第29話 破局の進展
教室に戻って、現代文の授業の準備をしようとすると、マラが飛び込む形で抱きついてきた。
「うわ、いきなりなんです」
「他の女の臭いがする」
まだ教室に入ってから5秒もしていないのだが、これでは準備が出来ない。
「当たり前でしょう。静さんに呼び出されたんですから」
「よし、これで言ってみたかったランキング4位を言えたぞ」
「何ですかそのランキング」
なんとかマラを引き剥がそうとしながら自分の席へと向かう。
なお、談笑し合っていた3人はこの状況になっても助けてはくれない。
そもそも助けてくれというサインを出していないからではあるが。
「嫌がっていますよ」
3人の談笑にはまらずただ1人で本を読んでいた天納さんは読みかけの本に栞を挟んでそう言ってくる。
とても助かるのだが、昨日の事と先程の理悟さんとの対話を後にすると彼女の言動に、少し違和感を感じてしまう。
「ん、そうなのか?」
「心を読めばわかるでしょう」
「心を読まなくたって私は理解しているつもりだぞ」
「なら今考えてることを当ててみてください」
「動きづらい、邪魔」
「正解です。どいてください」
そう言って拘束から逃れようとすると、マラは抱きしめている腕の力を強めてきた。
「嫌だとは思ってないんだろう」
「ここまで来たら半ば諦めみたいなものですけどね」
「ほら見ろ、天納、お前の言ったことは間違いだったぞ」
「どうやらそのようですね」
「なに競い合ってるんですか」
マラが拘束を解いて天納さんのもとに行き煽り始める。小学5年生みたいだ。
それに対して天納さんは、はぁ、とため息をついて鞄から教科書類を取り出した。
「何だ?本当に全知なのか」
「すいませんが、この迦微、引き取ってもらえますか」
「マラ、程々にしておいてください」
「なら、どんな話をしてきたのか聞かせろ」
「どうせまた何かしたんでしょう」
談笑をしていた村雨さんがそう言ってくる。
こちらの話を聞いていたことに驚きつつ、取り敢えず次の時間の準備を始める。
何も言わない僕に対してマラは手をつかて両頬を引っ張ってくる。
天納さんも気になるのか、ジト目の視線を感じる。
「別に大した話じゃないですよ」
そうして、職員室で話したことを嘘を交えながら話した。
嘘の比率が高いことは言うまでもないが、静さんいわく僕が一番の問題児らしいので、その経過観察見たいなものだと言って誤魔化しておいたいた。
時間は流れて、朝、輝き世界を照らしていた太陽は西側の山の頂上に隠れかかっている。
そのせいか、教室の中も緋色と茜色、朱色で包まれている。とこどころに夜を知らせる黒闇が生えてきた。
あえて教室の電気は消している。たまにはこういう情景を見るのも悪くない。
と、思いながら僕はシャーペンを握っていた。
理由は国語の授業で出た課題が終わらないから。提出期限は明日の朝まで。
家でやればいいと言われのかもしれないが、家ではゆっくりしたいのだ。
問い
『幸福とは何か、またどの様な時に感じることが出来、群衆に最大となるのか900文字以内で書きなさい』
この分類、どちらかと言えば倫理の分野だと思うのだが。
静さん曰く、これからは勉学以外も行っていくため授業をハイブリッドにした。とのこと。
他のクラスよりも1か月も早く授業を行っているというのに、そんなに時間というものが足りないのだろうか。
ちなみに、他のクラスメイトは一足先に家に帰ってまったりしているか、この課題に取り組んでいるかのどちらかだろう。
マラも最初の方は最後まで待つと言っていたが、途中から呆れて雲数珠さんと一緒に帰ってしまった。
「はぁ」
天井を仰ぎながらため息をつく。
思ったことをそのまま書いたら30文字ほどしか埋まらなかった。
一度その文面で提出をしたところ満面の笑みでやり直しを言い渡されてしまった。
この時間帯、俗に言うならば逢魔が刻とでも言うのだろうか。
そんな事を考えながらいると時間だけが過ぎていってしまう。
もういっそAIにでも代筆でもさせようか。そんな馬鹿らしい考えが脳によぎる。
それほどまでに脳内、思考力が低下してしまっている。
人が考えるということを捨てたらどうなるのか、...果たして幸福と言えるのか。
「あ、いい考えが浮かんだ」
やはり考えるは楽しい。いや、面倒だがそれしか取り柄がないからそう思い込んでいるのかもしれない。
そうして筆を走らせていると不意に教室のドアが引かれて、牛のような何かが入ってきた。
顔は人だが角があり、体は牛、立派なたてがみも着いている。極めつけに牛の体の側面に目が3つと顔と同じように角もついてる。
「もうすぐで学校を閉めるので早く帰るように」
初老のような声でそう言って、その牛のような存在は教室から出ていった。
なぜ明らかに人ではないものが何故学校にいるのか。そう問うのは今更感があるが、誰かの主だろう。
そして、恐らくだがいま学校にいるのは僕と静さんしかいない。
もしかしたら満さんが戻ってきているかもしれないが、あの人の契約主はドッペルゲンガーだったはずだ。
そうすると、おのずと答えは出てくる。
帰り際にあったら聞いてみてもいいかもしれない。
「後は家ですか」
帰れと言われたのでスマホのメモに先程浮かんだ案を書き留めておく。
これでもし帰っている途中に意見文の内容を忘れたとしても大丈夫だろう。
バッグに必要な物をあらかた入れて教室から出ると、ちょうど鍵を持ってドアを閉めに来た静さんがいた。
「静さん、今日はもう施錠ですか」
「そうだが、タイミングがいいな」
「さっき、牛みたいな何かが教えてくれたので」
「ほう。良かったじゃないか」
そう言って静さんはそれ以上の追求はしてこない。
良かった。と言ったということは少なくとも面識があるのは確かなはず。多分予想はあってると思うのだが。
「それで質問なんですけど」
「何だ、大抵のことは答えられるが」
「あの妖怪?神って静さんの主なんじゃないですか」
「合っているが、外れてもいるな」
合っているのに外れている。当たらずとも遠からずということだろうか。
静さんは鍵のタグの部分を持ってくるくると縄跳びの縄のように回している。
「確かにあれは私の主だが、妖怪じゃない。神に近いが...」
「神でもないと」
「そんなところだ」
言いながら静さんは教室を施錠した。
後は帰るだけだ。
「そうだ、紙雅。あいつら四人に明日は一日中体育だって伝えてくれ」
「え、どうしたんです急に。明日は普通の授業じゃないんですか」
「都合が変わった」
「都合で授業日程って変わるものなんですね」
「お告げがあったからな」
きっと先程の神?が教えてくれたのだろう。
僕にやったように眷属である静さんにも何かを伝えたのかもしれない。
「理由、聞きたいか」
「話したいのならどうぞ勝手にしてください。僕は帰るので」
「ほう、そんなに聞きたいのか」
「会話って知ってますか。キャッチボールと同じなんですけど」
「破局」
関係のない話は極力聞きたくないが、その言葉が出てくるのなら話は別だ。
「破局について新しい発見でもあったんですか」
「やっと話を聞く態度になったな」
「要点を最初に言わないと大概こうなると思いますけど」
スマホで時間を確認すると明るい画面に5時と表示される。
帰れるのは6時くらいになりそうだ。
「それでだが、さっき入った情報によるとまず第一に破局の結晶化が確認された」
「結晶化ですか。現象みたいなものなのに」
頭の上に?を浮かべながら静さんを見る。
嘘をついている様子ない。つく理由もないが。
「どうやらそのようだ。観測、発見されたのは...」
静さんはポケットに手を突っ込んでまさぐると、中から折りたたまれた紙を取り出した。
「あ~、これだこれ」
紙を見たかと思うと、その紙をこちらに見せてくる。
JADES-GS-z13 距離:約132億光年
規模が膨大すぎてすでによくわからない。
これが破局の結晶体が観測された場所なんだろうか。
「え、このJAD~って何なんです?」
「さぁ、銀河に分類されるらしいが...詳しいことは私もわからん」
「学者にしかわからないってことですか」
「そういうことだ」
紙をポケットにしまって再び鍵を回し始める。
静さんはほぼ手ぶらと変わらないが、僕は荷物があるのでどうにかしたいものだ。
「後は北欧、アメリカ、そして日本にも出現したそうだ」
「そっちを最初に言ってくださいよ!まだそっちのほうが驚けますから」
「お、珍しいな。お前が慌てるのは」
「そりゃ慌てますよ。宇宙規模だったのに急に地球のことになるんですから」
瞬間的に大きくなった声量をもとに戻して、再度静さんに結晶体の観測された場所を聞く。
どうやら聞き間違いではないようで、もうここまで来ると何も言えない。
「それでだが、第二にその破局の結晶体はこの学校の近くにもあるらしい」
「え、それって...」
「ちょうど昨日のわかった事だそうだ」
「...」
先生が言ったその結晶体、心当たりがあるかもしれない。
もしそれが本当に破局の結晶体だったとして肉眼で捉えられたのを喜ぶべきか俯くべきか。
けれど、もし本当に破局の結晶体があるのなら何処からやってきたのだろう。破局に距離は関係ないと言われればそれまでだが、少なくともブラックホールから飛んできたなんてことはないだろう。
破局というものが結晶体になることも不思議だ。
この事を明日が体育になった理由と関連させて考えると...この国は本当に若者を育てるつもりはあるんだろうか。
「はぁ」
「どうした。ため息なんかついて」
「国家としては正しい事とだなと」
「どういうことだ」
きっと静さんのことだから僕の考えていることはわかっているじゃないんだろうか。
わかっていなかったとしてもこの意見に概ね同意はしてくれると思うが、立場上は否定されそうだ。
「最小限の犠牲で多数を助けるって事ですよ」
「...なるほどな。お前らしい考えだ」
「多分当たってますよね」
「さぁ、私の口からはなんとも言えんな」
そこで何かを言われるかと思ったが、どうらやそうでもないらしい。
けれど、ただ、と言う言葉を付け足しながら静さんは続けた。
「どうも最近の上のお方たちや研究者は不確定要素は嫌いなようでね」
「結局は使い捨てのコマってことですよ」
「言い方が悪いな」
そう言うと静さんは肩の力を抜いてため息をつく。
そうなるのもわかる気がする。言われていることは要は特攻みたいなものだ。
しかも自分だけではなく、ある意味では大切にしている教え子に対してだ。
誰も好き好んで教え子に死んでこいという教師はいないだろう。
しかし、名義上ではあるが特殊公務員という肩書は大変なようだ。
「それで、まだ何も出来ない僕たちに何かさせようとでも」
「流石に自衛ぐらいは学ばせないとな。何が起こるかわからないから」
どうやらSF映画のようにはならないらしい。
未知のものに対処をしなければならない国や軍は今ある力と地位を固持したいようだ。
責任を取りたくない。そんなところだろうか。
「そんなわけだから明日は体育着を忘れるなよ」
そう言って、教室の前から去っていく静さんの後ろ姿はいつものような気だるさはなかった。




