第二章 ぼかしちゃってさあ
家に帰ってリビングに入ると、姉ちゃんとその彼氏が小型ゲーム機で遊んでいた。
そう、私には姉ちゃんがいる。姉ちゃんは「髪が長いと洗うのも手入れするの面倒くさい」という理由でショートヘアにしている。髪が短いと顔の輪郭とか大きさとかが誤魔化せないけど、元の顔が綺麗なので、似合ってしまっている腹立たしい女だ。彼氏がいるのも腹立たしい。
ただ、その彼氏さんの性格は結構良くて、今日みたいに家にあがってるときもあるけど、それは別に嫌じゃない。私を見ると挨拶とかも笑顔でしてくれて、育ちが良さそうな雰囲気が伝わってくる。なんで姉ちゃんなんかと付き合ってるんですかと問いただしたい。
「ハルキさん、姉ちゃん、ただいま」
姉ちゃんの彼氏は晴輝さんという。苗字は知らないので、私も晴輝さんって呼んでる。
「あ、由依ちゃん。おかえり。お邪魔してます」
晴輝さんはゲームからちょっと目を放して、こっちを見て笑ってくれた。
「ちょ、今大事な局面だから話しかけんな」
一方姉ちゃんはゲーム画面から目を放しすらしない。
「妹にそれはないだろう」
さすが晴輝さん。
「そうそう、姉ちゃんも晴輝さんのこと見習ったら」
「私にないところがあるから付き合ってんの」
本来なら良いセリフなはずなのに、こんなしょうもない場面で言ってしまうのか。
どうやらこの二人は対戦していたらしく、勝負の進行に合わせて盛り上がっていた。私は姉ちゃんの横へ行って、その画面を見ていた。
姉ちゃんは、モンスターをボールで捕獲して、そのモンスターを使役し戦わせる某ゲームのオタクだ。四六時中プレイしているし、ぬいぐるみや文房具などの関連グッズもかなり購入している。バイトで稼いだお金を惜しみなく使って、ゲーム会社と経済に貢献しまくっている女だ。
姉ちゃんのモンスターが晴輝さんのモンスターの攻撃を耐えると、晴輝さんは頭を抱えた。
「うっわ、このモンスター固くね?」
「まあDに厚めに振ってるから」
「クソー、やっぱり? 耐久無振りなら確定一発だった」
頼むから日本語でしゃべってくれ。
晴輝さんが勝利したのを見届けたあと、台所で料理してくれていたお母さんに、ただいまの挨拶をしに行った。
「ただいま、お母さん」
「由依、おかえり」
両手持ちの鍋がグツグツいって、良いにおいが漂ってくる。
「今日の晩ご飯、鍋?」
「そうそう、地鶏だし鍋でっす」
「やったぜ」
「晴輝君も食べるかしらね」
「どうだろ。私聞いて来ようか?」
「うん、お願い」
こんな感じで家事をしていると、うちの母さんは普通の主婦に見えるかもしれない。けれど、その正体は硬貨マニア。レアな硬貨、すなわち小銭を集め、コレクションする趣味がある。お母さんから教わったんだけど、硬貨って希少なものもあって、それは硬貨に書いてある、昭和何年だとか平成何年だとかいう発行年で決まるみたい。ある年に硬貨の発行枚数が少ないと、お母さんみたいなコレクターが高値で買って集めるのだ。
通常、硬貨は年間に一億枚ほど発行されるらしい。ということは、例えば、ある年に1円玉が八千万枚しか発行されなかったら、その年の一円玉は例年よりレアということだ。
この前なんか、平成22年の五円玉をネットオークションにて五千円で買い取っていた。なんでも、相当貴重らしい。それを見たお父さんが
「五千円出して五円買うって意味分かんねえな」
って言っていた。
ちなみに、そのお父さんは宇宙戦艦ヤ○トの64分の1スケール模型(10万円)を、未開封保存用と組み立て用で二つ購入し、お母さんにブチ切れられたことがある。
「そういう大きい買い物は事前報告しないさい!」
って、大の大人が叱られていた。事前報告したらええんかいという話だよね。
今ではヤ○トの模型は丁寧に組み立てられ、和室にあるガラスケースの中に飾られている。めちゃくちゃ綺麗で荘厳で、確かにこりゃ10万の価値はあるなと思った。
晴輝さんは遠慮したのか、晩御飯の誘いを丁寧に断って帰っていった。まあ、さすがに彼女の家族に囲まれてご飯食べるってなるとなんか勇気要るよね。私だって、彼氏の親がご飯用意してくれるって言っても、気が引けて遠慮しちゃうと思う。彼氏いないけど。
その晴輝さんと入れ替わりでお父さんが仕事から帰ってきた。見川家は、基本的に家族で食卓を囲む。今日も、四人で鍋をつついていた。
私は晩御飯のとき、学校であったことや部活のことを良く話す。今日は、映画館でバッタリ佐々木君に会ったときのことを話していた。すると、やたらお母さんと姉ちゃんが食いついてきた。私が男の子の話をするのがそんな珍しいか、ん?
お母さんが鍋の肉をつまんで取りながら、私に聞いて来る。
「それで、佐々木君は彼女とかいるの?」
「えー、私恋愛話とか疎いから、よく知らないよ。佐々木君かっこいいし、いてもおかしくはないかな」
「ふーん。で、由依は佐々木君がタイプなの?」
「いや、どうだろ。分かんない」
正直、爽やかでかっこいいと思う。屈託ない感じの、子どもに好かれそうな笑い方とかも良い。ときどき教室の端から、キラキラ笑う佐々木君の顔を覗き見てた。それこそ、最近の特撮ヒーローの俳優にいそうな顔だ。けれど、そんな話を親にするのは恥ずかしい。
お母さんは私の感情を見抜いたのか、一瞬私の目を見て、視線を手元の肉に移したあと、ニヤリとした。
「ぼかしちゃってさあ」
「だいたい今日は、しつこ過ぎじゃない?」
「そりゃあ、根掘り葉掘り聞く所存よ」
「そんなに根は深くないから。バッタリ会っただけだから」
「ところでさ、そのバッタリ会ったあとは?」
この質問は、姉ちゃんからだ。
「え?」
質問の意図が分からず、首を傾げた。
「だーかーらー、せっかくだから喫茶店でも行ってゆっくりしようとか、そういう話はしなかったの?」
「え! そんなこと言う勇気ないよ」
どこかへ一緒に行こうなんて、そんな発想もなかった。
すると姉ちゃんが、あちゃーという風におでこに手を添えた。
「もったいない、空前絶後のチャンスだったのに」
「空前絶後ってなによ。失礼ね」
腹が立ったので、姉ちゃんが鍋から取ろうとしていた白菜の前に素早く箸を持っていき、横からかすめ取ってやった。
「仕返しの方法が姑息なんだよなあ」
言いながら、姉ちゃんは鍋の底の方に沈んでいた白菜を、仕方なしという感じで取っている。
お母さんも、姉ちゃんに同調した。
「あーあ、こりゃあもうしばらく処女ね」
急な下ネタに、お父さんが咳き込んだ。ゲフッ、ゲフッ、なんて言っている。
「ちょ、何よこの女、ちょっと結婚してるからって」
私が悪態をつくと、またもお父さんが咳き込んだ。




