第37話 それでは
「...多分、これが破局ですかね」
自分でも意図をせずに出た言葉に驚きを覚えつつ、ようやくご本命がご登場ということだ。
破局が発光させるプリズムは、ギラギラとしすぎて目について痛い。
そんな夜の新宿のように汚い光が貧乏神を覆うとは、珍しいものが見られたとでも思っていたほうがいいだろうか。
「臭いは...この距離だと感じ取れませんね。元からないのかもしれませんが」
「会話は...口が見当たらないので無理そうですね」
相手の特徴を口に出して確認しながら他に特徴がないか探す。
けれど、この距離からわかるのはそんな些細なことだった。
「お、何か面白くなったな」
「今まで何してたんです?」
「雷に打たれた二人のもとで踊ってた」
「せめて心配をしてあげては」
「そういうお前はしたのか?」
「微塵も」
どこかに行っていたマラがやってきた。
正直そこまで期待をしてはいないが、この状況をどうにかしてくれないだろうか。
「無理だな」
ストレートな返答に礼を言っておこう。
さて、こうなったら後は僕にはお手上げだ。どうにもすることは出来ない。
そもそもこの案件自体が学生向きではないのだけれど。
取り敢えず逃げるための連絡でもしておこう。どんなときでも報連相は重要だ。
そう思ってダメ元で静さんのスマホに電話をかけようとすると、案の定、圏外だった。
やはり、この災害まがいの不運の惨劇で、電波塔で故障でも起こっているのだろう。
確かにここまで来ると、不運なのかもしれない。
だからといって、今までが幸運だったと聞かれればノーと答える必要があるが。
「マラ、破局が現れたと先生たちに伝えてきてください」
「別にいいが、破局ってなんだ?」
そう言えば白抜井さん達の主には言ったが、僕自身の主には言っていなかった。
ずっと言っていた、もしくはすでに知っているという気でいた自分が馬鹿だった。
自分が知っていることを一定数の他人、主であるマラも知っているとするのはあまりにも早計過ぎた。
今度からは誰がこの事を知っているのか、知らないのかをメモでもしておこう。
「細かい事はいいので早く行ってください」
「いやだ。教えてくれるまで私は行かないぞ!」
「いま意固地になってどうするんですか」
本当にこの主というのは...。
はぁ。
いつまで自分は他人が思い通りに動くのだと思ってしまうのだろう。これはもう悪い癖のひとつなのかもしれない。
「わかりました。それじゃあ僕のことを一日だけ好きにしていいですよ」
「お!!それは本当か」
「僕が嘘ついた事、ありました?」
「さぁな。覚えとらん。少なくとも20回は超えてるんじゃないのか」
「恐らくそうでしょうね」
「今のじゃ信用に足る部分はなかったな」
「そうですね」
そう言ったマラは、いつも飛ぶ時とは違う速度で飛び立っていった。
「はぁ。週末が憂鬱になりましたね」
生憎、下に戻って戦線離脱をしようと思ったのだが下へと通じる足場がない。
さて、ここまで来て気になるのは今の状況で干渉をしてこなかったことだ。
下の方にも被害は出していないように見える。
少し気がかりなのは、先程まで土砂降りだった筈の雨雲が蛇のようにトグロを巻いて台風の目のようなものが出来上がっていることだろうか。
そんな事を考えていると、下の方から先程も聞いた大声が近づいてきた。
「おーい。大丈夫かー」
「あんた、ずっと上で何やってんのよ」
どうやら白抜井さんと村雨さんはまだまだ元気なようだ。
「どうもこんにちは」
「心配したよ」
「ほんとよ。さっきも返事をしないんだから」
「小石をそちらに投げましたけど」
「そんなので気づけるはずがないでしょう」
「え、そうなの?俺は気づけたけど」
「え、気づいてないのって私だけなの?」
そんなやり取りを見せつけられるが、この二人はここに何をしに来たのだろう。
お喋りをすることが目的なら帰ってもらいたいのだが。
「お二人はどうやってこの高さまで?」
「どうやってって、普通に身体強化の魔法を使ってジャンプして」
「俺は土を盛り上げて」
「なる、ほど?」
この二人は何を言っているのだろう。そもそもジャンプでこの高さまで届くのだろうか?それに地面を盛り上げるというのもなかなかに脳筋な発想だ。
「それで、あのギラギラ光ってるのがさっきの貧乏神?」
「敵...まぁそんなものです」
「相手は何もしてこなかったかい」
「楽しくお喋りをしてました」
「お喋り?」
「ちょっとした世間話です。最初に試そうとした平和的な解決には至りませんでしたよ」
「そうなんだね。俺としては頑張って、互いにあまり痛い思いをせずに解決したいんだけど」
「それはまた後日ということで」
「残念だ。それに今の状況を見るに、ようやく本気、...あれって何かに捉えられていないかい?」
「すごいですね。正解です」
すごい観察眼だ。単純思考の村雨さんとは違って、今の貧乏神のことをしっかりと見ている。
まぁ、彼だからなのかもしれないが。
ただここからの進展があるのかと聞かれればほとんどないだろう。
こちらは相手をどうすることもできない。それに対して貧乏神を覆っている破局も何もしてこない。
停滞しているこの盤面をどうにかするには、二人が何か一発芸でもやる必要がある。
「お二人はあの貧乏神を覆っている何かに刺激を与えることはできますか?」
「できないとは言わないかな」
「そう、あたしはできるわよ」
「そうですか。なら村雨さんだけお願いします」
「え、何であたしだけのよ!」
「白抜井さんはできる、ではなくできないわけではない。つまりはあまりしたくはないんだな、と勝手に僕がそう結論付けたので」
そんなふうに話をしていると、破局が動き出した。
液体のように溶け出したり、触手のようなものを作り出して周りを手探りに確認をしているようだ。
そうだ。この動きを写真、動画にして保存をしておこう。そうすれば後から見て何かわかることもありそうだ。
そう思って、スマホのレンズを向けて撮影を始める。
「じゃ、いくわよ」
録画ボタンを押したあと、村雨さんは破局に対して上段蹴りを放った。
目視からだと今の攻撃が通じたのかわからないが、一応刺激は与えられたはずだ。
「...あまり効いていないようだね」
「白抜井さんの目にもそう見えます?」
「素人の意見だけれどね」
「一人より二人の意見方がまだ安心できます。意見の偏ることがなくなるので」
「はは、戦っているときにもそんな事を言えるんだね」
「そうですね。ところで今って戦いをしていたんですか?」
「そうじゃないのかい?」
「いえ、僕はただ浮浪者と会話をしていただけなので」
え~、と言いながら困った顔をする白抜井さんは片手間で村雨さんが着地する場所を作る。
初めての戦闘だと言うのに高い連携力だ。
これは熟年の夫婦と言っても過言ではないだろう。いや、言えるかもしれないが。
そんな事を考えていると、何もないはずの後ろからパキという音が聞こえた。
「?」
どうやら近くの白抜井さんは気づいていないようで、一応、最低限の動きをできるように身構えてから後ろを振り向くと、そこにはこちらを刺さんとするツララが視認出来る限界まで敷き詰められて宙に浮いていた。
「白抜井さん、...村雨さんを連れて先生たちの元まで逃げてください」
「急にどうしたんだい?」
「後ろには振り向かないでください。逃げる時に心が折れる可能性があるので」
「さっきから何を言っているんだい」
どうにかこれを見せずに二人を、いやもしかしたら村雨さんはこの光景を見ているかもしれない。なんならその可能性のほうが高そうだ。
今彼女がいるところは自分たちとは対角線のばしょだ。反対側から見ているからこそ言葉を失って、いつも教室で出しているうるさい声を発していなのだろうか。
だとしたら好都合なのだが、取り敢えず今は二人をどう逃がすかだ。
このツララの群れが一斉に射出されたとしたら、間違いなく戦地のような状態になるだろう。ただし、武具は氷なので爪痕のない死地という名前がつきそうだ。
白抜井さんが怪しんで後ろを振り向く前にどうにかさっさとこの場を去ってほしのだが。
人はそうそう思う通りに動かないことは先程学んだのでどうするか。
自分に人2人分を担げる腕力があればよかったのだが、勿論そんなものは漫画かアニメの世界にしかない。
今の状況からしてすでにその世界に片足を突っ込んでいる事は言わないでおこう。
どうやら面倒くさい事を考えているみたいですね
理悟さん、丁度いいところに来てくれましたね
どうしたんです
どうにかしてスアさんとヘカテーさんに二人がこの場から逃げるように言ってください
言うならタダですけど、確実に動かすには何か対価が必要ですよ。他者にお願いをするならなおさら
残念ながら僕には対価となるものはなにもありませんよ
そうですか。でしたら私が言う事を一つ聞くというのはどうです?
他に差し出せるものもないので、それでいいですよ
話が早くて助かります
それじゃまかせましたよ
はい。任されました。ちなみに、私の言うことは――――
まったく、手の内がない時にはこんなことまでしなければいけないとは。
しかし、これで2人は確実に逃げられるだろう。
「さてと。白抜井さん」
「なんだい。俺も後ろを振り向いて良くなったのか?」
「違います。戦線離脱をする弱者に一つ言葉を掛けておこうかと思いまして」
「は?何を言ってるんだ。俺はここから逃げるつもりなんて」
「それじゃ、そんな曖昧な優しさと正義では誰も幸せになりませんよ」
白抜井さんの怪訝な顔とは裏腹に白抜井さんの身体は実態化をしたスアさんに宙に引きずられていった。
村雨さんのほうはヘカテーさんに引きずられて。
ようやく後ろを振り向けた白抜井さんは遠目でわかるほど目を大きくして、顔面蒼白になった。滑稽だ。
これで一ヶ月ぐらいは笑いのネタに困らなくなりそうだ。
大きな息を吸って、破局へと向き帰ると、半透明だったはずの破局は泥と赤が混ざったような光を神々しく発していた。




