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俺は女神の中の人  作者: 千佳のふりかけ
第三章『異端審問官になるぞ編』
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72話『騎士と教会と武器商人』

「月女神メイリス……いや、原罪の女(リリス)が封印されている堕光跡(ゾーハル)という遺跡か」



 セーレ達がシドンの外での喧騒を発見したのと同時刻、シドンの街を形成する大穴、その最下層であり中心に位置する巨大遺跡の前にシスター・ジュエルが立つ。


 地上界とは異なる異質な空気と、心臓を握り込まれるかのような本能に訴えかける重圧を感じながら、ジュエルは過去に悪魔が話していた事柄を思い出しながら遺跡の方向へと歩みを進める。



「リリスの血を継ぐ吸血鬼は冥界樹(クリフォト)から神と同等の力を得る。冥界樹はこの堕光跡から地下に向かって伸びている世界樹で、堕光跡の内側に侵入しなければ直に拝むことはできない。入り口の存在せず、圧縮魔力の外殻を形成しあらゆる手段を以ても侵入は不可能、と。どれだけ研究が進もうと侵されないわけだ。……シフォンに押し付けられた力を使う時が来るなんてね」



 呟きながらジュエルが右腕を前方に突き出す。


 何もない虚空に突き出された右腕。その指先で、まるで何かをつまむような仕草を見せたジュエルがそのまま手首を捻る。


 何も存在しない空間から"ガチャ"という音が鳴る。それはまるで施錠されていた扉を鍵を用いて解錠したかのような、金属音にも似た音だった。


 ジュエルには特殊な異能が備わっていた。その異能の効果は『閉じられた概念を強引に解錠する力』という物だ。


 閉じられた概念とは即ち、外部の干渉を拒絶する全ての概念の総称である。


 封印であろうが、結界であろうが、出入りを考慮して造られていない閉鎖空間であろうが、"遮断"を目的とした護りがある時点でそれは『閉じられた概念』に区分され、ジュエルはそれがどんなものであれ解錠・解除することが可能。


 閉じられた概念に手で触れて、仮想の"鍵"を創り解錠する。そうすることでジュエルはどんな条件や手順を要するものであってもルールを無視して使用可能、侵入可能なものに出来てしまう。


 魔法とは魔術とは異なり、加護や呪いとも違う。世界の根幹に干渉する"法則の書き換え"に近い能力。


 工程を無視して都合の良い結果を出力する。そういった理想を実現させるような能力を他者に与えることができる悪魔、シフォンによって植え付けられた異能。


 遺跡には何重もの結界と『侵入する必要性を失わせる』という旨の因果歪曲を引き起こす護りが存在していた。その尽くをジュエルは解錠し、ついに彼女は人類で初めて"堕光跡遺跡の壁面に触れる"という功績を成す。



「驚いたな。堕光跡の護りを突破する個人が居るとは」



 遺跡を包む古代の風が髪を撫でるのと同時に、背後から覇気のない男の声がジュエルに向けられる。

 攻撃への警戒を怠らない素早い動きで背後を確認するジュエル。その彼女の瞳には、たった一人の男の姿が映し出された。


 聖堂騎士団の一員である事を示す紋章と、識別用の刻印を刺繍された黒いコートをだらしなく着崩した長身の男。

 だらしなく伸びた髪の隙間からは鈍く輝くワインレッドの瞳が覗き、腰に差した西洋剣は柄に巻き付けられた紐のような物で鞘が縛り付けられていて即座に抜剣するのは不可能な構造になっている。


 騎士にとって己が扱う刀剣は生き死に左右させる重要な要素である。故に欠かさず手入れが成され携帯時も他の物にぶつけないよう細心の注意を払った位置に携帯するのが一般的。

 しかしその男は鞘の先を地面に引き摺りながら移動していた。荒い道をコンコンと鞘を鳴らしながら歩いてくる。


 騎士団の制服を着ておきながら騎士にあるまじき扱い方で武器を携帯する男。当然、ジュエルは警戒状態から臨戦状態に移行して男と対峙する。



「何者だ」


「ヴルディール・リッケンバック。聖堂騎士団、第四所属」


「騎士……聖堂騎士にしては随分だらしない格好じゃないか。腰に差した剣に愛着はないのか?」


「ないね。殺すための道具に愛着湧くほど行ききった精神してないんでな、こちとら」


「戦士にとって武器の手入れは必須。その常識を持ち合わせぬ以上、貴様の事は警戒せざるを得ない」


「手入れの必要がねぇ武器だってあるだろうよ。一定の格以上の魔道具、魔剣やら魔装やらに名を改められたモンとか聖剣がその類いだ。人類が扱う想定で造られてねぇモンをどう使おうが手入れなんざ必要ねえ」


「その剣がそれに該当すると?」


「文脈的にそうだろうな」


「ではなおさら愛着を持たぬのはおかしな話だ。魔剣や聖剣の類いなのだろう? 聖剣は騎士団長が所有を許される武装だから違うのだろうが」


「順序が違うな。団長が所有を許されるんじゃなく、団長だけが聖剣の封印を解除できる。解除した後は誰の手に渡ろうが振り回し放題だ。ま、本領発揮は叶わないがな」


「団長クラスの人間を襲い、その剣を強奪したと」


「何故そうなる。真っ当な手段で手に入れたっつー思考にはなんねーのか?」


「ならんな。先日接触した第四騎士団の団長、べリス・アマリリスは全身に火傷を負った重体で団服も聖剣も所有していなかった。貴様がやったのだろう? 団服をきちんと身につけていないのも、体格と服が合わないからだと予想するが」


「これはこういう洒落なんだよ。敢えて着崩してんだ。団長とは仲良いぜ? 飲み仲間だからな」


「貴様の姿を見たのはこれが初めてだな。べリス団長が飲んで騒いでいる姿は頻繁に目撃したが」


「はっは。アイツそんな活発的なのか。あっさりと嘘が透けたもんだなぁ」



 その一言同時にジュエルが懐に忍ばせていた武器、短剣型の可変聖器(かへんせいき)を投擲する。


 異端審問官にのみ所有を許された可変聖器は装備用の小型形態と実戦用の形態の二つの形態を有する。小型にし隠し持っている状態からの奇襲に長けており、また『聖の魔力』を帯びていることから霊体や魂の形に変容を来たしている魔物、魔人に対し絶大な威力を発するという特徴があった。


 吸血鬼は魂の形に変容を来たし独自の進化を遂げる魔人族であり、可変聖器の特攻対象でもある。目の前の男が吸血鬼であると確信したジュエルは立て続けに二本の短剣を変形、投擲し一気にヴルディールに畳み掛ける。


 ヴルディールは己を狙った投擲を、鞘ごと腰から引き抜いた剣で打ち払う。その動きはさほど早くない、しかし一ミリのズレもなく最小限の軌道で振るわれた剣は正確に短剣を叩き落とし、続くジュエルの攻撃にも余裕を持って対応していた。



「くっ!?」



 やはり剣を振るう速度は早くない。むしろ緩慢とすら呼べる。そして剣の振り方も雑。ただ当てるべき所に刃を運ぶだけの、剣術とすら呼べない我流の動き。

 しかしその剣に身を絡め取られたジュエルは、身の入っていないヴルディールの気怠げな一閃によって足が地面を離れ、一直線に遺跡とは逆側の壁に向かい吹き飛ばされる。


 壁に衝突する寸前に姿勢を正したジュエルが前を向く。ヴルディールは先程の位置から一歩も離れず、柳の木のように怠そうに上体を傾けた状態でジュエルをただ観察していた。



「俺ァあんたと戦いに来たわけじゃないんだが。単刀直入に言うと、あんたの助力を頼みに来ただけなんだが」


「誰が貴様に手など貸すものか!!!」


「まて、落ち着けよジュエル二等審問官。今の一手で俺を敵と認識するのは早すぎる。現に俺はお前を殺してない、何か事情があると思わないのか?」


「思わんな。殺していないのではない、殺せなかったのだ! 貴様の剣捌きは子供の棒振りと大差ない程に稚拙だった! 騎士を扮そうと、実力までは模倣できまい!」


「稚拙なんだったら俺が騎士をぶっ倒して服と剣を奪ったっつー筋書きも辻褄が合わねぇだろうが」


「装備を外している間に奪ったんだろうが!!!」


「コソ泥か。言い合いはやめようぜ不毛がすぎる。とりあえず俺の話を聞け」


「断る!」



 再び二本の短剣を投擲しジュエルは走り出す。今度は直線的な動きではなく、円を描くように走りながらヴルディールに向けて、そして上空に向けて短剣を無数に放つ。


 対してヴルディールはため息を吐きつつ最初に投げられた短剣を剣で弾き、続いて別方向からの短剣を空いた左手で掴み投げ返す。

 弾き、投げ返し、弾き、投げ返す。時々身を捻り短剣を躱しては、蹴りによって弾きまた剣を振るう。そのどれもがまるで二日酔いのような緩慢で不安定な動きだった。しかしジュエルが放たれた短剣は一度もヴルディールの体に傷を付けることはなく、ヴルディールはゆっくりと歩きながらジュエルの方へと着実に距離を縮めていく。



「それなりの実力は、あるようだなっ!」


「どうだろうな。自覚はないが」



 互いに刃の射程に入った二人が同時に剣を振るう。ジュエルは直剣を二つ、剣では庇いきれない位置から伸ばす。

 ヴルディールはそのまま剣を振り下ろし片方の直剣を粉砕、した直後にグルンッと大きく身を捻り、残った直剣の刃を肩で受け流す。



「なにっ!?」


 姿勢を低くしたヴルディールからの斬撃を警戒し視線が下がったジュエルの肩にヴルディールのつま先が刺さる。


 皮のブーツの先端がジュエルの肩肉に沈みこみ、鉄球のような蹴りが彼女の骨を粉砕しながら地面にジュエルを叩き落とす。



「ぐあああぁぁっ!!?」



 ただの蹴りによって片腕を使えなくされたジュエルが痛みと苦痛に呻く。そんな彼女の前でヴルディールは膝を曲げ、コンビニの前で屯する不良のような座り姿勢のまま彼女を見下ろし口を開く。



「肩が外れただけだったらすぐに治せたんだがな。砕けたか。すまん」


「き、さま!」


「待て。怪我の度合いを考えろ。その状態で動くのは良くない、痛みもそうだが筋肉を酷く傷つけるぞ」


「誰のせいでっ!」


「いやあそこで蹴りでも入れなきゃ止まらなかっただろお前。なあ、シスター・ジュエル。何を焦ってるのかは知らんが物事は静観して見るべきだ」


「貴様! 何が目的だ!!」


「それを話そうとしたらお前が襲ってきたんだろうが。何故そう血気盛んなんだ? 生理か?」


「っ!? な、は、貴様ああぁぁぁっ!!」


「失礼な発言だったのは認めるがそんな声を荒らげて叫ぶか? 本当に生理だったのか。そんなペラペラな服で、腹を冷やしちゃ駄目だろう」



 何の関心も無さそうな表情で己を辱めるような発言を止めないヴルディールに対し、ジュエルは照れと怒りの入り交じった深紅に顔を染めながら拳を繰り出した。その拳は見事ヴルディールの顔に命中し、拳を下げた後のヴルディールの鼻から血が滴り落ちる。



「ふむ。今日はやけに此処に来る余所者が多いな。いつから堕光跡は観光地になったんだ?」


「何を言っているか分からんが離れろ!! 仕切り直しだ!」


「仕切り直すのは構わんがお前はそのまま寝ていろ」


「なに? 貴様、まだ私を侮辱するか!」



 ジュエルの言葉を無視して立ち上がったヴルディールは、彼女に背を向けて剣をゆっくりと肩に担ぐ。



「よお。お前はどこの誰だ? この辺じゃあ、というか、大陸ん中じゃ見掛けねぇ格好をしているな。その服はどこのもんだ? 洒落てるじゃねえの」


「貴様、誰と喋っている!」



 戦っていた相手である自分を無視し他人へと意識を向けたヴルディールに強い怒りを向けつつ、ジュエルは痛む半身を庇いながらゆっくりと地面を這いヴルディールの視線の先を確認する。



「你好、两位」



 ジュエルの鼓膜を震わせたのは、この世界に存在しない言語だった。


 ヴルディールの前方には一人の女が立っていた。黒髪で大陸にいるどの人種とも似ない平坦な顔をした、キリッとした目つきの不思議な雰囲気を醸し出す美人。

 彼女はやはりこの世界には存在しない服装、黒のテーラードジャケットとスラックスで構成された、異なる世界で『背広』と称されている服に身を包んでいた。



「服装と顔の造形から分かるが大陸外の出身か。こっちの言葉は分かるか? 生憎俺ァそっちの言葉を全く知らん。大陸にいる以上はこっちの言葉を喋ってもらいたいんだが」


「骑士团的衣服。长长的头发。红眼睛、没错、目标就是那家伙」


「駄目か。こりゃ面倒だな……」


藍蝶(ランディエ)



 背広姿の女が単語を呟く。すると、彼女の目の前の空間が歪み景色が絵の具のように混ぜられるようにして一つの物質を構成し始めた。女はその物質を手で掴み、持ち上げる。


 重機関銃。より正確には、異なる世界で『ブローニングM2重機関銃』と銘打たれた武器を軽々と構え、その銃身をヴルディールに合わせる。



「……まずいな」


「く……あれは一体」


「動くなっつってんだ。俺が対処する。隠れておけ、シスター・ジュエル」


「何を言っ」



 二人の会話をかき消すように嵐のような爆音と弾丸が射出される。


 ヴルディールはジュエルとの戦闘では見せなかった俊敏な動きで、短剣を叩き落とした動きの精密性を持って自分達を抉り喰らおうとする弾丸を一つ一つ撫で、軌道を逸らす。

 彼の動きはジュエルの目で捉えることなど不可能な程に速い。通常の人間が出せる速度を優に超えていた。

 重機関銃から放たれる弾丸の威力はヴルディールが受けた攻撃の中でも上位に入るほど絶大だった。故に彼は完全に弾くのではなく、軌道を逸らす事に注力することで重機関銃の中距離集中砲火に対応することができた。



屠伽(オトギ)


「っ、今度は地形変化か」



 背広の女が地面を靴裏で叩いた瞬間、彼女からヴルディール達を膨れた範囲までの地面が泥沼のような質感に変化し、ジュエルの体とヴルディールの足が地面に沈み込む。

 背広の女は地形変化の影響を無視できるのか、それとも自分の足元を範囲外としているのか、先程までと変わらない姿勢で弾丸を吐き出し続ける。姿勢の自由が取れなくなったヴルディールは主兵装であった剣の他にもう一振り、背中に隠し持っていた短剣を取り出して両手で弾丸を捌く。



「はっは! 堪らねぇなこりゃ! 複数の能力持ちな上に殺人に特化しすぎてら!」


「言ってる場合か! 集中しろ貴様、段々と動きが小さくなっているぞ!」


「そりゃあそうだもう腰辺りまで体が沈んじまってるからな! 心配してくれてあんがとよシスター・ジュエル! だが、何故あんたはまだ呼吸出来る程度しか体が沈んでねぇんだ?」


「知らんわそんな事! 集中しろと言ってる! このままだと」

「激しく動くとより沈むのが速まる、なんてことはねぇ普通の底なし沼や流砂と同じって事だな。対処法は知ってるがこの状況だとどうしようもねえ。それに、この状態で地形変化を解除されたらどうなるかも危惧しなきゃな。変化状態が維持されたまま硬質化するなら問題ねぇが、"他の物質の位置関係を無視し元の状態に戻る"っつー性質の能力だったらもう詰んでる。俺は上下、ジュエルは左右で体が真っ二つって所か!」


「笑い事では無いだろそれは!!?!?」


「安心しろよ、それをやってこねぇって事はこの能力の効果は前者だ。あの女、自分が優位に立ってるのにちっとも表情を変えやがらねえだろ。こっちの出方を変わらず警戒してる、手練だな。動きを制限するのには向いてるが、そう便利な能力でもないってこった!」



 全ての弾丸を出し切った直後、ヴルディールが動き出す前に背広の女が両手を地面に付ける。そして若干の早口で次の単語を口にした。



赫葷(カグン)



 単語が最後まで発音されたのと同時に、今度はヴルディール達の上空が歪む。イラストとして描かれた空にペンを突き刺したかのような真円の穴が空中に出現し、そこから今度は大胆なスリットが入ったチャイナドレス姿の女性が飛び出してきた。



「にゃっははははっ! おーけー炬吏(カガリ)、真下の奴ね! 了解了解了か〜〜い!! 穿呪羅(ヴァジュラ)ッ!! 穿呪羅穿呪羅穿呪羅穿呪羅穿呪羅穿呪羅ッ、穿〜呪羅ァ〜〜ッ!!!」



 甲高い笑い声と同時に連続で鳴り響く、上空からの豪快な炸裂音。ヴルディールとジュエルは同時に天を仰ぎ見るが、既に空からは無数の光の流星群が降り注いでいた。




 *




 第四騎士団の団長、べリスさんがゴロツキに絡まれている。

 べリスさんは騎士のはずなのに武器を携帯しておらず制服も着ていない。攻撃力も防御力も皆無じゃん。大丈夫かあれ? 絶対助太刀した方がいい場面だよね。


 メリー曰く手出しの必要はないらしいが、どこを見てそう判断しているんだろう。

 チラッとメリーの方を見る。彼女はゴロツキではなく、べリスさんを見て怯えてるようだった。



「それでぇ? お祭りの準備でそれなりに忙しいボクに君達は何を要求するのかなぁ? 謝罪? 金品? それともボクの肢体を蹂躙したい? 聞かせてごらんよ何を要求するのぉ〜? 聞くだけならいくらでも無尽蔵に無制限に無差別に分別つけずに聞いてあげられるよぉ〜!」


「誰がてめぇみたいな全身包帯女とヤリてぇって思うんだよ! そんな爛れた皮膚なんざ触れたくもねぇっての! 金だよ金! 金を出せ!!」


「けっひゃあ〜ん! そんな悪口言われると流石のボクでも傷ついちゃ〜う! でもお金かぁ〜。うーん。やーーーーーーーーーーだ」



 べリスさんはヘラヘラと笑い混じりに、有り得んほど長く言葉を伸ばした上で要求を突っぱねる。凄い肺活量だな、途中オペラ歌手みたいになってたぞ。



「舐めてんのか、女ァ」


「舐めてるよぉお〜〜」



 目と口の形をぐにゃりと曲げて、まるでピエロのような表情を浮かべて心底愉快そうにべリスさんがゴロツキを煽る。

 見てられねぇ。あの人、穏便にトラブルを回避する気とか微塵もないだろ! それにやっぱりあんな細身の体で、ペラペラの布一枚の丸腰女が屈強な男複数人に囲まれて無事には済まされないだろ! 流石に止めに行かないと!



「っ、メリー!?」


「ワタシ達が出て行っタらもっと話がややこしくなルって……! 気持ちは分かるけド駄目! 本当に危なくなってカらなら弱者を庇うっていう体裁が取れルからそっちの方が都合いいって!」


「もう危なくなってんだろ十分! べリスさんは全身に火傷負ってる重症人だぜ!?」


「冒険者と騎士のいざコざに異端審問官が割って入っタらむしろ騎士団側の印象が下がルよ。ワタシ達異端審問官は騎士団の下部組織なんダよ? ただの喧嘩に下部組織の戦闘部隊を関わらセたなんて噂が広まったラ聖堂騎士団の高潔な印象に傷が付くッテ」


「そういう理由? お前が組織云々とか考えて行動を判断するんだな。ただの腰抜け本能剥き出し知性0負け犬ショタコン交尾マンだと思ってたわ」


「殺さレたいの??? ネえ、殺されたい? 一瞬お前に寄生シてやろうか?」


「その場合速攻自殺するな。理由はキモいから。自由を奪われる絶望とか尊厳云々とか関係なく、ただキモいから。目ん玉虹色になるとかゲロすぎるから。まだ他の寄生虫に寄生された方がマシ。キモいから。皮膚ひっぺがされて変態に俺のガワ被られた方がマシ。理由はキモいから。キモいから」


「そこマで言わなくていいダろ! やっぱお前嫌イ!!」



 ムッとしたメリーに鼻をつままれる。どういう攻撃? そのまんま小指とかにかぶりついたらびっくりするかな、なーんて考えていたらいよいよゴロツキが動きを見せ始めた。


 六人の男達がべリスさんを囲うように移動し全員刃物を取り出す。一触即発の剣呑な空気が流れる。



「羨ましいなぁ。個人を集団で囲んで襲いかかろうとするその弱さ、ボクにはないものだ。羨ましい、羨ましい。ボクも一度でいいから、君達みたいな弱者の気持ちを理解してみたぁ〜いなぁ〜!」



 その言葉が開戦の合図となった。



「は、ははっ、ははははははっ!! あぁ全く……そんなに死にてぇかてめえええぇぇぇっ!!!」



 誰よりも先に、直接煽りを受けていたゴロツキ達のリーダーが吠えながら短剣を振りかぶる。それに対してべリスさんは驚く様子も構える様子もなく、挑発していた時のニヤケ面を維持しながらただジーッと大男の一挙手一投足を観察するように眺める。


 微動だにしない。このままではべリスさんの頭が割られちまう。飛び出そうとした刹那、べリスさんの静かな声が鼓膜を震わせた。



全ての悪意は悪人へキルポップ・プリンシパル


「はっ! なにをっ………………え?」



 ゴロツキの短剣は既にべリスさんに向かい振り下ろされていた。だと言うのに、べリスさんは無傷だった。


 代わりにべリスさんを襲った男の腹が貫かれていた。男が持つ短剣で、男自身の手で。それだけに留まらず、男は自分の腹に刺した短剣を刺したまま回し、刃の向きを変えて横一文字に自分の胴体を切り裂いていく。



「ごぽっ……!?」



 切り裂かれた腹から臓腑を零しながら、男の吐血がべリスさんの頭に降りかかる。鮮血に染まったべリスさんはその血を指で拭い、ペロペロと小さな舌で舐め取りながら倒れた男を見下ろす。



「てめぇ! 何をしやがった!!」


「ボクが責められるのぉ? 今この人、自分でお腹を切ってなかったぁ〜?」


「その前になにか呟いてただろうが! 魔法か!? てめぇ魔法を使ったんだな!!!」


「ん〜、そりゃそうだけどぉ。でもこの魔法、別に他人を洗脳する魔法じゃないんだけどなぁ?」


「んだと!!?」


「今の魔法はただ単に、争い合う生物二匹の善悪を世界に判断させて、悪の比率が大きい方に自罰感情を植え付けるだけの魔法だったんだけどぉ。この人、よっぽど自分の行いを悔いてたみたいだねぇ〜」


「は、は!? 何言ってやがる!!」


「まんまだけどぉ? ほら、生物同士の衝突ってどちらかが善でどちらかが悪でしょ? その善悪の基準は人によって異なるから、じゃあそれをこの世界に決めさせるのぉ」


「世界……?」


「そ。もしこの世界が何かしらの物語なのだとしたら? 読者に寄り添う主人公と、読者が忌み嫌う悪役。その二つを区別させて、悪役には自分の人生の再評価をさせる。悪い事をしてたなぁ、欲望に従いすぎてたなぁ、挑戦から逃げたなぁ、周りに頼りすぎたなぁ。そんな思い出を自分なりに再評価させて、それに応じた自分なりの罰を取らせるだけの魔法。人によってはこんなの、ただ嫌な気持ちになるだけで終わる事もあるんだけどねぇ。この人、相当自分の価値観、自分なりの正義に反した、後ろめたさと現実逃避でい〜っぱいの人生を送ってきたみたいだねぇ。うーーー〜ん、羨ましくないなぁ、妬ましくないなぁ〜。み〜にく〜いなぁ〜〜〜〜〜」


「……い、み、分かんねぇんだよ! 死ねやクソ女アアァァァッ!!!」


「全ての悪意は悪人へ」


「がはっ!?」


「ぎゃああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!?!?」


「あああああぁぁガアアァァァァッ」



 続いて襲いかかったゴロツキ達三人がそれぞれ自分の心臓を一突きし、自分の両目を抉り、のたうち回った挙句即死しないようゆっくり自分で斬首する。


 そんな様子を目の当たりにしたべリスさんは、亡骸を一つ一つ眺めた後、ドン引きした様子で言った。



「えーと……い、一撃くらい食らってもいいかなぁ〜なんて思ってたんだけどぉ……えっと……も、もうちょっと過去の自分に、というか……子供の頃の自分に誇れるような生き方しようよぉ……君達ぃ……」


「てめぇ……よくも……!」


「いやあの、待ってぇ……? ボクの態度見て気付いて……? 今ボク、結構素で引いてるというか、この能力かなぁ〜り公平に、公正に、平等に、事実ベースで比較対象の人生全部を見て善悪を判断してるからさぁ……ボクだって罰を受けさせられる事はそれなりにあると言うか……これに関しては、その、そちら側の問題と言うかぁ……」


「ざけんなっ!! こんな、残酷な事しておいて! 何をのうのうと!!!」


「残酷だよねぇ……どれだけ恥ずかしい人生歩んできたのさ、君達ぃ……」


「まだ言うかあぁぁぁぁぁっ!!!」


「これ、使わないどくね……偽善偽悪の摘出(ルーズ・ユア・セルフ)


「べきょっ!? なん、こ、やめろォォォォォォォッ!?」



 残るゴロツキ二人の内、一人がべリスさんに襲いかかる。が、やはりべリスに刃が届く前にその攻撃は中止され、急に男が何かによって地面に叩き伏せられたかと思えばゆっくりと肉体がひしゃげそのまま真っ赤な液体へと圧縮された。



「ひ、ひいいぃぃっ!!」


「えぇ……そうなるぅ……? 今のは、その、単に他人の影響とかで貸し与えられた、その人の偽りの部分のというか……借り物の善性と悪性を取り除いて、その人本来の善性で悪性の重みに耐えさせる能力で……ボク自身に使った時はちょっと転ぶ程度だったんだけど、潰れちゃうのぉ……? な、なんでぇ……?」


「ば、化け物っ!!」


「どっちがだろうぅ〜……生まれついて持ってる善性と悪性で相撲取らせて、悪性で潰れちゃうって相当だよぉ……? そりゃ人間、悪性の方が強く生まれてはくるけどさぁ……ボクが転ぶ程度だったもんだから、ボク視点君らの方が化け物だよぉ……?」



 生き残ったゴロツキが心の底から恐怖に染まった顔でべリスさんを見た後、尻尾をまくって逃げていった。



「えーと……」



 その場に残ったべリスさんは周囲の市民の様子を見渡すと、頭をポリポリとかいて困ったように笑ってから口を開いた。



「こ、こわぁい不良はボクがとっちめたので、皆さん安心してお買い物やお散歩を楽しんでくださぁ〜い。掃除は……掃除はボク一人でやるのかぁ…………な、なんでこうなるんだよぉ〜」



 トホホ……といった感じで肩を落とし、一先ず圧殺してしまったゴロツキの前にしゃがみこみ気持ち悪そうな顔をするべリスさん。



「……掃除、手伝いに行くか」


「えっ、無理無理無理無理。あんナ危険な奴関わりたクない絶対無理」


「あの人、少なくとも悪い人ではねぇだろ。あの感じ」


「無理無理無理無理無理無理無理無理。あんナ死に方したくないよワタシ。行くナら一人で行っテ? どウせセーレは不死身だし」


「お前も言ってること大概だからな」



 話し合った結果、すぐにその場を離れるという条件付きでメリーを伴いべリスさんの掃除を手伝う事となった。どうやらべリスさんはこんな残酷な殺人現場を披露する気など毛頭なく、ただ動きを封じたり無力化をはかるために先程の能力を使っていたらしい。当初の予定では死人だと出す気は毛頭なかったとの事だ。


 同情して励ましたら大泣きしていた、グロいものに対して耐性はあまりないと。不憫キャラなんだなぁ、この人。

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