第38話 自分は自分
グッと背を伸ばして体の緊張をほぐす。
ツララから目をそらして破局の方へと向き直ると、顔のないそれが笑った気がした。
心臓はいつもより早く鼓動をしているが、そんなのは無駄だ。鼓動を早くしたところで、今背後にある現状は何も変わらない。
そう思うと心臓の鼓動音が徐々に静かになっていく。
他の人のことはわからないが、自分の身体の生理現象は自分の意思でコントロールできるのはとても便利だと思う。
これが先天的なものなのか後天的なものなのかは知りえないけれど、今この現状においてはありがたい。
「破局には知能があるのかないのか、検証を始めましょうか」
できるだけ脱力をして弾幕を見ないという傍から見れば自殺行為をしているが、僕自身は死ぬ気も生きる気も毛頭ない。
死んだら死んだ、生きていたら生きていた。それだけだ。
絶対的敗北が何なのかは未だにわからないけれど、よく考えたらそんなものは終わってみるまでわからない。今を考えるよりも先に未来を考えることなんて大抵のことは無駄だ。
勿論、いつ背後の物たちが僕らを射るために射出されるのかはわからない。
だからここからは勘だ。
自分としては本当に頼りたくないが、こんな状況では贅沢も言っていられない。
「...」
「...」
ここまで下準備をして何をしているのか。
一個人では気づけない、僕自身が何か忘れていること。
そんな事を悠長に考えていると、急に景色がゆっくりとスローモーションのようになった。
ヤバい。
そう直感して体をひねると、そこには動くことのなかったツララの群れが一斉に前進していた。
過去に一度だけ、これと同じような現象があったが、どうも僕の生命活動を停止させるような事が起こると発動するらしい。
それはそれでありがたいが、どうせなら自分の意思でも可能にしたいものだ。
「それは傲慢というものじゃないのか少年」
「げ、面倒くさい時に来ないでくださいよ」
「僕に面倒な概念という名前を付けたのは君だろう」
「そうですけど。それで、この走馬灯まがいの能力で何をするんです?」
「いや~。君ともう一人の子がなかなか与えた物を開花させないからね。様子を見に来た」
「白抜井さんの方はすでにここにはいませんよ」
「知っているよ、そんなこと。上から見てたし」
「それじゃ何をしにきたんですか」
「ん?彼の方には挨拶と開花の手伝い。君に対しては発破かけ?」
「何でそこで疑問形になるんですか」
「まぁそれが僕だし。それと、その走馬灯まがいの力は任意で使えるよ」
「じゃあ、なんで今まで使えなかったんです?」
「君がその力を使おうとしなかったからだよ。ちなみに死にそうになると発動するのはちょっとしたおまけかな」
「そうなんですね」
「じゃ、話したい事は話せたから僕はもう一人の方に行ってくるよ」
そう言った面倒な概念はそれ以上声をかけてくることはなかった。
さてと、これからどうすればいいのか。
今の会話をしてもツララの動きは止まったままのように見える。
実際は動いているんだろうが、この場合は自分が高速に近い状態なのだろうか。
何にせよ、これなら無機物であるツララの大群とタップダンスを踊れそうだ。
一つ一つのツララを丁寧に避けながら破局への対処を考えていると、避けることに集中してあまり見れていなかった貧乏神が奇声をあげた。
「◯✕△□」
少なくとも人の言葉ではない声で何かを飛ばしている。
日本語、英語はそれなりにわかる。他の言語についてはあまりわからないが断定をしても問題ないだろう。
そして自分の中にある人の部分がこの音を言語として認識させないでいる。
感覚としては動物の声を聞いているのに近いだろうか。
マラやヘカテーさんあたりなら理解することが出来るのだと思うが、残念ながら彼女たちはここにいない。
自分の眷属を保護する、眷属の言うことをしっかりと聞く。賢明な判断をする神どもだ。
そんな事を考えていると上から下へ向けて大きなベクトルが出てきた。
「ベクトルが視覚化されるのは嬉しい限りですね」
どういう原理での不運なのかは知らないが、空から落石が無数に落ちてくる。
人、神、妖怪、悪魔、あと、いるかわからない異星人に対して向ける畏敬の念は昔から無いが世界に対する畏敬は残っている。
こんな事を用意している世界には本当に頭が上がらない。
つばも吐くし、滑稽だと思うこともあるが上記のものよりは価値はあるだろう。多分、きっと。
だからこそ現実に敬服をしながら落石を避けていく。
ない足場は止まっているのと等しいツララを使えば問題ない。元の場所が高所というだけに足をすべらせたら終わりだが、もうこの際そんなことを気にする余裕はある。
ならなぜこうしているのか、単純に死ぬというスリルを感じたいからだ。
このままであれば何も問題はない。避けきって後は大人にまかせて終わりだ。
ただ今のままでは破局に知性があるのかがわからないのが不確定要素になっている。
残念ながら破局のところまでツララの足場は伸びておらず、刺激を与える物も持っていない。
それに赤く泥のように発光している体表は変わっていない。
赤は主に怒りや闘争心、あと他にはタブーを犯した事を表す物なはずだ。少なくとも自分はそう考えている。
それが理外のモノに適用されるのかは定かではないが、どちらにせよ現状はそう捉えて行動をするようにしよう。
けれど、止まった世界、正確には微々と動いている世界でできることなどたかが知れている。
ツララの隙間に体を預けてこの能力を解いてしまおう。
「おわ」
能力を解くと世界が目まぐるしく動きを再開し始めた。
上空にあった落石は地面で粉々になり、先陣を切っているツララは静さんたちの元へと一直線だ。
自分が乗っているツララは僕の体重が加わったからか他のツララより進行が遅い。
これなら丁度いいところで途中下車ができる。
ツララの上から降りて破局の元へと行こうとすると、思ったよりも慣性力が強く、ほぼラ◯ダーキックを破局に食らわしてしまった。
衝撃を受けた破局は浮浪者を守るようにして自らが出した液体の中から...。
「これは、僕ですか?」
精巧に作られた半透明な自分が出てきた。
一瞬、スワンプマンのたぐいかと思ったが、第一に自分は雷に打たれて死んでいない。
自分が欠伸をすると、相手も同様に欠伸をした。
鏡ではない。後ろにはちゃんと浮浪者を捉えている破局の背景がある。
「声は」
「出せますよ。自分のことだからわかるでしょう」
「そうですかね。自分自身の事は案外わからないものですよ」
「知っています。ですがその上で自分自身のことは自分が一番知っていると自負しているでしょう」
「正解です」
意思疎通も可能。そして思考回路もほぼ同じなようだ。
それならとてもやりやすい。
「僕は破局の意思で会話を?」
「さぁ?どうなんでしょう。自分でもわかりません」
「会話をする機能だけを持って生まれてきたと」
「そちらは生きる機能だけを持って生まれてきたと」
「「まぁおおよそ、そんなところでしょうね」」
互いにではないかもしれないが、相手の事をわかりきった会話をして、自分を深めていく。
もしかしたら時間稼ぎ目的なのかもしれないが、最終的に自分が物事を眺められていればそれでいい。
「疑問なんですが、半透明の僕は僕の善なる部分だったりします?」
「なら、色にまみれている僕は悪の部分ですか?」
「そうとも言えますし、違うとも言えます。黒か白で言えば灰ですね」
「そうでしょう。僕は僕です。それ以上のものでもそれ以下のもの、ましてや並行のものでもない」
「怒ることも」
「悲しむことも」
「愛することも」
「嫌うことも」
「神も」
「迦微も」
「悪魔も」
「妖怪も」
「妖精も」
「人も」
「現実も」
「非現実も」
「「無知啓蒙で軽薄だと侮り、またそれを自分で軽蔑する」」
やはりどこまでいっても自分は自分なようだ。
馬鹿で卑怯で、それでいて何処までも聡明で誠実で、公平に思考し、動作する物体。
「ちなみにですけど、浮浪者さんを破局から取り出すことは可能ですか?」
「あの破局から覆われている自分つのことであれば、可能だと思いますよ」
「それはどうやって」
「三人寄れば文殊の知恵、能無しが集まればひどいことになりますけど、僕にはまだマシな知人がいるんじゃないですか」
「...文殊の知恵より今は僕の出来ることを聞きたかったんですが、つまりは自分一人では無理だと」
「流石僕ですね」
ならばどうしようか。
あの知人達は今ここに来ることが可能なのか、生きているのかも知らない。そもそも知る気がないと言ったらそれまでではあるが。
そんな事を考えていると、微かに嗅いだことのあるタバコの匂いがした。
「お、ちゃんと生きてるな」
その声と共に角を生やした人物がタバコを咥えながら宙にまっている。
「僕が何の算段もなしに残ると思いますか。静さん」
もちろん算段はなかったが、現状生存しているのだから多少適当に言っても大丈夫だろう。
「お前はよくわからんからな。たった一ヶ月程度で理解できるとは思ってない」
「それについてはお概ね同意します」
「まぁそもそもあまり他者を理解しようと思ったことはないがな」
「理解はしないが同情はすると」
「お、よくわかってるじゃないか」
「自分だったら逆ですけど」
恐らく己の身体能力だけでここまで登ってきた静さんには傷一つ着いていない。
貧乏神が気絶して不運が消えたのか、もしくは全部いなしてきたのだろう。
これで運動不足とは末恐ろしい。
けれど、破局への対処はこれで静さんに任せることができる。自分はもう一人の自己と対話を続けられそうだ。
「あ、言いそびれていたが後3人、1人は遅れそうだがここに来るぞ」
「それについてはどうでもいいのでそちらに一任します」
「おいおい。いつから私を指図する立場になったんだ」
「ん?最初からですけど」
首を傾げて当たり前のことのように間髪入れずにそう言うと、何故か静さんは笑いだしてしまった。
それよりもここに来る3人が気になるが、おおよそ白抜井さんと森高さんあたりだろうか?恐らくあれを見て動けなくなった村雨さんは来ないと思うが...もしくは見ず知らずの政府の人だったり教師だったりするのだろうか。
破局に対して若造に対処を任せる国のことだからその可能性はとても少なそうだが。
どちらにせよ、無駄な思考を頭蓋から払い落として一呼吸を置いて自分へと向き直った。




