71話『第三勢力』
「キリシュア王国がこの大陸の中心。多種多様な種族が手を取り合い暮らすための秩序維持の枢軸。であるならば、キリシュア王家直属の聖堂騎士団が成す行いは全て法と秩序、我々人類の正義の名の元に正しく執り行われるべきだと私は信じてきました」
シドン地下第二階層の街にある大きな屋敷、フォールン邸の主殿にて。
希少な魔獣の毛皮を丁寧に加工し作られた、豪奢な飾りのコートを羽織る屋敷の主人、ブラディキア・フォールンが暗い眼差しを机に落としながら厳かに口を開く。
「私はシドンの領主であり、貴族に相応しい立ち振る舞いを備えるためと教育を子供達に施してきました。ただそのせいで窮屈な思いをさせた部分もあったのでしょう。長男と次男は私の思惑とは裏腹に、少々ヤンチャな子に育ってしまった。しかしそれも、良識のある範囲で奔放さがあるというだけの話。決して他者から恨まれるような事をしたり、手を出されるような無礼を働くように育てたつもりは毛頭ない」
声が一層低くなり、その拳が震える。
「先日、長男のドレジールが怪我をした状態で帰宅しました。聖堂騎士を名乗る男に手を出されたのだと言っていました。鼻が折れていたんですよ? 心無い言葉を浴びせられたとも言っていた」
一言吐く事に感情を押し殺すような声で、ブラディキアは慎重に言葉を紡ぐ。自身の愛息子が受けた屈辱や痛み、その事を思うだけで彼は奥歯が欠けてしまいそうなほど強く歯を食いしばる。
「ただの喧嘩であったのなら、ここまで怒りを顕にすることはありませんでした。……ドレジールは婚約しているのです。相手は慈悲深い聖母のような笑顔を浮かべる可憐な少女でした。名はアリア。この街で革職人を営んでいる店の娘です。私もあの店には何度もお世話になりました、アリアの事は既に娘同然の存在だと思っております。フォールン家の跡取りとその妻に相応しい女性だと、心からそう思います。……しかし、あの男はっ!!!」
そこで感情を堪えきれなくなったブラディキアが机を強く叩く。天板が揺れて用意されたグラスのうち片方、ブラディキア側に置いてあったグラスが倒れ入っていた酒と氷が床に滴り落ちる。
「あの男はアリアを無惨な死体へと変えた! ドレジールはアリアを守れなかった事を強く悔いている! 何故!? あのような真面目で繊細な心優しい娘があんな目に遭わなければならないのだ!!? 私が信じていた正義は虚構だったのか? それともあの男が、誉れ高き聖堂騎士団の癌となり組織が腐敗してしまったのか!?」
怒りに震える拳をさするブラディキアに対し、それまで口を挟まず耳を傾けていた女が初めて意見する。
「そのアリアって子がなにか悪事に加担していたって可能性は無いのぉ? 直接悪党と関与していたとかじゃなくても間接的にってのも含めて」
「……その可能性は無いはずです。アリアはあくまで他所の家の者ですから、その私生活を事細かに関知しているわけではありませんが、少なくとも彼女の性質を鑑みるに悪い事をするようには」
「聖堂騎士団の人間が理由もなしに無辜の市民に手を出すってのは考えづらい事案だよぉ? ブラディキア卿が言った通り、キリシュアは大陸の中で最も影響力を持つ一大国家。でもそれって、同時にその他以外の全ての国や民族からいつ如何なる時も監視されてるような物だからねぇ。他で許されるような些細な不祥事であっても、ことキリシュア王家関連ってなったら瞬く間に噂が悪評を孕んで国の印象が下がりかねない。もし仮に騎士団にチンピラ気質な人が入っちゃったとしても、その責任の重さから下手な事は出来ないと思うけどなぁ〜」
「人が増えれば組織の統制は難しくなるものです! 棄狂殿の言い分はごもっともですが聖堂騎士団の歴史は長く、我々が知る聖堂騎士団の全盛は遠い過去の物となっている! 近年の聖堂騎士団の活動において、この先何十年何百年も語り継がれるような功績はありましたでしょうか!?」
「世の中が平和なら騎士なんて目立ちようがないでしょ〜? 先人が作り上げた良き時代を維持する、それだけでも評価に値すると私は思うけどなぁ〜」
「……奴は危険な男だ。棄狂殿が評価する今の聖堂騎士団にとっても、あの男は存在しちゃいけない。私はそう強く主張します」
「どうぞご自由にぃ。そちらの主張を否定も肯定もする気は無いよぉ。それで? 搬入を終えた私を呼び出して結局何が言いたいんですかぁ〜?」
「ある事を依頼したいのです。購入料金と別途に、依頼金の準備もあります」
「にょはっ。依頼とはぁ?」
「聖堂騎士、ヴルディール・リッケンバック。奴に正義の鉄槌を下していただきたい」
迷いのない真剣な眼差し、その色から切実なやるせなさを感じ取った女は腕を組み、目を閉じ、首を傾げる。
考える素振りを見せながら、「う〜ん……」と悩ましげな唸りを上げながら、やがて閉じていた目を開き告げる。
「確かにぃ、キリシュア王家直属の組織にいる人間を法で裁くのは難しぃと思うし〜? ていうか相手が聖堂騎士団ってなると法側があっちについて、外部からは認識しようがない不当裁判が行われたり情報規制が敷かれたりしそうだしぃ。それなら第三者に報復を依頼する方が無念は晴れるし手っ取り早いってのは理解できるけどぉ」
着ているチャイナドレスの懐から一丁の武器、この世界には存在しない異世界の物品である"銃"を机の上に置いた棄狂が告げる。
「私はただの武器商人。机の上にある"コレ"を皆さんにお届けできたら満足なんだよねぇ。てかさぁ、そういう事の準備を手伝う為に武器を売ってるのに、売りつけてきた商人に殺しをお願いするのぉ? ちょっとよくわかんないよ〜それは」
「相手は騎士ですよ。武器を持っただけの一介の素人がどうこうできる相手じゃない」
「いやいや何をおっしゃいますぅ〜! そんな戦闘力の致命的な差を埋めて余りある力を授けてくれるのがこの"銃"なんですよぉ〜! 矢よりも速く、正確に、絶大な威力を以て対象を撃ち抜く! 人間相手であればその肉を貫き骨を砕く! 小型ですので隠し持った状態からの奇襲・暗殺にも向いていて、もし相手に当たらず撃ち尽くしたとしても矢筒から矢を取り出し再度番えるよりも素早くお手軽に再装填が可能!! 正面から戦う場合でも大抵の敵はイチコロですし、隠れ潜みながら撃てばお手軽に相手を楽園へとご招待させれますよぉ〜っ! 人類は魔法開発にかまけて武器の発展には着眼してこなかった、その時代の停滞に一石を投じる新世代の必殺兵器!!! それをいち早くフォールン家は手にしたのです! 使い心地を試す良い機会だと思いますけどねぇ〜〜〜っ!!!」
「銃の性能は確かに拝見させて頂きました。しかし、それを加味した上でこうして頭を下げているのです」
「にゃ、はぁ。うーん、今回お出ししたのは結構威力の高いモデルだったんですけどぉ。弾丸が複数出るんですよぉ? 剣じゃ受け切れないし、ていうか受けたら刃が粉砕すると思うんですけどねぇ〜」
受け渡した商品の特徴や強みを説明する棄狂だったが、それでも変わらず頭を下げ続けるブラディキアの姿勢を見てついに彼女は営業モードから通常の状態に移行し直し深く椅子に体重を預けた。
「私個人を呼び止めてお願いしてるって事はぁ、商人になる前の私を知ってることだよねぇ〜?」
「存じております。殺戮集団『スローター・ドールズ』の元頭領。そして、現奔月會の専属傭兵である事も」
「むむぅ」
「ジェーン・ローレルという名を捨て、何故異邦の島国の言葉の響きである"棄狂"という名を名乗っているのかは存じませんが。貴女の経歴は熟知しています。その実績も」
「にゃはは、こりゃ〜参った。私ってそんなに有名人だったのぉ? まあでもそっかぁ〜、ご主人様に出会って以降ぜぇ〜んぜん見た目が変わらないから写真見た事ある人なら気付くかぁ。スロドルって、もう解体してから60年くらい経ってるんだけどなぁ〜〜」
「驚きましたよ。貴女は本来、生きているなら80代以上の老女の姿をしていなければおかしい。しかしまさか、古い記録に残っている当時と全く変わらない若々しい女性の姿のままで居続けているとは」
「にゃはははははっ!! おっかしぃ〜! どうしてそこで本人だって確信してこんな話持ってこれるわけぇ? 普通に考えてさぁ、私とジェーンが同一人物だって思うよりその孫辺りなんだろうなぁって推論立てた方が自然じゃなぁい? 言い当てられてびっくりはしたけどぉ〜、その常軌を逸した判断には疑問を抱かずにはいられなぁい」
「……その話はまたの機会に。本題の続きを……」
「にゃははっ」
軽く笑った後、棄狂は机に置いた銃を持ち弾倉の確認をすると、銃口をブラディキアに向ける。
「素性を隠している人間がさぁ、正体を知ってる相手を野放しにすると思うぅ? 私ぃ、元殺し屋だよぉ? 積まれたお金に応じて何人も何人も殺してきた大量殺人鬼だよぉ〜? そんな相手に隠し事するの、死に急いでるように感じ取っちゃったなぁ〜」
「当時の感覚が残っているのなら私の依頼も受けてくださるはずだ」
「どうだろうねぇ? 相応の金が必要じゃないかなぁ? 満足できる額じゃないと、面白い命乞いを言えるまで体に穴を開けることになっちゃうかもぉ〜」
脅しをかける相手にブラディキアは手の仕草で金額を示す。それを見た棄狂は目の色を変え、銃を下ろした。
「え〜っと。そんな大金をたかが一人殺す為に私に支払うのぉ? 言っちゃなんだけど、流石にその額を賄賂として渡せば司法側を抱き込むことも出来ると思うけどぉ」
「万全を期します。聖堂騎士団、キリシュア王家、王国のいずれかと強い繋がりがある相手はこの報復を、私の思い通りに果たさせてくれるとは思えない。奔月會は位置的には反社会的勢力に近しい組織ですのでその点では信頼が出来る」
「嫌な信頼だねぇ。本当に話し合いという工程を無視して即殺してやりたいんだぁ。正義の鉄槌を、なんてよく言ったものだなぁ〜」
棄狂が卓上に足を投げ出し、そのまま足を組んでリラックスした状態で銃を己のこめかみに当てる。
深いスリットから見える棄狂の白い太ももや引き締まった腰つき、脚線美がブラディキアの視線を奪う。
扇情的な女の曲線を惜しげも無く見せつけるチャイナドレスが揺れた。
棄狂は銃を持つ己の腕をググッと伸ばし、肉体に意識が向いているブラディキアの視界に銃を映し自分の言葉に耳を傾けさせようとしている。
「お金の面では問題はない。けどそれだけじゃ十全に仕事をこなしてあげられないなぁ〜。今の時点だとやってあげても半殺し程度。全殺しするんだったら、もう一個だけお願いしたいかもねぇ」
「それは、一体」
「にゃははっ。その前にぃ〜」
机を銃身でコンコンと叩き、棄狂が歪んだ笑みを浮かべる。
「ヴルディール・リッケンバックという騎士に息子を傷付けられ、息子のお嫁さんが殺された。ブラディキア卿はその復讐として、ヴルディールを私に殺してほしいと頼んでいる。自分の手は汚さずに片をつけたい、殺されたアリアは自分とは縁もゆかりもないただの一般市民。それなのに私にとんでもないリスクを背負わせようとしている、それは間違いなぁい?」
「縁もゆかりも無い、だなんて。私はシドンの領主であり彼女は」
「そんなのはどうでもいい。血縁者じゃないしアリアの行動を密に把握していたわけでもないんでしょう? 貴女が話したのはアリアの人間性、それも慈悲深くて真面目みたいな当たり障りのない印象でしかない。まるで深みがない」
「……では、この話は」
「依頼は受けるさ。やる気を出したいってだけの話ぃ」
そう言いながらおもむろに棄狂は自身のスリットの奥、股の方へと銃を持つ手を偲ばせた。
「あの、棄狂殿? なにを」
「私が聞きたいのは殺意の深みとか憎しみの有無。ブラディキア卿がどれほどの思いで私にリスクを背負わせてまでヴルディール・リッケンバックを殺したいのか、その真意を知りたいのぉ」
「真意、ですか?」
「ああでも事情を詳しく聞くつもりはない。気持ちを教えてほしい。どれだけの意思で殺してほしいのか。安全圏から誰かを殺すって、案外殺したい相手に向けても殺意が希薄なパターンが多いじゃなぁい? よっぽど殺したい相手なら自分の手で殺したいって思うのが普通だもん。だからブラディキア卿の殺意も大したことは無いんだろうなって、そんな風に思っていたんだけどさぁ……」
グチュッ、と水音が棄狂の下半身から響くのと同時に彼女はより歪な笑みを深めながら部屋の四方に目配せをする。
「表向きの理由じゃまっっったく殺意は見えてこないけど、その割にはしっかり私をマークしてるというかぁ? この話を聞き入れなかった場合殺されちゃうんでしょお、私ぃ。んひひっ、にゃははははっ! 私の見えてない所で想像を絶するほどの"ぶっ殺したい欲"を抱いてるのは分かるよぉ。それをさぁ、ちょびっとだけ、目的が伝わらない程度で私にも共有してほしいんだぁ〜! 恨まれるような事、殺されなきゃいけないような理由、それを妄想しながら相手の生きてきた足跡を全部無視して、台無しにしてぶっ殺すのがだぁいすきだからさ〜〜私っ!」
絶えず水音を鳴らしながらまるで対面の相手を嘲笑うかのような話し方をする棄狂に対し、ブラディキアは汚物を見るような目を向けたすぐ後に咳払いをし姿勢を正して口を開く。
「棄狂殿がどんな想像を広げているのかは存じていませんが、ヴルディールを始末したい理由は話した通りです。奴は私の大切な愛息子と、その最愛の女性に許されざる行為を行った。その蛮行に対し誅して頂きたい。私からの要求は以上です」
冷静な言葉で淡々とブラディキアが言葉を紡ぎ終えると、紅潮した顔で下品な行為に及んでいた棄狂が手を止めて冷酷な目を正面の男に向けた。
両者の間に緊張した空気が漂う。
ドンッ!!! と音が鳴る。
張り詰めた空白を破壊したのは、棄狂の下半身から鳴り響く銃声だった。
「き、棄狂殿!? 何をしているのです!!!?」
ブラディキアは銃の威力を知っている。試しにその手で銃を握り、実際に木の幹や硬い木の実、家畜を的として撃った経験もあったので、彼は0距離で弾丸が放たれた棄狂の下半身がどうなっているのか想像し血の気が引く。
再度、銃声が同じ箇所から響く。
連続で何度も銃声が響き、全弾撃ち終わった後のカチッ、カチッ、という音を鳴らすとようやく棄狂は引き金から指を離し、銃を股から取り出した。
「交渉には信頼が必要だよぉ? そんなに私って信用も信頼もないのかぁ、傷つくなぁ。冷めるなぁ。やる気なくすなぁ〜〜〜」
続いて、棄狂は自身のスリットに再び手を入れ、水音を鳴らしながら何かをほじくり出すかのように腕を動かす。
棄狂の手がスリットから現れる。そこには湿った弾丸が複数個乗っていた。
取り出した弾丸を、棄狂は自分に対し出された酒のグラスの中にコロコロと落とし入れ、続いてそのグラスに銃を突っ込み掻き混ぜる。
「冷めたから条件変える。これ、飲んで。飲んだら言うこと聞くよぉ、それなりのやる気でヴルディールって人を殺してきてあげる」
銃身で掻き混ぜられた弾丸入りの酒のグラスがブラディキアの前に出される。彼はグラスの中身と、棄狂のチャイナドレスの股付近を交互に見た後、おずおずとそのグラスを手に掴んだ。
「ばっちぃ。本当に飲んじゃうんだぁ。そこまでするのならさぁ、正直に心情を吐露してくれてもいいと思うんだけどなぁ〜」
「……怒りはあります。憎しみも」
「作り話にとってつけたような物じゃなく、その心の内に秘めてる理由から来る感情を知りたいんだぁ〜。息子さんとそのお嫁さんの話はもういいよぉ。どうでもいいよぉそんなの、興味全くなーし」
「ふざけないで頂きたい。貴女はドレジール達のことを」
「ふざけてるのはどっちぃ?」
厳かな声で怒りを表明しようとするブラディキアに対し、棄狂はデコピンを放つような指と形を取る。その親指の先端には弾丸が一つ、かろうじてバランスを保った状態で乗っかっていた。
「ちょっとしか飲んでないねぇ。飲み干してぇ? いいじゃん、愛液に由来する名前のお酒とか、探せばあるでしょぉ? それを飲んでる気分になればいけるってぇ。ここまで人をコケにしたんだからさぁ、汚物飲まされるくらいのやり返しはちゃんと受けよぉ〜?」
「貴女に無礼を働いた記憶はありませんが」
「商人として来たのに急に殺しを依頼されたよぉ? しかも相手は聖堂騎士、貴族を殺すのより厄介な相手。そんな仕事を持ち掛けられたのに語られた動機は確かめようのない下らない身内の不幸の話。聖堂騎士が私刑に及んで人を殺すとか眉唾もいい所だし、身内は絶対に間違いを犯さないって意見を曲げる気もなくてぇ、まともに取り合ってくれる気がしない。事前に決めた設定だけ話してるでしょぉ? もっと演技の勉強してほしいなぁって感じ。素なら素で、私のような人間を楽しませる才能がまったくないから誰かへの報復とか考えない方がいいよぉ?」
ペラペラと文句を並び立てながら棄狂が立ち上がる。本来の仕事はとうに済んでいるので帰りの準備をしているようだった。
しかし彼女の指は未だにブラディキアを正面に捉えている。その異様な光景からブラディキアは相手が自分に対して即座に攻撃できる手段を持っているのだと推測し、刺激しないよう身動きを取らないまま彼女の動きを目で追う。
「利口だねぇ。怪しい行動を取ろうもんなら瞬きするより速くその頭が吹っ飛んで無くなっちゃってたよぉ? 何もしなくてえらーいえらい。この部屋に来た時、なぁんで私が殺意向けられてるんだろぉ〜って不思議に思ってたけど、単に警戒してただけかぁ。その時点で無礼だと思うけどねぇ〜?」
「殺意を向けてなど」
「撃つよぉ?」
「っ。……殺し屋としての勘、というものですか。申し訳ない、少々貴女を侮りました。経歴を調べ上げたのですから、もっと細心の注意を払うべきでしたね」
「いや普通に出迎えてぇ〜〜? ただの商人だって言ってるぅ? 取引現場でこんな殺意こもった警戒心を向けられるとぉ、ちょっとこちらとしても自衛考えて今後の取引に応じるべきか悩ましくなっちゃうよぉ〜」
「…………では。先程の件は」
「それなりにやるよぉ。グラスの中身を飲み干さなかったからそれなりにしかやらない。死ぬかどうかは運次第。様子見でぶっ殺しに行ってみるけどぉ、想像以上に相手が強かったら頑張らなぁい」
「……」
「なんで私に殺意を向けるかなぁ? 気安いねぇ、人間嫌いなのぉ? まっ、相手が団長並の実力者じゃなかったら瞬殺だから安心しなよぉ。名前も聞いた事ないし、どうせ大した事ない雑兵でしょ? よゆ〜よゆ〜」
飄々とした態度でその場を後にした棄狂の気配が遠くへと消えたのを感じ取り、ブラディキアは手に持っていたグラスを忌々しい汚物にするかのように投げ捨てる。
そして彼は豪奢な衣裳の下に隠された腕の傷の疼きを抑えながら呟く。
「聖剣を振るう者が雑兵な筈あるまい。もう時間は無いのだ、上手く働いてくれると良いが……アレには期待出来ぬな」
どんな治療を施そうと癒えない火傷の燻りに呻きながら、ブラディキアは窓の外に広がる街の天蓋を目でなぞる。その瞳は僅かな赤い光を宿していた。




