火のつく音
全30話 五月五日まで毎日朝七時投稿
あさの小屋は、まだ半分ねむっているみたいでした。
まどべりには、やわらかなひかりが、うすい布のようにたまっています。寝台のはしで、リルはかけものをあごのところまで持ちあげたまま、そのひかりをぼんやり見ていました。外では、木の葉がこすれる音がして、きょうの風はつめたすぎず、かわきすぎてもいないようでした。
グルゥは、もう起きています。
戸をすこしだけあけて、軒下に置いてあった枝の束を見ました。昨日からそこに並べてあったものの中から、細い枝を何本か取り、腕にのせて、小屋の中へ戻ってきます。足音はあいかわらず小さくて、床はほとんど鳴りませんでした。
かまの前にしゃがみこみ、灰をすこしよせ、枝を組みます。
いつもなら、そこでひと呼吸あるのでした。枝の向きや、火の行きそうなすきまを見て、手を止める時間があります。けれど、その朝のグルゥの手は、まるでもう答えを知っているみたいに、まっすぐでした。
火打ちが鳴って、すぐに、小さな火がつきました。
赤い点が、ぱち、と目をあけたようでした。
そのつぎにはもう、細い枝の先がやわらかく色を変えて、火はするすると上へあがっていきます。ためらうようすがありません。ねむたい朝のなかで、そこだけ先に起きてしまったみたいに、火は明るくなっていきました。
寝台の上で、リルが小さくまばたきをしました。
それから、かけものの中から手だけ出して、火のほうへむけます。まだ遠いのに、あたたかさが少しだけ届いたのか、指先がゆるくひらきました。
グルゥはふり向いて、リルを見ます。
何も言わず、かまのそばの木の椀に水を入れ、机のはしへ置きました。それから、寝台の近くまで運び、手の届くところへそっと寄せます。リルは起きあがって、その椀を両手で持ちました。朝の水はひんやりしていたけれど、小屋の中にはもう火の気がひろがっていて、その冷たさもとがっていませんでした。
「きょう、はやいね」
リルは椀を持ったまま、火を見て言いました。
声も、まだあさの中にあるような、小さな音でした。
グルゥは、かまの前で一本だけ少し太い枝を足し、うなずきます。
火はその枝にもすぐに移って、赤いところをふやしました。ぱちり、ぱちりと鳴る音が、いつもより軽く聞こえます。湿った日には、煙が先に立って、火はしばらく考えるようにゆれているのに、きょうはちがいました。枝の中まで、昨日の風がよく通っていたのでしょう。火は迷わず、まっすぐ育っていきます。
リルは寝台からおりて、グルゥのとなりに来ました。
床のつめたさに足を止めることもなく、そのままかまの前へしゃがみます。火のひかりが、リルの髪のふちをすこしだけ明るくしていました。手をかざすと、ほそい指のあいだに、ゆれる色がのりました。
しばらく、ふたりはそのままでした。
火の音だけが、小屋のまんなかで小さくつづいています。外の風が戸のすきまを通るたび、炎の先がかるく傾いて、またもとに戻りました。まるで、きょうは起きるのがたのしい朝なのだと、火だけが先に知っていたみたいでした。
リルは、火のそばに置かれた枝の束を見て、それからグルゥの手を見ました。軒下に並べて、かわかして、朝になる前から用意していたことを、ことばにしなくてもわかっているようでした。
「いいひだね」
そう言って、リルは火のそばへもうすこし寄ります。
グルゥは返事のかわりに、かまの端へ寄せてあった布を広げ、リルのひざにかけました。布の重みはかるく、火のあたたかさを逃がさないように、ちょうどよくおさまりました。
小屋の中は、もうすっかり朝でした。
まどべりのひかりと、かまの火とが、べつべつの色で床に落ちています。外ではまだ森が静かで、鳥の声もこれからのようでしたけれど、小さな家の中だけは、先にひとつ明るくなっていました。
リルは布の上からひざを抱えて、火を見ます。
グルゥはとなりで、次の枝を手の届くところへそろえました。
その手つきまで、きょうはいつもより軽く見えました。




