【四】狂奔:消費される神隠し
液晶画面が放つブルーライトが、深夜の編集部に男の卑屈な笑みを浮かび上がらせていた。
週刊誌記者の榎本は、デスクの上の冷めきった缶コーヒーをすすりながら、SNSの検索窓に特定のキーワードを打ち込み、そのタイムラインを高速でスクロールしていた。
――『死体なき人身事故』。
最初は、よくある地方の猟奇殺人か、あるいは杜撰な警察の捜査ミスだと思って嗅ぎ回っていた。裏を返せば、どこかのヤクザ者が死体をコンクリート詰めにでもして海に沈めたのだろうと、その程度の認識だった。
だが、ネットの海の底を覗き込んでいた榎本は、ある夜、奇妙な熱が急速に発生していることに気づいた。
発火点は、どこからか流出したあの交差点のドライブレコーダーの映像だった。
トラックに撥ねられた刹那、少年の姿がデジタルノイズのようにブレて完全に消え去る、あの1秒間の動画。
現代の、退屈しきったネット大衆が、その不気味な映像をただのミステリーとして見逃すはずがなかった。
『これマジのやつ? リアル異世界転生じゃん笑』
『トラックに撥ねられて死体消えるとか、完全にライトノベルのテンプレだろ』
『#異世界転移』『#トラック転生』
おびただしい数のハッシュタグが、爆発的にトレンドを駆け上がっていく。
ネットの住人たちにとって、一人の少年が消え、その母親が血の涙を流している現実など、どうでもよかった。彼らが求めているのは、今夜を消費するための”面白いコンテンツ”だけだ。
翌日、榎本が件の交差点へ向かうと、そこはすでに異様な光景に包まれていた。
小雨の降る中、学校帰りの高校生や、暇そうな大学生たちが、あの少年と同じように青いビニール傘を差し、スマホを片手に持って横断歩道の真ん中に立っているのだ。彼らは笑顔でピースサインを作り、次々とスマートフォンで自撮りを繰り返している。
「ここが例の聖地かー。俺もチート能力もらえるかな?」
「ちょっと、危ないから早く撮ってよ!」
無邪気な笑い声が、雨の交差点に響き渡る。彼らにとって、そこは悲劇の現場ではなく、ただの映える”観光地”だった。
「クク、最高だな。やっぱり人間はこれくらい馬鹿で冷酷じゃないと面白くない」
榎本は手にした一眼レフのシャッターを、何度も切った。
楽しそうに自撮りをする若者たちの背景に、母親が電柱に貼り付けた『情報提供をお願いします』という色褪せた手書きのチラシが、皮肉なコントラストとなって写り込む。
デスクに戻った榎本は、凄まじい速度でキーボードを叩き始めた。
タイトルはすでに決めている。
『現代の神隠し? 遺体が消えた交差点の謎〜少年は本当に異世界へ行ったのか〜』
記事の内容は、オカルト的な噂をこれでもかと煽り立て、現場で楽しむ若者たちのブームを「新しい現代現象」として好意的に紹介するものだ。もちろん、母親の「蓮は、まだ世界のどこかで生きているかもしれない……」という、絶望の果てに縋り付いた哀れな言葉も、面白おかしく引用してやった。
記事がネットに公開されると、アクセス数のカウンターが狂ったように跳ね上がった。
「少年は異世界で聖騎士になっている」「母親も電波系だ」といった悪趣味なコメントが何万件も書き込まれていく。
榎本は数字が増えていくのを見つめながら、煙草に火をつけた。
一人の少年が消えた世界。その残された母親の、狂う寸前の微かな「希望」すらも、ネットの悪ふざけという巨大な怪物によって、土足で完膚なきまでに踏みにじられ、ただの便利な娯楽として消費されていく。その残酷な現実の歯車を、自分が回してやったのだという極上の快感が、榎本の胸を満たしていた。
※この作品はaiちゃんとの共同作品です。




