表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グルゥとリル、もりのはずれで  作者: うつチャリンカー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/30

門の手前のにおい

全30話 五月五日まで毎日朝七時投稿

朝の森は、まだすこしだけひんやりしていました。

小屋のまえの草は、夜のあいだに冷えた色をのこしていて、石の上にも、うすい朝の明るさがそっと乗っていました。


グルゥは戸をあけると、外の空気をひとつ吸って、それから袋の口をたしかめました。中には、空になった小さな布袋が入っています。町へ行けば、塩か豆か、なにかひとつ買ってこようという朝でした。


リルは戸口の木わくにもたれて、ぼんやり道のほうを見ていました。まだ目がすっかり覚めたわけではなさそうで、髪の先だけが風にふれています。グルゥが肩の高さをすこし下げるように立つと、リルはその横に来ました。言葉はなくても、出かけるのだとわかるようでした。


細い道は、森のあいだをぬうようにつづいています。

土はやわらかく、ところどころに小さな石があって、朝の光がそこだけ白くのっていました。グルゥは大きな足で静かに歩き、リルはその半歩うしろを、眠たげな顔のままでついていきます。


門が見える少し手前まで来たころ、風の向きが変わりました。


森のにおいのなかに、あたたかいものがまじりました。

かわいた木の香りでも、家の火でもなく、もっとやわらかくて、丸いにおいでした。焼けた皮のところがすこし香ばしく、中はまだ湯気をふくんでいるような、あの町のパン屋のにおいです。


リルが足をとめました。


小さく鼻を上げて、もういちど吸いこみます。

それから、門のむこうを見ないまま、道のわきの石に手をのせました。石はまだ朝の冷たさを持っていて、リルの指がそこにしばらくとまっていました。


「……ぱんや」


声は、あくびのつづきみたいに小さなものでした。


グルゥは立ちどまって、町のほうへ顔を向けました。

まだ門の向こうはよく見えません。けれど、においだけは先にこちらへ来て、見えない棚や、木の板の上に並んだ丸いパンを、朝の風のなかへ運んできているようでした。


リルは石に手をのせたまま、目を閉じるでもなく、ただじっとしていました。

においはすぐに消えず、風がふくたび、近くなったり遠くなったりします。まるで、町のほうで白い湯気がゆっくりほどけて、その端だけがここまで歩いてきたみたいでした。


グルゥは何も言わず、袋を肩からおろしました。

中をたしかめると、布に包んだ黒パンが、まだ半分だけ残っています。昨日のものなので、町の焼きたてみたいなやわらかさはありません。それでもグルゥは布をひらき、その半分をまた割って、リルのほうへ差し出しました。


リルは手のひらを出して受け取りました。

受け取ったあとも、すぐには食べませんでした。町から流れてくるあたたかな匂いと、手のなかの少しかためのパンとを、くらべるでもなく並べるようにして、しばらく見ていました。


それから、ひとくちだけかじります。

静かな音でした。


「においのほうが、あたらしいね」


リルはそう言って、ほんのすこしだけ口もとをゆるめました。


グルゥはうなずいて、石のそばの草を足でならしました。そこへ座れるようにしただけで、自分は立ったままでいます。リルはその草の上にちょこんと座り、もうひとくち食べました。


門のむこうから、また風がきます。

見えないパン屋の朝は、きっともうはじまっていて、棚にパンがふえたり、木の板の上に粉がうすくのこっていたりするのでしょう。けれど今日は、そこまで行かなくてもいいようでした。


においだけが、もうじゅうぶんに町の朝でした。


リルは食べかけのパンを両手でもって、鼻先をすこし上げました。

グルゥは袋の口を閉じなおし、風がおさまるまで、となりで待っていました。


しばらくして、リルは立ちあがります。

石から手をはなすと、朝の冷たさがすこしだけ指に残っていたようで、指をひらいて見ていました。それからグルゥを見あげて、小さく言いました。


「もう、いい」


グルゥはまたうなずきました。

ふたりは門のほうへ歩きだします。町はまだ見えきらず、パン屋も見えません。けれど、風のなかには、さっきのにおいがまだうすく残っていて、道の先をやわらかくしていました。


朝の光は、木のあいだから細く落ちていました。

そのなかを、グルゥの大きな影と、リルの小さな影が、ならんでゆっくりのびていきます。

見えない棚のパンは、まだあたたかいままなのだろうと、言葉にしなくてもわかるような道でした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ