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一晩程度では目覚めないにちがいない。エセルがそう予想したとおり、ラキスは翌朝になっても、一向に起きる気配を見せなかった。
部分的とはいえ自分自身が浄化されたのだし、直前に怪我も負ったのだから無理もない。
宿の主人はゆっくり滞在するよう勧めてくれたが、エセルはそれをありがたく辞退した。
彼女の心はすでに決まっていた。祭りが終わったらルーシャに戻るつもりでいたのだが、そんな考えは黒翼と一緒に燃え尽きている。
いま考えていることは、ただひとつ。
ラキスを連れて王城に帰るという、それだけだった。
エセルからその考えを聞かされたアルヴァンは、一も二もなく賛成した。ちょうど彼も、同じ提案をしようとしていたのだ。
アルヴァンは今回の騒動で、どん底と天上、両方の気持ちを一挙に味わっていた。
ケルベロスの出現を知ったときは、姫君をタリッサに誘ったことをどれほど悔やんだかわからない。そして怪我ひとつない彼女を見たときは、安堵のあまり天にも昇りそうだった。
みずからの命を投げ出して姫を守り抜いたラキス・フォルトには、いくら感謝してもしきれない。アルヴァン個人としても、姫の未来の義兄としても、次期王配としても、ラキスは紛れもない大恩人だ。
そんな恩人が休養するにふさわしい場所は王城しかないと、アルヴァンは強く思ったし──アデライーダ女王は恩人に報いるべきだと、同じくらい強く思っていた。
熟睡する若者を王城まで送り届ける役目なら、以前もエセル姫から依頼されたことがある。
インキュバスから解放されたあとと同じように、アルヴァンは幌馬車の荷台に羽根布団を敷き詰めた特製の寝台を用意して、若者を運び入れた。
普通の病人なら、いくら寝ていても長旅をさせることはできないが、ラキスの場合は、熟睡中に移動させたほうがむしろ楽にちがいない。
エセル姫ともそう意見が一致して、午後には出立できるよう支度をととのえる。
都までの護衛は、引き続きディーとレマが担うことになった。
ちなみにタリッサを出る前に、エセルと顔を合わせた人物がいる。ケルベロス討伐の立役者である、炎の使い手たちだ。
どんな猛者が来るだろうと思っていたエセルは、あらわれた二人が自分と同世代の、明るく軽やかな男女であったことに驚いた。
ディーやレマとは友人で、ラキスとも交流があったのだという。彼らと面会し、感謝の言葉を直接伝えることができたのは、彼女にとっては大変うれしいことだった。
その後アルヴァン率いる一行は、来たときと同じように、町民たちを騒がせないよう静かに出発していった。
一晩ですっかり落ち着きを取り戻したタリッサの町が、次第に遠ざかっていく。ドーミエ、ルーシャに続き、またひとつ、エセル姫の中で忘れられない場所が加わった。
幌馬車の振動ができるだけ少ないように注意を払いつつ、一行は街道を進んでいった。行くときは天馬に乗って<星の道>を翔けたエセルにとっては、新鮮ともいえる道のりだ。
そうして二日の時間をかけて、一行は王都パステナーシュに到着した。
ゆるやかな丘の道を上り、そびえたつ城門をくぐり──白く輝く王城に戻ってきたのだった。
今回は短いです。次も短いかもしれませんが、ページを分けたかったのでいったん切らせていただきました。




