戸をあけて戻る朝
全30話 五月五日まで毎日朝七時投稿
朝のしたくは、いつもよりすこしだけ早く進んでいました。
グルゥは戸のそばで袋の口を結び、棚の下を一度だけ見ました。中には塩を入れる小さな袋と、布に包んだパンのかけらが入っていて、歩くあいだに鳴らないよう、きちんと寄せてあります。リルは外ばきのくつをはいて、戸口の石の上で、つま先をちょんと合わせていました。朝の空気はまだうすくつめたく、草の先だけが静かにぬれているようでした。
今日は町へ行くつもりでした。
言葉にしなくても、そういう朝の気配があります。戸が早めにひらいて、袋が先に肩へかかって、リルもまだねむたげなまま外へ出ます。グルゥが先に歩き、リルがその半歩うしろをついていく、その並びも、もうすっかりいつものものでした。
細い道のわきでは、小さな石が夜のあいだに冷えていて、リルはひとつだけ拾い、すぐにまた草のあいだへ戻しました。グルゥはふり向かず、歩幅だけを少しゆるめます。道はまっすぐ門のほうへつづいていて、朝の森はまだ、声を出すまえのようにしずかでした。
門が見える少し手前まで来たところで、リルが立ちどまりました。
グルゥも足を止めます。
リルは自分の肩からさげた小さな袋をのぞきこみ、それから、グルゥの袋も見ました。首をかしげて、戸口に置いてきたはずのものを思い出すみたいに、しばらくそのままでいます。
「……ルクス、ない」
小さな声でした。
グルゥは袋の口をひらいて、中をたしかめました。布、パン、塩の袋。けれど、町で使うためのルクスは見えません。たぶん、机のはしの浅い器のそばに、そのまま置いてきたのでしょう。グルゥは少しだけ空を見て、それから来た道へ体を向けました。
「もどる」
それだけでした。
リルはうなずいて、門のほうをひと目だけ見ました。まだ遠くにある木の門は、朝の色のなかで、うすい板きれみたいに見えています。残念そうな顔はしません。ただ、くつ先で土をひとなでしてから、くるりと向きを変えました。
帰り道は、行きよりもゆっくりでした。
急がなくてよくなると、道ばたのものが、ひとつずつよく見えます。草のあいだに細い枝が落ちていて、リルがそれを拾うと、グルゥは何も言わずに袋のわきへ差してやりました。陽のあたりはじめた石は、もうつめたさがうすれていて、朝の火のそばに置いたものみたいなやわらかいぬくもりを持っていました。
小屋の戸が見えるころには、さっき出たばかりなのに、もうずいぶん歩いたようでもあり、ほんのひとまわりしてきただけのようでもありました。
グルゥが戸をあけると、家の中には、出るまえのぬくもりがまだそのまま残っていました。かまの灰はうっすらあたたかく、机のはしには、たしかに小さなルクスが置かれています。朝のひかりがそこまでのびてきて、丸い金属のふちをやさしく照らしていました。
リルは机の前まで行って、指先でルクスを寄せました。それから、すぐには持たずに、窓のほうを見ます。外へ出るつもりで開けた戸から、朝の空気が細く入ってきて、棚の布のすみだけをわずかに動かしていました。
グルゥは袋をおろし、火のそばにしゃがみこんで、枝を一本だけ足しました。ほどなく、小さな音がして、眠っていた火がまた赤くなります。行かなかった町のかわりに、家の中が少しだけ目をさますみたいでした。
リルはルクスを掌にのせたまま、火のそばへ来て座ります。
「あとで、いこうか」
そう言うと、グルゥは赤くなった火を見たまま、うなずきました。
すぐに帰る日というのは、ときどきあります。けれど、戸をあけて、道を少し歩いて、また同じ戸をくぐるあいだにも、朝はちゃんと進んでいくようでした。さっきまで留守にするつもりだった小屋が、ふたりを見つけて、しずかにあたたまりなおしているみたいでもありました。
リルは火に手をかざし、掌のルクスを木の皿へことりと置きました。
今度は、わすれないように。
グルゥはそれを見て、湯のみをふたつ、机の上へ並べます。今日はまだ、出かけるまえの朝が、少しだけ残っていました。
すぐにもどったぶんだけ、家の中のものが近く見える、そんな朝でした。




