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幽縁ノ季楼守  作者: 儚方ノ堂
第三章 非/日常編
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夢に触れて


 ――その夢物語は、幸福に満ち溢れていた。

 

 きゃっきゃ、と弾む声。

 純白のワンピースを存分になびかせ、少女は陽の下、青い草原を駆ける。

 柔らかい風が髪を舞い上がらせ、ふわりと花の香りを運んだ。

 その光景を見守る人物を、少女は『お母さん』と呼び駆け寄る。

 抱きつき甘える姿は年相応の子どもらしく、可愛らしい光景の……筈だった。


 しかし、どうにもまとわりつく嫌悪感に……胸がざわつく。

 果たして今見ているコレは、かつての日常を切り取った()()()なのか。

 ……それとも、少女が望む()()なのではないか、と。

 

 そんな邪推を嘲笑うかのように、少女の肩は小刻みに揺れ出す。


 

「だって。わたしね……お母さんがほしいの」 


 

 何処からともなくこだました、虚な声。

 

 ――ころん。

 そして優しい偽りの夢は、ゆっくり崩壊を始めた。


「わたしにも、ほしかったの」 

 

 声の主である少女は、落ちてきた母親の()()を大事そうに抱えながらそう呟く。

 懺悔にも聞こえるそれは、僅かに後悔の色を宿して。

 暗転する世界と共に消えていった。


 

 場面は移り変わり、少女は一人で雑木林の中をとぼとぼと歩いていた。

 そばに母親の姿はなく、当然生首も抱えてはいない。

 しかし心なしか、先程よりもくたびれた身なりで憔悴した表情……それらから察するに迷子、なのだろうか。

 

 ……そんな中、少し開けた場所で、頼りなさげな一人の男――()()()()()()姿()()()()()()と出会った。

 

 二人は似た境遇にあり、ほんのひと時の交流が行われた。

 男にとっては、他愛のない話。

 しかし、それは少女にとって最後の希望となり、そして求めてしまった。

 

 ――欲しいなら、男より先に奪えばいい、と。

 

 少女はいち早く気づいてしまう。

 男を迎えにきた、女の存在に。

 

 ……これは天からの贈り物だと、確信した。

 少女は最後に、()()()()()()()()()を男に向け、走り出す。


『お母さんが、迎えにきたの』 

 

 場面は再び移り変わり、元の洋館に戻ってきた。

 残像のように、独白のように。

 脈絡のない、不穏な挿絵が垂れ流される。


 音が。

 色彩が。

 刻まれるはずの時が。

 

 ――全て止まって、死んでいく。 


「あああ…………ごめんなさい」 


 最後に聞いた誰かの呟きは、横たわる一人の人物に向けられていた。

 

 その顔を正面から直視した瞬間、思わず手を伸ばした。

 否、伸ばしたかったのに……それは叶わず、寧ろその場からどんどん引き剥がされいく。

 最後は顔を伝う、べちゃりと湿ったなにかで視界が遮られ、意識はゆっくりと浮上を始めた――。


 

 *** 



「……くん、ユメビシ君」


 ばっと目を見開くと、慣れ親しんだ天井が視界に広がる。

 荒い呼吸を繰り返しており、心臓は耳から出そうなくらいバクバクと脈打つ。

 噴き出し滲む嫌な汗を、丁寧に拭われる感触で、傍らに立つ人物の存在を認識した。


「おはようございます。気分はいかがですか? 随分、うなされていた様ですが」  

「はい……えっと、トオツグさん……が、どうしてここに?」

 

 そこにいたのは意外な人物だった。

 会合ぶりに彼の姿を見たが、相変わらず薄っすらと目の下にクマを作っている。

 柔和に微笑むその姿は、窓辺から差す容赦ない日差しによって、今にも消え入りそうなほど脆そうだ。

 

 ……今置かれてる状況から察するに、看病をしてくれていたのか。

 それなら尚のこと、彼がどうして俺を? という疑問は尽きない。


「えーっと、僕はシノノメの部下として、普段は鞠ノ裏で働いていますが、寝泊まりにはここ傘ザクラを利用しているんです。ちなみにユメビシ君の隣が僕の部屋です」 

「そうだったんですね。ん……? でもこの一週間、部屋を出入りしてる様には」

「あはは、少々出張でバタついてまして。……ですが、今は僕のことよりも、ユメビシ君。昨日のことは、どこまで覚えていますか?」


 ――昨日のこと。

 言われるがまま振り返ってみて……ユメビシは言葉を失う。

 

 覚えているのだ――何もかも、鮮明に。

 チナリの代わりに黒片を抜いたことはもちろん、つい先ほどまで見ていた夢の内容までも。

 

 押し寄せる波のように、膨大な視覚情報と共に強烈な映像がフラッシュバックし、ユメビシを苦しめる。

 夢なんてものは、大抵が支離滅裂な映像体験でしかない。

 不可解な世界構造、理不尽な展開、自身の意思が正しく反映されているのかも怪しい。

 そんな心底疲れる睡眠という牢獄から解放された時、元の私生活に戻れるのは、(あちら)の記憶が薄れていくからだ。

 夢は夢だった、あちらが仮想で、今見えている世界こそが現実だと判断出来る。

 

 ――どういうことだ? ……少女の夢に、どうして俺が出てくる? 

 

 しかし……今のユメビシには、ただの夢だと割り切ることが、難しかった。 

 それどころか、今自分がどこにいるのか。

 夢と現実、そのどちらにいるのか、それすらも自信が持てない。


 そんなユメビシの悩みを知る由もなく、黙り込んだ彼に気を使い、トオツグは労いの言葉を声をかける。

 それらに対して、機械的な相槌を打つことしかユメビシには出来なかったが、かろうじて聞き取れた内容は二つ。

 

 チナリが救出された後すぐに貝が崩壊したこと。

 そして、中から出てきた俺が、謎のカケラを握りしめていたことだった。


「……ねえ、ユメビシ君。好きなことは何ですか?」

「…………はい?」


 それまで昨日の報告をしてくれていたトオツグは、突然本題から外れた問いを投げる。

 視線を上げると、穏やかさを体現したような男が、柔らかく微笑んでいた。

 

「つまりは趣味ですね。気分転換になったり、心が安らいだり、楽しいと思えること」

「……じっとしてるよりは、多少動いてた方が気は紛れる、くらいですかね。でも、趣味と呼べるものじゃ」 

「では散歩に出掛けてみては、いかがです? 今日はいい天気ですし、気ままに外を見て回っては。……噂によるとユメビシ君、最近ヨミトに振り回されてばかりだったそうで。なんでも今日はあの人、来られないそうですよ」

 

 ――などと、トオツグに勧められ、あてもなく散歩に出たユメビシだったが……


「止まりなさいな、そこの坊や」


 これまた奇妙な巡り合わせにあっていた。

 しかし彼女――イルカジョウとの邂逅は、これから巻き起こる大騒動の収束に、多大な影響を与えるのだった。

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