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奴隷墜ちの少年、転移を思い出す  作者: レモンティー


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第四話:見えない敵を殺すもの

商人が名乗る

「俺はカイン・ハーラン」

そして、顎をしゃくる。

そして、奥に立つ男を示した。

「こっちは兄貴のシルヴェスト・ハーランだ」

静かに立つ男は、短く視線だけを向ける。

それだけで“評価”が終わるような目だった。

「でだ」

一拍。

わざと間を置く。

「パートナーのお前は――まだ名前が無いよな」

沈黙。

空気が一段、重くなる。

奴隷たちの視線が一斉に少年へ向いた。

“格”の差を見せつける一言。

名前すら与えられていない存在。

商人カインは楽しそうに続ける。

「呼びにくいんだよなぁ、“お前”ってのは」

そして、再び少年を見る。

「どうする?」

「名前、あるのか?」

沈黙。

少年はゆっくりと息を吐く。

恐怖はない。

だが――選択は迫られている。

(ここで“与えられる名前”に乗るか、拒むか)

少しの間のあと、少年は静かに口を開いた。

「……ではライルと呼んでください」

一瞬。

空気が止まる。

商人カインの目がわずかに細くなる。

「ライル……?」

反芻するように一度だけ繰り返す。

だが、それ以上は否定しない。

むしろ楽しそうに笑った。

「いいじゃねぇか」

軽く肩をすくめる。

「それでいこう、ライル」

“名前が決まった”その瞬間。

それはただの呼称ではなく、

この場における“立場の登録”だった。

シルヴェストが静かに視線を向ける。

「ライル」

初めて、その名を口にする。

声音は変わらない。

だが――情報として、確かに受け取った音だった。

「覚えた」

それだけ。

少年は小さく頷く。

(通った)

名前は“与えられたもの”ではない。

今この場では、“通したもの”だ。

商人カインが手を叩く。

「じゃあ行くか、ライル」

「見せてもらおうぜ」

「お前の“見えない敵を殺すもの”ってやつをな」

少年は静かに歩き出す。

その背を見ながら、シルヴェストはわずかに目を細めた。


「……次は何だ」

商人カインが言う。

石鹸は売れた。

橋は噂になった。

だが――まだ足りない。

「命に関わるものです」

少年ライルは答える。

「ほう?」

「見えない敵を殺します」

一瞬、沈黙。

「……何を言ってる」

「傷は、なぜ膿むと思いますか?」

問い。

商人カインは眉をひそめる。

「汚れるからだろう」

「半分正解です」

少年は頷く。

「汚れの中に“原因”がある」

「原因?」

「小さすぎて見えないものです」

当然、理解されない。

だが構わない。

重要なのは――結果だ。

その時だった。

静かに立っていた男が、初めて口を開く。

「……目に見えない、か」

商人の兄――シルヴェスト・ハーラン。

視線は少年から外れない。

「面白い表現だ」

ただそれだけ。

評価でも同意でもない。

“記録”のような声だった。

少年ライルは一瞬だけ彼を見てから、続ける。

「証明します」

――呼ばれたのは、一人の男だった。

腕に深い切り傷。

赤く腫れ、膿み始めている。

「治療済みだ」

商人カインが言う。

「だが悪化してる」

典型的だ。

(感染してるな)

少年は静かに頷く。

「水と布、それと酒をください」

「酒?」

「強いものを」

数分後。

濁った酒が運ばれてくる。

「……それで何をする」

「見ていてください」

少年は布を酒に浸す。

そして――

「――っ!?」

男が叫ぶ。

傷口に当てた瞬間、激痛が走る。

「我慢してください」

淡々とした声。

「それで、死ななくなります」

「ふざけ――」

言葉が止まる。

少年は丁寧に傷を洗う。

汚れを落とす。

膿を拭き取る。

そして。

「終わりです」

「……それだけか?」

「はい」

商人カインが鼻で笑う。

「それはさすがに…」

「それで治るなら苦労しないだろ」

その時、シルヴェストが静かに言った。

「カイン 笑うのは結果を見てからにしろ」

短い一言。

だがそれだけで空気が少し締まる。

商人カインは肩をすくめた。

「はいはい」

「明日だな、明日」

少年ライルは言い切る。

「明日、見てください」

――翌日。

「……おい」

商人カインの声が、低くなる。

「どうなってる」

昨日の男。

腕の腫れが――引いている。

「……膿が止まってる」

「痛みも……減ってる」

本人が震えた声で言う。

ざわめき。

「嘘だろ……」

「昨日あれだったのに……」

少年は静かに言う。

「腐る前に、原因を殺しただけです」

「……」

「酒――正確にはアルコールは、“それ”を殺せます」

沈黙。

そして。

商人カインの呼吸が変わる。

「……全部に効くのか」

「かなりの割合で」

「……」

「石鹸で汚れを落とす」

一歩。

「アルコールで殺す」

さらに一歩。

「これで、死ぬ確率は大きく下がります」

完全な沈黙。

数秒。

そして――

「はは……」

商人カインが笑う。

小さく。

だが止まらない。

「ははははは……!!」

顔を覆う。

震えている。

「……お前」

ゆっくりと顔を上げる。

その目は――恐怖に近い。

「どれだけ稼がせる気だ」

答えは簡単だ。

「限界までです」

即答。

「軍に売れ」

商人カインが言う。

「戦場で死ぬ理由の半分は傷だ」

「はい」

「それが減る?」

「減ります」

「……」

「兵が生き残る。戦力が落ちない」

さらに。

「治療できる兵がいるだけで、士気も上がります」

「……貴族も欲しがるな」

「当然です」

病気。

怪我。

それは“恐怖”だ。

そして――

恐怖を消すものは、必ず売れる。

その時、シルヴェストが静かに言った。

「これは“商品”ではないな」

全員が一瞬だけ彼を見る。

「……市場そのものを変える」

それだけ言って、再び黙る。

商人カインがニヤリと笑う。

「さすが兄貴、言うことが違うねぇ」

だが、その笑いの奥にも――理解があった。

「……独占する」

シルヴェストが低く言う。

だが。

「できません」

少年ライルは即答する。

「何故だ」

「広げた方が儲かるからです」

あの時と同じ答え。

だが今回は――重みが違う。

「これは“常識”になります」

静かに言う。

「使わない方が損になる」

沈黙。

そして。

商人カインは、ゆっくり頷いた。

「……いい」

「流せ」

その一言で、決まる。

石鹸。

橋。

そして――アルコール。

三つの技術が、同時に市場へ流れる。

「噂が広がるぞ」

商人が笑う。

「“死ななくなる”ってな」

少年ライルは小さく呟く。

「……遅すぎるくらいです」

本来なら、当たり前のこと。

だがこの世界では――革命だ。

外ではすでに人が動いている。

石鹸を求めて。

橋を見に。

そして新たな噂を聞きつけて。

「怪我が治るらしいぞ」

「死なないらしい」

「なんだそれ……」

ざわめきが、膨らむ。

そして――

「呼び出しだ」

部屋に入ってきた男が言う。

「……貴族様がな」

沈黙。

ついに来た。

価値の証明だった。

「行きましょう」

その一歩で。

物語は、次の段階に進む。


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