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幽縁ノ季楼守  作者: 儚方ノ堂
第一章 御伽の土地 
10/29

神隠し帰り 


 当時のことを、ハッキリと覚えている訳じゃない。

 

 いつも通り自室で就寝したのに、気づけば見知らぬ森を一人で歩いていた。

 それから誰かに会って、誰かと話して……()()が起きたのだ。

 

 その頃の俺は「怖い夢」を見た、と本気で思っていた。

 夢ならこの()()も、()()も。

 朝日が昇る頃には忘れられる……全て元通りだと、信じてやまなかった。


 しかし、そんな無知な子供に待っていたのは、終わらない苦痛。

 

 一夜にしてその家の長男は、変わり果てた姿になっていた。

 それに一番早く気がついたのは、厳しい世話係の老婆で。

 真っ青な顔でうなされている俺の布団を剥ぎ取り、見つけてしまった。

 

「いやああああああああ、呪い、呪いじゃあああああああ! 誰か、誰か来てくれええええ」 

 

 普段あんなに落ち着いた人が、発狂し取り乱す姿は恐ろしかった。

 その迫真迫る悲鳴は、早朝の静けさの真っ只中にあった屋敷全体を震撼させるには十分過ぎて。

 

 真っ先に駆けつけたのは、朝食の支度をしていたお手伝いさん数名。

 その次に親戚の叔母夫婦。

 そして一番最後に「騒々しい」と不機嫌そうに吐き捨てながら現れたのは……普段滅多に姿を見せない両親。

 あの場に集まった誰もが絶句し、青ざめた。

 

 咄嗟に適切な言葉へ置き換えられるほど、彼らの語彙は豊かじゃなかったのだろう。

 しかし、それは仕方のないことだったのかも知れない。

 だってあまりに前例のない異常事態。

 朝起きたら、齢五つにも満たない小さな子供の腕から、()()()()()()()()()()()()()()のだから。


 

 ――俺はあの晩、()()の場所で、両手を失くした。

 

 

 それならば代わりにと、干物の様な手を接合された。

 骨と皮、大きな爪。カサカサしてそうで、意外としっとりした外壁。

 どう考えても、幼い子供の体には不釣り合いな大きさで、歪な代物。


 それ以前に赤の他人であり、老人の手。

 当然、身体は拒絶反応を示した。

 

 ――痛い、熱い、苦しい……早く、終わってよ……。

 

 激痛と高熱に侵される日々。

 まともに食事なんて摂れなかったし、眠ることもままならない。

 周りから漂う空気は、「生きていても死んでも迷惑だ」と言わんばかりだった。

 

 故に、守るべき()()()()()()()()から、ただの()()()()()()へと認識が変わるのに、そう時間は掛からなかった。 

 

 この時思ったのは、ただ一つ。

 悲しいとか、辛いとか、激情に駆られたものではなく。

 単純に「諦め」が優ったのだ。

 

 ――人間とは、こうも簡単に態度を変えられるものなのか、と。

 

 少し前なら誰もが自分に優しく……いや。取り入ろうと、必死に世話を焼きたがった。

 ほんの少し微熱が出た、指を切った、舌を火傷した。

 その程度のことで、必要以上に騒ぎ立てる。

 

 それが今回、得体の知れないものが関わってると分かった瞬間に、これだ。

 「呪い」だと勝手に決めつけ、本質を見ようとしない。

 そう。これは本当に呪いじゃない。体が異物に拒絶反応を示してるだけ。

 

 誰も信じてはくれないだろうが、この手は……本来の持ち主は。

 

 

 ――あの時、危ない所を助けてくれたんだ。

 

 

 ***

 

 

 重い襖を隔てた先で、何人かの声がヒソヒソ聞こえる。

 とは言っても、小声で話しているつもりなのは本人達だけで、子供には丸聞こえだった。

 

「……あぁ、どうしてこんなことに」

「まだ40℃から熱、下がらないの?」

「ちょっと、医者なんて絶対呼ばないで。こんなことが他に知られたら、我が一族の恥だわ。それに……普通の医者には治せないでしょアレ」

「たった一人のご子息だったのにねぇ」

「はぁ…………本当、薄気味悪い」

「ねえ聞いた? 発見された時、足や着物が土で汚れていたそうよ」

「なんだって!? 外を出歩いたというのか」

「出歩くって、夜更けに?」 

「さあ? そもそも出られないでしょう。門、閉じてるんだから」

「それもそうだよな。あ……」

「何よ」 

「神隠しにあってたんじゃないのか?」 

「まさかそれで取り替えられたとか? じゃあ、あの子……」

「本物のご子息ではないかもね」    

「呪い子だ」

「近づきたくないよ、恐ろしい……」

「もういいわ! 少し黙って頂戴!」


 一際大きな金切り声。

 苛立ちを隠そうともしない、母さんのものだった。

 

「はぁ……頭がおかしくなりそう。地下牢に移しておきなさい」


 頬を伝う雫は、発熱に伴う発汗のせいだ。

 そう自分に言い聞かせて、言い争う声を意識から遠ざけた。

 

 ――ココには、誰も、味方なんていない。

 

 暫くして、俺は一人きりになった。

 静かで、薄暗くて、湿っぽくて、少し埃臭い。

 自室とは比べ物にならないほど不衛生な環境なのに、何故か心地良いと感じた。

 

「……だって、誰の声もしないから」

  

 









 


 












 











 

 



『……そうか、こんな場所にいたか』

  

 温かく大きなゴツゴツした手に、額を優しく包まれる。

 自分以外の体温を感じたのは、いつぶりだろうか。

 

『ここを出て一緒に暮らそう。今日からお前は(わし)の孫だ』

『待たせちゃってごめん……よく頑張ったね』

 

 陽だまりのような、声だった。

 一人は別の屋敷に住む遠縁のおじさんの声で、もう片方は女性の声。

 

 あれ……?

 あの人は……誰だったか。

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