62話『身勝手な生』
「さて。この大馬鹿者が寝坊なんてするせいで紹介が遅れたが、コイツはセーレ・アイゼントゥール。今回の任務で諸君と行動を共にする仲間、なのだが……まあ見ての通りまだ幼く行動言動判断力全てにおいて歳相応にまだまだ未熟な半人前の新入りだ。多大な迷惑をかけることになるだろうが、よろしくな」
「色々待ってくれます? すごいな、紹介のほとんどが私へのネガティブキャンペーンでしたよね今の」
「何か間違った事を言ったか?」
「会話下手くそなんですか??? 合ってるか間違ってるかの是非で喋る内容決めてるなら友達いなくなりますよ。自分以外の人間に心が搭載されてないと思ってるタイプの人???」
「何が不満なんだ」
「紹介の仕方に問題あるでしょうよ。この子馬鹿だけど根は真面目だから優しくしてやってくれって転校生を紹介する先生なんています? いませんよね」
「何一つ間違ってないのなら良いじゃないか別に」
「なんで論点がズレる。綺麗にレール舗装してんのに脱線するなよ。私の発した声がどっかで歪んでんのかな、いつエフェクターベタ踏みしたんだろ分かんないや」
「……なるほど。確かに何言ってるか分からない。ジュエルの言う通り、この子どもは頭が良くないようだ」
「どつきますよ???」
いきなり初対面の銀髪男に馬鹿認定された。
てか修道女が主の集団に男が混じることあるんだ。ハーレムじゃん死ねよコイツ。
「言った筈だがシスター・セーレ。お前以外のここにいる全員がもうそれなりに経験を積んだ猛者だからな。言葉遣いには気をつけること」
「えっ……あ、あノ……」
おや。ジュエルの言葉にびっくり仰天な様子で口をもごもご動かしてるのが1人いるぞ。
「訂正。1名を除いた全員が精鋭だからな。態度に気をつけること」
「わあ。ショック受けそうな訂正」
「シスター・メリーはお前の同期で三等審問官だからな。経験不足は否めない」
「言うなって。余計な一言。デリカシーないんすかあんた」
「ワタシ、前回の任務失敗シちゃってマす、しね……」
言わんこっちゃない。シスター・メリーとやら、黒人お姉さんの後ろに隠れたままどんどん声が小さくなってるぞ。
「あれは仕方なかろう。襲撃者との力量差を見誤らず生きて帰っただけ上出来だ。事前に聞いていた話で考えればもう少しやると思っていたのも事実ではあるがそこは初任務の緊張で上手く立ち回れなかったと理解もするさ。多くは求めない、期待もさほどしてないしな」
「ヒぐぅ!」
わざと刺したよな今。グサグサにぶっ刺したよな今、言葉の刃で。なんなのこの人、味方の士気下げしかしないじゃん。班長の器かな本当に。
「シスター・メリーの前に立っているのがワルワラ・イポランズ二等審問官。この班の副班長で私の補佐をしている者だ」
「よろしくね、セーレちゃん」
「どうもですよろしくです」
黒人お姉さん改めてワルワラさんが笑顔で手を差し伸べてきた。
よかった、この人はジュエルと違って優しくて人格者っぽい雰囲気を感じる。安心して握手に応じる。
「ん、二等審問官? シスター・ジュエルも二等審問官でしたよね」
「そうだが」
「役職上は横一列なのに班長副班長で上下関係構築してるんすね〜。なんで? 年功序列? ジュエルってもしかして結構なベビーフェイスなんですか?」
「歳は関係ない、単純に私の方が先に二等審問官の地位に就いていただけの話だ。私はもう何年もこの仕事をやっているからな」
「ほえー」
何年も異端審問官やってるのに二等なんだ? 中々昇進しにくい仕事なんだな。
うーん。まじで教会の有力者にハニートラップするのが昇進正解ルートじゃん。頓挫したのが悔やまれるな〜……。
「ワルワラの隣はフレイ・リオル二等導師。魔法導師団所属の魔導師で、主に後方火力支援を担当してくれている」
「ん」
フレイって男が無愛想に手を差し出してきた。これも一応握手しようっていう意思表示なのかな。
求められた以上は応じるけど、全然歓迎してないのが透けて感じるんですけど。
「ていうか魔導師? なんで魔導師さんがシスター集団に混じってるんですか?」
「座学で何を学んだんだ。魔法導師団とミルティア教は協力体制にあると教本に書いてあっただろう」
「書いてありましたけど。だからって一緒に仕事したりするんですか? 異端審問官なのに? 身内ノリで色々アホなことやらかして未来の人間から白い目で見られるのが異端審問官なのに外部の人間と組むとか歴史改竄も良いとこでしょ」
「何を言っているんだお前」
逆に白い目で突っ込まれてしまった。まあ俺のいた世界とこの世界は色々違うから俺の言ってることが伝わらないのはわかるけどさ。
「正直に言うと女の花園に男一人とかどんな役得だよ死ねよコイツ羨ましいって思ったんです。ずるいだろって思ったんですよ。だからどうにかフレイさんに肩身の狭さを味わってほしいんです。胃をキリキリさせたい、アウェー感を強く感じてほしい」
「今回の任務、俺は降りる。達者でなジュエル」
「子供の戯言に本気になってどうするのだフレイ」
俺に鬱陶しそうな目線を向けてくるフレイをジュエルが諌める。ジュエルの背後からべろを出し挑発していたらゲンコツを落とされた。酷い。
「ていうかなに。もしや私って無知蒙昧な新入りとしていびられる末路が待ってます? ロクな仕事も出来ないカスの烙印を押されてしごかれる毎日が待ってるんですか? やだー! そういう目に遭いたくないから目立たずに策謀で上り詰めてやろうと思ったのにーっ!」
「目立ってはいただろう。お前、メリーと同じく成績トップ組だったのだろう?」
「周りが身体強化もままならない素人さんばかりだったから武器振り回せるだけで過剰に持ち上げられてたんですよ! 敷居低すぎたんですよマジで!!!」
これは本当の事。どの程度のことができれば体罰的しごきから逃げられるか分からず初手で斧振り回しをやってしまったせいで注目されちゃったんだよな。
くぅ、こんな事なら初めから幼女ロールプレイをガチって隅っこで小さくなってればよかったわ!
「ところで何故メリーはさっきからそんな所に隠れているんだ? セーレ、お前メリーに何かしたのか?」
「え。初対面ですけど」
「初対面? ……いや、同期で優等生同士だったお前らが面識ないはずないだろう」
「そんな事言われても。えーと、シスター・メリー? 一回顔見せてくれません?」
「嫌でス!!!」
「なんでやねん」
ただの人見知りなのかなと思いきやめちゃくちゃキッパリ拒絶された。顔を覗き込もうとするとメリーは機敏な動きでワルワラさんの背後から移動し隠れ続ける。
そのままワルワラさんの周囲を一周した所でゲンコツされた。なんで俺に???
「んー。えっと、シスター・メリー? 私なにかしました? あなたが嫌がるようなこと」
「お前はワタシを殺そウとしタ!!!」
「おっと穏やかじゃないこと言ってるなまず落ち着いてくださいね皆さん話し合いから始めましょうね話し合いから」
「当然だ、話を聞かなきゃ事の真相は分からぬだろう。……で、なんだ? 殺すだのなんだの」
じろりとジュエルに睨まれる。
いや知らんて。尼さん生活始めてから人間相手に殺意抱いたのなんか賊に襲われた時くらいで、それ以外では流石にお淑やかにやってましたって俺。
「実技訓練の時に手合わせして、その時力加減を間違えたとか?」
「体術で最優秀成績を収めてるのはメリーなんだろ? 加減を間違えて危険なのはむしろ相手の方じゃないか?」
「そもそもセーレは未熟ではあれどそれなりの判断力がある子だ。まかり間違っても同じ異端審問官を攻撃したりはしないはずだ」
「あら以外。ジュエルってば、案外この子の事買ってるんだね」
メリーを除く御三方が各々意見を交え始めた。当のメリーは相変わらずワルワラさんの背後に隠れて震えている。
話し合いをした後、組んでいた腕を離し背後にいるメリーの頭を撫でながらワルワラさんが優しい声音で諭すように話しかける。
「メリーちゃん。君の言うことを疑うわけじゃないけど、でも話を聞く分にはセーレちゃんってとっても良い子そうだよ? もしかしたらなにか誤解があったのかもしれない、ちゃんと顔を合わせた状態でお話してみるのはどうかな?」
「嫌デす! そいつは残酷非道! 人の心ヲもたナイ野蛮な奴なんデす!! みんナ騙されないデ!!!」
「喧嘩売られてます?」
「待てセーレ、落ち着け。ここで手を出したらメリーの言う通りになるぞ」
ハチャメチャに悪く言われたから教育してやろうと拳を鳴らしたらジュエルに止められた。
「今のは手ェ出しても別にいいでしょうよ。だって私本当に何もしてないんだもんこいつに。なのに人の心を持たない野蛮人呼ばわりですよ? 一発くらいぶん殴ってもよくない?」
「はあ……あのなぁ、これから背中を預ける仲間同士で喧嘩してどうするのだお前ら」
「こんナ奴に背中ナんて預けたくナイです!! 今度こソ絶対に殺されル!!」
「いいよいいよ悪者になるのはある意味慣れっこだからな言葉通りにしてやるよおら来いよシスター・メリー。とりあえず生意気な口叩けないよう歯ァへし折りまくってやるよ」
「ヤダー!!!! 助けテシスター・ワルワラ!! ワタシまだ死にたクナいでスウウゥゥゥ!!!」
「あはは……困ったな……」
駄々をこねるメリーと青筋立てまくってる俺の両方にジュエルがゲンコツを落とす。
その後、痺れを切らしたジュエルの怒髪天説教を受けた俺達は改めて正座した状態で対面する形となった。
シスター・メリー。本名はメリー・ローレルというらしい。
見た目はただの10代後半の少女にしか見えない。明るい栗色の髪に白い肌、どこも特徴的なところはなく、体術に優れているという印象もあまり受けない本当にただの少女。
てか、このファンタジー世界だからこそ思った感想なんだがあれだ、平和な村の散策パートで最初の方に話しかけられるタイプの一般的な村娘って感じの印象だ。まあ服装が異端審問官特有の物だからそこで個性は立っちゃいるが。
……ていうかなんで強く目を瞑っている? そんなに俺の顔を見たくないのかこいつ。
「平手打ちしてもいいですか?」
「いい訳あるか馬鹿者。お前な、いい加減自分の立場ってものを自覚し……なんだ、シスター・メリーも。何故目を瞑っている?」
「ナナナナナナナナんでもっ、ナヒでしゅっ!!!」
動揺しすぎだろ、逆に舌の回りが円滑になってるじゃん。言い淀む表現としてな行は連呼出来ないのよ、よっぽど滑舌いいだろそれは。
「もう勘弁しテください! ごめんナさい! ワタシが全部悪かったです認めマス謝りマすだから容赦してくだサいいいいぃぃぃぃっ!!!」
「……何を言っているのだ?」
俺の方に目を向けながらジュエルが問うが、当の俺としてもメリーが一体何について謝っているのか分からないので微妙な顔しかできない。というかこうして顔を見てもやっぱり関わり合いになった記憶ないしな。
確かに見かけた事はある顔だ。でも直接喋ったことはないし、そもそもメリーは俺が訓練を受けている班とは別班でラフィール内でも生活区が異なっていたから接触する機会はなかったはずだ。
訓練中の接触ではなく日常生活を送る中で接点があったと仮定しても、俺が聖堂の外へ出ていく用事なんて飯を食いに行くくらいしか目的なかったしな。それかテストロッサに連れ回されるかぐらい。
他グループの人間と深く関わり合いになるようなイベントはなかったはずだが……。
「……そういえば、セーレとやら。お前には姉がいるんだってな」
「む」
それまで静観を貫いていたフレイが声を掛けてきた。姉? そんなの居ないですよ、自称姉の変質者なら居ますけど。
「アイゼントゥールの姉二人は教会内でも特異な立ち位置にいる。どちらも加護持ちだし聖女認定を受けているし上層部のお気に入りなのは間違いないだろうな。だがその影で"本来なら讃えられるべき成果を上げた者ら"がアイゼントゥール姉妹のせいで埋もれてしまったという事例も少なくはない」
「はあ」
「もしかしたらお前はその優秀な姉二人の割を食う形で同業から恨まれたりしてるんじゃないのか? メリーと面識がないというのであれば、そういう可能性も視野に入ると思」
「いやそれはないっすね」
食い気味にフレイの意見を否定する。
「何故ないと言える?」
「いやだってそもそも私、テストロッサの実の妹じゃもごご」
「セーレ。滅多なことは言うもんじゃない」
急にジュエルが俺の口を手で塞いできた。なんでだよ。ジュエルは俺とテストロッサが赤の他人であることを知っている数少ない人間だってのに何故こっちの口を塞いでアホみたいな作り話を補強する側に回るんだ。意味分からないよ。
「どうなんだメリー。お前、セーレの姉関係でなにか因縁でもあるんじゃないのか?」
「シスター・テストロッサも怖い! でもコイツの方ガもっとズッとずーーーーっと怖イでス!!! 妹の方が凶暴デすううぅぅぅっ!!!」
「ほう! 日没の加護を持ち時刻適応型の超人的な魔力体質を有するテストロッサ・アイゼントゥールと比較した上でセーレの方が恐ろしいと言うか! なるほど? つまりセーレも何かしらの加護や超人体質を有する可能性があるんだな。興味深い!!!」
「あれれれれ。どんな話題転換の仕方? 興味ある分野の片鱗見えた途端に口が達者になるの冒険者やってる友達にそっくりだぞ? この世界の男はオタクばっかなのかな」
今までずっと死んだ目をしていたフレイが急に目を輝かせて俺をあちこちから観察し始めた。
今着てる異端審問官用の服、ノースリーブだしスカート短いしジャケット下マイクロビキニみたいになってるからあんまり男にジロジロ見られたくないんですけど。
「話が纏まらないなぁ。どうする、シスター・ジュエル? とりあえずフレイとシスター・セーレは上手くやっていけそうだけど、シスター・メリーとの協力は難しそうよ?」
「どこが上手くやっていけそうなんですか? フレイさん、とりあえず布めくるのやめてください。何が見たいんですかそれ、変態みたいなんで離れてください」
「そうだな……セーレ、それにメリー」
「はい?」「ひゃいっ!?」
「お前達二人には一先ず、互いを知るための機会が必要だということが今回の話し合いでわかった。故に、二人に特別任務を言い渡す!!!」
「特別任務?」「ヒぃえええぇぇぇっ!!?!?」
目を瞑ったまま頭を抱えて嘆くシスター・メリー。ちょっとギャグっぽい仕草が過ぎるのでつい笑ってしまった。なんだコイツ面白いな。
「私達は現在とある秘匿任務のためにこのシドンにやってきているわけだが、任務完遂のためには街の市民との交流や地の利の把握は必要不可欠! そこで、二人には街の人と交流しながら所定の物品を買い付ける任務を与える!」
「ただのパシリじゃないですか」「コイツと二人っきりデエェェェッ!!?!? 終わリデすううぅぅぅぅっ!!!!」
「パシリではなく任務だ。それとシスター・セーレ、一々メリーの言葉に反応して短気を起こすな。言ったはずだがお前は一番下っ端なんだぞ、身分を弁えなさい」
「今軽く手が当たっただけで突き飛ばされたんですけど!? 短気を起こすとかじゃなくて正当に怒っていい場面じゃないですか!? なんか私だけ理不尽に嫌われたり叱られたりしてて全然納得いかないんですけどーっ!?」
「む、この刺青らしき所で魔力の流れが途絶えているな。シスター・セーレ、これは? 見た感じ古い拘束術式の一種だと推測するが」
「あんたはいつまで人の肌に顔くっつけて観察してるんすか!? 毛穴見る勢いでがっついてんじゃねえよ気持ちわりぃ!!!!」
腕を掴んで皮膚を凝視してくるフレイに軽く蹴りをカマして距離を取り、近付いたことで怯え叫ぶメリーに辟易しながらジュエルを睨む。
「シスター・ジュエル! まだお給料も何も貰ってないですけど辞表出していいですか! このコミュニティでやっていける気しないです私! よく分からないまま一方的に嫌ってくるモブ女と鼻息荒い変態男と一緒に仕事とか出来るはずがない!!! 自主退職します!!!」
「シスター・メリーに関しては私もどうとも言えないが、フレイは割といつも通りだ。慣れてもらう他ないな」
「じゃあ逆にあんたらのメンタル屈強すぎてびっくりだわ! 純粋に女として生まれてきてこの変態野郎と一緒に仕事できるとかどんな神経してんの!? うわわっ、こいつ今鼻鳴らして匂い嗅いできた!?!?」
「いつも通りだ」
「警察に突き出せこんな奴!!!!」
そんなこんなでジュエル、ワルワラさん、フレイと別れシスター・メリーと二人きりになった。というより、ジュエルに首根っこを掴まれて1人ずつポイポイっと外に投げ出されて数分が経った。
現在、俺とメリーは二人で宿舎を出た通りのベンチに二人並んで座っている。
「で? お前、いつになったら目ぇ開けんの?」
「開ケない。ワタシ、花粉症ナので」
「そうですか」
一つため息を吐いて膝をカリカリ爪でこすり天を見上げる。うーん、昼間の気持ちいい晴れ模様。お昼寝日和だなぁ。
「時にメリーさんよ。俺の故郷じゃメリーさんって名前のオバケがちょっとばかし有名だったりするんだが、知ってるか? もしもし私メリーさんってやつ」
「ナんですかソレ。知らナい」
「そっかぁ。あとな、メリーさんのひつじって童謡もあるんだけど知ってるか? 鼻歌でメロディー刻むから聴いたことあったら教えてくれよ」
そう言ってメリーさんのひつじを鼻歌で奏でる。隣に座るシスター・メリーはやはり無反応なまま、少しだけ俺から距離を置いてそっぽまで向いた。
「……」
「……レウコクロリディウムって言うんだった。あの寄生虫。カタツムリの目ん玉ギョンギョンにするやつ」
「っ!?」
ある単語を口にした瞬間、メリーがびっくりした様子でこちらを見開いた目で見つめてきた。
「緑やオレンジ、黒の螺旋を描くようなまだら模様の目。まさかとは思ったがそのまさかかよ。道理で人間語の発音がおぼつかないわけだ。生きてたんだな、芋虫悪魔」
「ナ、ナ、ナ!!!? いつカらっ!?」
「今さっきアテをつけた。だって俺まじで修道女相手に恨まれるようなことしてないもん。てめぇは人の身体に潜って、その人間のフリをして生きるタイプの悪魔だろ? そんでもって俺とテストロッサに死ぬギリギリまで痛めつけられて、俺に寄生しようとするも失敗してまた馬車馬のように利用されて。腐れ縁かよってツッコミを入れたくなる気持ちにもなるが、まあ有り得なくもないかとも思ったわけだ。絞り方としては消去法に近いけどね」
シスター・メリーの正体は俺が退治し損なったレウコ悪魔だった。賊一味との戦闘でこき使ったからてっきり本体ごとポックリ逝ったと思い込んでいたが、どうやら九死に一生を得てなんとか生き延びていたようである。
「くっ! やっぱりワタシはついテない! なんたっテこんな所にいぃぃぃっ!!!」
「おっきな声出すなよ。一応言っとくがお前、今際の際だぜ? 変に騒がれたら異端審問官の本来の業務に従ってお前をぶっ殺さなきゃならなくなる」
「ヒいいぃぃぃっ!!?!?」
「って言いたい所だけど。お前さ、なんで異端審問官の死体になんて乗り移ったの?」
「えっ?」
「別にお前、生きてる人間に寄生できるタイプだろ。むしろそっちの方が臓器も新鮮で血液も綺麗なんだから、悪魔的には効率よく魔力を生成できるんじゃねえの。その体、とっくに死んでる細胞を動かすために膨大な魔力使ってんじゃん。コスパ悪くね?」
「……」
「人に化けるためにお前が殺したってんなら気持ちよくお前の事ぶっ殺せるけどさ。違う事情が孕んでそうじゃん。俺、この肉体になったおかげで死体の目利きには自信あるんだぜ」
「……お前には関係ノない話でス」
「間違いない。別にその体の持ち主とお前の間にどんな事情があるのかとかあんま興味ないし。でも放置も出来ないからこの質問には答えろや」
レウコ悪魔の方を向くと、悪魔は右手でピースを作りその手の甲にグーにした左手を乗せる。いわゆる手遊びのカタツムリポーズを取って俺に見せつけてきた。なんだそれ。
「お前は悪魔として、人類に嫌がらせしてやろうみたいな思想持ってたりするの? それともその着ぐるみを着たまま、人間としての生活を楽しもうとしてるクチ? どっちなん」
「……答えル義理がどこにアる」
「義理はねぇが答えなかった場合シスター・メリーは行方不明になる」
かっこつけて脅してみた。
まあ今の俺は戦斧を持たない丸腰状態なので、隣から奇襲されようもんなら勝ち目0なわけだが。そうはならないだろうという性善説の元、圧がけを行ってしまいました。悪魔を相手にしてんのに性善説とか宣ってんのまじ笑えるな俺。
「……ワタシは、ワタシ単体では生きラれない不完全ナ生命体だ。ダカらワタシは本能として他の生物ヲ宿主とシ渡り歩ク。目的などナイ、そうイう風にシか生きられナい」
「あのビロビロ芋虫が言ってるって考えたらクソ笑えるなその話」
「デもこの身体ノ持ち主は、本来のメリー・ローレルは違ッた。彼女はワタシに、こノ身体をアゲると言った。彼女ハ愛を知ラズに育ち、利用さレ、搾取サれ、厄介払いとして捨てラレてこの教会に拾わレタ。こンナ世界に居たくナイ、何も幸セがないこんな所に縛られタクない。ダから、願いを叶えてクレるのなら、優しく殺しテと、そう言ってキタ」
……ん? なんか重い話してる? シリアスな流れになるとは思ってなかったんだけど?
「悪魔ハ人の願望や欲望ヲ糧に力を得ル。ワタシはお前のせいで死ニカけた、死にかけタワタシはメリーに縋っタ。肉体を一時的にデも貸してくれルノなら願いヲ叶えるト。……悪魔は嘘を吐かナイ、人は嘘ヲ吐かレる事を嫌ウから。悪魔ハ馬鹿にしなイ、人は馬鹿にされルと怒るから。悪魔は諦メナい、人ハ期待を裏切られると憎ムから。ダカら、ワタシは……」
若干の無言のあと、レウコ悪魔は消え入るような声で「ソレが許されない事だトシても、メリーとして生き幸せになリたい」と言った。
「これを聞いてなんにナる。この身体ヲ使う事を死者の冒涜と罵ルか。否定はしナイ、ワタシは」
「いやごめん。あんまそういう深いテーマまで聞きたいわけじゃないし、バックボーンを引き出すつもりも微塵もなかった。結構蛇足だったわ今のお話」
「エッ」
「俺が聞きたかったのって脅威になるかならないかだけなんすわ。役職上聞いとかなきゃだろ? 脅威じゃないならまあ、お前がメリー・ローレルに成り代わって何をしようが知ったこっちゃないしどうでもいいよ。好きにすればいいんじゃない?」
「えぇソんな雑な」
「要は人生に絶望しきった自殺者から合法で肉体を譲り受けたって事なんだろ? いいんじゃないの、拾得じゃなくて譲渡って形なら倫理的にもオールオッケーやろ」
「えぇ……」
レウコ悪魔が気の抜けたような表情で手を膝に下ろす。仕草から見るにカタツムリポーズは一種の威嚇に近いものだったっぽい。何も怖くないけど。
「それよか買い出しミッションの事だけどよ。こういう時って何を買っちゃ駄目とかあるのか? なんか多めに金を貰ったらしいし、丁度お昼だしご飯屋さんでお酒を飲みたい気分なのですが。ですがですが」
「そんな事にお金ヲ使っタらまた怒られチャウのでハ……?」
「大丈夫でしょ。なんだかんだジュエルも甘い所あるっぽいし」
オロオロし始めたメリーの手から渡された財布をぶんどり繁華街までダッシュする。メリーは少しの間その場で呆然としてから後ろに着いてきた。
とりあえずジュエルが取り計らったサブミッションはクリアしたってことで、今日は沢山食べて沢山飲むぞーう!




