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迦微と神と捻くれ者  作者: 天道 霞
新しい生活
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第31話 人間だった

 小さい時に腹パンをされた時のような痛み。いつしか慣れた痛み。

 この瞬間を待っていた。


「ほう」


 静さんが短く言葉を吐く。

 今、僕は自分の腹を穿った拳を掴んでいた。釣った魚を逃すまいと。


「何かしてくるとは思っていたが、拘束か」

「どうですかね。こんなの簡単に弾きはがせるでしょう」


 静さんは僕が掴んでいる手を振り払おうとしない。

 何をするつもりなのだろう。

 そんな事を考えながらも僕はまだ立っている二人へと目配せをする。

 どうか意味が通じてくればいいのだが。

 タッ、と地面を蹴る音がした。

 良かった。意思は伝わったようだ。

 眼前にいる静さんは体を動かさず横目で二人との距離を確認している。

 腹部はまだズキズキと痛むが、僕も何もしないわけじゃない。

 静さんが二人へと目をそらした隙に片手を軽く握り意趣返しのようにやり返す。


「いい武器が手に入った」


 その声が聞こえた時、急な勢いを感じ自分は上から地面を眺めていた。

 何が起こった。いや、何が起こっているのだろう。

 急激な慣性力によって、握った拳は解かれ完全な脱力状態になってしまうし。

 そうして、静さんの腕を掴んでいたはずの手は逆に掴まれている。

 静さんは今、僕を腕一本で剣の様に物として、武器として扱っている。

 精神的苦痛で訴えたら勝てるんじゃないだろうか。なんて考える日まもなく。


「油断は禁物だぞ」

「まぁそれはそれとして...」

「これはリアル人間ソードだな」


 そんな事を言いながら振り上げた僕をそのまま向かってきている白抜井さんへと振り抜いた。


「あっ」

「がっ」


 どちらの声かなんて判別できない。

 そんな声とは言えないようなただ気管から吐き出された息と共に、横腹という局所に痛覚が発生する。

 これの...は少しばかり無視できない。物理的、けれど鈍器となった言葉で外側から一方的に思いっきり殴られたような痛みだ。

 意識が飛ぶほどではないが、この教師生徒を殺す気なんじゃないだろうか。 


「気絶しないとは、頑丈な武器だな」


 褒めれらていないのは確かだが、あまり嬉しくはない。どうにかして抜け出さないと間違いなく肋が持っていかれる。

 どうにか抜け出そうと足を使って子どものように地団駄を踏む。

 けれど、その全ても静さんは簡単にいなしてしまう。

 圧倒的強者、そんな言葉が今の彼女にはとても似合う。実際にここで何もしなければなされるがままだ。

 けれど、策がないわけではない。

 ただ、策を実行するには一旦離れなければ同仕様も出来ない。

 ある意味こうやって僕のことを武器として扱っているのは僕のことを野放しにすると危険だと思っているからかもしれない。


「さぁ、どうする。天納」


 その言葉を聞いたはずの天納さんは何も言わずにうつむいて、こちらに歩いて...徐々に歩く速度を速めて。

 速めて、速めて、ついには駆け足になって。

 さて、何をするつもりなんだろうか。

 動くもに人の視線は集まる。それは速ければ速いほど。そして、他のものには意識を向けられなくなる。それ同時にそれが近づいてくるものだったら捉えられる視界面積が徐々になくなっていく。

 それが生物であるうえでの性だ。

 そうして衝突する寸前。声が聞こえた。間違いなく僕宛の声が。


「避けて」

「この状況じゃできませんよ」


 何をしようとしているのか、説明はされていないけれど推察は出来た。

 だから目を瞑って口を閉じる。

 直後、大量の砂が、土が襲いかかってきた。服という隙間という隙間に入り込んでいくが、この際はいいだろう。元々午前中に投げられていたから誤差といえば誤差かもしれない。

 一瞬怯んだのか静さんの腕の力が少し弱まった。

 その感覚が脳へと伝わった瞬間に自分のことを掴んでいる腕の関節へと蹴りを入れる。

 関節を脱出と同時に関節を壊すことができれば上出来だが。

 そんな事を確認するよりも先に解かれた腕を自分の元へと引き戻す。

 握られていたところには赤い痕が残っている。ただ、どうやらまだ腕は意思の言うとおりに動いてくれるらしい。

 

「取り敢えず、助かりました」

「貸一つです」

「なら返すことは永遠にないですね」

「そのうち、取り立てに行きます」


 軽口を叩き合っていると他の三人もいつの間にか立ち上がっていた。

 静さんの方も目に入ったゴミを取り終わったのか首をコキコキと鳴らしながら拍手をしてくる。


「最初から手で砂を握っていたのか。それは予測できなかった」

「その割に随分余裕そうですね」

「そう警戒をするな天納。別に今は何もしないさ」

「では次の瞬間には何かをすると」

「紙雅、お前は私のことをどう見ているんだ」


 無駄口を叩き合いながら今一度距離を測る。

 一つわかった事は5mほどの間隔であれば用意に近づけるらしい。 

 隙があれば近づくことが出来るが、一人だったら用意に投げられるだろう。

 だからこそ多数で。

 なんてことができればよかったのだけれど、生憎そこまでの意思疎通能力は持っていない。始まる前に何か合図でも決めておくべきだった。

 

「よし、じゃ再会だ」


 その言葉を皮切りに静さんは勢い良く地面を踏みつける。

 そこには小さなクレーターができていた。


 静さんは正面にいる自分たちに向かってきている。

 そして後半歩、投げる寸前というところでそれは鳴った。


「プルルルルル」


 場違いで聞こえるはずのない異質な音が鼓膜を揺らす。

 それは静さんも同様なようで意識外の音に反応を見せた。

 隙、博田静という人間に一瞬の思考の隙間ができた。


「よそ見は厳禁じゃないですか」


 口ではいつものように皮肉を言いながら、天納さんと一緒に静さんの腕と肩を片方ずつ掴んだ。


「肩を押さえれば大抵の動きは抑えられます」

「それは天納さん自身の経験則ですか」

「そうですよ」


 はたしてどんな人生を歩んで来たのだろうか。少なくとも自分の知る限りでは肩を押さえつけられるなんてことは...する側ではあった。

 勿論その時は孤に対して勢であったが。

 けれどこの状況じゃいい練習になってくれたと思う。

 スマホを鳴らすのは完全にまかせてあったけれどどうにかうまく行った、と思いたい。

 けれど現実というのは非常なようで。


「さてと、尋問の時間だな」


 先程と似たような浮遊感を感じた瞬間、背中から壁に打つかったという衝撃が伝わってきた。

 否、それは壁ではなく今まで足をつけていた地面だった。


「ハハ、本当にどうなってるんですか」

「本当に人なんですか?」


 ここまで来るともはや笑えてくる。炎天下の砂漠のように乾ききった笑い声が。

 隣からは存在の定義への疑問が始まってしまった。


「そうだな、今の私はまだ人間だ」

「よし、お前たちの質問には答えた。次は私の番だ」


 そう言って向けてくる笑みには冷ややかなものが混ざっていた。


「さっきのコールは何だ」


 どすの利いた声でそう問われる。いつも飄々としているからか普通の人が怒るより数倍は怖い気がする。

 まぁ、他人の数倍の怖さだから何だという話だ。


「ただのスマホの着信音ですけど」

「今日の朝に所持したままでは危険だと回収をしたはずだが」

「そうですね。だけど今この場で着信音が鳴った。不思議ですね、何故なんでしょう」

「三文芝居はやめろ。すぐにバレるぞ」

「おおー怖い。そのすぐって一体どれくらいの時間なんですか」


 抑揚のない声で見え透いた嘘のようにつらつらと言葉を並べてより怒りへと感情が向くようにと接する。こんな事をされたら大人だって怒りで本当の目的を忘れそうだ。少なくとも今まで合ってきた大人はそうだった。

 そこで核心を付くような問をすると他人に売られた綺麗事を並べて露骨に話をそらす。


「そうだな。そのすぐってのは今だ」


 そういった静さんは僕のズボンポケットを注視する。彼女は腕を僕達が拘束しているから動かせない。

 代わりに自分腕をポケットに入れると、あら不思議何もない。


「見ての通りからですけど。もしかして僕がそんな貴重品を持っているとでも思ってたんですか」

「生徒を疑う前にまず自分を疑ってみては」

「自分?」


 そう言って自身のポケットの方へと目線を向ける。

 そこに手を入れて探って見ると、あら不思議、音が出そうな黒いツルツルとした板が出てきた。


「ほら、生徒ではなく静さんが持っていたんじゃないですか」


 憎たらしく、目上の相手を馬鹿にするように、けれど憐れむように。

 人類の定義する汚さを全て見せながら半分舌を出して挑発する。

 こんなことをすれば大抵の人間は殴りかかってくるはずだ。

 短い半生でそれを嫌というほど知覚してきた。

 だからこそ彼女も同じだろう。

 隣からはうわぁと声に出そうなほどの視線が浴びせられている気がするが、浴びせれられたところで何も変わらないし気しなくていいだろう。


「何か言ったらどうです?それとも、図星でしたか?」


 嬉々とした声で下に向けた顔を覗いていると、そこには長期休暇の課題をやっと終わらせた様な安心と喜びが混ざったような満面の笑みがあった。

 どうやら選択肢を誤ってしまったようだ。恐らく彼女自身、歳のせいかもしれないが、僕や天納さんと同じこちら側だ。

 いや、もしかしたら単純なマゾヒストなのかもしれない。


「ありがとうな」


 肌と肌が触れ合っている状態だと言うのに何故か大きな声で返事が返ってきた。おかげで少し耳が痛い。


「最近のやつはどうも従順で素直な奴らばかりだったから退屈をしていたんだ」

「良かったですね。これで長い人生の小さな暇つぶしになって」

「ああ、全く持ってそのとおりだ」


 そう言った途端に静さん頭に角が生えた。...生えた!?


「ふん」


 唐突なことに戸惑っていると、気づけば隣いたはずの天納さんが消えて、何故か視界にはスカイブルーと白のものしか見えなくなっていた。


「生意気な生徒を空の旅へご招待だ」

「...は?」


 先程まで地面にいた。これは変えようのない事実なはずだ。なのに今自分は空を跳んでいる。誰と、静さんと。


「ざっと20mぐらいか?最近運動不足だったからな~」


 勿論自分たちには虫や鳥のような羽はついていない。

 だと言うのに実際は上空にいる。

 今自分の身に起こっていることを否定したいのは山々なのに、事実は受け入れざるを得ない。

 確かに先程まではま(・)だ(・)人間だったらしい。

 こんな事が出来るのは日曜朝のヒーローくらいじゃないだろうか。


「ここからは自由落下ですね」

「ああ、物理の授業の時間だ」


 重力にしたっがて落下する体は空気抵抗を受けているが、落下速度はなお、加速し続けている。

 朝直していない寝癖が風でゆらゆらと揺れているのを感じる。

 これを毎朝やったら絶対に起きるし寝癖も直せる。意外と便利かもしれない。

 毎朝でなくとも週に一、二回程度ならいいかもしれない。

 ただ、落下する悪夢にうなされそうではあるが。


「ほら、もうすぐで終点だ」


 その声が聞こえた次には自分の体が地面へと手向けられていた。

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