第27話 覗きはしてない
頭に大量の雪を被りながら玄関を開けると、華々しい出迎えが。なんて、そんなものはあるはずもなく、ただ明かりのついていない薄暗い廊下が出迎えてくれた。
リビングへとつなぐ扉の下隙間からかろうじて光が漏れ出ている。
靴を脱いで揃えて、凍えながらも洗面台で手を洗おうと脱衣所に向かうと、ここも光がついていた。
「...面倒くさいことは嫌いなんですけど」
ここでじっとしていたらいつかは脱衣所にいる人物と対面してしまう。
先程までムードが嫌悪気味になっていたというのに。いや、まて。
別に気まずくなろうが気にしなければ問題はない。
そうじゃないか。気にすること、というのはある程度の関係がある者達が気にすることだ。僕と彼らにはそんなものは存在しない。
そう思い、一応ノックをした後に脱衣所の扉を開ける。
本当は今すぐにでもお湯に浸かりたいのだが、誰かが入っているためにそれは出来ない。
どうやらシャワーを浴びながら鼻歌を歌っているようで、ザーという音に鼻歌が混じりながら聞こえてくる。
蛇口をひねって、手を水で濯ぎ石鹸をつけて手を洗い終わると、うがいをして脱衣所から出た。
「あ」
脱衣所を出ると、扉の横には寝間着を持って立っている村雨さんがいた。
「貴方、帰ってきてたのね」
「ちょうど今ですが。聞いておきたいことがあるんですけど」
「何かしら。私も一つ、質問が今できたわ」
「僕を殺しかけた気分はどうでした?」
「ッ、貴方っていい性格してるわね」
「で、どうでしたか」
「焦った。人殺しにはなりたくないもの。もしかしたら死んでいたかもしれないし、あの事を許してなんて言わないわ」
表面上には後悔の念を浮かべながら胸元の服をきつく握っている。
どれほどきつく握っているのかと言うと、手の甲や腕に血管を浮かびらせれるほどだ。
けれどそんな事で僕も彼女の事を許す気は毛頭ない。そもそも許す事柄が存在しないのだから。
「これで僕の聞きたいことは終わったので貴方の質問に答えますよ」
「何も言わないところが貴方らしいわね」
「え、合って数週間の相手をもう理解した気でいるんですか!素直に尊敬します」
「紙雅くんって、椿とはまた違った方向で面倒だね」
「そうなんですか。貴方に君付けで呼ばれるほどの仲になった覚えはありませんけど。で、質問ってなんです」
「今、脱衣所から出てきたわよね」
「はい」
何故だろう。次に言われるような言葉が自ずと頭の中に浮かんでくる。
「何をしようとしていたの」
「何って別に何も。帰ってきたばかりだったので手洗いとうがいをしていただけですけど」
「今、雲珠未さんがお風呂に入っているのだけど」
「それがどうしたんです」
「変なこと、しようとしてないでしょうね」
「マラの言葉を借りて言うのなら、自分達に生物種としての価値があると思っているんですか」
淡々とその言葉を吐いた直後、ノーモーションで右から平手内が飛んできた。
わざわざ受ける気もないので一歩後ろへと下がると、行き場を失った手はそのまま壁へと衝突をしてドンという鈍い音をたてた。
「痛ったー」
「自業自得ですけど」
「貴方って感情が見えないから嘘か本当かわかりにくいのよ」
「それとこれの何の関係があるんです」
「少し痛みを加えれば今の言葉の撤回、真意が見ることが出来るかなって」
「そんな昭和のテレビじゃないんですから」
壁に打ち付けた左手を庇いながら寝間着を落とさないように抱えている。
「それで、質問に答えたのでもう戻っていいですか」
「まぁ、色々と言いたいことはあるけどいいわ」
「あ、全員入り終わったら言ってください。シャワー浴びたいので」
「ふーん。わかったわ」
階段を登って自室に入る。
とりあえず今は風邪を引かないためにも服を脱ぎたい。
そう思ってタンスを開けるとそこにはマラがいた。体を折りたたんで体育座りのような体勢で収納されている。ちなみにだがこのタンスの収納面積よりマラは大きいので足先や背骨の部分は貫通をしていた。
「え、ちょっと何してるんですか」
問いに対する返答はない。が、ぬっと伸びてきた手に腕を掴まれた。
先程まで外にいたからだろうか、人肌もとい迦微肌がやけに暖かく感じられる。
「外に行ってたのか」
「そうですけど」
「体が冷たい。風呂にでも入ったらどうだ」
「僕もそうしたいのは山々なんですけど、今は村雨さんが入ってるので」
「そうか」
「どうしたんです?いつもみたいにうざったくないですけど」
「お前、私をそんなふうに思ってたのか」
「心が読めるので知ってるものだと思ってましたけど」
「年がら年中読んでるわけではない。もしそんなやつがいたら大層な変わり者か、覚妖怪だろうな」
「そうなんですね。で、落ち込んでた気分はもとに戻りましたか」
「生憎、落ち込ませたのはお前だがな」
そう言うとマラはタンスの中から出てくる。
マラがいたタンスの中身はぐちゃぐちゃになっているが、きっと元のようにきれいにはしないし、罪悪感もないだろう。
多分、お前と私は一心同体だからお前が片付けても変わらないだろ。
みたいなアインシュタインも驚きな超理論を言ってきそうだ。
「僕は思ったことをそのまま言っただけですよ」
「全人類がお前みたいなやつだったら苦労しないだろうな」
「それはそれで面白そうですね」
「いや地獄だぞ」
「そうですかね?ある意味では一番平和的じゃないですか」
「本当にそう思うか?」
「...言っている間に反論が3つくらい出来ました」
「なら良かった」
体をベットに転がせて、まるで飛び込んでこいというようにマラは腕を開いた。
「次はなんです?ぱっと見、仰向けになった虫みたいですけど」
「ほら、こい」
「先に服着替えてからでいいですか。このままだと風邪ひきそうなので」
「いいぞ」
許可をもらって汗を吸い取った服と下着を脱いでいると部屋のドアがノックされた。
「お風呂どうぞ」
村雨さんは部屋の外からぶっきらぼうにそう吐き捨てて、それ以上の言葉は帰ってこない。
「ありがとうございまーす」
脱ぎかけた服を着直して、ドア越しにお礼だけを言う。
誰かさんのせいでぐちゃぐちゃなタンスから着替えを取り出した。
「ということなので、お風呂入ってからでいいですか?」
「うーん、構わん」
「素直に従ってましたけど、何でマラの許可を一々取らないといけないんです?」
「嫌ならやめればいいじゃないか」
「そうですね。やめます」
そう言って部屋を出てると、扉の横には何故か女子三人がいた。
確かに返事をした後に去っていく足音は聞こえなかったけれど、なんで三人がいるのだろう。
「なんですか。何か用でも」
「村雨さんから聞いたんですけど、紙雅さん。覗き見しようとしたって本当ですか」
雲数珠さんは両手で自分を抱きしめるようにして恐る恐る尋ねくる。
「なんですかそれ。誰から聞いたんです?」
「なんだとぉ!」
部屋の扉が勢いよく開いた。
「それは本当か」
「あ、マラさん」
「おい紙雅、どういうことだ。説明しろ」
「人の胸ぐらを掴んで揺らすのをやめたら説明しますよ」
そう言うとぱっと手を離されて解放される。
「ほら、解放したぞ。説明しろ」
「本当のことなんですか?そういう玉に見えませんが」
「天納さんにはある程度の信頼があるようで安心しました」
「...信頼?してませんよ、そんなもの」
颯爽と裏切られてしまった。
そもそもとして裏切られるほどに交友関係があったかと言われれば目をそらす他ないが。
「手を洗いに行ったら雲数珠さんが入っていた。ただそれだけの話ですよ」
「本当なんですよね、紙雅さん」
「雲数珠さんにどう捉えてもらっても構いませんが、僕はそんな発情期の猿ではないということだけ言っておきます」
「本当ですかね。人は時と場合によって言うことをころころと変えますけど」
「まだ20にも満たない人が何言ってるんですか」
「私の人生経験からの言葉ですが、何か?」
威嚇するように目を細めて瞳の中を覗き込んでくる。
つまりはこちらも半強制的に天納さんの事を見なければいけないわけで。
自分も彼女の目を見返した。あわよくば内側にある何かを見てみたいなと思いながら。
見つめ合って数秒、なぜだかとても無駄な時間を過ごしている気がする。
好きでもない相手と数秒見つめ合う。これほどの苦痛があるだろうか。
「あるぞ」
「急にやめてくださいよ」
「私以外の顔を十秒以上見るのは許さん」
「どこの束縛系彼女ですか。もしくはヤンデレだったりします?」
「そんなものではない」
「マラの顔、紙に隠れているので一度も見たことないですけど」
「見せたくないし、見せれないからな」
「どんな理由ですか、それ」
会話を切って雲数珠さん達の方に向き直ると、なぜか呆けた顔をしている。
一人だけ、天納さんは特に驚いた様子もなく、ただ同じように冷めた目つきでこちらの奥底を覗き込んできていた。
そんなに覗き込んでもただただ浅い人間なので直ぐに底が見えて見飽きるとは思うのだが。
「いつになったら会話の返答をしてくれるんです?」
黙っていた天納さんが急に声を発した。
確かに最初に話していたのは天納さんとだが、マラとの会話で疎外感でも感じたのだろうか?それなら彼女にも人らしい一面があるのだと感激するが。
「同じ年齢で何を言ってるんですか。せめて静さんぐらいまで歳を...」
何故だろう。今とても背筋が立つような寒さ、というか存在を感じ取った気がする。見られていたりするんだろうか。
「アドバイスです。人の助言は聞いたほうが得ですよ」
「でしたら僕からもアドバイスです。人に助言をするときはもう少し雰囲気を柔らかくしたほうがいいと思いますよ」
「使う予定のないアドバイス、ありがとうございます」
「こちらこそ」
少しお怒りの天納さんに対して返答し終わると、少し怯えたような雲数珠さんと村雨さんの姿が目に入る。
何か恐ろしいことでもあっただろうか。
「それで、話を戻しますけど僕は覗こうだなんて思ってませんよ。まぁ、それを証明する方法がないので信じてもらえるかわかりませんけど」
「そ、そうなんですね」
「...貴方って自分語り的なことが好きなのね」
「好きというか...僕じゃない人に対してはちゃんと説明をしないと真意が伝わらないので」
自分に関する説明をするのは嫌いだが、正しく訂正しておいて損はないだろう。
というか寒いので早くここ切り上げてお風呂に入りたい。
と、思った矢先に天納さんが口を開いた。
「そうですか。聞きたいことは聞けたので私は部屋に戻ります」
「あ、そうですか。おやすみなさい」
「え、天納、もう部屋に戻るの!」
「確かに長話でしたのでそろそろ私達も戻りましょうか」
「雲数珠さんも!はぁ、わかった。私も戻るわ」
そう何か見えない不思議な力が働いたかのように3人は去っていく。
不思議なことに3人とも天納さんの部屋へと入ってき、女子会でも開くのだろうか?
そうして最後に扉が閉まるところで村雨さんが顔を出して、
「次変なことしたら容赦しないから」
とだけ言って扉が閉まった。
次も何にもただの被害妄想でここまで風呂敷を広げないでほしいものだ。
「何だ。話は終わりか」
「そのようですね。僕はお風呂に入ってきます」
「そうか。なら、先に寝てるぞ」
「どうぞご自由に」
マラとも分かれて風呂場へと向かう。
その後は特に何もなく、分厚いベッドに身体を預け眠気に身を任せた。




