攻撃をわざと受けて、深陰が攻撃するときに反撃するつもりだったんだろう?

 おまえには癖がある。大きすぎる力を持つが故に、相手の攻撃をわざと受けて、油断させたところで反撃して斃す。まえも、わざと僕や政臣君の攻撃を受けた。だから今回は、最初に仕掛けさせてもらったよ。左腕を見てごらん」


『始祖』が視線を落とす。そして見た。左腕に、一本の管が刺さっているのを。それはムラマサへと伸びている。そこから、霊力を吸われていた。

「なるほど。やるじゃない」

『始祖』がにやりと笑って言った。


「これで、終わりだ!」

 陽人は霊力を足に集中させ、跳躍すると、一直線に真紅の半月へ、『始祖』へと向かっていく。そして、彼女の心臓を一突き、ムラマサを突き刺した。

 ほんの一瞬、力が抜けたかのような顔をした『始祖』だが、

「効かないわよ、そんなの。『求血鬼』の殺し方くらい知ってるでしょ? それに、たとえ首を斬り落とそうと、私は殺せない」


「なに勘違いしてるんだ?」

 陽人はゆっくりと顔を上げる。

「僕たちの攻撃はまだ終わっていない!」

「なにを……」

「行くぞ政臣君!」

『始祖』の疑問を遮り、陽人は大声で言った。

「了解だ陽人君! 僕からのプレゼント、しかと受け取ってくれたまえ!」

 政臣もいつも通り元気よく答える。


 瞬間、陽人の――正確には、ムラマサの霊力が爆発的に上昇した。見ると、政臣の手首に一本の管が刺さっており、それはムラマサへと伸びている。

「ふん、私から、お友達から、霊力を。まるで点滴ね。それでも私は斃せない。この程度の攻撃、すぐに……」

「悪いけど、それも勘違いだ」

『始祖』の言葉を遮り言う。


「おまえを斃すわけじゃない……封印するんだ」

「封印……?」

 とっさに意味を理解することができず、『始祖』は眉をひそめるが、つぎの瞬間にはその言葉の意味するところを理解し、大きく目を見開いた。


「まさか、あなた……」

「その……まさかだ!」

 陽人はさらにムラマサを深く突き刺す。


 半月から漏れ出る霊力はあまりに膨大だ。だから、毎回数名の強大な霊力を持つ『純血十家』の当主たちが犠牲となり再封印してきた。

 だから陽人は、『始祖』を犠牲に、彼女の途方もない霊力を使って半月を再封印しようとしているのだ。この方法なら、〝生贄〟は一人で済む。しかも、その一人は『求血鬼』で『始祖』だ。


「行くぞ、『始祖』!」

 瞬間、ムラマサから、まるで濁流のように霊力が噴出する。同時に、自分の霊力が吸収されていることを、『始祖』は全身から感じ取った。

「『陰陽反転』‼」


 陽人が叫んだ。『始祖』はこれを、すでに発動した霊術の作用を反転させるものだということを知識として知っていた。


 知っていたからこそ、彼女は瞠目した。彼がなんの作用を反転させるために霊術を発動させたのかを看破したからだ。


 それは、巨大な真紅の半月を取り込む、奇怪な紋章を描いた陣。『始祖』が半月の封印を解くために発動した術式だ。


 封印を解除させるための術の作用を反転させる――つまり、陽人は『始祖』の術を利用して半月を封印するつもりなのだ。


 シン、と、一瞬、世界から音が消えたかのような静寂があった。つぎの瞬間、魔法陣に描かれた奇怪な紋章が、反時計回りに回りだした。


 それは見る見るうちに加速し、『始祖』の発動した霊術を陽人の霊力が包みこんだ。それを待ちわびたように、半月から漏れ出る霊力がすこしずつではあるが減っていく。


 陽人の霊術『陰陽反転』の効力が発動したのだ。

『始祖』の霊力もどんどん吸収されていく。ムラマサにではなく、天に浮かぶ、紅く巨大な半月へ。


(まずいっ。このままじゃ……)

『始祖』は陽人から逃れようとあがくが、その直後、彼女の体に炎の矢が四本突き刺さった。深陰が矢を放ったのだ。


「逃がさん!」

「大人しくしろ!」

 弥生と司が飛び出し、彼女の両腕を突き刺した。


「っ!?」

 二人は深々と、『妖叨』を突き刺した。いままで、『始祖』を斃せたことはない。そして『始祖』は半月の封印が解けかからない限り出現することはない。ここで逃したら、つぎに斃すチャンスが来るのは数百年後だ。なんとしても、ここで斃す!


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ‼」

「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ‼」


 陽人は咆哮を上げる。全身を巡る血管全てに霊力が駆け巡るように、意識する。一本一本、そのすべてを意識し、最後の一滴まで絞りつくす。

『始祖』の霊力は、見る見るうちに半月に吸い取られていく。半月から漏れ出る霊力も、見る見るうちに減っていく。それは加速度的に進み、やがて、『始祖』の体が半透明になった。


「終わりだ、『始祖』」

 その、短い死刑宣告。瞬間、『始祖』はすべてを感じ取った。

「――お見事」

 不可思議な余韻に引かれるかのように、彼女の輪郭が消えていく……。


 最後に『始祖』は、笑っていた気がした。

 半月から漏れ出る霊力は、完全に消滅している。

 場を支配していた漆黒が薄らぎ、元の空間へと戻っていく。『始祖』が消えたことで、『断空』が解除されたのだ。


 この世界に、光が戻った。

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