タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗~➄ 酒問屋の看板娘、異端児になる 其ノ壱
真上にあった太陽が、少し西へ傾いた頃。喜兵寿が満面の笑みで戻ってきた。手には大きな包みを抱えている。
「いやあ、いい鰹が入った!久兵衛さんはやっぱり目利きだ。一番いいやつを残してくれていてな。見てくれ」
そういって直を呼ぶと、ほくほくと鰹を取り出す。
まな板の上に乗った鰹は確かに立派だった。目は青々と澄んでおり、お腹はパンっと弾けんばかりだ。
「おお。こりゃあうまそうだな!」
直が身を乗り出すと、喜兵寿はうんうんと何度もうなずいた。
「そうだろ、そうだろ。今が旬の初鰹だ。たっぷりの大根おろしとからし、あとは醤油をちょろっと。うまいぞ~!初物を食うと寿命が75日延びると言われていてな……」
喜兵寿は嬉しそうに話していたが、ハッと気づいたように直の方に向き直った。
「そうだ!大麦はどうなった?!」
「ああ、そっちは問題なし」
なおは喜兵寿と連れて店の裏口から外へと出る。大麦は水の中で、気持ちよさそうにきらきらゆらゆらと揺れていた。
「このまま大体2日くらいかな。1日3回水を変えながら様子を見る感じ」
直が説明すると、喜兵寿は「おお」と小さく感嘆の声をあげ、食い入るようにたらいの中を覗き込んだ。
「びいる造りの最初が麦を発芽させることとは、なんとまあおもしろい。日本酒でいう米麹を造りに通ずるものがあるな。酒とは、どれも『生』の力を借りて生まれるものか……それで?この後はどのようにするんだ?」
「水にしばらく漬けた後、暗い場所に置いておくと発芽する。発芽したら乾燥させて、根っこをとってできあがり、って感じかな」
説明からイメージを膨らませようとしているのだろう。喜兵寿は目をつぶって聞いていたが、「ふむ」と頷くといった。
「どんな出来上がりになるのか全く想像もできんが……心得た!できることがあればなんでもやるから言ってくれ」
びいる造りが楽しみで仕方がないのだろう。喜兵寿は切れ長の目を子どものように輝かせている。
「おれも手探りでやっているからな。最初からうまくいくかはわかんないけど、まあ一緒にがんばろうぜ」
直が笑うと、喜兵寿も「うまいびいるを造ろう」とにやりと笑った。まずは第一歩。まだまだ解決しなければならない問題は山積みだが、ビール造りが始まるのだ。喜兵寿のわくわくにつられ、なおも心躍るのを感じていた。
「それでな」
ひとしきり盛り上がった後、喜兵寿が袂から煙管を取り出しながら言った。
「びいる造りの件なんだが幸民先生に話を聞こうと思っていてな。直は腕利きのびいる職人かもしれんが、この国のことはよく知らないだろう?だから明日にでも幸民先生の家へ行くのはどうだろう」
「幸民先生?誰だそれ」
直は眉をひそめると、喜兵寿は言った。
「名は川本幸民。蘭学者であり発明家の先生だよ。異国のことにも詳しいから、何かしらの助言はくれるはずだ」
川本幸民、川本幸民……どこかで聞いたことがある名前だ。ということはつまり歴史上の人物か?
直はつたない記憶を辿ろうとしてみたが、なにぶん歴史はからっきしだ。
「偉い先生だからって、ビールのこと知ってるかねえ」
自分の専門について、会ったこともない先生に教えを請うのは、なんだか癪だった。そもそもなおは「先生」と呼ばれる人があまり好きではないのだ。大体彼らは傲慢で、自分の自慢話ばかりする。
直が吐き捨てるように言うと、喜兵寿は肩をすくめて苦笑した。
「さあな。でも幸民先生が西洋の酒の話をしていたのは事実だ。それがびいるのことを指しているかはわからないが、話を聞いてみる価値はあると俺は思う」
「ふうん……まあ別にいいけどさ。んで?その幸民先生ってのはどんな奴なわけ?」
喜兵寿は「そうだなあ」としばらく考えると言った。
「医師だったんだが、上司を斬りつけ怪我をさせて最近まで追放されてたな。でもその間に猛勉強して蘭学者になって戻ってきたらしい」
「ん?!」
予想もしなかった言葉に、直は思わず変な声をあげる。
「あとは火事で何回か焼け出されて、住居を転々としてる」
「んん?!」
「あとは、とにかく大酒飲みで、酒癖はだいぶ悪いな。よく川のほとりで草むらに頭を突っ込んで寝てる」
「いや、だいぶやばいな?!」
どうやらかなり変わった人物のようだ。
「なんにせよ、うちの大事な常連客だ。今日もこれから鰹食べに来るってよ。喧嘩っぱやい先生だから、飲みすぎて喧嘩にならないようにしろよ」
そういって煙管の火をつけに、店の中へと戻っていった。
『初鰹あり〼』
入口の貼り紙効果だろうか。柳屋は早時間から大賑わいだった。仕事帰りの体躯のいい男が、汗だくで店に入ってくるのだ。店内は熱気でむんむんとしていた。
「つるちゃん、燗1本追加でちょうだい!」
「こっちには鰹3人前ね!」
つるは次々入る注文に対し、「あいよ」と威勢のいい声をあげ、店内をパタパタと走り回っている。
「よく働くなあ」
直はそんな店内の様子を見ながら、ちびちびと熱燗を飲んでいた。うだるような暑さだ、本当はビールをがぶ飲みしたかったが、ないものはないのだから仕方がない。
「おまちどう、鰹刺しあがったよ!」
威勢のいい声に顔をあげると、喜兵寿がたくさんの皿を持って厨房から出てきた。赤色の切り身が色鮮やかに輝いており、店内からは「おお」という声があがる。
「さ、刺身は鮮度が命だ。うまいうちに食っちまってくれな」
そういいながら、各自に刺身を手渡していく。直も一皿受け取ると、早速刺身に箸をつけた。分厚く切られた鰹は、見た目にも身が引き締まっているのがわかる。刺身のつまに、こんもりと盛られた大根。直は刺身に大根を乗せると、醤油をつけて口に放り込んだ。
「……!!!」
それは想像していたよりも遥においしくて、咄嗟に言葉が出なかった。ぶりぶりとした食感に程よい脂。それを大根おろしの辛みが程よく流していく。
「どうだ、うまいだろ」
直が夢中になって食べているのを見て、喜兵寿はにやにやと言った。
「鰹飲み込んだら、すぐに日本酒飲んでみな?」
直は言われたとおりにおちょこを煽った。口の中の旨味と日本酒の旨味がふわっと交じり合い、ゆっくりと喉の奥へと流れていった。後には酒の熱さとコクの余韻がじんわりと残る。
「なんだこれ!最高だな!!!」
直が叫ぶと、喜兵寿は嬉しそうに言った。
「暑い日に熱燗も乙なもんだろう?」
「本当だな!初鰹に熱燗。こんなに客がくる理由もわかるわ」
直が興奮しながら食べていると、店の引き戸がガラガラっと開いた。見ると、小さくて痩せた男がむすっとした表情で立っている。
「あ、幸民先生。いらっしゃいませ」
幸民は喜兵寿の方をちらりと見ると、「酒、鰹」とだけ言って、よろよろと近くの座敷へと座った。足があきらかにもつれているのだが、座った瞬間に背筋をしゃんと伸び、まっすぐに前を見る。
直は喜兵寿の袂を引くと、耳打ちした。
「あれが噂の幸民先生か」
「そうだよ。さっきも言ったが喧嘩すんなよ」
吹けば折れてしまいそうな弱そうな男だ。その気難しそうな風貌から、口喧嘩をすることはありえても、実際に殴り合いの喧嘩をするところは想像もできなかった。
「おれは平和主義なの。喧嘩なんかしないよ」
「……だといいんだが」
喜兵寿はそういいながら、盆に乗せた熱燗と鰹刺しを幸民のところへと運んで行った。
「お待ちどうさまです」
幸民はそれらを無言のまま受け取ると、日本酒を徳利のまま飲みだした。ぐびぐび大きく喉を3回鳴し、あっという間に空にしてしまう。
「酒 あと5本くらいもってきてくれ」
「でたーーーー!幸民先生の一口飲み!」
いつものことなのだろう。圧巻の飲みっぷりに、周囲の男たちはわんやわんやと手を叩きながら盛り上がる。
「米屋が二階で居酒屋をはじめたのを知っているか?今日はその店に北の方から酒が届くという噂を聞いてな。飲みに行ってきたんだが……まあひどいもんだったよ。あいつらは日本酒のなんたるかを、まったくわかっちゃいない。あんなもんは酒じゃないよ。酒に対する冒とくだ。ひどいもんを飲んじまった」
幸民はだれに話しかけるでもなく淡々と話し続け、酒が届けば眉間に皺を寄せたまま、一気に煽り続けた。
「酒に罪はない。米も麹も酵母も、自分の仕事はちゃんとしている。悪いのは、そいつらの力を引き出せなかった人間だ」
(だいぶ変なおっさんだな……)
笑いを堪えながら直が見ていると、5本目を飲み終えた幸民は、急に電源が落ちたように静かになった。姿勢正しく畳に座ったまま、目を閉じている。耳をすましてみれば、骨と皮のような身体を小さく揺らしながら、すうすうと気持ちよさそうに寝息を立てている。
「喧嘩っぱやいどころか、かわいいおっさんじゃん」
直がにやにやしていると、厨房から洗い物を終えたつるが出てきた。
「あ、幸民先生いらっしゃい!」
つるの声が聞こえるやいなや、幸民は目をガッと開き、立ち上がり言った。
「おう、おまえら!まだ酒は飲めるか?!」
先ほどとは打って変わった雄々しい声だ。幸民の問いに対し、他の客たちは「うおおお」っと声をあげた。
「つるよ、ここにいる奴ら全員に燗酒を!好きなだけ飲ませてやってくれ。もちろんお代は俺持ちでかまわん」
「出た!幸民先生の覚醒状態!」
「あざっす!」
「いただきます!」
「幸民先生、いつもご馳走さまです」
幸民の掛け声を予期していたように、喜兵寿が多量の徳利を盆にのせて厨房から出てきた。
「おう、喜兵寿。お前も飲めよ」
「ありがとうございます。では遠慮なく」
喜兵寿はそういってにこりと笑うと、大きな湯飲みに日本酒を注ぎ、ぐいっと煽った。それが合図かのように客たちは立ち上がり、喜兵寿の運んできた徳利を手に取る。
「酒はいきわたったか?」
幸民は徳利片手に、男たちをギロリと見渡す。その姿はさっきまでとはまるで別人で、小柄ながらも圧倒的な威圧感があった。
「今夜は好きなだけ飲め。すべて俺のおごりだ!心して挑めよ!!!」
幸民が声高らかに叫ぶと、それに呼応するように、男たちが野太い声をあげた。まるで地鳴りのような音量だ。なおは耳をふさぎながら隣の男の肩を叩く。
「おい、なんだこれ?!あのおっちゃんさっきと別人じゃんか」
「お前はじめてか?幸民先生は、いつもこんな感じだぜ。今夜は全部あの人の奢りだから、たくさん飲んだ方がいいぞ」
そういって隣の男はなおにも徳利を手渡してくれる。
「まじかよ……すげえ太っ腹だな」
仕事柄、酔っぱらった人を目にする機会は多い。でもこんなに一瞬で人が変わる人を見るのは初めてだった。「酒を飲んで虎になる」とはよく言うが、幸民の酔いかたはまさに虎のようだ。気を抜くと木陰から飛び掛かられそうだ。
(たしかにこりゃあ喧嘩っぱやそうだ……関わらないでおこう)
そう決めた矢先、「おい、直!」と大きな声で呼ばれた。見ると先日一緒に飲んだ体躯のいい男が手招きしている。
「このあいだのやつやろうぜ。ほらなんだっけ、かんぺいじゃなくて、かんぺきじゃなくて……ほら、あの拳をぶつけるやつだよ」
「かんぺいってなんだよ!乾杯な!あとぶつけるのは拳じゃなくて、湯飲み」
そういって笑いながら杯を持ち上げる仕草をすると、幸民がじろりとこちらを睨んできた。
「見ない顔だな、お前名は何という?」
「……久我山 直です」
幸民は「銀の髪とは滑稽だな」というと、直の全身に目を走らせた。鋭く、品定めするような目。
(絶対俺のこと不審者だと思ってんじゃん)
直はその居心地の悪さに周囲に助けを求める視線を送ったが、店内の酔っぱらいたちは何を気にするでもなく、がぶがぶとお酒を飲んでいた。喜兵寿はといえば、「喧嘩すんなよ」と口パクで言いながら指先で小さくバツを作っている。
「それで?お前のいう『乾杯』とは一体なんなんだ?」
幸民がドシンと胡坐をかきながら言う。直は面倒くさいな、と思いつつかいつまんで乾杯の説明をした。「グラス同士をぶつける」と話すと、「なぜだ」と幸民は心底意味がわからん、といった表情で眉間に皺をよせる。
「毒が入ってないか確かめるため……だったはずっす」
そういうと、幸民は「なるほど」と考え込んだ。それにしても乾杯という行為は昔から日本にあったと思っていたが、そうでもないとは驚くばかりだ。なんとなくだが、戦国武将たちは盃で乾杯しているイメージがある。
「じゃあ、そういうことで……」
直がそっと幸民の視線から外れようとすると、「おい、なお!」と鋭い声で呼び戻された。
「かつて目にした文献に、渡米した幕府役人が杯と杯を合わせるしきたりを目にしたとのくだりがあった。ひょっとしてお主が言っているのはそのことなのではないか」
「いやあ、まあ……えっとどうでしょうねえ」
ここでタイムスリップして来た、と言っても話がややこしくなるばかりだ。なおが言葉を濁していると、幸民は勝手に「そうだ」と受け取ったのだろう。つかつかと歩みよってくると、なおの肩に力強く手をまわした。
「ただの傾奇者かと思ったが、おもしろい奴だな!この下の町でそのような知識を持つものはなかなかおらんぞ。まあわしには遥に劣るがな!おい、なお。お前をわしの弟子にしてやろう」
そういってガハハハと声高らかに笑う。
「はあ?いや、別にいいっす。間に合ってます」
直は必至で肩にかけられた手から抜けようとするも、どうして見た目によらずなかなかに力が強い。
「さあ、では『乾杯』とやらをしようじゃないか。弟子よ」
「いやだから、いいって……」
直がもがくも、幸民は徳利を持ち上げると大声で叫んだ。
「今日は宴だ!記念すべき日だ!飲むぞお前ら。それ、かんぱーい!」
幸民の呼びかけに、男たちは「おおおお」と叫び、徳利をぶつけ合う。酒を飲み、騒ぐことが大好きな連中だ。気づけばみな、幸民と同じく徳利のまま酒を飲んでいる。
どじょうすくいをするもの、帯をといて頭に巻くもの。
テーブルなどない店だ。皆、酒片手に自由に動きまわってはあちこちで笑いながら乾杯を繰り広げている。
「さあ、お前も飲め」
幸民に言われ、直も徳利で酒を飲んだ。温かい液体が身体を通り抜け、後を追うように芳醇な香りが鼻に抜ける。一口、また一口……うまい酒の威力はすごい。ごくごくと飲み下すうちに、細かいことなどどうでもよくなってきた。
「っぷっは!よおしやる気出てきた。まあ飲むか!」
直が言うと、やんややんやと喝采があがる。徳利がぶつかる音と笑い声が、夜更けまで柳やに響き続けた。
「あぁ、飲みすぎた……」
翌朝。差し込む朝日に耐えられず、直はずるずると布団から這い出した。喉が渇く。頭も少し重い。
「幸民のおっちゃん、やべえな……」
水を飲んで、もう一度寝よう。そう思って台所へ向かうと、つるが顔を出した。
「今頃起きたの? お兄ちゃんはもう朝市に買い出しに行ったよ」
「喜兵寿はほんと真面目だな……」
布団へ戻ろうとすると、つるが襟首をつかんだ。
「今日は午後から幸民先生のところ行くんでしょ!」
「あー……喜兵寿が帰ってきたらな」
「あと、大麦の水替えは?」
「……そうだ、麦芽!」
その一言で一気に目が覚め、直は草履をつっかけ、店の外へ飛び出した。
引き戸を開けた瞬間、むわっとした暑さに包まれる。軒下に置いたたらいの水面は、日差しを反射して静かに揺らめいていた。
「特に変わったところは……ないな」
一粒取り出し、太陽にかざしてみたり、優しく押してみたりする。水に漬けて一日程度だ。発芽する気配はもちろんないが、それでも気持ち麦が柔らかくなったような気がした。
「いまから水替えするからな。今日もたっぷり飲めよ」
そう言って、直はざるをたらいへ差し入れた。水をまとった大麦が、陽の光を受けてきらきらと輝く。
原料に話しかけるのは、直にとって儀式のようなものだ。おいしいものを作るための、必要手順。
たらいに残った麦を一粒も逃すまいと手を入れていると、
「何か手伝おうか」
店の中から、つるが顔を覗かせた。
「おう、頼む」
直はざるをつるに渡すと、井戸で新しい水をたっぷりと汲み、たらいへと移した。こんなにも暑いというのに、井戸水は驚くほど冷たい。そこへ麦を戻すと、ゆらゆらと気持ちよさそうに沈んでいく。
二人でたらいを覗き込んでいると、不意に頭上へ影が差した。ふと顔をあげると、がたいのいい男がこちらを見下ろしている。
「つる、知り合いか?」
直が隣を見ると、つるは青ざめた顔で男を見上げていた。見れば指先が小さく震えている。
「源蔵にいちゃん……なんで?」
つるの言葉に再び男を見る。きっちりと結われたちょんまげに、神経質そうな目。着物をきっちりと着込んでいるにも関わらず、汗ひとつかいていなかった。
「おい、つる。お前一体なにをやっている?」
低い声に、つるが縮こまるのがわかった。重苦しい空気に、直は咄嗟に口を開く。
「あーっと、これは酒造りの準備をしているところで……」
「酒造りだと?」
男の目が鋭く細まる。
「だから初めから喜兵寿と行かせることには反対だったんだ!帰るぞ」
そう言うと、つるの手を無理やり掴んだ。
「ちょっと源蔵にいちゃん!やめて。まだ約束の日まで時間はあるはずでしょう?」
つるは必死に手を振り払おうとしていた。しかしその表情には抵抗する力さえ失われたような諦めが浮かんでいる。
(……まずい)
直は男の前へ踏み出した。
「おい、嫌がってるだろ!やめろよ」
「俺はこいつの兄だ。お前はなんだ?知りもしないくせに、部外者が余計な口出しをするんじゃない!」
男がぎろりと直を一瞥すると、つるの腕を強く引いた。
「ちょっと、源蔵にいちゃん!」
つるが抵抗する間もなく、男はそのままずんずん歩き出す。
「この町はおかしな奴ばかりだ。さっさと伊丹で嫁にいけばいいものを、どうしてこんな町にこだわる必要がある?」
「……」
二人の姿は人波に呑まれ、あっという間に見えなくなった。
「うーん、どうすんだよこれ……そうだ!とりあえず喜兵寿だ。喜兵寿を探そう」
あいつなら事情を知っているはずだ。直は朝市へ向かって駆け出した。




