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グルゥとリル、もりのはずれで  作者: うつチャリンカー


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16/30

井戸ばたの朝

全30話 五月五日まで毎日朝七時投稿

あさ、こやのそとの井戸ばたに、やわらかなひかりがすこしたまっていました。

まだつめたい空気のなかで、グルゥはいつものように桶をおろし、つるべのきしむ音を小さく鳴らします。けれど、その朝は、くみあげた水の音がどこか細くて、桶の底をたたくひびきも、ひかえめでした。


グルゥはもういちど、つるべをおろしました。

するすると落ちていくはずの縄は、途中でゆっくりになり、水をふくむ重みも、いつもより軽そうです。大きな手で桶を持ちあげると、底のほうで水がすこし揺れて、朝のひかりをうすく返しました。


こやの戸が、音をたてずにひらきます。

リルが、まだすこしねむたそうな顔で出てきました。髪の先に朝のしろいひかりをのせたまま、井戸のそばまで歩いてきます。


リルは桶のなかをのぞいて、それから井戸の口ものぞきました。

小さく首をかしげて、グルゥのほうを見あげます。


グルゥはなにも言わず、縄を手のなかでたしかめました。切れているようすはなく、木のわくも、いつもとおなじに見えます。

それから、井戸のふちに手を置いて、耳をすますように、しばらくじっとしていました。


井戸の奥からは、水のあるしるしが、かすかな音で返ってきます。

けれど、その音は、いつもより遠くにあるみたいでした。

夜のあいだに、どこかで土がすこし動いたのかもしれません。石のあいだを通る水が、べつのみちをゆっくり選んでいるのかもしれません。そういうことを、森はときどき、ことばもなくしてしまいます。


リルは井戸のふちに手をのせ、つめたい石を指でなぞっていました。

それから、小さな声で言います。


「みず、すこしだけ、ねてるみたい」


グルゥはリルを見て、わずかにうなずきました。

そして桶をひとつ持ち、こやの横へまわります。川べりのほうへ行くつもりだと、リルにはすぐにわかりました。

リルも、戸のわきにかけてあった小さな袋を持ちます。なかには、ひもと布が入っていました。とくにいるわけではないけれど、持っていくものがあると、手のなかがすこし落ちつくのでした。


ふたりは細い道を、ならんで歩きます。

朝の風はまだひんやりしていて、草の先にはしずくがのこり、足もとで小さく光っていました。木の枝のあいだからこぼれるひかりは、水のようにうすく、地面のうえをゆっくり流れていきます。


川べりへ出ると、いつもの水はありました。

井戸の水よりも、すこし明るい音をたてて、平たい石のあいだをすべっています。

グルゥは桶をしずかに沈め、こぼさないように持ちあげました。水はたっぷり入って、縁まできれいに揺れます。


リルはそばの石にしゃがみこんで、その流れを見ていました。

つよくはないけれど、とまらない水でした。細いところは細いままで、広いところへ来ると、すこしだけ肩をひらくようにして流れていきます。

リルはそのようすを見て、目を細めます。


グルゥが桶を持ちなおすと、リルは立ちあがって、道のわきの小枝をひとつ拾いました。

まっすぐではなく、すこし曲がった枝です。

それを手のなかでくるりとまわし、なにをするでもなく持ったまま、こやへの道をもどりました。


こやに着くと、グルゥはくんできた水を大きな桶へ移し、火のそばのやかんにも分けました。

それから井戸のそばへ行き、ふちに落ちていた細かな葉や土を、手でそっとよけていきます。縄がこすれる木のところも、布で静かにぬぐいました。

大きな手が動くたび、朝のひかりがその肩にやわらかくのっていました。


リルはそのそばで、さっきの小枝を井戸のわきの石のあいだに立てかけます。

なんの目印でもないようでいて、そこにあると、朝のことを忘れずにいられそうでした。


昼にもういちど水をくむと、まだ流れは弱いままでした。

けれど、朝よりはすこしだけ、桶の底を鳴らす音が増えています。

リルはその音を聞いて、小さく笑いました。


グルゥは短く、「ん」とだけ言って、桶を持ちあげます。

それだけで、きょうはこれでいいのだとわかる返事でした。


夕方には、井戸ばたの石もすこしぬるみ、風もやわらかくなっていました。

水はまだたっぷりとは言えないけれど、朝のねむたさを少しずつほどくみたいに、井戸の奥で静かに戻ってきているようでした。


リルは戸口に立って、その音を聞いています。

こやのなかでは、火がちいさく明るく、鍋の湯気が白くのぼっていました。

弱い水の流れも、止まってしまったわけではなくて、ただ、ゆっくりになっていただけらしいのです。


森のものは、ときどきそうして、急がずに戻ってきます。

ふたりもまた、急がずにそのそばで暮らしていました。

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