第36話 不運の作り方
強い光が目に入るのを防ぐため、一瞬目を閉じて再び開ける。
落雷を受けたはずの貧乏神は、何も感じていないかのように、ただこちらを汚れた瞳でこちらを見てきていた。
「幸福な奴は全員死ね」
刺々しい言葉を言い放った瞬間、雲がゴロゴロと鳴りはじめる。
こういうタイプの人は何を言おうが聞く耳を持たない。ある意味、相手にするだけ無駄だ。ただ時間を浪費させて何も生まない行為を今からしなければいけないのだが、帰ってもいい気がする。
そして、貧乏神に対処をしながら破局にも意識を向けなければいけない。最初からとてもハードな気がするのだが、初めはこんなものだろうか?
...絶対に違う気がする。それに天納さんが言っていた絶対的敗北、それも警戒しなければならない。でもまぁ、取り敢えずは彼らがどんな行動をとるのか眺めていよう。
「そうら、相手はようやくやる気を出したぞ。ここからはお前たち5人が対処しろ!」
「静、喧嘩を売ったのはお前だろ」
「じゃあお前はどうするんだよ」
「ん~、ブロック塀でぶん殴るとかか?」
「私と変わらんだろ、それ」
腑抜けた会話をする森高さんと静さん。教師だからとはいえもう少し危機感を持ってほしいものだ。できればその会話を50mほど後方でしてもらいたい。
あと森高さんの言う通り、相手が怒ったのは貴方のせいですよ。
そんな事を考えていると、強い雨が降ってきた。
落雷の雨が。
「あづ」
「ぐぇ」
人の身である限り落雷というものはそうそう避けれるものではない。
それは主と契約を交わしている眷属だって同じだ。
多少の差異はあるかもしれないが。
何も知らない学生の意見だ。どんな事を言ったってある程度は流されるだろう。
...暇人の暇つぶしにならなければの話ではあるのだけれど。
「人の体というのは不便ですね」
今、目の前には雷に打たれて満身創痍の人が2人転がっている。
肉が焼け焦げて、焼き料理に失敗した時のような臭いがただよっている。
この見た目で体に負傷がないなんてことはないだろう。そうじゃなかったら彼女らはもはや人ではない。
「あー、一応聞いておきます。大丈夫ですか」
「...」
やはり返事はない。
眼球は動いているから、かろうじては生きているだろう。多分。
これで雲珠未さんと天納さんはリタイアだ。
これが天納さん自身が言っていた絶対的敗北なのだろうか?
...そんな事に気をかけるよりも、まずは負傷者の救助を優先したほうがいいのだろう。多分普通の人ならそう行動するはずだ。
そう思って後方を向くと、探した人はおらず、代わりにすぐ耳元で探した人の声が聞こえた。
「始まってそうそうこれか」
「貧乏神というのはいつもこんな感じに強いんですか?」
「いや、今回の貧乏神は異例だな。普通のやつは転がっているバナナの皮で転ぶ程度だ」
「微妙に分かりづらい例え、ありがとうございます」
お礼を言った後、森高さんは2人を担いで後方へと運んでいった。
これで足手まといになりそうな人はいなくなった。
......こんな事を考えている自分こそ、頭だけを使って動こうとしない足手まといかもしれないが。
それに足手まといではなく良い肉壁、身代わりだったと言ったほうがまだマシかもしれない。
ただ、落雷は完全に不規則で降ってくるので、ああなっていたのは自分かもしれないが。
「大丈夫か!」
「あたしは大丈夫よ」
無駄に大きな声を挙げながら会話をする白抜井さんと村雨さんに頭痛を覚えながらため息をつく。
確かに安否確認は必要かもしれないが、そんな大声を上げなくてもいいだろう。ただ体力を失うだけだ。当の本人たちの気力は上がるのかもしれないが。
浮浪者がその場から動いていないことを確認してから一応、二人の方向へと道端に転がっている石を軽く投げる。
これで二人も僕が元気だとわかるだろう。
そこまでの関係を築けているかと問われれば少し返答に困るが。
「チッ。地面とでも愛し合ってろ」
そう貧乏神が言った瞬間にまた、盤面が動き出した。
今度は...下からゴゴゴゴという音が聞こえてくる。ということは、恐らく地震か地盤沈下か。
個人的にはどちらでもいいが、敢えて選ぶとしたら地盤沈下だろうか。
そんな適当な事を思っていると、地面が揺れ始めて...。
これは予想外だった。
地面が沈んだり浮かんだり、天変地異という言葉の地異に当たりそうな気がするが、まぁ、人が見ればどうとでも取れる。
たまたま自分の足元が上昇することで全体像を見ることが出来ているが、白抜井さんと村雨さんは潰れていないだろうか。
いや、今はそんな事どうでもいい。身の危険を感じるときは自分の身だけを安ずるというのが人だ。
範囲はおおよそ半径500mと言ったところか。
病人を保護している静さんと森高さんは...どうやらすでに逃げた後のようだ。
もしかしたらあの牛のような神獣が警告をしたのかもしれない。
意識をこちらに戻し、さっきまでうるさかった声が聞こえなくなった。
逃げ惑うことにでも専念しているのだろう。
それじゃぁ、手が空いている僕自身は何をすればいいのか。
何故セカンドコンタクトが自分なのか不満しかないが、この天変地異の中心で堂々と天から見下ろしている存在にでも話しかけるとしよう。
高低の差ある足場を飛び越えながらこの現象を起こした本人のところまで行くと、その浮浪者はあぐらをかいて地面へと座り込んでいた。
「出ていけ」
「...良ければ、ご一緒しても?」
そう言うと困惑の顔を見せてくれる貧乏神だが、ご自身の言動を思い出してほしく思う。
白抜井さんの問いかけを優しくではあるが拒否したというのに。
それなのに敵意を見せてくるとは、まぁあれは静さんのせいであるのだけれど。細かいことは置いておこう。
そして、雨が自分のところだけ強くなっている気がするが...会話をするのにそんな些細な事はどうでもいい。
目的は会話をすることだけだ。それ以外は無視を決め込めばいい。
「この力、不思議なんですけど。貴方自身の力なんですか?」
「...そうだよ」
「貧乏神なのに?」
「貧乏神だからこそだ。不運、それがつきまとう」
刺々しい声と表情で返答をくれる。どうやら意思の疎通は可能なようだ。
「これの何処が不運なんです?」
「なら、この状況と今日お前の身の回りに起こったことにどう説明付けるんだよ」
「確率て」
「まさか確率的にとか言うんじゃねえだろうな」
「だめなんです?」
「そんなつんまねぇ事を言うなら家に帰ってゲームでもやってろ」
「疑問なんですけど、そんな身なりでゲーム、したことあるんです?とてもそうは見えませんが」
「......ねぇ」
「ゲームがどんなものかは?」
「知らない」
すごい。なぜそこまで無知の状態で物事を語れるのだろう。もはや才能だ。
僕にこれを真似しろと言っても5秒でリタイアできる自信がある。
まぁ、だからこその貧乏神なのかもしれない。
「それで、貴方の質問に答えると不運ではなかったなと」
「嘘だな。お前も本当はこれが不幸なことだと、不運だと思っているはずだ」
「そうですね。もしかしたら心の中の2%はそう思っているのかもしれません」
「そうだろうが。なら」
「ただ、結局はどう思うかは自分自身で決めることなので。少しなら思っているかもしれませんが、それは残りの98%でかき消せます。人類社会と同じように」
「...安直だな。それに飛躍がしすぎている」
「そうですね。今言ったことは大胆だと自分で思いました。ですけど、20歳にも到達していない若造の意見なので聞き逃してもらっても構いません。起こった事は起こったとだけ認識をすればいい」
「随分と達観しているんだな、その歳で」
「僕は...まぁ中二病みたいなものですけど、自分を消さずに中立の観測者になりたいので」
...中々に臭いことを言ったが、概ね本心なのでまぁいいだろう。
それにしても気になるのは、土砂降りだった雨が自分のところだけ雨が止んだことだ。
ふと気になって一度空を見上げると、雲がクジラの尾のような形をしている。
この形、どこかで見たことがあるような気がするが...今は取り敢えず置いておこう。
話をしながら気づいたことではあるが、この浮浪者、会話は出来るようだ。
外界の人々を拒絶をするだけで、いたって普通の人間と何も変わらない。
よくある生ぬるい環境に依存をして、自分の殻に閉じこもっているだけなのかもしれない。
「それでなんですけど」
「なんだ」
「この、貴方が不運だと思っているものって、元に戻すこと、可能ですか?」
「私が作りあげたものを私自身の手で破壊しろってか」
「ひどく言わなくてもそうですね」
「それは...まったく不幸な話だ」
そう言った浮浪者は口角を上げて立ち上がる。
どうやらやる気になったようだ。首をコキコキと鳴らして、まるでこれからひと仕事の準備をするサラリーマンのようだ。
とは言ったものの、職場経験がないから本当にあっているかは知らないが。
そして、ここから後はもう自分の出る幕じゃない。
ここから先は自分より村雨さんや白抜井さんの方が得意だろう。
貧乏神に背を向けて、どう降りようかと悩んでいると、再び地面が動き出した。
これで地面まで戻れるようになるはずだ。
勿論、間違ってもこの高さから飛び降りるなんてことはしない。そんな事をしたらただの自殺志願者だ。
正直、自殺や死後の世界というものにも興味はあるが、今はそれよりも現実のほうが気になる。
この差は、本マグロの刺身と高級ステーキ、どちらがいいのか迫られているみたいなものだ。




