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光と闇の間にありて(第三部)  作者: こまの柚里


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 危機から脱したタリッサの町は、次の段階に向けて動きはじめていた。


 役人たちが、手分けして討伐成功を触れてまわると、建物にかくれていた人々が、窓から顔をのぞかせる。

 そして、おそるおそる扉をひらき、少しづつ外に足を踏み出した。

 

 だが、外に出たからといって祭りが再開されるわけではない。

 人々が最優先でおこなったのは、治療を受けられずにいた怪我人たちを施療院まで運ぶこと。次におこなったのは、めちゃめちゃになった路上や広場を片付けることだった。

 屋台が横倒しになったり、散乱した商品が踏み荒らされていたりして、どこもひどい有様だったのだ。


 片付けは露天商と住民、活動的な観光客たちの共同作業になった。

 作業は順調だったが、皆の口をついて出たのが怒りと嘆き、魔物を呪う声ばかりだったのは無理もない。

 手間暇かけて準備をし、誰もが待ち望んでいた祝祭が、最低の幕切れになってしまったのだから。


 けれど、しばらくすると、そんな状況にも変化が生まれる。

 きっかけとなったのは、やはり手伝いのために聖堂から出てきていた聖職者たちの言葉だ。

 虹祭りのもととなった洪水伝説。その大洪水を生き延びて、町を復興させた祖先たちの苦労はいかばかりだっただろう──。

 そんな呟きが、周囲の人々をはっとさせた。それは、知ってはいても伝説上に過ぎなかった災害が、実感を伴った瞬間でもあった。


 洪水で町ごと押し流された時代があり、そこで生き延びた祖先たちが必死になって復興した、長きに渡る時代がある。

 いま、この町が祝祭を催したり楽しんだりできるのは、その長い努力の賜物なのだ。

 

 やがて、きれいになった町角のあちらこちらで、楽師たちが誰からともなく楽器を奏でたり、歌を歌ったりしはじめた。

 聖堂に所属している楽団員もいれば、旅芸人たちもいる。

 伝説ではなく、たしかに存在した過去の時代に捧げる音楽。祖先たちの苦労に思いを馳せる音楽だった。


 その楽の音(ね)に、多くの人々がじっと耳を傾けた。

 これも、虹祭りのひとつのかたちであったかもしれない。




 かすかに聞こえていた音色が途切れたのを機に、エセル姫は立ち上がると、ひらいていた窓を閉じた。

 ディークリートが火打石を器用に使い、テーブルに置かれた燭台のろうそくに明かりをともす。

 きらめく銀の光ではなく、おだやかな橙色の小さな炎が、室内をあたたかく照らし出した。


 ふたりがいるのは、昨夜も宿泊した貴族御用達の宿の一室だった。

 建物自体は大きくないが、王族の急な来訪にも対応できるような、格式の高い宿だ。

 警備もしっかりしているので、ディーはいまは護衛ではなく、姫君の友人としてここにいることを許されている。

 壁際に置かれたベッドでは、精根尽き果てたラキスが、こんこんと眠り続けていた。


「……本当に目覚めるんでしょうかね」

 ぴくりとも動かない昔馴染みをみつめながら、ディーが不安げに呟いた。

 魔法剣を突き刺した張本人としては、さすがに気にかかるらしい。

「大丈夫よ」

 エセルは請け合うと、テーブル席に腰をおろして相手にも椅子をすすめた。

「以前インキュバスから解放されたあとも、こんなふうだったの。でも目覚めてからは、どんどん元気になったわ」

「インキュバスのときも……」

「ええ。だから心配しないで」


 ラキスの背中には、多数の爪痕や歯形が残っていたが、どれも乾いてすでに治りかけているようだった。

 寝顔から深い疲労が見て取れるものの、呼吸は安定しているし熱もない。必ず元気に目覚めてくれるはずだ。

 そう信じながら、エセルは希望を込めて、熟睡する彼をじっとみつめた。

 それから視線をディーに戻し、深い感謝を恩人に伝えた。

「ディー、本当にありがとう。すべてあなたのおかげだわ」


 姫君の熱い謝辞を受けると、ディークリートは居心地悪そうに身じろぎをした。

「いいえ。わたしこそ、姫様の目の前で乱暴な真似を……。驚かれましたよね、いきなり突き刺したりして」

「それはもう」

 エセルがすばやく返事をすると、苦笑する。

「失敗したら、姫様に顔向けできないところでした」

「失敗すると思ったの?」

 するとディーは、少し考えてから首を横に振った。

「ある意味、賭けでした。でも、ラキスなら賭けに勝つと思いましたよ」

「──ありがとう、ディー。何度言っても言い足りないわ」


 エセルが繰り返すと、ディーは本気で困ったように藍色の瞳をそらした。


「いえ、もういいですから……。実を言うと今回の件は、自分が昔しでかしたことへの償いなんです。それにしては荒っぽかったですが、成功したからまあいいかなと」

 エセルが小首をかしげると、ディーはさらに苦笑して続けた。

「昔、あいつを死なせかけたことがあるんですよ」

「え……誰が?」

「わたしが。殺意じゃなかった、とは思います。でも、いま考えると殺意と同じでしたね」


 それからディーは、コルカムで起きた出来事をエセル姫に話しはじめた。

 夏の日の留守番、井戸に落ちた六歳の子ども、大騒動とその顛末──。

 エセルは、目を見張りながら聞き入った。

 井戸の出来事は、以前ラキスからも聞いた覚えがある。けれど、もうひとりの少年の話は初耳だ。

 

 思わず真剣になった彼女だが、話を聞き終えたときには笑い出さずにはいられなかった。

 テーブルに登って本で殴るとは、なんというお行儀の悪さだろう。

 それから思わず口にしたのは、こんな感想だった。

「あなたたちって、本当に兄弟みたいなのね」


 以前、ドーミエにいるときも言った台詞だったが、ディーの反応も当時とそっくり同じだった。

「どこが兄弟なんです。全然ちがう」

「じゃあ、お友達ね。とても仲良しの」

「やめてください」

 そう言って、彼はちらりとラキスのほうを見たが、その顔つきは本当に嫌そうだった。


「仲良くなんかないですよ。わたしはこいつを見てると苛々するんです。自分自身を大事にしないし、馬鹿みたいに思い詰めるし、損になることばっかりやってるし、なんでもっと要領よく生きられないのかと思うと腹が立って……。姫様、どうされました?」

「いえ……」


 エセルは笑いをこらえるのに必死だった。

 ラキスが目を覚ましたら、ぜひ同じことを言って反応を見てみたい。そんなことを考えてさらにおかしくなりながら、ベッドの彼に再び視線を向ける。


 いまはとにかく、ゆっくり眠って休養をとってほしい。そして目を覚ましたら、元気な声を聞かせてほしい──。

 心から、そう願っていた。

 

 


いつもありがとうございます。

再スタートです。よろしくお願いいたします。



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― 新着の感想 ―
再スタート、お待ちしていました。 町の人たちみんなが準備して待ち望んでいた祝祭が魔物の出現で台無しになってしまったのに、聖職者たちの言葉とそれを聞き入れる人々に、この世界の宗教的な在り方が見える気がし…
ラキスもディーも仲良しですよね~。 お互いに背中を預けられるくらいには、相手の命の危機に地獄の果てまでは追いかけられるくらいには(笑)そんな風に思ってしまいます。 ふたりとも、それを認めたら負けみたい…
ケルベロスとの激闘で、荒れてしまった町。祭りどころではなくなってしまいましたが、人々がまた扉をひらき動き出す様子が印象的でした。そして、過去にも様々なことに見舞われながら、祖先たちが必死に立て直し、今…
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