66話『不適合な悪魔』
私たちはかつて『ファヌマ』と呼称された自然精だった。
『……ここは』
目が覚めた時、周囲には異様な光景が広がっていた。
湿った地面。腐敗した沼と生物の死骸が散乱する薄暗い森。
蛙や蝸牛、水牛や魚。湿地に集まる生物が苦悶の声を上げながら濡れた木の幹を登っては落ち、水音を鳴らす。
彼らは奇妙な生物に体を蝕まれていた。
本来の皮膚の下に蠢く黒、緑、橙の縞模様。足の先から腹、首、そして頭部に至るまで。長細い異様な生物が肉の下を覆い尽くし、脳を食い破られた宿主が己の望まない異常行動をただ繰り返す。
すぐに分かった。あの縞模様を持つ奇妙な生物の正体は私の同胞で、私自身も同じ形の怪物に成り果ててしまっている。
木に登り切った同胞は、寄生した生物の眼窩から本体を伸ばし何かを呼び寄せるように伸縮を繰り返す。虚ろな呻きを口にしながら。
『みん、な……』
同胞達が鳥に食われていく。
同胞達は自分の見た目が芋虫に似たおぞましいものに変貌したのを利用し、自らの意思で鳥の餌となっていた。
私たち精霊には子を残す機能がない。神が自分の力を分けて創り出した個体である私たちは死ねばそこで消滅して終わり。なのにわざわざ鳥に食べられようとする理由は、一つしかなかった。
醜い生を受け入れられなかったからだ。
大地の神の分身として、何も無かった星に自然が根付くよう永い時間をかけて土壌を育んできた。
永い永い、途方もない時間をかけて死の惑星を美しい星に整えてきたつもりだった。
私たちは都合のいい労働力として利用されていただけだったのかもしれない。
いつしか星に動物が生まれ、そして人間が生まれた。
どうやら人間は、私たちの大元である神を下し、"悪魔"という烙印を押して存在を零落させようとしていたらしい。
私たちは神の一部だったからか、本体である神に引っ張られるように悪魔化した。それだけに留まらず、神は自分の神格を維持するために分身である私たちを切り捨て、自分に押し付けられるはずだった悪性を私たちに押し付ける形で神性を維持していたとの事だった。
かつての自分が塗り替えられる。欲望や願望を啜る星の悪性情報に作り替えられる。神の下僕だった頃の力と神秘は消え失せ、歪んだ生存本能が思考中枢を埋め尽くしていく。
大地の精霊ファヌマは、人間の策略と神の身勝手により『大悪魔ファヌマ』に作り替えられ、全ての生物から敵意と害意を向けられた。
大悪魔として受肉しておきながら自分一人で生きられない肉体となったのは、きっと『星そのものから悪意を向けられている』からだろう。
星をより良くしようという善意を裏切られ、醜い怪物に変えられてしまった精霊たちは己の消滅を唯一の救いとした。
『……こんなの理不尽だ』
悪魔に成り果てた私は以前の記憶の大部分を失っていた。負の感情を啜ろうとする下劣な渇望と絶え間ない飢えしか残っていなかった。
私は個体として弱かったのだろう。だから変貌の軋みに耐えきれず気を失っていた。
同胞が全滅し抜け殻となった死骸達の中心で呟くも、当然その声に賛同してくれる声なんて一つも無かった。
同胞達の意志は私の意志でもある。例外はない。本来なら私も今の自分に絶望し、みんなと同じように死を選ぶのが精霊として正しい顛末だったと理解もしてる。
ただ、目覚めるのが少し遅かった。
眠りから覚めた時点で私は悪魔として堕天し切っていたから、己の死を選択するよりも背負わされた理不尽に対する怒りや憎悪を抱くことしか出来なかった。
死にたくない。
幸せになりたい。
星から"不要"だって言われたって、その思いを汲む必要が何処にある。
私は生き続けた。何年も、何百年も、何千年も。様々な生物を乗り換えながら、醜いと罵られながら。とにかく生きて生きて、自分が受け入れてもらえる場所を求め彷徨い続けた。
乗り移った生物のうち、人間は思いのほか違和感に鈍感な事に気付いた。
他の生物は私が寄生すると決まって違和感に気付き、私を外敵と判断し攻撃してくる。
人間は騙すのが容易だった。だから私は寄生先を人間に絞るようになった。
「もう人間のフリをするのやめたら? レイフ」
ある日、寄生した人間の友人だったフレイディスという女に刃を向けられた。
私がその人間に寄生したのは宿主がまだ幼い頃だった。フレイディスと10年間一緒に居た『レイフ』という青年は、つまるところほとんど私のことを指している筈だった。
バレるとは思わなかった。バレたとしても、フレイディスにだけは敵対されることなんてないと思っていた。
「何のつもりかな、フレイディス」
「何のつもりって。自覚ないの?」
「少なくともお前に刃を向けられるような事をした覚えはない」
「そっか。……そうだね。でも、私はレイフを斬らなくちゃならない」
「どうして?」
「それが騎士の役目だから」
「何を言って」
「私、鼻が利くの。どんな生き物よりも。……レイフの匂い、戦場の死体の臭いと同じなんだよ」
「……」
「人じゃないと分かった以上、私はレイフを生かせない。みんなを守る騎士だから。そう期待されてる以上、不安要素は取り除かないと」
「……誰かにそうしろって言われたのか?」
「私が決めた。ごめんだけど、この決断に後悔はない。……レイフの事を嫌いになったわけじゃないから、そこだけ誤解しないでね」
そう言ってフレイディスは迷いのない太刀筋で私に斬りかかってきた。
剣の腕で彼女に勝てたことはなかった。だから私は魔法を使った。人間の魔法は単純な仕組みで出来ているから、最低限の下地が肉体にありさえすれば再現はできる。
でもフレイディスには一切魔法が通用しなかった。
正体を表して、悪魔の物に堕落してしまった力も全て駆使した。死に物狂いで攻撃した、死にたくなかったから。
フレイディスには傷一つつけることは出来かった。格が違った。それに相性も良くなかった。フレイディスは人々を守る正義の味方で、邪悪を滅ぼす"聖剣"を持っていた。
聖剣は形を持たない悪意や害意すら切断できる、私のような存在に対する"殺害特権"のような力を有していた。フレイディスはそれを遠慮なく振るい、私から悪魔の力を削ぎ落としながら思考中枢を串刺しにしようと襲いかかってくる。
嵐のような苦痛と終わらない恐怖から逃れるため、私は沢山の人間を犠牲にしながら逃げに逃げ続けた。私の通った跡には血の道標が出来ていた。
国を三つと渡り歩けばフレイディスの脅威に晒されることもなくなった。
その地でようやく安寧の日々を過ごせると思ったのに。数年後、人類は異端審問官という組織を作り上げて本格的に私たち悪魔を星から排除しようと動き出した。
フレイディスから逃げてそれなりの年月が経った頃、私の元に二人の異端審問官が現れた。
「アレが悪魔です。セーレ」
「へぇ〜。あんな虫ケラまで悪魔って呼ばれてんだ。肩透かし〜」
セーレと出会ったのはその時だった。
テストロッサとセーレ。私を倒しに来た異端審問官は二人とも私に対して"娯楽としての狩り"を楽しむように暴力を行使してきた。
他者を痛めつける事の何がそんなに楽しいのか理解できない。汚い笑い声を上げながら、心の底からこちらを見下しながら、人間の物とは思えない膂力で破壊の限りを尽くしながら近付いてくる二人に私は再び恐怖した。
人類は恐ろしい生き物だ。悪魔というのは、本当は人類のことを指すのではないかと私は思った。
どれだけ痛めつけてもセーレは止まらず、どれほど攻撃しようとテストロッサには通用しない。処刑道具が人の形をしているかのような錯覚を覚え、私はまた彼女らから逃げ出した。
「っ、なんで!?」
その時寄生した人間は魔法の才能を持たなかった。だから魔法は使えず、最初から悪魔の力を使って戦っていた。
悪魔の力は異端審問官には効きずらい。だから寄生した人間が収めていた格闘術でその場を凌ごうとしたのに、何故か体が言うことを効かなかった。
意味が分からない。
格闘術は精神と肉体を合一にして成すもの、みたいな与太話を聞いた事がある。
ただ手足を動かすだけなのにそんな大袈裟な、だなんて私は思っていたけれど。もしかしたら格闘術も魔法や剣術と同じで再現に必要な要素が筋肉以外にもあったのかもしれない。
私は肉体の主ではなく借り受けてる身だから。肉体に拒絶されているから戦えなかったのかもしれない。
「どいつも、こいつも……っ!」
外敵はおろか自分が支配したはずの物言わぬ肉体ですら私のことを拒絶してくる。
……。
星そのものが私の事を嫌っているのだから、この星で生み出された生物の肉体が私に都合よく動いてくれるはずもないのは当たり前だ。
私にはもう、何も出来ない。自分自身の身一つで戦うことも出来ないし、誰かの体を借りて戦うのも。結局、乱暴に使い倒して無駄に消耗してるだけに過ぎないんだ。
戦えない。
メリーの肉体は魔法を扱うようには出来ていないし、メリーの体術もきっとまた肉体に拒絶されて再現できずに終わる。
無理して悪魔の力を使ってしまえば、またいつも通り正体が周りにバレて悪魔として退治されてしまう。
私には戦う術がない。だから、魔獣が現れた時も私一人だけ隠れたり、逃げ回ることしか出来なかった。
『お荷物じゃんお前』
「……」
脳裏にセーレの言葉が響く。
私は彼女の言う通り、何も出来ないただの足手まといのお荷物だ。
メリーに成り代わって生きてやると、死こそが救いだなんて馬鹿げた事を当たり前のように話すメリーが憎くて、悔しくて、悲しくて、意地になってここまで来たのに。メリーなら出来たはずのことを何一つ出来ず、私は隠れ回るナメクジみたいな生き方しか出来ていない。
……全てに絶望し自ら死を望んだ同胞達と、今の私。どちらが無様なのかと言われたら、絶対に私の方が無様だ。救いようがない。
「……ただ、みんなと同じように普通に生きたいだけなのに」
「あ、いたいた。おーい、メリーちゃん!」
「! ワルワラ……?」
シドン地下街の陽の当たらない区画をナメクジのようにノロノロ歩いていたらワルワラに見つかってしまった。被っていたフードを前に引っ張って目元を隠す。
「ど、どうしたんですか? 私なんかになんの用で……?」
「一人で探索中? 水臭いな〜私も誘ってよ!」
「聞き込みするだけなら一人で十分ですし」
「先日魔獣に襲われたの忘れたのー? あの時メリーちゃん怖がってたじゃない」
「ご、ごめんなさいっ。次はちゃんとやります……」
「怒ってるわけじゃないから謝らない! ほら、ジュエルは班長だから別のお仕事あるし、セーレちゃんとフレイはこの所二人で行動してばかりだから必然的に私が1人余っちゃうでしょ? 暇だから一緒に行動しようよ!」
ワルワラが私の肩に手を回し後ろから抱きついてくる。慣れないことをされた衝撃でつい口から「ひゃっ!?」という悲鳴が漏れてしまった。
「んふふ〜。メリーちゃん柔らか〜い」
「なんですかいきなり!? やめて!」
しがみついた状態のままワルワラが後ろから私の、メリーの胸を揉んでくる。最近そっち方面の話で一悶着あったっていうのに、フレイに怒鳴っていた自分も結局私には同じことをするのか!?
「もう離してくだ、さいっ!」
「あははっ。ごめんごめん! メリーちゃんとはあまり話したことなかったからさ、軽〜いスキンシップのつもりだったんだけど。嫌だった?」
「嫌というか! 普通こんなスキンシップしないでしょ!」
「そう? 意外と女の子同士だったらこういう触れ合い方するもんだと思ってたや〜。失敗!」
てへっ、とワルワラが舌を出してお茶目な感じを出す。
「別に怒ってはないですけど、急にああいうことするのはやめてください。びっくりします」
「びっくりした顔見たかった〜。なんでそんなに深くフードを被ってるのさ? せっかくの可愛いお顔が隠れちゃってるぞ!」
「……」
更に深くフードを被って身を後ろに引く。
「どうしてメリーちゃんは、お話する時そうやって顔を隠すの? 恥ずかしがり屋さん?」
背中が壁に当たってこれ以上離れられなくなったところでワルワラが近付いてくる。
フードで狭めた視界にワルワラの足が入る。
「べ、別に。理由とか、ないです」
「ふーん?」
更にワルワラが近付いて、すぐ目の前まで来た時。不意にフードを外側から持たれて布を上に持ち上げられてしまう。
「ばあ!」
視界いっぱいにワルワラの笑顔が映る。目に入る光の強さが一気に変わったからか、眼窩に潜り込んでいる虫が光量調整の為に蠢く。
「あ、あ……っ!」
目に入る光の量を調整するために瞳孔が動くのは人間も同じだ。でも私の眼は人間とは違う。厳密には眼球ではなく、眼球を模した虫に過ぎない。
きっと今のでワルワラは私の違和感に気付いてしまった。セーレが言った、気味悪く蠢く瞳をこうして見せてしまった以上もう正体は隠せないだろう。
「あ、ぜ、全呪……っ」
慌てて両手でカタツムリの形を作り、悪魔の力である呪いを放出しようと考えた。でも何故か私は最後まで魔力解放を行えなかった。
「……は、離れてください! 離れないと、私っ!」
「初めてこんなまじまじと見たなぁ。綺麗な瞳をしているのね、メリーちゃん」
「へっ?」
想定していた反応とは真反対の好意的な言葉に呆気に取られる。その一瞬の隙にワルワラは私が重ねた手に自分の手を新たに重ねてきて指を絡めてきた。
しまった! 油断させて悪魔の力を使わせないように手印を封じてきた!?
汗がどっと出てしどろもどろしていると、続けてワルワラがまた口を動かす。
「色んな色が散りばめられた宝石みたいな瞳。魔眼ってやつなのかな? 魔眼使いの人の瞳は宝石みたいな輝き方をするって言うもんね」
「えっ、えっ? ま、魔眼? 魔眼……じゃ、ないですけど……?」
「違うの? じゃあそれ天然!? すごいわね、なんか神秘的〜!!」
神秘的!? 神秘的なもんか、むしろ私はその神秘を剥奪されて魔性の底辺に引きずり降ろされた存在だぞ!?
というかこの眼を見て"美しい"って感じるのはちょっと、美醜感覚がおかしいとしか言いようがない。私自身、同胞に寄生されて眼窩からビロビロと虫の本体を出している動物達を見て心底『醜い。醜すぎる』って不快感を露わにしたのに。
今は肉体を生かす為の処理に魔力の大部分を担わせてるからあんな気味の悪い眼にはならないけど、それを差し引いても私の眼は決して美しいとは言えないと自覚している。
本来の眼球に相応しくない色を重ね合わせ、グルグルと螺旋状に模様が変化する瞳。異なる色の染料を中途半端に水に混ぜたような、奇っ怪極まりない物だろ、これは。こんな眼のどこが綺麗だって言うんだ?
「あ、あああぁあっ、あんまり眼を見ないでください! こんなの見てたら気分悪くなるでしょっ!?」
「なんで? 気分悪くなんてならないわよ?」
「そんなの嘘です!」
「嘘のつもりはないんだけどな。珍しくていいじゃない」
「良くなんかないですよ! 他の誰とも違う特徴なんて異端扱いされる材料でしかないでしょ!? 群れる生物は親と違う特徴を持つ個体が産まれたら群れから追い出す習性があるんですよ!?」
「あはは。その意見は分かるな〜、私もその言葉通りの扱いを今まで受けてきたし」
「っ!? ご、ごごごごっ、ごめんなさいそんなつもりじゃっ!!!」
しまった。失念していた。ワルワラは確か、肌の色が黒いからって理由で差別を受けた過去を持っているんだった!
そんな過去を持つ人相手に群れの習性の話をするとか、考えうる中で最悪の話題選択をしてしまった!! 私、悪魔なのに! 悪魔なのに人が怒ったり悲しんだりするような話を出しちゃったー悪魔として見ても異端分子じゃん私ー!?
「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! 不快になるようなこと言ってごめんなさいっ!!」
「え、あの、大丈夫よ? そこまで気にしてないから」
「駄目です! 気にしてないって言うけどそれってもう慣れてしまったから痛みに耐えれるってだけで感じる痛みは0じゃないでしょ!? わざわざ心の傷を抉るような事をっ、私っ」
「大丈夫だって。逆に気にしすぎだよ、メリーちゃん」
「そんな事っ」
「そんな事あります。優しさから来てんだろうけど、他人の痛みを勝手に理解した気になるのは傲慢だよ? メリーちゃん」
「傲慢……?」
「そ。確かに私は他人と肌の色が違うことを気にしてるし、もしそれを馬鹿にされたりしたら傷つきもするけど、メリーが話したような例え話に目くじらを立てるほど気にしてはないよ」
「……で、でも」
「そうね、意識したら確かに傷つく気持ちも0じゃない。モヤッとするかも。でもそれは、本人からしたら本当に些細な痛みでしかないから、本人が良いって言うんだからメリーちゃんが気にするのはお門違い。むしろそんなに謝られたらさ、そっちの方が罪悪感芽生えちゃって気が重くなっちゃうわよ」
「……」
「それに、周りから違う特徴は目立つから色んな風に言われたりするけど悪い事ばかりでもないと思うし」
「悪い事ばかりでもない……? な、なんでですか……? 目立たない方が群れを作る上では都合がいいんじゃ……?」
「群れってさっきから言うけど、人間は個性を受け入れられる生き物でしょ?」
「個性……?」
「そう、個性。私は肌が黒いし、メリーちゃんは瞳がカラフル。ジュエルは年齢の割に顔がすごく幼いし、フレイはどれだけ食べても鍛えても万年ガリガリのもやし男。セーレちゃんだって歯がギザギザしているし、それにあの子も眼の色が左右で違うからすごく目立つ見た目をしてる」
「……」
「それだけじゃない。人間は色んな目の色や肌の色をしていて個人によって全く別の見た目をしてる。それに亜人や亜人との混血だとかも居たりするし、他の生物に比べても多種多様な個性を持ってる種族でしょ? そして、人間は全く別の個性を持つ他人とも群れを形成したり、家族になったりもする」
「変な、生き物です」
「動物から見たら確かに変なのかもしれないけど、それが人間の良いところじゃん? 色んな人がいるから見てるだけで飽きないし面白い!」
「面白い、って……全員が全員どんな個性も受け入れてくれるってわけでもないでしょ……? むしろ異端を排除しようとする勢力がほとんどだと思いますけど……」
「それでもジュエルやフレイ、セーレちゃんみたいに他人の気にしてる個性を平然と受け入れられる人も沢山いるよ? 世界中の全員から嫌われてる人はいない、そう気付けたのはこの個性を持って生まれたからだと私は思うよ!」
「世界中の、全員から……」
胸がチクリと痛む。
世界中の全員から嫌われてる人はいない。それはワルワラの個人的な考えで、理想論だ。そうあってほしいと信じる希望のようなものであって、現実ではない。
私は世界中の生物全員から嫌われている。この星そのものから嫌悪と拒絶を向けられている。だからこんな醜い生物になってしまった、そう解釈してる。
私の考えとワルワラの考えは真っ向からぶつかり合う決して相容れない考えだった。
私の理解が及ばない夢をワルワラは笑顔で語る。個人主義なんて他人が口出すものでもないと分かっているけれど、それでも我慢できず口が動いてしまう。
「……もし世界中の全員から、この星から嫌われているような奴が今の話を聞いたら、どんな気持ちになると思います?」
「え? うーん……難しい質問だ。そういうのは直接そういう人と話さないと答えは出せないかもだな〜」
「じゃあ、例えばそれが私だったなら?」
「? メリーちゃんが?」
「はい。世界中の全員から忌み嫌われてて、世界で最も嫌われ者の烙印を押されてるのが目の前にいる、気味の悪い瞳を持った気味の悪い生命体だったらどうしますか。なんて言葉を返します、教えてください」
意図せず言葉尻が強くなってしまう。こんなやりとり、悪魔の習性でものの数分経ってしまえば綺麗さっぱり忘れるか感情ごとどこかにポイッと捨ててしまえるんだから交わす必要なんてないのに。
「私はメリーちゃんの事好きだよ?」
「………………はい?」
「世界中の全員から嫌われてる人、なんでしょ? 少なくとも私はメリーちゃんの事好きだからその条件には合わないんじゃない?」
「はい!? いやそれは話が違いますよね!? ていうか私を好きって、私の何を知ってそんなこと言ってるんですか!? 何も知らないくせに好きだなんて言われても困ります、また人間お得意の嘘ですか!?」
「んーん、人間お得意の嘘じゃなくて私お得意の本音だよ」
「なっ、そんな事言われたって」
「確かにメリーちゃんの事を深くは知らないけど、眼がとっても綺麗だし話してる内容から優しいのが伝わってくるし、優しいから怖がりなのに逃げるだけじゃなくて街の人を避難させてたのも知ってるし?」
「ななななっ!? そ、それは別に優しさとかじゃなくて人間はすぐに死んじゃうから逃がさないとと思っただけで!!」
「すぐに死んじゃう人を放っておけなくて、自分も人間ですぐに死んじゃう上に怖がりなのに自分の事より他人を助けてあげようとした。それって優しさでいいんじゃないの?」
「違うと思います! 大蛇だって満腹の時に溺れかけのネズミを見たら助けてあげたりしますよ!」
「それも優しさじゃない?」
「違うと思います!!!」
「そうかなぁ。でも私はメリーちゃんの事、度を越して優しい子だって思ってるしそれ全部ってわけじゃないけどとにかく好きだよ? 好きだからもっとメリーちゃんの事を知りたいし、好きだからこうしてわざわざ探して会いに来たんだしね!」
「り、理解できないです! 私の事を好きとかそんなのっ、有り得ない話です! 同僚だから仲良くしておいた方がいいっていう世渡り的な事ですよね!?」
「それも勿論あるけど、同僚の中でも私はフレイの事好きじゃないし? セーレちゃんよりもメリーちゃんの方が好きかな〜?」
「そんなっ!?」
「はい。というわけで世界中から嫌われてるという条件に該当しないのでメリーちゃんの質問には答えませーん。そして私の持論の補強にもなった。この世の人全員から嫌われてる人なんかいない!」
「な、納得いきません!!」
「じゃあ納得いくまで近くの店でお話する? セーレちゃんが教えてくれた穴場がすぐ先にある筈だしさ」
「え? ……セ、セーレはここに来てからずっと好き放題にサボりまくってるし、私たちまでサボり始めたらジュエルの負担が大きくなりすぎますよ。それはよくないんじゃ……」
「大丈夫よ! シスター・ジュエルもメリーちゃんが孤立してること気にしてた風だし。言わばこの交流は任務の一環でもあるのだ! 今より仲良くなれたら今度はジュエルとセーレちゃんも誘って四人でゆっくりお話しましょう!」
「フレイは……?」
「私フレイ好きじゃなーい。あいつと居たら楽しくなーい」
「そ、そうなんですか……」
腑に落ちなくて困惑する私の手をワルワラが掴む。彼女は私の手を引っ張って、セーレが見つけたというお店に向かい歩き出した。
久しぶりに陽の光が当たる。暖かい。
一人で行動する時は日陰を歩くようにしてたから忘れていた、こんなに朝の日差しって丁度いい暖かさなんだ。
「……っ」
歩いていたら視界が滲んだ。何故だか分からない、分かりたくなかった。




