第三章 見川より贈呈
春休みも終わりに近付いたある日、姉ちゃんと私は和室でゴロゴロしていた。私は寝転がって小説を読んで、姉ちゃんは寝転がってゲームしてた。
突然、姉ちゃんがエビぞりになって唸り始めた。
「ンアー!」
「え? どうしたの姉ちゃん」
「理想個体が全然生まれん」
モンスターのタマゴをひたすらかえしていたらしい。同じモンスターでも、個体ごとで微妙にステータスが違うみたいだ。
「なんか、姉ちゃん最近ずっとタマゴかえしてるよね」
「うん、でもなかなか生まれんな。一旦諦めて、ネット対戦でもしようかな」
「良い個体ってそんなに難しいの?」
「うーん、運次第かな。今回はかなり運悪い」
「へえ、微妙な個体で諦めたりはしないの」
「無理無理、最初は妥協するけど、だんだん粘りたくなってくるのよ。で、気付いたら廃人。あ、生まれた」
ボタンを押しながら話していると、どうやらタマゴがかえったらしい。でも、画面を確認して姉ちゃんはまた唸った。
「クソ、素早さは妥協できん」
「遅いモンスターじゃダメなの?」
「このゲーム、素早さが1負けてたら、どんだけ速くても0と同じだからね。素早さ正義よ。遅い方が良いときもあるけどね、ジャイロボーラ―とかトリルパとか」
せめて日本語で返事をしてほしい。
そのとき、なぜか急に、佐々木君のことを思い出した。そう言えば、家に遊びに行くんだった。春休み中、何度か佐々木君のことを思い出したけど、本気で誘ってくれているのかどうか分からない。いったら、社交辞令的なものかもしれないし。考えれば考えるほど、からかわれたんじゃないかとも思う。
「あ、姉ちゃん」
「何?」
「私ね、佐々木君に誘われた。今度うちにおいでって」
「え。いつ?」
「あの映画館のとき」
「それを先に言わんかい」
姉ちゃんは画面から目を放して、私の方を見た。たぶん、見ている。視線は感じるんだけど、なんか恥ずかしくて、私は手元の小説の方を見ていた。会話の最中だし、本の文字は全く読んでないけど、あくまで、読みながら話している風を装う。すぐに、姉ちゃんはまたゲームの画面に視線を戻し、ボタンを押して操作を始めた。その音が、私の鼓膜を少し振動させる。
「へえ、由依が男の子に誘われるなんて。脈ありかもね」
姉ちゃんが、こっちも見ずに話しかけてきた。
「そうかなあ。佐々木君、本気か分からないし」
「どういうこと?」
「私のこと揺さぶって、からかってるだけかもしんない」
「だったら他にからかい甲斐のある女いるでしょ」
「確かに」
「今の発言ちょっと自惚れてたよね」
「そこまで言うか」
確かに、からかうならもっとかわいい子をからかうだろうな。私をからかい半分でわざわざ誘ったりしない。なんか恥ずかしくなってきた。
「どういう理由で誘われたの?」
「話合いそうだからって」
「本当に特撮好きなんだね。由依と話ができて嬉しかったんじゃない? 映画館のときも話盛り上がったんでしょ。自分の好きな話が思いきりできる相手って、意外と貴重なもんだし、安心して誘いに乗っとけば?」
「う、うん」
「あ、でも、やっぱり気を付けとけよ」
「え? 何が」
「や、急に襲われたりとかさ、あるかもしんないじゃん。カラダ目的、みたいな。キャー」
姉ちゃんが棒読みで叫んだ。
「そんな目的だったら、それこそ他の女探すでしょ」
「ほんまそれ」
「ぶっ飛ばすよ?」
**
男の子の家にあがるんだったら、あまりガサツな格好だとヤバいだろうということで、姉ちゃんに服を一緒に買いに行ってもらったり、お化粧を少し教えてもらったりした。姉ちゃんはばっちりお洒落をキメるような人ではないけど、最低限、かわいく見えるくらいのおめかしはしている。街で遊んでいそうな大学生のフリをすることだけは、上手なのだ。実際は引きこもりゲーマー大学生だけど。
でも、アイシャドウだけは教えてくれなかった。というのも、姉ちゃん自身、あんまりよく分からないらしい。
「アイシャドウ? 私ね、元から目が大きいから、アイシャドウ使わないし持ってないんだよね。私がこれ以上目大きくしたら、逆に変になるでしょ」
とか言ってた。死ぬほどムカつくぜ。
やがて、新学期が始まって、私は進級した。新しいクラスも、佐々木君と同じだった。少し嬉しい。いや、かなり嬉しい。
それで、
「お、見川! 今年度もよろしくね。俺んち来る話、覚えてる? 今度、学校の帰りに一緒に行こう」
って話しかけてくれた。
明確な予定が立つと同時に、学校の帰りに制服で行くわけだから、姉ちゃんが一緒にしてくれた服の準備とかがすべて無駄になった。まあ、別にいいけど。
**
とある放課後、私も佐々木君も部活がない日に、佐々木君の家にお邪魔することになった。佐々木君の家は、学校の最寄り駅から数駅乗って、降りた駅から徒歩5分の住宅地にあった。三階建てで、外装も室内も綺麗だ。
ご両親がいたら挨拶くらいはさせてもらおうと思ってたけど、二人ともまだ仕事らしかった。そういうわけで、家の中には二人っきり。
「俺の部屋、三階だから。ついて来て」
佐々木君はそう言って、階段を上っていく。
今から佐々木君の部屋に行くのか……。ご両親もいなくて、この家にいるのは私たち二人だけ。姉ちゃんの言葉が脳裏によぎる。
(急に襲われたりとかさ、あるかもしんないじゃん)
ただでさえ、異性と話すと緊張するのに、そんなことを考えてしまうと、余計に喉が詰まる。なんだか、自分の心臓の鼓動が強くなって、胸の中で動いているのがよく分かる。落ち着け、落ち着け。こんなんじゃまともな会話ができないぞ。
「あれ、どうしたの見川? 体調でも悪い?」
階段を数段上った佐々木君が、下で立ち止まっている私に声をかけてきた。
「ああ、ううん。なんでもないよ」
慌てて返事をして、佐々木君のあとについて行く。
だいたい予想はしてたけど、佐々木君の部屋は凄かった。何が凄いって、一目で趣味が分かる。いや、そりゃあその人の部屋を見れば、だいたいの趣味は予想できるだろうけど、そういうのじゃなくて、趣味一色。側面には、10年以上前の特撮映画のポスターが何枚も張られていて、フィギュア用の棚には、何十人もの仮面戦士がポーズをとって立っている。それでも収まりきらなかったらしく、本棚にもフィギュアが並べられていた。代わりに、本来そこに入るはずの教科書が、床に平積みされている。
だけど、そんなにごちゃごちゃもしてなくて、だいたい整頓されている。床は平積みの教科書以外は置いておらず、座ったり寝転がることができるくらいのスペースはある。床に足を着いているフィギュアは一体もなく、それだけで大事にしている気持ちが伝わってくる。
「あ、まあこれでも敷いて、適当なところ座って」
佐々木君が座布団を出して、渡してくれた。
「ちょっと待ってて、お茶でも出すよ」
「あ、ええと……」
こういうとき、遠慮するには何て言うんだっけ? お気遣いなく、とか? なんて考えていたころには、佐々木君は部屋から出ていた。
ひとり取り残された私は、部屋に貼られたポスターや、並べられたフィギュアを見ていた。フィギュアにはほこりひとつついていない。こういうの、自分で置いてみればわかるけど、三日放置するだけでほこりが積もってくるからね。フィギュアの状態を見るに、佐々木君は毎日毎日、フィギュアを拭いて綺麗にしているに違いない。
間もなく、佐々木君がお茶をもって部屋に戻って来てくれた。私たち二人は、合わせているわけでもないのに同時にお茶を飲んで、一息ついた。
そのあと、佐々木君が話し始めた。
「フィギュアとか、触ってもらってもいいよ。あ、でも傷とかつかないように気を付けてね。あと、特撮の雑誌っていうかファンブックみたいなやつもあるから、興味あったらどうぞ読んで」
佐々木君は、勉強机の上に立てかけられた本たちの中から、特撮の雑誌を数冊引っ張り出して、渡してくれた。
「ありがとう」
私は受けとって、そのうちの一冊のページをパラパラと捲った。すると、最初の方に、過去の主演俳優のインタビューが載っていた。私が好きな俳優だったから、ここぞとばかりにそのページをじっくり読み始める。その様子を見て、佐々木君が声をかけくる。
「その俳優さん好きなの?」
「ああ、うん。この仮面戦士、リアルタイムで全話見てたから思い出深くて。それに、私、俳優が好きで特撮見てるとこあるんだよね。この人もかっこよくて好き」
私以外にも、女の子で特撮好きな子って、イケメン俳優目当てで見てる人が多い気がする。
言ったあとすぐに、佐々木君は男の子だから、バトルとか変身後の姿が好きで、俳優のこととかあんまり興味なかったらどうしようと思った。けれど、佐々木君は俳優の話にも食いついてくれた。
「ああ、俳優に注目するタイプね。分かる分かる。特撮番組で初めて主演して、そこから人気俳優になった人も多いからね。その俳優さんも、今だんだん売れてきてるし。特撮番組は、今やイケメン俳優とか若手俳優の登竜門的なところもあると思うんだ」
佐々木君は、役者の話もなかなかマニアックなところまで語れるらしく、この俳優は10代で初主演だったのに最初から演技が上手くてびっくりしたとか、この俳優は最初のころ滑舌がひどかったけど終盤で上手くなったとか、そういう話で盛り上がっていた。
私も、出演俳優のデータとか収録の裏話とか調べちゃうタイプだったから、つい火がついて喋りまくってた。相手が佐々木君じゃなかったら引かれてたと思う。
しばらく話していると、さすがに喋り疲れたのか、佐々木君が小さくため息をついた。
「そうかあ、見川はイケメン俳優が好きなのか。だったら、俺なんかと一緒にお茶をするのは、不満かもしれないね」
「いやいや! そんなこと言わないで。俳優と友だちは別でしょ。それに、佐々木君だってかっこいいよ。それこそ、俳優になれるくらい」
私は慌てて首を振った。すると、佐々木君が屈託ない笑顔を見せてくれる。
「ほんと? お世辞でもうれしいよ」
「えへへ。お世辞じゃないって」
笑顔を向けられたせいか、顔が熱くなってきた。頬とか額が暖かくなってる感じがする。私絶対、顔赤くなってる。自覚すると、ますます熱が増してきた。
「あ、見川、ちょっと動かないで」
急に、佐々木君が前かがみになって、私に近付いてきた。
「えっ」
これって何? キス?
私は言われた通りじっとして、しかも目までつむってしまった。体が硬くなって、肩があがってしまう。自分の心臓の鼓動が、ドクドクと伝わってくる。ああ、この緊張の様子じゃ、これがファーストキスってバレちゃう。
これが永遠なの? そんなクサい言葉が思い浮かんでしまうくらい、時が長く感じた。けれど、唇が触れることはなかった。佐々木君も、緊張してるのかな?
なんてことを考えていると、左肩あたりに、円柱状のものを転がしながら押し付けられているのを感じた。
目を開けると、佐々木君が掃除用のコロコロペーパーを私の肩に転がしていた。
「あ、ちょっと肩にほこりがついてたから」
その言葉を聞いて、ずっこけて窓の外から飛び出しそうになった。ほこりかい! それを先に言わんかい! あー、さっきまでドキドキしてたのがバカみたい。
でも、佐々木君も、良かれと思ってコロコロペーパーしてくれてるんだよね。
「あ、ありがとう」
「いやいや。フィギュアにほこりが付いたらいけないから」
私は跳び上がって天井を突き破り、宇宙の果てまで行ってしまいそうになった。別に佐々木君は、私の心配なんてしてない。フィギュアの方が私よりかわいいんだ。
もう、意味が分からない。私はただキスを待ってた。佐々木君はそんなの知らないし気付いてない。ただフィギュアの心配をして、私の服のほこりを取ってる。私は黙ってコロコロペーパーを転がされている。
ていうか左肩でしょ? 冷静に考えたら、私一人でコロコロできる。背中だと無理かもしんないけど、左肩はできるでしょ。佐々木君気付いてよ。私にコロコロペーパー渡せば良いんだよ。わざわざあなたにしてもらわなくても良いんだよ。
でもなんだか、この状況に興奮してきた。コロコロペーパーを押し付けられることにドキドキしてきた。いや、佐々木君が私の恋心を無視して、熱心にほこりを取っていることに興奮しているのかもしれない。きっとそうだ。もうダメだ。
佐々木君はコロコロの紙を千切って、捨てようとしたみたいだ。
「あれ、ゴミ箱どこやったかな?」
とキョロキョロしている。かわいい。そのまま永遠にゴミ箱を探し続けろ。
私はさっき渡された雑誌に目を移した。すると、雑誌に紛れて、何かアルバムのようなものがある。気になって取ってみると、その中には、仮面戦士のカードやサインをもらった紙が纏められていた。本来は写真を保存する用のアルバムみたいだけど、佐々木君は特撮用に使っているようだった。
いつどこで入手したのかも、付箋に記入して貼られてある。最後のページには、この前私があげた映画のカード、仮面戦士ユウキのフレイムフォームのカードがあった。その下部に、付箋が貼られてある。
「2018年3月16日 見川より贈呈」
贈呈ってほどたいそうなもんでもない。
「マイティーオタクシスターズ 完」




