69話『班長の憂鬱』
「ここはどこなの、シフォン」
幼い頃の私が、隣の悪魔に声をかける。悪魔は顎に指を当て『う〜ん』と首を傾げながら呻いた後、記憶を探るように答える。
『私達にとって大切だった場所、そして人間達にとっても聖域とされていたはずなんだけどな。酷いねぇ、ただの穴になっちゃってるぅ』
「お母さんを治す薬の材料を取りに来たんだよね……?」
『の、つもりだったんだけどねぇ? 根元から"世界樹"がぶっこ抜かれちゃってるから葉っぱは取れないなぁ』
「そっか……」
『残念だねぇ。前に見た時はまだ樹は健在だったけど、それも何年も昔の話だしなぁ。帝国を滅ぼした魔獣災害とやらが悪さでもしたのかなぁ』
「なあに? それ」
『ほら。少し前までどこかの大きな国同士が喧嘩してたでしょぉ? 私もよく知らないけど、喧嘩の最中に変な災害が起きて喧嘩どころじゃなくなったんだってぇ』
「そうなんだ。……シフォンがお引っ越ししようって言わなかったら私たちも巻き込まれてたのかな?」
『だろうねぇ。国と国の喧嘩は弱者にも容赦ないからねぇ』
「怖い……でも、シフォンが居てくれてよかったな」
『けひっ、きひゃひゃっ! 私は私のしたいことをしてるんだから、お礼なんてしなくてもいいって言ったでしょぉ? そんな事よりぃ』
「?」
大量の魔獣によって踏み潰された街の残骸。その中心にある大きな穴から身を乗り出し下の方を見た悪魔が私に問いかける。
『愚姉……アイツを縛り付けていた楔が引っこ抜かれたせいでまるっきり反対側に、反転した世界樹が形成されてる。冥界樹だったかなぁ? って事は、侵入するのはあまり好ましくないねぇ。ジュエルが一緒ってなるとなぁ』
「なーにー? わっ、穴の中に街がある! それにあの大きい建物なに? 穴の中にあるー! すごーい!」
『すごいねぇ。ただの封印石なんだけどねぇ。一応あの建物の中に入れば、世界樹の葉っぱ"もどき"は手に入るよ。だけどぉ……』
「なにか心配ごと?」
『心配と言うかぁ。ん〜、他の子が一緒だったなら別に入ってもよかったんだけどぉ、ジュエルと一緒に入るのはなぁ〜。私を起こしてくれた実績と言うかぁ、前科というかぁ? そういう力があるから余計な事はしたくないと言うかぁ』
「……お母さんを助けられる、お薬を作る葉っぱ。それがあそこにあるんだよね……?」
『そうなんだよねぇ。大抵のお薬は治してくれる素敵な葉っぱが生えてるのは間違いないんだけどぉ。個人的にアイツの事が気に食わないから起こしたくな』
「葉っぱ、取りに行こうよ……」
『……ん〜。にゃははっ、困ったなぁ』
何かを危惧している悪魔の言葉を他所に、子供だった私は自分の母を助けたいという一心でそう悪魔に縋った。悪魔が困ったような顔をして曖昧に笑うのを見たのはその時が初めてだった。
「シフォン……」
『泣かないで。ジュエルのお願いだったら叶えてあげるとも。それが例え、沢山の人間の努力を水の泡にしてしまう行為だったとしてもね』
「沢山の、努力……? ……その葉っぱを取ることって、悪い事なの?」
『楽をする為に起こす行動はなんにせよ善だよぉ? だから落ちてる物を拾って自分の物にする事はけぇっして悪い事じゃない。それに、過ぎた努力はいずれ台無しになって掛けた労力や時間を思い返し後悔する為だけに存在する。こんなに頑張らなくてもよかった、必要のない努力をした。そう気付くためだけの行為だからね。故にこの行いによって齎される結果は本来私にとって望ましい事象なんだけどねぇ。……嫌いな人がお目覚めになるって考えると気は重くなるなぁ』
「む、難しいよシフォン! つまりどういうことなの……?」
『ジュエルがあの建物に入ったら、中で眠っているとってもこわぁ〜い悪者や、地下に追いやられた嫌〜な怪物たちが外に出てきて世界の誰かを困らせちゃう可能性があるんだぁ』
「! じゃ、じゃあっ」
『とはいえ。私がいる限りぜぇったいにジュエルの周りの人が困る様なことにはさせないしぃ、悪い奴しか困らないだろうからそこまで気にする必要もないんだけどねぇ。ジュエルが居たことで起きる事柄は基本的に世界を良い方向に導く行為だからそこは安心していいよぉ? シフォンちゃんが太鼓判を押しまぁす!』
「……悪い奴を困らせる。って事は、その眠ってる人達って、良い人達なの?」
『ん〜。善悪は個人の主義によって変わるからなぁ。もしこの世界自体に私たちのような意思があるのなら、少なくとも世界基準では善人だと思うよぉ』
「ぜんにん?」
『悪い所が一つもない完璧無敵の良い人ってことぉ』
「なら良い事じゃん! 私っ、その人達も起こしてあげたい!」
『あちゃ〜。そうなっちゃうか〜。でもジュエル、何事も程々が一番だからねぇ? 私たちは葉っぱを取りに行くの。ジュエルの力で勝手に起きた人たち以外は起こさない。いいねぇ?』
「うん、分かった!」
元気よく返事をすると、悪魔はお母さんのような優しい力加減で私を撫でた後に『偉い子だぁ』と褒めてくれた。
「……っ」
目が覚める。どうやら私は幼い頃の記憶を夢として見ていたらしい。
「最悪だな……」
汗で湿る顔を拭う。
薬に頼り、長い間この手の夢は見ていなかった。久しぶりにあの悪魔が出てくる夢を見たせいで全身が私の意志を無視して震えている。
洗面台で顔を流し、そのままコップに水を貯めて飲む。冷水が喉を潤したおかげが少しだけ震えが収まった。
「なんで、こんな夢を見る羽目になった? 薬が効いていないのか……?」
夢で見たのはあのシフォンという悪魔が完全受肉し、私の母や街の人を鏖殺する以前の物だった。
心に最も傷を植え付けたあの日の出来事ではなく、悪魔に騙されていた頃の印象的な会話の断片でもなく、ただ薬品の材料集めに付き合わされて遠出しただけの頃の記憶。
特別なことは何もない、夢として見ない限り記憶の奥底に沈んでいたであろう記憶。何故そんなものが今更になって……?
「……もう、残された時間は残り少ないって事なのかな」
無機質的な黒から普通の肌色に戻った己の左腕を見る。
聖皮。他人の負傷や状態を引き受ける光魔法。どんな傷や呪いを負った対象者であっても完治させることが可能な代わりに、引き受けた側は引き受けた症状の重さに応じた寿命を代償として支払う。
引き受けた直後からしばらくの間、聖皮発動の起点となった身体の一部が無機質的な黒色に変化する。
見た目は不気味だが実質この状態中は猶予期間であり、聖皮の代償として寿命が支払われるのは肌の色が正常に戻ってから。
私の寿命が削れた。セーレは致命傷を何重にも受けていた状態だった。私に残された寿命は、もう残り僅かなのだろう。
今際の際に忘却していた過去を甦らせる。走馬灯のような物なのだろうか。急速に死が近付いた影響で思い出したのだとしたら、まったく、勘弁願いたいものだ。
シフォンとの思い出を今になって見させられるとか、どんな拷問なんだ。私はもう、あの悪魔とは決別したはずなのに。
「……時が近いのなら、それ相応の行動を取るか」
見えない敵が相手だからと後手に回るのはやめ、積極的に吸血鬼を探し回ろう。寝る必要はもうない。恐らく今回の任務が私の最後の仕事になる。今後の活動を考えなくていいのなら、体力を温存する必要も無い。
「優秀な後輩が出来てよかったな……」
ワルワラは私の後継を任せられるくらい立派に育った。フレイともなんだかんだ付き合いが長くなり、普段はチグハグだがいざと言う時には信頼し合える仲間に慣れたと思う。
あの二人が着いているのなら、メリーもセーレもきっと大丈夫だ。
あの二人は共に精神面が未熟で危なっかしい所が多々見受けられるが、成長性には十分期待できる才能の片鱗を見せている。
メリーも、セーレも、私なんかより余程優秀な異端審問官になれる。大成した姿を見られないのは少し残念だが、そこは仕方ないと割り切ろう。
「それにしても。この街が私の死に場所になる、かもしれないのか……」
よりにもよって、だな。まさか最期の場所が、シフォンと共に訪れそれなりに楽しんだ記憶がある最悪な場所と似たような所になるとは。
「あるいは、長い年月の間に発展し様相が変貌したあの時の場所、なのかもしれないな。……だとしたら余計に最悪だけど」
記憶の中にある大穴とその穴の中にあった複数の建物。シドンの街を内包する特徴的な大穴。どちらも同じような規模感の大穴であったし、忘れていた記憶だったから気付かなかっただけで私は一度シドンに来ていたのかもしれない。
「努力は失う絶望をより深く味わうために積み上げるもの。結果が伴おうと伴うまいと、努力は無駄という言葉を行動に置き換えた物に過ぎないので相関関係はなく、結果が伴った者は努力せずともそうなったし伴わなかった者は限界まで努力し続けても成就する事は絶対ない。……よく考えてみたら、子供相手になんて救いのない価値観を吹き込んでいるんだ。あの悪魔め」
左腕を見下ろしていたら、昔言われた悪魔の言葉を思い出した。
努力を積み上げても何にもならない、か。
……異端審問官になった私の最終目標は、母やみんなの仇であるシフォンを殺す事だった。その為に、あの事件が起きた直後から教会に入り人生のほとんどを戦いに費やしてきた。
どんな魔獣や魔人を倒そうと、どんな悪魔を祓おうと、シフォンに繋がる手がかりは何も掴めなかった。時には人を殺めた時もある。とにかく必死だった。私がしてきた行いは全てシフォンを殺すための導線、その目的を達成できるのならとどんな命令だってこなしひたすらがむしゃらに命を奪い自由を奪ってきたというのに。
「認めたくないな。あの悪魔の言ったことが、その通りになってしまったとか」
最後の最後で甘さが出てしまった。自分で死にに行ったような未熟な馬鹿を、見捨てたくないだなんて。
子供の異端審問官なんてふざけた存在が、教会の道具として使い倒されて死ぬ事なんか絶対にあってはならないだなんて。まさかそんな事を思ってしまうとは。
セーレが苦手だ。彼女を見ていると、過去の自分を思い出す。まあ、セーレは何か良くない感情に突き動かされていたり執着しているわけではなく、どちらかというと戦う時は暴力を肯定し楽しんでいるように見えたから私とは根本が違うのだが。
背格好が子供だから重ねてるというだけ、それだけなのになんであんな行動を取ってしまったのだろう。
「……楽しんでたのは間違いない。の癖に自分を犠牲にする事を厭わず、わざと拒絶していた私すらその身を張って助けようとしていたのが気に食わなかったのか」
セーレが取った絶対に理解できない不可思議な行動と、それを見た時の怒りと無力感を思い出す。
なるほど。そりゃあ意固地になってこんな選択を取ってしまうわけだ。意趣返しがしたかったんだな、私。
「はーナーーせ〜〜〜〜〜!!! もう10分経ったでショ! 約束通り、交代〜〜〜!!!」
「いやーーだーーねっ!! 私はお前なんかと違って毎日そこら中を駆けずり回ってんだ!! 労られるべき存在!! 何も出来ない役たたずにこれは不要だもんねーーーっ!!!」
部屋から出て会議に使っている空間に移動すると、何やら木の人形のような物を取り合い喧嘩しているセーレとメリーの姿があった。
なんだろう、あの人形。手足がバネのようになってて揺れる度にびょんびょん動いている。
……小さな子供が取り合うのならまだ分かるが、セーレもメリーも流石にあんなおもちゃで遊ぶ歳じゃないだろう。10歳のセーレはまだしも、メリーって確か19そこらじゃなかったか? なに10歳児相手にムキになって顔を赤くしているんだ。
「これは何事だ。シスター・ワルワラ」
「あらジュエル、おはよう。いやねぇ? セーレちゃんがフレイに頼み込んで、自動でマッサージしてくれる小型の魔術装置を作らせたみたいなのよ。体を調べさせるお駄賃代わりにって」
「まだセーレの体質にお熱なのか、フレイは。……自動でマッサージ? あの人形がマッサージするのか? 自動で?」
「そう。魔力を注入するとその魔力の持ち主を検知して、凝ってる所とか疲労が溜まってるところを探って適切な力加減で揉みほぐしてくれるんだって」
「また珍妙な物を……」
「セーレちゃんがそれを持ってきて、試しにメリーちゃんに使わせたらドハマリしちゃったようでね〜。それでご覧の有様よ」
なんという体たらくだ。将来に不安がないと言った矢先にこれか。メリーがセーレの腕に噛みつきセーレが痛い痛いと言ってメリーの髪を引っ張る。ここはいつから託児所になったんだ?
「大体10分交代とか勝手な事言い出したお前の言うことをなんでこっちが聞いてやらなきゃなんねーんだ! これはフレイが私の為に作った物だから!! 所有権は私にあんの! 勝手なルール作って共有化してんじゃねえぞ寄生虫カス!!!」
「最初に善意のおスソ分けとか言って、お前も苦労してルみたいダしたまには癒さレヨうぜとか言って貸してくレタのに一番気持ちいい所デ取り上げルのはどうナの!? 善意のフリして中途半端ナ所で取り上げて不完全燃焼になっテルワタシを見て悦に浸るトカ性格悪すぎだシ!!! 仲間内デ輪が乱れるのってそういう事する奴が出てくルからなんだゾ!!」
「知らね〜わばーーーか!!! ああそうだよ私はお前の気持ちよくなりきれなくてしょんぼりしてる姿を見て最っ高な悦に浸りながら極上のマッサージを受ける予定だったよ! そうでもなきゃ共有なんかしねぇってんだボーーケ!! なんて言われようが所有権が私にあるのは変わんねーんだから、大人しくダシに使われとけってんだ!!」
「最低! 最悪! 鬼! 悪魔! 善意の欠片も持ち合わセていナイ鬼畜!! 人の形した悪意ノ塊!!! 生まれながラにシテの悪!! この世全ての悪!!! 最も邪悪で卑劣な存在!!!! 想像する事すラ悍ましい他の追随を許さナイ悪逆非道邪智暴虐の化身!!!!!」
「誰がアンリマユだ誰がD4Cだ誰が走れメロスの王様だ!!! 他人の不幸の甘さはラグドゥネームって言葉があるくらいにはそういう行為が一般的に許されてるんだから別に構わねーだろうが!! 私の理論に倫理観以外の要素で間違いはあったか? ないよな! 所有権を有する側が所有物の返還を求めるのは当然の権利だよな!!! じゃあ何をどう思ったところで当然の権利を行使されたら従わないとだよなぁ!! 人間として生きていくなら人間社会の郷に従わないとなぁ!!!」
「ムギーーーッ!!! 嫌だ! 従わナイ!! ワタシは権力などニハ屈しない!! 寄越せー〜〜ソノ電動マッサージ機〜〜〜〜!!!」
「言うな! 電マって言うな! システム的には電マだけど!!! ぬおぉぉ力強っ!? クソッ、機械文化が発達していない割に魔法で補ってる世界観だからこの程度の物はとっくに普及してるかと思いきや抜かった!!! なんで日常の何気ない1ページでこの世界の特許もんを発見しちまったんだ俺はーーー!!?!?」
「そこまで!」
「あっ!」「電マッ!?」
二人の手から木の人形を取り上げると、二人とも立ち上がり私に抗議の目を向けて詰め寄ってくる。
「異端審問官ともあろう者がこんなおもちゃに心惑わされてどうする。お前達が未熟なのはこちらも十分理解しているが、流石に人としての最低限の尊厳は保ってもらわないと困る」
「シスター・ジュエルは電マの気持ちよサを知らないから平然とそんナ事を言えルンだ! そのボタンを押しテ床に寝そべってみてくだサいよ! そしたラ考えも変わルはず!!」
「誰が床に寝そべるか。尊厳を保てと言ってるだろうが」
「居るわ居るわこういう奴。流行りモノに乗らず冷めた目で俯瞰して見てますよヅラしてスカしてるキモい達観者自認の情緒発達周回遅れ! 友達と一緒になって流行りに乗れた経験が希薄な奴程そうなってくんだよなー、人と何かをするって当たり前の経験を楽しめなかった事にコンプレックス抱いてる奴の典型なんだよなー! それかシンプル老人? 感性が老朽化して物事を楽しめなくなった自分の劣化を世間がつまらなくなったと勘違いしてるタイプの脳年齢アホな方向の90年代後半野郎な。返せ!」
「そーだ! 返せ返セ!!! セーレの言う通り! 自分が知らなイからって他人の娯楽ヲ下らない事と見下す狭量な器!! 何してるのーワタシも混ぜてーすら言エナいなんで口がついてルか分からないプライドの鬼! 想像力とプライドが反比例してるかラ頭ごなしに否定するダケ否定して全く経験は育まレズ頭の中は子供のまんま歳だけ重ネて大人になったら知ったかブりと妄想過去話デ自分の価値を偽って楽しんでマしたアピールする一番虚しイ人生しか送れない奴!!! ようやく追いついタ流行りモノへの理解は周りからしてみレバとうの昔に過ぎ去った事だカラ同じ熱量同じ目線で付き合ってくれる仲間は誰もおらず、そんなだカラいつまで経ってモその時流行っている物に乗ることが出来なイ学習能力0のコドモオトナ!!!」
「コドモオトナー!!!」
「コドモオトナ! 返せーコドモオトナー!」
「てめぇの無理解を周りに押し付けんなコドモオトナー! 勝手に一人だけ孤独になってろー周りを巻き込むなー! 一人だけでフラストレーション溜めて何処にも吐き出せず満足出来ない人生送れコドモオトナー!!」
「ストレスで爆発しろコドモオトナー! 愚痴と口先だけ達者ニナる舌先三寸真心一寸理解者皆無の孤立陰湿コドモオトナーー!! 見た目はオトナー! 中身はコドモー! 二つ合わせテ〜」
「「コドモオトナーーー!!!!」」
「……」
「こ、こどもおとなーっ」
「こど、こ……」
「そうか。メリー、随分とセーレと仲良くなったものだな。セーレと一緒なら私に向かって声を荒らげることも出来るようになったと。感動的な成長具合だ」
「ゴメンなさい本当にごメッ、いだだだだだセーレ助けてセーレセーレセーレェェェェェッ!!!」
「違くて。メリーが私にこう言えって指示してきたから仕方なく従っただけで私は一ミリもジュエルを馬鹿にしようだなんて思ってなっ、痛いなっ!? 横髪を引っ張るのは大概痛いないっだいいだだだだっ!!!! そこ! 絶対引っ張っちゃ駄目な所!!! いだいいだいいだい!!!」
「私は先輩だと口が酸っぱくなるほど言ってきたぞ、セーレ。名前の前にシスターをつけること。でも見直したぞ? セーレはてっきりメリーに対し能力の低さを煽ったり馬鹿にするばかりだと思っていたが、案外上手く付き合えていたみたいじゃないか。お前はそういう気持ちの良い所がある、でもなぁ」
腕に力を入れる。同時に若い女二人の悲鳴がより一層甲高く、悲痛なものへと変わる。
「先輩に向かって大層な事を言うじゃないか二人共。そんなに私とのお話が恋したかったのか? 水臭いなぁ、そうならそうと言ってくれれば良いのに」
「お話!? 肉体言語って事かな!? とても平和的な会話をする前段階とは思えない力加減だなあぁぁいだだだだだっ!!!」
「いだああぁぁい鼻取れちゃウウゥゥッ!!!」
「安心しろメリー。人体の縫合は一応経験がある」
「安心でぎナ゛い゛いぃぃぃぃっ!!! 余計不安になっだああぁぁぁぁっ!!!」
「何の騒ぎだ? ワルワラ」
「おはようフレイ。とりあえずみんな私に何が起きてるのか訊いてくるのよね。今丁度、あなたの作ったおもちゃのおかげで我が班の新人二人が折檻を受けている所よ」
「端折りすぎだろ。なにがどうなってそうなるんだ」
「見慣れないおもちゃを与えられた子供はああして大人に怒られてしまうものよ。セーレちゃんを甘やかすのは勝手だけど、あんまり言うことを聞きすぎるとかえってあの子の為にならないから今後は控えたら? メリーちゃんにも悪影響だし」
「よく分からん注文をされたから敵探知用の簡易ゴーレムをやっただけなんだがな。あんなものでトラブルを生み出したのならアイツらの才能にびっくりだよ。人を怒らせる天才じゃねえか」
「人を怒らせる才能はあるでしょうね〜二人共。言ってる事はよく分からないけど、悪口を言う時の舌が驚くくらい回る回る。似た者同士なのかもね」
「似た者同士ではあるな。セーレは口の悪さから分かりやすいが、メリーも大概性格が悪い。基本自分本位だからなアイツら」
「フレイとも相性が良いのはそれが理由か」
「こっちでも喧嘩を始めたら過労死するんじゃないか? ジュエル」
「全くもってその通りだからそっちの二人は大人しくしていろ。頼むから」
背後の二人に切実な声がけをすると気の抜ける返事が返ってきた。
「わ、分かった分かった! じゃあこうしましょうシスター・ジュエル!! 今日の調査は私とメリーで時間いっぱい街の隅々まで足を運んで行ってきますんでそれで手打ちってのはどうでしょう!? 一旦仕事休めますよ!?」
「私の仕事はこの街での聞き込み調査だけだと? セーレ〜、班長の仕事量を随分と少なく見積ってくれてるなぁ〜? それしかしてないのに進捗がまるでない、私は無能という遠回しな侮辱かぁ〜?」
「いっだああああぁぁぁい!!!! 言ってないな!? そんなこと一言も言ってないし絶対に今のは労りの気持ちがある言葉だから力が強くなるのはおかしっ、浮いちゃってる!! 私体浮いちゃってる!! 髪掴んで体浮くは駄目じゃないかな流石に!? 禿げちゃうよ!?!?!?」
「ミリっていった今鼻がミリって言いまシたジュエルゥゥゥゥゥッ!!! このままダと本当に千切れチャう!! なんでも言う事聞クから許シてくださイ!! おかしいおかしいっ、鼻摘まれテるのに血の味がするノは絶対におかしイイィィッ!!!」
「はあ……私たちの班は一旦吸血鬼探しは取り止めだ。昨日セーレが報告した通り、第四騎士団がこの街に来て作業を分担する事となった。ので、お前たち二人には吸血鬼探しの代わりに、別の任務を与える」
「あだっ!」「鼻ァ! セーレ、私鼻付いてル!?」
「ギリ付いてる、あっ触るな! 取れそう!」
「ギャー!」
「取れるわけないだろ馬鹿者。お前たち二人には……」
とある指示を出そうとしたが、それを一度飲み込む。
鼻を押さえて目をギュッとしながらもセーレの頭をさするメリー、引っ張られた髪の根元を指の腹で押して痛みを散らしながらメリーの背中をさするセーレ。……本当に、最初顔合わせた時とは打って変わった仲の良さだ。
頬が緩みそうになるのを我慢し、二人を見ながら考える。
セーレの実力はまだちゃんと見せてもらっていないが、テストロッサ曰くセーレは戦闘能力だけで判断するなら一等審問官でも通用する柔軟さと豪快さを有しているらしい。
メリーはセーレと同期で実技成績最優秀生。素の潜在能力で言えば間違いなくこの場にいる誰よりも高い素養の持ち主だが、精神面での不安定さ故かその実力は全く発揮できていない。
二人の相性は悪くなさそうだし、それが実力面でも反映されて互いの潜在能力を引き出す形になれば最善だが……それを期待するのならそれなりに危険な任務に就かせる必要がある。
基本的にはセーレが前線として立ち回り、メリーはその補佐。調子が出てくればメリーも率先して戦闘行為を行う、という風になるのが理想だ。だがメリーの打たれ弱さは筋金入りだし、セーレにだって年齢による精神の未熟という懸念が拭えない。
調子に乗りやすく、それで何度痛い目を見ようとまた同じ事を繰り返すのが私が見た限りのセーレの性質。命懸けの任務でそういう性質は致命的な失敗に繋がる原因として最も忌避すべきものだ。
ふーむ……。
才能に関しては一級品。即戦力級の能力を持った原石。しかし精神性が二人共に安定しているとは言い難い。まるで扱いづらい最新鋭兵器だな……。
「……アレだな。見回りがてら今日はゆっくりしてきなさい、二人とも」
他の仕事がある私、ワルワラ、フレイの三人とは違ってこの二人はまだ新人。任務ばかり詰め込むより、一緒に過ごす時間を増やして互いに呼吸や歩幅を理解させる方が重要か。
「やーいセーレ。お前もワタシと同ジお荷物扱いダ。戦力外通告だ、ザマーミロ!」
「一緒にすんじゃねえ泣き虫。いや違った、ひっつき虫か引きこもりマイマイモドキと呼んだ方が適切だな? 蛆虫」
「喧嘩売ってルのか!?」
「こっちが買ったんだよ! あ? ゴラ! やんのか?」
「今日一日街中を掃除させられる方が望ましいのか? お前達」
「「ごめんなさい」」
二人が息のあった動きでぺこりと頭を下げる。あまりにも綺麗な声の合い方に呆れのため息が零れる。
まったく。こういう時は一秒の狂いもなく行動を合わせられるのに、なんで普段は低俗な言い争いを繰り広げるのか。先行きが不安になってきたな……。




