第34話 不運の定義
時間というのは意外と早く過ぎてしまうものらしい。
確か歳を取るにつれての体感時間を表すグラフがあった気がするが、今はそんな事どうでもいいだろう。
僕達は今、コンビニに向かっている。
どうも静さん曰くここに、というかここから妖怪が出てくるらしい。
「紙雅さんは寝れましたか?」
「まぁ、それなりには」
「こいつはいつも通り熟睡してたぞ」
雲珠未さんが緊張を和らげるためかそんな当たり障りのない会話をしてくる。
その返答についてマラが訂正をしたが、自分としては本当にそれなりなのだ。ちょうどよく緊張をして適度にリラックスをしていた...はずだ。
自分での認識がそうなのだからそれ以外の視点で見ることは努力をしても難しい。
群生相のバッタたちのように集団で移動をしているといつの間にか靴紐がほどけてパチパチというを立て始めた。
しかし、それは僕だけではなくこの場にいる全員の靴紐がほどけたのだ。
珍しいなと思いつつ特に気にせず靴紐を結んで進み出そうとすると、まだ靴紐を結んでいる村雨さんに呼び止められた。
「ちょっと、少しくらいは待ってくれてもいいじゃない」
「幼稚園の遠足じゃないんですから、静さんからは班行動をとれなんて言われてませんし」
「そう、なら靴紐が切れた私はどうすればいいのかしら」
なかなか立ち上がらないからうまく結べないのかと思っていたが、どうやら靴紐が切れてしまったらしい。
「素足で歩いては」
「あら、冷たいのね」
「僕に何を期待しても多分答えることはないと思います。僕は自分がしたいようにするだけなので」
「独り身主義ね」
「漫画の王子様の様な接待をされたいなら僕じゃなくて白抜井さんの方が良いですよ」
「そうじゃなくて、可笑しいとは思わないの?この状況」
「確率で考えればゼロじゃないので、起こりうる可能性がある限りは別に普通じゃないですか?それに、迦微や妖怪という時点で可笑しいですよ」
自分で言っていて多分あまり理解をされないだろうなという事は理解できた。
伝えたいことだけを伝えて再び歩みを始めると、ポツリと冷たい何かが鼻先に当たった。
それは段々と増えて髪、服を濡らしていく。
「雨ですか。3月の終わりなので降るとは思いますけど、まだ雪のほうが良かったですね」
それは服や靴と打つかった瞬間に弾けて一体化をして重りへと変わっていく。
雨の事は嫌いではないが...嫌いでも好きでもない。特に何も感じない。
十数歩を歩いてから後ろを見ると、天納さんだけが前へと進んでいる。他の三人は、どうやら白抜井さんは靴を貸したようだ。
靴下を履いてペトリコールの臭いがするアスファルトの上に立っている。
「こないなら置いていきますよ」
声を大きくしてそう言うと直ぐに。
「今に行くから先に行っててくれ」
という大きな声が返ってきた。
自分とは違う、―――白抜井さんは何処までも人間の様に映る。
あくまでそれは自分にとっての彼の像でしかないが、一見憎しみや悪意が無いように見える。
けれどそれは何処か壊れているからじゃないだろうか。
実際の彼は自分とは比べ物にならないほどの徳を備えた人物《《と、多勢には見えているのだろう。》》
「少なくとも貴方のように気難しい考え方はしていないと思いますよ」
「でしょうね。だからといって彼を見習う要素は何処にもありませんが」
「...」
気づけば天納さんが隣に立っていた。
歩みは止めていなかったが、どうやら途中で速度を上げたらしい。
「目的地に付くまでその一人芝居に突き合わせていただいても?」
「勝手にしてください。断っても貴方は口出しをしてきそうですし」
雨によって重みを増していく服はいつしか皮膚までにも到達していたらしい。
自分の体が雨のしずくによって洗い流されていく。
幾度の循環を繰り返した水が初の妖怪退治に降り注ぐとは、なんて...普遍的なんだろうか。
「普遍的ですか。私にとっては最悪ですね」
「形式的に聞いておきます。何故です?」
すぐには声に出さない。
メガネには水滴がついて、薄緑の髪がぐっしょりと濡れていて先端から一滴一滴、地面へと落ちていく。
歩く足を止めずに返答を待っていると、大人しくしていた筈のマラが水を振り這う犬のように体を震わせた。
「おい、紙雅。雨がいやだ。なんとかしろ」
「子供成長すると泣くのをやめる理由をしってますか。自分ではどうにも出来ないから諦めるんです」
「諦めがなんだ。せめて私の雨よけになれ」
「雨に当たりたくないのであれば実態化を解けばよいのでは」
マラとの会話をしつつ、横目で天納さんの方に視線を向けると、何故か彼女は唇を噛んで言いづらそうにしていた。
弱々しく噛んでいるため、正直何をしているのか、何をしたいのかがわからない。
心の弱さなんてものがこの状況の彼女に当てはまるじゃないだろうか。
そうして少しすると、ようやく天納さんは口を開いた。
「これからの戦いで戦意を喪失するからです...」
「...はぁ、何か言い足りないことでも」
途切れ悪く切れた言葉にはあまり重みを感じられない。
ただ、天納さんは少し身体を震えさせて何処か遠くを見つめている。
彼女はさもこれから起こりうるかのように戦意の喪失を言葉にしたが、ハッキリいってこれで全知であることは信じられない。
いや、信じようとしていない。だけかもしれないが。
どちらにしろその未来が来るまでは結果はわからない。ホラ吹きが誕生をするのか愚者が誕生するのか。
これについて誰かと掛けをしてみたものだ。
ただ、自分としてはギャンブルをする気はさらさらないが。
確か、かの有名なナポレオンや第二次世界大戦の某枢軸国は雨による土壌のぬかるみが敗戦の一つのきっかけとなったはずだ。
戦い前の雨は不吉の予兆、大方名前も残ることのない人々が勝手に言いだしたことだと思うが...天納さんの物言いには何か他の意味が込めらている気がする。
気がするだけなのだ。生憎それを解き明かそうとするほど興味があるわけではない。
成り行きだとしても御免葬りたい。
それに、逆に考えれば敗戦の原因である雨はまた勝利の雨でもある。
結局はどちらが強く印象に残るのかだけなのだ。
本来は関係のないものを、偶然的なものを排除して考えるから人は間違える。
「...絶対的な敗北を、彼女に圧倒をされて終わりです」
「そうですか。一応、僕はそうならないと思いますよ」
そう言うと天納さんは立ち止まり、目の前に落ちた雨が爆ぜた。
ガラスによって多少の屈折をした光のような目線は僕を貫いてゆく。
僕ではなく何処か遠い、あるはずのない場所へと。
この戦いの行く末は到底、所詮人間の自分にはわからない。きっとどんな妖怪、迦微だろうと知り得ないと僕は思う。結末は実際その時が来るまでわからない。箱の中の猫が死んでいるか生きているのか分からないように。
知覚をするまでは無限通りの事実が構成される。
ただそれは確認をすれば全て一つの結果へと収束をするものだ。
だから僕は足を止めずに天納を置き去りにする形で足を動かす。
「...視線すら向けてくれないんですね」
「そういうのを望むのなら僕ではなく他の誰かに」
そうして歩みを進めていると、道路の真ん中に、見覚えのある車と人物が立っていた。
「何故こんなところで立ち尽くしているんです」
「おう、紙雅。他の奴らはどうした」
「置いてきました。どうも靴紐がほどけたらしいので」
「静、お前は一体どんな教え方をしたらこんなガキを作れるんだ」
「ほしいなら森高にやると私は言ったが」
いがみ合いを始めた二人をよそに車の方に歩み寄って見てみると、車のタイヤが潰れて少し車体が傾いている。どうやらパンクをしてしまったらしい。
「良かったですね。ちょうど歩く機会が出来て」
「何が良かっただ。私に言ってみろ」
「だってご自身で言っていたじゃないですか。最近運動不足だと」
「あたしにとっては不運だよ」
「森高さんはそうかも知れませんね。ただ、たまには歩かないといつか車椅子生活になるかもしれませんよ」
そう冗談の様に言うと、森高さんと静さん両方の目つきが鋭くなった。
「君の今の発言はあまりにも配慮にかけていると思うぞ」
「後で私が注意をしてもいいんだが、こればかりは感化できんな」
二人の変化ぶりに手で口を覆って笑いを堪えていると、どうやらマラも可笑しかったらしく笑い始めた。
それを二人は奇妙なものでも見たかのような顔をするが、一体何が奇妙なのだろう?
「フフ、ん?どうした。何であの二人は呆けた顔をしてるんだ?」
「僕に聞かれても、僕だって分からないんですから」
「ならあの二人にアホ面をしている理由を聞けばいいだろ」
「そう思ったなら自分でやってください」
「生意気な眷属だな」
「はい。面倒な主を持ってしまったものですよ」
肩すくめながらも歩みを止めず、そのまま二人の横を通り過ぎようとすると、目の前に肉壁が立ちはだかった。
本来であればゆうゆうと通行できるはずなのだが、今はパンクをした車が止まっていて道が狭ばっている。
だからこそ狭い隙間を通ろうとしたのだが、どうもそれを許してくれないらしい。このまま押し通るとすれば草むらをゆかなければならない。
なのでそうしようとすると、今度は肉壁ではなく広げられた腕が立ちはだかった。
「なぜ通行のじゃまを?」
「ここからは集団行動だ」
「だから待て、と」
「そうだ」
低く顎を引いて肯定をする静さんにため息をついて手の奥を見ると、すでに目的地であるコンビニの看板が見えた。
「ちなみにですけど、今回の目標って何なんですか」
「ん、言ってなかったか?貧乏神だ」
「そうなんですか。それで破局との関連はあるんですよね」
「...まぁな」
貧乏神と破局、どんな事になっているかはこの目で見るまで知る由もないが、貧乏神なら対処法はあるんじゃないだろうか。
けれど、貧乏神と言えば不幸な出来事というが、不幸なことなんて本当に起きるんだろうか?
あぁ、これから四人を待つまでにこの二人とサシで会話をしなければいけないというのは面倒かもしれない。




